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カメラを止めるな

僕たちの終章はピンボールで始まった

雨の匂い、古いスタン・ゲッツ、そしてピンボール……。青春の彷徨は、いま、終わりの時を迎える

さようなら、3(スリー)フリッパーのスペースシップ。さようなら、ジェイズ・バー。双子の姉妹との<僕>の日々。女の温もりに沈む<鼠>の渇き。やがて来る1つの季節の終り――

「1973年のピンボール」村上春樹 / 講談社

フィルムカメラを二台持っている。OLYMPUS OM-1とOLYMPUS PEN EE-3。どちらも古いフィルムカメラで、見た目がとても可愛い。それぞれ1972年、1973年に発売された機種で、おおよそ僕が生まれる20年ほど前のものなんだけど、そのデザインも、撮影された写真も、今の僕たちの目には新鮮に映る。特に気に入っているのはPEN EE-3で、1973年と言えば村上春樹の『1973年のピンボール』が思い浮かぶ。きっといい時代だったんだろう。色彩が豊かで、気怠くて、どこか靄のかかったような日常。現像された写真には、確かにその時代のエッセンスが息づいているように思える。


話が遠回りするのだけど、僕はさほどストレスの多い仕事に就いているわけではないものの、半年に一回くらいはもう耐えられないというか、この灰色の牢獄から抜け出して誰も知り合いのいないところでハンニバルみたいに脳を直接外気に晒さないとやってられない、というときがあって、一泊二日で沼津の適当なホテルを取って、商店街や川沿いや海岸線を延々と歩いたりしている。沼津は僕の好きなラブライブ!サンシャイン!!の舞台なのだけど、最近はもうそれとはあまり関係なく、「海、見てぇ」という本能だけでレミングの行進のように海に向かっている(ところでレミングたちが集団で海に飛び込むのはデマらしいね)。山梨県生まれだから海が珍しいのもあるけど。

OLYMPUS PEN EE-3


沼津というのは素敵な場所で、コンパクトながらも様々な文化がきちんと密集、定着し、継承されているように感じる。商店街も活気があるし、当然食べ物もおいしい。都内のしょっぱい古着屋とは比較にならないくらい素敵な古着屋さんがあるし(古着については今度記事を書こうと思う)、駅前の『やば珈琲』はコーヒーもカレーも絶妙に美味く、さらに席でタバコが吸えるので天国のような場所だ(天国という単語から連想される白いもくもくは全部タバコの煙だと思っている)。
夏には花火大会があって、夕方に酔っ払って河川敷で寝転んで、花火が始まるのをぼんやりと待ちながら、1973年の若者たちもこんな風に穏やかな日々を過ごしていたのかと物思いにふけることができる。

OLYMPUS PEN EE-3


僕は甲府市出身だけど、あそこには文化というものが存在しておらず、たまに帰省するたびに妹が「ここには『文化』がない」とキレていて、そんなメタ的なキレ方があるかと思うんだけど、本当にイオンやカラオケ、スターバックスや銀だこに列形成するかくらいしかやることがないので、それに比べると沼津の豊かさは本当に素敵だと思う。ちょっと県を跨いだだけなのに。

そんなわけで、カメラを下げて沼津をうろつくのがいいというお話なんだけど、カメラって本当に分からない。きちんと調べればいいんだけど、露出とか絞りとかシャッタースピードとかレンズとか、パラメーターが多すぎて投げ出してしまう。昔から新しいことを始めたときは割と粘り強くこつこつ調べていくタイプなんだけど、この歳になって新しいことをやろうとしたときの面倒さに勝てなくなってきている。
そんなわけで、いろいろ設定しなくてもいいフィルムカメラを使おうと思い立ち、ここ2年くらい使っているのだけど、フィルムカメラってすごく良いですね。高い一眼レフとかで撮影するときの「身構え感」みたいなものがないし、その辺を歩いていて適当にシャッターを押すだけで、その時に見えていた景色がそのまま写真として現れる。高精細で彩度の高い写真にはない生命感、空気のゆらぎみたいな感覚が心地よい。

OLYMPUS PEN EE-3


僕の好きな写真家に奥山由之さんという方がいて、有名すぎて改めて説明する必要もないような写真家なのだけど、2019年に雑誌『SWITCH』で特集を組まれていて、この記事の中でシャッターを「押す」ことと写真を「撮る」ことのニュアンスの違いというか、その二つを写真撮影という行為の時系列(あるいはいくつかの次元)上にどうマッピングしていくかということについて、ロジカルかつ感性的に整理されていてとても面白かった。いい写真ばかりで刺激されるのでおすすめです。


なんだかとりとめがなくなってきたけど、フィルムカメラは挫折することなく末永くやってきたいなという思いがあって、それは撮影というよりも日記のようなもので、続けていくことがいいんじゃないかと思っています。みんなも軽率に始めてみては、そして続けてみてはいかがでしょうか。カメラを止(や)めるな。


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