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-制作のながれ⑪- 日本の白・胡粉の話

胡粉ごふん」。


胡粉の話をします。

いつも以上に厳かにならねば書けない格調高さがこの材料にはあるので、
いささか筆をとる手が重くなります。

そもそも「白」という色が不思議なものですね。
スペクトルの6色すべてを混ぜ合わせて得られる色が「白」。

純白、真白、生成り、卯の花、乳白、銀白、真珠…

雪国に暮らす人は何種類もの「白」が見分けられると言います。
また世界各地の文化・信仰においても特別な色として扱われている。

そんなただでさえ厳かな白色を「日本画」に使う。

自然発生的に「胡粉」について熱く語る方々が

非常に多くなります。



墨とどっこいどっこい、
いえ、「日本画」界隈になると墨より胡粉マニアの方が多いかなぁ…

社寺修復の界隈でも「彩色」についての研究はあまりされていないのですが「胡粉」と「弁柄」と「金箔」については熱い研究者が多い印象です。


よって私がここで胡粉について語るのもやや気が重いのですが
まぁ楽しい画材なのでいつも通りお話しします。

さて、胡粉とは。




のっけからややこしいお話をします。
知っている人は知っているのですが、

土佐派の家伝書『本朝画法大伝』いわく

胡粉に三種あり。


そう、この「胡粉」、定義が時代によって異なります。


土佐派の『本朝画法大伝』と狩野派の『丹青指南』は
日本画の画材や技法でちょっと通ぶりたい時、真面目に勉強したい時、
あわせてかみしめると間違いない2大技法書です。


定義というか「原料」ですかね。

胡粉に三種あり
・白堊は大胡粉でこれは土である
・胡粉は鉛を焚いて造る
蛤粉こうふんは蛤を焼いて造る

「土の白」「鉛の白」「貝殻の白」、
これが日本で白色を得るために用いられてきた3つの原料です。


◆貝殻胡粉

現在「胡粉」というと「貝殻胡粉」を自然と指します。
使われ出したのは一番新しく、先の3つの「白」の末っ子ですね。

末っ子と言いましても、日本では古いところで700年代(天平)から。
主流になったのは1300年代頃からとか1400年頃とか。

書院造によるインテリア絵画(襖絵・障壁画)の増加により、
供給しやすい貝殻胡粉がトップシェアに躍り出たのでは…というとこです。


◆鉛白

さて、3人兄弟の真ん中は「鉛白」。
日本では500年頃からのようですが、化粧品としての使用例でいくと
もう少し遡れるそう。
鉛中毒でやや悪名高い「おしろい」の白です。

この鉛白おしろいはエジプトなどでも使われており、
それらが諸外国から中国を経由して日本へ入ってきたため
「胡の国(中国より西方の国)の粉」で「胡粉」の由来と言われています。
胡麻とか胡瓜のノリです。

少し話は逸れますが、(もう充分に逸れているのですが)
中国では『胡粉800年論争』なるものがあったようです。

後漢(200年頃)から宋(1000年頃)までの間、

胡粉とは何であるか


これについて論を争わせていたと。

やはり規模が違う!

論争の要点としては2点で、

『胡粉とは何から造られるものか』(鉛なのか錫なのか)
『胡粉とは何に使われるものか』(化粧品なのか画材なのか塗料なのか)

…うーむ、
いつの世も人とは悩ましいものよなぁ…と
この論争を知った時つくづく感じ入りました。



まぁおいといて。

要は金属から得られる白なわけですが、
時間の経過とともに黒ずんだり、製造方法からどうしても高くついたりと
ややデメリットがあります。

しかし金属ゆえに「隠蔽率」が高く、キッパリとした白が得られること、
また酸化することで基底材(木地)に喰い付き、
堅牢な下地が得られるといった、かなり高いポテンシャルをお持ちです。

