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人は「苦しみ」に複雑な理由をつけようとするけれど

現在生後4ヶ月になった息子は、生まれたときから母乳をよく飲んだ。

2人目とあって乳腺の開通がよいお陰もあるかもしれないが、毎度授乳の度に「もうお腹いっぱい。これ以上飲めねえや」という感じになるまで飲んでいる。

生まれたときには2500gそこそこしかなかったのに、1ヶ月を過ぎた頃には2倍の5キロを超えていた。大人も同じように体重が増えたら…と考えると恐ろしい成長スピードである。

そんな健康優良児の息子に試練が訪れたことがある。

ある夜、泣いているのでいつものように授乳をしようとしたら、ぐずったまま飲もうとしない。いつもなら目を細めて無心になって飲んでいるのに、そのときは身体をそり返しながらくわえさせた乳首も離してしまう。

くわえては離し、くわえては離しを何度か繰り返しているうちに、わずかながら飲んで落ち着いたのか寝てしまった。

いつもと少し様子が違うと思ったけれども、あまり気に留めず私も布団に潜り込んで眠りに落ちた。


翌日。
その日は娘のプレ幼稚園の日だった。
わずか一時間半ばかりの間だが、幼稚園に行き、同じ年頃の子どもたちと混じって保護者同伴で遊ぶ。
プレ幼稚園にはボランティアで手伝っているお母さん達もいて、その中の一人が私の息子を「抱っこしましょうか?」と言って終始面倒を見ていてくれた。

赤ちゃんが珍しいのか、他の園児達が息子を取り囲み、彼の逆立った髪の毛を撫でている。
そんな光景をありがたく思いながら横目で見つつ、娘と遊んだ。

帰り際、息子を手渡すお母さんが「お腹が空いたのかな?ずっとぺろぺろしていましたよ」と言っていた。

確かに口元が何かを探すように動いている。昨夜あまり母乳を飲まなかったし、かなり空腹なのかもしれない。

息子を抱っこ紐で抱え、娘を急かすように歩かせて家に帰った。


帰宅したのはお昼の12時過ぎ。

道中ずっと泣いている息子と、お腹が空いたと主張する娘。
もちろん私だってお腹が空いている。
しかし家にあるのはお惣菜系のパンくらい。

これを食べてと娘にパンを手渡し、息子の授乳に早速取り掛かる。
それなのに、やっぱり彼は飲もうとしない。かえって泣き声は大きくなるばかり。
「え?なんで?」と私も次第に焦ってくる。

何か誤って口に入れたのだろうか?
痛いところがあるのだろうか?
色々な想像が駆け巡るが、答えは出ない。

ひとまずおむつを替えようと服を脱がせかけたら、ぶりぶりぶり…と重低音のものすごく大きな音がした。

あ!と思い、おむつのテープを外してみると、大量のうんちが。

息子はというと、泣き止んでどこかのんびりした表情でどこかを見ている。

新しいおむつに替えて。授乳をしようとすると、今度はしっかりと飲んでいる。ほっとしていると、またもやぶりぶりぶり…という音が。

またうんち。そして、またもやすごい量。

そういえば…と思い出す。昨日は一度もうんちが出ていなかった。

大人は一日排便がないからといって大した問題ではないけれど、乳児にとっては苦しみなのかもしれない。

息子を見る。すっかり泣き止んでニコニコしている。

つまり彼は、便秘で苦しんでいたのだ。
お腹が圧迫されて痛かったのかもしれない。それでおっぱいも受け付けなかったのだろう。

原因がわかってほっとすると同時に、人の苦しみの元というのは案外単純なことなのだと思った。


私も時々不機嫌になる。

そんなとき夫はよく「どうしたの?お腹が空いたの?」と聞く。
それを聞くと、様々なネガティブな感情が渦巻いている私は「私の問題をそんなに単純化しないで!」と言い返す。

そしてご飯を食べると(こういうときは大抵、夫が手早く美味しいものを作ってくれる)、先程のイライラが嘘のように収まって冗談を言い合っている。

夫は「やっぱりお腹が空いていたんだね」と言って笑う。

認めるのは不機嫌になっていた手前恥ずかしいが、実際そうなのかもしれない。


空腹で不機嫌になるなんて、なんて単純な理由で怒っていたんだろう。

いや、本当はもっと別な理由があったのかもしれないが、お腹が満たされることで「そんなことはもういいや」と、怒っていたことがどうでもよくなるのかもしれない。

いかにも馬鹿っぽい、それこそ単純な人間のようだけれど、色々と複雑な理由を並べ立てながら、いつまでも不機嫌でいるよりはずっといい。

そう思って、「そうだね。お腹が空いていたみたい」と答える。


いつだったか、夫が「焼肉を食べても癒せない傷を人は負うべきではない」と言っていた。

ちなみに夫は大の肉好きだ。そして彼は、肉どころか白米を茶碗にいっぱい食べるだけで、大抵の苦しみが癒えているように見えるくらい、幸せそうな顔をしている。


苦しんでいるときは美味しいものを食べよう。

全てとは言えないにしても、美味しいものを食べていると抱えていた苦しみがどこかに行ってしまった…そういうことが往々にしてあるのだと思う。

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