「差別する意図がなければ差別ではない」とはならないように「エンパワする意図があればエンパワになる」こともない

上記のツイートで言及されている生理ドレスはこれ↓

これを見て「エンパワメントされる!」と心の底から思う女性がどれだけいるのか……??????
私はこれを見ても全然エンパワメントなんかされない。
初めて生理がきた時の「こんな辛くて面倒臭いことがこれからあと何十年も続くのか」という絶望を、経血が漏れて洋服についたりしていないか?という生理中に常に感じる不安を、そして実際にそのようなことになってしまった時の恥ずかしさや惨めさを知らないしこれからも知り得ることがない男が「生理」を、そして"女"を、おもちゃにしているとしか思えない。

そもそも、生理をタブー視しているのは女ではない、男である。
もともと女性には生理をタブー視する理由などない。なぜならば女性にとって生理とは文字通りただの生理現象にすぎないからだ。

生理についてよく知らなかった子供の頃の私は、父親がいるところで母親に生理についての話をしたことがある。その時に母親から怖い顔で「その話は今はやめなさい」と叱られたことを今でも覚えている。
その時はなぜ怒られたのかよく分からなかったが、後の母親との会話で人前で生理の話はしてはいけないと、特に男の人の前では話してはいけないし、自分がいま生理であるということを少しでも悟られるようなことをするのもいけないのだということを"学んだ"。

生理がタブー視されているのは、生理のない男がミソジニーで女性の生理に「ただの生理現象」であるという以上の意味付けをしているせいであり、そのような男達が権力を持っているせいで女性達が男の"お気持ち"に従わざるをえないからだ。
なのになぜ、女に「生理をタブー視しなくていいんだよ」というエンパワ( )メッセージを送ろうとするのか。
生理がタブー視されているのは「女の心持ちが悪いせい」なのか?
まず真っ先に男へ「生理をタブー視するのをやめろ」と言うのが筋だろう。
こんなもの、生理がタブー視されている理由を女のせいにしているだけじゃないか。
"女"をいじくり回す前に、男として男のミソジニーに向き合うべきだ。

ラッツ&スターは、「黒人音楽をリスペクトしている」という理由で黒塗りをしてパフォーマンスをしてきたが、今では彼らのそのような意図=差別的する意図は無いことなど関係なく「差別的な行為である」と見なされるだろう。
では、今まで男から差別されてきて今もされている女性の生理現象を男が露骨に再現することも、それが例え「女性をエンパワする」という意図で行われていたとしても差別じゃないのか?
いや生理だけじゃない。男から差別されている「女」という存在を、白人が「黒人は馬鹿だ」と定義したように「女とはこういうものだ」と男が定義した特徴を、男が「女」として露骨に再現するのも差別なんじゃないのか?
「差別する意図はない」と言えば差別にはならないのと同じように「エンパワする意図がある」と言えばエンパワになるなんてことはない。
とある行為が差別になるかどうかは、その行為を行った者の"意図"ではなくその行為が社会のなかでどのように作用するのか、どのような意味を持つのかを基準で考えるべきであるし、社会的にもそうするべきということになっている。人種差別的な行為ならばそれができるのに、なぜ女性差別になるとそれができなくなるのか。
これが女性へのエンパワとして通るならば、黒人(の音楽)をリスペクトしているからという理由で黒塗りをするラッツ&スターのパフォーマンスだって黒人へのエンパワメントになるだろう。

何のひねりもなく生理=経血の付いたナプキンと発想し何のひねりもなくそれをそのまんま作り貼りつけただけの、頭を全く使わずに作りました☆って感じで審美的にも何の魅力も無いドレスを着ることが女性へのエンパワになると思うとか、どこまで女を馬鹿にしているんだろうと思う。
ドラァグクイーンなど、ミンストレルショーと同じだ。



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