1400年以降の下地が貝殻胡粉になったことで脆弱な下地が多くなり、
その上の彩色が剥落してしまっているんじゃないかという見方もあります。


◆白土

「土の白」、白堊=白土、しらつちです。
大地から得られる白色、この方が3つの白のお兄さんです。

土の白ですけれど具体的には

・泥質の石灰岩(石灰質プランクトン、有孔虫の遺骸、貝殻に由来)
・ガラス系の火山灰
・花崗岩などが風化したもの

になるようで、
今回の制作の最初に用いた「田原白土」も『しらつち』の一種であります。
(田原白土への熱い想いはこちら ↓↓↓)


そんな『胡粉に三種あり』の3兄弟。

その他の「白色顔料」でいきますと以下のものがあります

・鉱石を原料とする『岩胡粉』(大理石)
・顔料とガラス体質で造った『岩白』
・透明だけど細かいから白く見える『方解末』(方解石)、『水晶末』(水晶)
チタニウムホワイト(酸化チタン)
亜鉛華(酸化亜鉛)

少しマニアック画材としては、
各種の白色顔料を混ぜた『本代胡粉』があります。


◆貝殻胡粉のもう少しニッチな話

いかんせん今はもっぱら「貝殻胡粉」ですが、
その貝殻胡粉も等級が色々とあります。

胡粉メーカーといえば
ナカガワ胡粉㈱上羽絵惣㈱

等級は製造工程の違いや、原料となる貝殻の違い、
また同じ貝でも「上蓋」と「下蓋」で用途を分けてあります。

ナカガワさんの等級でいくと
最上のものから順に「金鳳きんぽう」「白寿はくじゅ」「白雪しらゆき」。
食用や下地作りには「雪」「松」などがあります。

上羽さんでは「飛切とびきり」「白鳳はくほう」「寿」「白雪」。

またメーカーさんによっても色味が若干異なります。
上の両メーカー比較だとナカガワさんの方がやや青みのある白でしょうか。

2015年、ナカガワさんに見学でお邪魔した際にうかがったお話では
この原料となる貝も年々少なくなり、
所有している貝はあと20~30年分とのことでした。

天然はヨーロッパ産の食用の貝を、
養殖では岡山産のものを使っているそう。

とはいえ何かしらの突破口を模索されているのでしょうが
社寺修復の仕事をしていた折には
こうした原料の入手ができなくなる、をよく耳にしました。

昔はマネキンの塗装、新聞製造機械の油とりの用途があったようです。


そんな胡粉は、貝を20年ほど天日にさらしてやっと原料になるそうで

私が小学生の折に遠足のバスの車窓から眺めた『貝塚』は

ナカガワ胡粉さんの貝であった


という。

あの貝塚の貝がぼちぼち、20年の時を経て「胡粉」になるかと思うと
なかなかに感慨深いものです。




という胡粉のお話でした。

『じゃあそんな貝殻胡粉をどう使うのでしょうか』と、
そこまでまとめて書きたかったのですが
さすがに次回にまわします。

別段、日常的に『貝殻胡粉』とキチンと言うわけではありませんが、
厳密には「胡粉」とは『白色の呼び名』だったのですね。
万葉集の中に「胡粉」を『しらに』と読ます相聞歌があるようで、
700年代には「胡粉=白い」と広く知られていたようです。

貝殻胡粉の使い方、
これもただでさえメンド…もとい手間のかかる日本画材の中で
1,2を争う繊細なものです。
もうすでに簡易的な商品も多々出ておりますし
これからの「胡粉」は果たして貝殻胡粉を指すかどうか。

次回はそんな貝殻胡粉の使い方のお話で
ちゃんと「制作」のご紹介になるかと思われます。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
それではまた次回の投稿で。






おまけ

日本の白色の中に「オシロイバナ」もありますね。
小さいころ
水にオシロイバナの粉を混ぜて
兄に飲まそうと企てた思い出があります。


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