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祖母のかなで


 
 私は、約二年前から兵庫県の田舎で祖母と二人で暮らしています。
 同居を始めた当初、音楽教師で礼儀を重んじお節介焼きな祖母と、東京帰りで干渉を嫌い自由と効率を優先する私は、度々衝突しました。助け合おうと努力すればするほどその行動は裏目に出てお互いを不快にしていくのです。家族会議を経て、遂に私たちはできる限りの接触を避けて生活することとなりました。

 私は祖母の生活を音で把握します。変化の無い規則正しい生活音と、ほんの少し変化のある季節の音。
 私は八時少し前に目覚めて、家中のごみを集め、静かに家の戸を開けてゴミ捨て場へと捨てにいきます。祖母はまだ一階の自室にて就寝中で、家は静寂に包まれています。
 朝、騒がしいのは庭の金木犀に生息しているスズメとメジロたちです。周辺に生えている金柑と南天の木はヒヨドリの縄張りで、小鳥はヒヨドリたちの目を盗んでは実を啄み、ヒヨドリに見つかっては鳴き叫びながら追いかけっこをするのです。私はその音を横耳に本を読みます。
 十時前になると、階下でガラガラと大きな音が鳴り響きます。祖母が目覚めて雨戸を開ける音です。テレビの大きな音も聞こえてきます。私はその音を聞いてキッチンへと向かうのです。
 「おはよう。今日は早いのね」と祖母は言います。「いつもこれくらいだよ」と私は言います。これが毎朝の挨拶です。そうして私は朝食を手に取ると直ぐに自室へと籠り、リモートワークを始めるのです。
 十四時過ぎ、窓の外からカッカッカッっと穴を掘る音が聞こえてきます。祖母が庭を耕す音です。この頃にはヒヨドリも落ち着き、遠くではウグイスが鳴きます。耳を澄ませば雲が流れる音も聴こえてきそうな、穏やかで柔らかい時を感じる瞬間です。
 十六時頃はショパン・ノクターンの時間です。そのピアノの旋律は祖母の象徴です。祖母は何十年も毎日この曲を弾いています。私が幼少の頃はよく祖母のそばに座り、何度も繰り返し聴いたものです。耳は遠くなり、目はぼやけ、指の筋肉は固くなりました。今ではその音色は時々止まり、音を違え、私は時の流れを噛み締めるのです。祖母が一番その変化を実感しているでしょう。それでも毎日途絶えることの無い切ない音なのです。
 十八時過ぎ。トンビがピロロロロと山へ帰り陽が暮れると、またガラガラと家中の雨戸が閉められます。一日の終わりの音です。私の仕事はまだ続きますが、一旦切り上げて夕飯を取りに下ります。
 「食べるものあるの?」と祖母は聞きます。そして私は薄らうんざりしながらも「あるってば」と日課の質問に答えるのです。

 毎日同じ音に同じ会話。この生活はいつまで続くのでしょうか。一年……後三年くらいでしょうか。早く終われと変化を望みつつ、このまま続いて欲しいと慈しむ日々の音です。
 なんてこと無いこの日常もいつかは過去のものとなります。この生活音、この祖母の音を、今ここに書き残しておきたいと思うのです。



 こちらは、大学のレポート「身近な人」をテーマに書いた文章。実はこの他の科目でも「身近な人」と言う課題があり、全く同じテーマで二つレポートを書く羽目になった。
 しかし、もう一方の内容はお堅い論述形式で、こちらとは異なったものとなっている。

 「祖母のかなで」は私としては珍しくですます調で仕上げた。当初はいつも通りだ・である調で書いていたのだが、どうにも雰囲気が伝わらなかった。祖母の温かさと日常の儚さが感じられない。このレポートを書いた時、丁度、夏目漱石の「こゝろ」を読み終わったこともあり(正確には朗読を聴きながら)、ですます調の方が柔らかく、近代文学で度々登場する遺書のような切なさが表現できたと考える。

ご清覧賜りまして誠にありがとうございます。
是酔芙蓉ぜすいふよう

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