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【あれこれ】不眠症・ヘビーローテーション


今回はドヌーヴさんによる「夜と不登校」のお話。僕は当時みんなが寝静まったリビングで激甘のミルクコーヒーをつくって飲んでました。信じられないくらい砂糖を入れます。(スタッフ・古川)





夜がつらい。つらく、ながい。毎日そんな夜を過ごしていた。

自分の部屋とは呼べないような、ただ布団と読みかけのマンガが散らばっているだけの一室で再び目を覚ます。いやもうひとつ、壁際に行き場のなくなったアップライトピアノも置かれていた。家の奥の方、8畳ほどのスペースに俺は住んでいた。不登校になる前は別の大きな部屋を広く使い、真ん中の弟と枕を向かい合わせにして寝ていた。仲も悪くなかったし、別にそれでも構わなかったのだが、朝起きず学校にも行かなくなって以降、さすがにばつが悪くなり隣の部屋に逃げ出した格好だ。一応、人生初めてのひとり部屋だったわけだが、装飾するような趣味も気力もなかったので本当に布団しか持ち込めていない。日の光があまり入ってこない場所だった。


二度寝して起きたら10時だったのは昨日寝た時間が遅かったせいで、昨日寝た時間が遅かったのは昨日起きる時間が遅かったせい。後ろ倒しで時間が進んでいく。ああまた1限の授業をとばしてしまった、午後までには学校に行かなきゃ。身体を床と平行にしながら最悪の気持ちで目覚まし時計を眺めていると、あっという間に13時。信じられないスピードで針が進んでいく。眼球しか動かせない俺と違って、秒針は働き者だった。その後急いで準備をして、学校に行けたり行けなかったりして、帰りにだいたい本屋に行って、だいたいだれかに怒られて、夕食もほとんど食べず、身支度もおざなりにして、そしてまた部屋に帰る。午前中は空の色を反射して青く、薄暗かった部屋が、蛍光灯の光で黄色く染まる。相変わらずなんの進展のないままこの空間に戻ってきた。

「早く寝れば早く起きれるし、昼夜逆転することはない」という意見を聞くと鼻で笑ってしまう。21時に床についても寝付けるのが翌3時というのがザラだったというのに、これ以上どうしろというのだ。ゲームやスマホなど時間をつぶせるものはないので、部屋に着いたら何度も読んだマンガをぱらぱらとめくってそれにも飽きたらすぐに消灯する。暗くなった部屋で毎日何時間も考えごとをしていた。いや、起床からここまで、既に考えすぎなくらい考えている。しかしまたいっそう、夜のそれは捗った。捗ってしまった。進級に必要な出席単位のリミットが、目も合わせずに正しさで押さえつけてくる父親が、時間をどぶに捨て同級生への劣等感だけ肥大している情けない自分が、何の生産性もない堂々巡りの思考が、夜になると頭の中を駆け巡った。無理やりセメントを流されるように脳の隅まで隙間なく埋められた不安は、何度寝返りを打ってもとけてはくれない。どうして俺は考えてしまうんだとまた考える。頭を抱える一方だった。

部屋の明かりを落とすと目覚まし時計は分針と時針しか見えない。それもまた怖かった。確認するたびに大きく形を変える2本の発光棒は、みっともない姿で高校生を消費する俺を待ってくれない。より明瞭に、何らかのおわりへどんどん近づいていくような感覚がある。唯一蛍光剤のついていない働き者は頻繁に光る針の上を横切った。61秒は月初めのネット回線くらい速い。家族の誰よりも早く自室にこもって布団に入ったのに、気づけば日づけも変わり1時や2時を回っている。早く寝たいのに眠れない。明日の午前授業だって行かなければマズい。課題は全く手をつけていないのだが。考えて考えて考えて、ふと疲労で思考に空白ができる深夜3時前後、ようやく俺は意識を失った。Dream come true。

夢は良い。不登校当時、あらゆるものの中で最も渇望していた対象かもしれない。当然、寝る時に見る方の「夢」である。理由はシンプルで、「学校に通っている自分が登場するから」。その世界では俺は当然のように教室にいたし授業を受けていた。現実と変わらず仲のいい人はいないしキラキラとした生活では決してなかったのだが、少なくとも「学校に通えない」という罪悪感から解放された自分がいた。罪の意識という重荷を下ろした人間のロールプレイを高校時代の俺は何よりも望んでいた。夢の中で当たり前のように他人と会話している時間は、ぼんやりとしているが確かに、楽しいものだったと言えるだろう。現実世界で強めのフリが効いている分、センセーショナルな思い出だった。


つかの間、下の階で忙しく朝の準備をする家族の音で目覚める。階段を下りる音、シャワーを浴びる音、クローゼットを開ける音…。下りたはずの階段を上がる音がする。昨晩、散々眺めた時計越しにドアが開いた。

「今日は行くのか、行かないのか、どっちなんだ」

ヘアトニックの匂いのきつい父が尋ねる。そんなもん、答えはひとつしかない。セメントの詰まった頭を引きずりながら俺は言う。

「まあ、いく。」

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