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一言でいうと、何の研究をしているの?<前編>ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」⑮

A:そういえば、D論の公聴会を終えたって言っていたね。おつかれさま!

B:おう、ありがとう。

A:結局何の研究をしていたんだっけ? 何度も聞いた気がするけどいつも途中でおいて行かれちゃうんだ。

B:まあ、一言で伝わるような内容だったら何百年も前にもう研究されているだろうからね。

A:確かにそうなんだけど……

B:突然だけど、我々がこの世に存在しているのは、不思議だと思わないか?

A:突然だな! 先祖代々にわたって命がつながってきているとか、そういうこと?

B:いや、そういう精神的な話ではなくて。例えば机や椅子は、木や鉄のような原料を使って工場で作られている。

A:うん

B:そしてそういう原料というのは、鉱山だったり森林だったりから来ている。

A:うん

B:鉄鉱石とか木とかは、鉄や炭素の原子からできている。

A:うん

B:じゃあ鉄や炭素の原子はどこから来たんだろうか?

A:そりゃあ、最初からあったんじゃないの?

B:でも、地球は46億年前にできたんだから、その前にはなかったはずだよね。

A:確かに……じゃあ地球が作られるときにそういう原子が含まれていたってことか……。宇宙空間にはあったってことだよね?

B:それもどうなんだろう? 一応、今の研究では、周期表でヘリウムから鉄までの元素は星の内部で核融合によって作られたと考えられているんだ。

A:なるほど! じゃあすべては星から来たんだね!

B:スピリチュアルだなぁ……でも今度は、星もどこかから来たわけだよね。星の素は水素だと言われているけれど、その水素はどこから来たんだろう?

A:水素がどこから来たか……

B:水素原子は、陽子と電子が一つずつペアになったものだ。そして陽子はクォークによってできている。こういうものはどこから来たんだろう?

A:宇宙の始まりだよね……ビッグバンじゃない?

B:その通り。ビッグバンで無からクォークや電子ができていったと考えられているんだ。でも、”それだけじゃない”というのが問題なんだ。

A:それだけじゃない?

B:素粒子物理学では、クォークとか電子に対して反クォークとか陽電子っていう、「反粒子」っていうものが存在すると言われているんだ。

A:反粒子? 名前は知ってるけど、存在するの?

B:それが、ほとんど存在しないんだ。そしてそのことがまさに問題なんだよ!

A:どういうこと?

B:ビッグバンで無から有が生まれたとするなら、生まれてきたものはすべて合わせてプラマイゼロになっていると思うほうが自然じゃないか。例えば電子であれば、電子と陽電子が1つずつペアで作られれば、電子と陽電子は互いに打ち消しあって無に帰ってしまうことができるから、ビッグバンの前後で実質プラマイゼロになっていると言える。

A:なるほど……じゃあ粒子と反粒子はペアで作られたと思っているんだね……でも、そうしたら、作られたものはやがてすべて消えてしまうんじゃないの?

B:そこが謎なんだ。宇宙が誕生した時には粒子と反粒子が同じ量だけできていた。しかし現在では粒子だけが圧倒的に多い。どうも話がつながらないんだ。

A:うーん。そういうもんだった、じゃだめなのかな?

B:まあね。それを言ってしまったら学問には意味がなくなってしまうけどね。

(後編⑯につづく)


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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