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ダメージコントロール社案内 ―社史編

 スーパーヒーロー達が助けを求める時、彼らはそこに電話する……


 絶大な力を持つ者同士がぶつかり合った後の瓦礫を、いったい誰がどれくらいで片づけているんだろう?

 アメコミに限らず、マンガ、アニメ、特撮、ゲームと、ヒーローや敵役たちは何もない荒野で戦ってくれたらいいんですが、あいにく大抵バトルシーンは町中と相場が決まっています。そうなれば超人ぶりを誇示するための演出目的で、建造物やインフラ設備が無残な犠牲になるのも定番です。
 そんな光景を目の当たりにすれば、誰しも一度や二度は上のような疑問が浮かんでくるんじゃないでしょうか。

 実際に当てはめれば、高層ビルに限らず建物が倒壊すれば、その内部にいる人々の直接的な被害はもちろん、破片の散乱や電気・ガスの漏出の危険もありますし、舞い上がるちりやほこりだけでも人体には軽くない影響を与えます。道路の隆起や陥没、それどころかアスファルトが少しめくれ上がっただけでも交通網には大ダメージです。
 その被害は甚大で、かつそこからの復旧となると、見た目の破壊以上の人員と時間が必要なことは、災害大国日本にお住いの皆さんでしたらご共感いただけるでしょう。

 とはいえこちらは単なるヨタ話です。

 物語の演出で壊されたのですから、そこで表現されているのはヒーローや敵の能力の高さであり、素直にそれに驚いて派手さ見事さに熱狂すればよいだけです。
 それ以上は、友人同士でしばらくバカ話として打ち興じるのが関の山で、あんまり度が過ぎると野暮になります。

 けれども、そんな野暮になりかねない、演出の逆手をとった話を、長いシリーズのなかで公式が提供することもあります。
 マーベルのコミックスシリーズでは「ダメージコントロール Damage Control」がそれにあたります。

ダメージコントロールとは

 ダメージコントロールはミニシリーズの名前であると同時に、マーベルのコミックス世界におけるある企業名でもあります。
 主な業務はスーパーヒーローとスーパーヴィランの戦いで与えられた建造物や道路などの損壊を補償し再建することです。
 本拠地はニューヨークで、マンハッタンに実在する非常に鋭角な三角形の形状が特徴的なフラットアイアンビルディング(映画ファンでしたら、『ジョン・ウィック』のコンチネンタルホテルや、サム・ライミ版『スパイダーマン』のデイリービューグル社というとわかっていただけるんじゃないでしょうか)を本社にしています。
 コミックスは、そこで働く人々(特別な能力を持たない一般人)と、騒動と被害を起こす張本人であるヒーローやヴィランとのかかわりを描くコメディとなっています。

 基本は軽いタッチですので、行方不明者捜索作業の沈痛さ、多くの業務がストップすることの経済的な影響とか、巻き込まれた人のPTSD問題といった、いくらでも深掘りできそうなテーマは扱っていません。
 そういう点では、テーマが多様化している日本の漫画やアニメなどに慣れた目で見ますと、少々、というよりかなり物足りなく思えてしまうでしょう。

 ただ、コミックス「ダメージコントロール」はミニシリーズです。日本の漫画やアニメのポジションでいうなら雑誌の巻末4コマとかスピンオフの5分アニメくらいのゆるい立ち位置です。

 私はこのゆるさが好きなんですね。
 とにかく深刻で大きな話になりがちなアメコミの一般的なストーリーを追っておりますと、思い出した頃にふと脱力しそうになるゆるいものが読みたくなってきます。
 そして、このダメージコントロールは、本当に思い出した頃にぽっと現れるんです。

ダメージコントロールの歩み

 コミックスとしての「ダメージコントロール」は1989年に開始され、これまで五つのミニシリーズが刊行されています。

第1期ダメージコントロール(1989)

 最初の全4話のシリーズは本当に顔見せという感じで、一話完結でダメージコントロール社の業務を見せてくれます。

 退治された自動運転型巨大ロボがニューヨークの真ん中で横たわっているのをどう始末するか。ドクター・ドゥームに被害の請求をしにゆく。ダメージコントロール社自体のイメージ変更計画。壊滅したX-Menの本拠地であり倒壊したX-マンションの後処理について。

 といった具合で、当時のヒーローやヴィラン達との関わりが描かれています。
 個人的には第一話で、夕陽の暮れゆくニューヨークで高層ビル群と同じ身長を持つ巨大ロボが運転を停止し静謐を感じさせるイラストがすごく好きなんです。

第2期ダメージコントロール(1989)

 2番目のミニシリーズは第1シリーズが終わった直後に開始され、やはりヒーロー・ヴィランによる破壊のトラブルを扱いつつ、背後で根幹となるメインストーリーが全4話で展開されるというオーソドックスな形式をとっています。

 ダメージコントロール社はもともとトニー・スタークウィルソン・フィスクという二人の実業家の出資により経営がなされていました。
 トニー・スタークはご存知アイアンマンで、ウィルソン・フィスクはご存知の方はご存知のキングピンという二つ名を持つニューヨークの裏社会を牛耳る、本人特殊な能力を持っていないのでスーパーヴィランでこそありませんがスパイダーマンやデアデビル、パニッシャーなどと日々激闘をくり返しているヴィランです。
 この二人が同時に全ての出資から手を引きコールソンという会社にダメージコントロールを身売りしてしまったところから話ははじまります。
 利益優先で、被災者の声にも耳を傾けず、現場の作業員の労働を軽んじる新経営陣のやり方に、旧ダメージコントロールのメイン職員の面々は黙って従うのか? そしてダメージコントロールの経営の行方は?

 メインプロットの展開も王道路線ではありますがそれだけに安心して読み進められますし、ゲストキャラクターもレッキングクルーパニッシャーシーハルクとどちらかといえば壊すのが得意な面々の登用がうれしく、なにより主役となるダメージコントロール社員たちの個性が光ってきて、既存のヒーロー・ヴィランのサブストーリーではなく独立した物語として楽しめます。

 ダメージコントロールの頭文字(DC)を利用しての執拗なライバル会社いじりも冴えに冴えています。

第3期ダメージコントロール(1991)

 しばらくしてはじまった3つ目のミニシリーズはさらにギャグ要素が強まっています。

 第1シリーズの第1話でスーパーバトル後の現場で解体作業を行っていた際、ピカピカと光る何かを見つけて手を触れたところスーパーパワーに目覚め、緑色の巨人となってどこかへ飛び去って若き労働者がいたのですが、そのパワーが想像以上に大きくこのままではユニバース全体の危機になりかねないから元の雇用者であるダメージコントロールなんとかしてくれ、というのがおおまかなストーリーです。

 ただ、ギャグメインですので、このメインストーリーもラストを締めるためだけみたいなもので、内容は野球観戦しているハルクをどう刺激せずに引き取ってもらうかや、遂に完成「ダメージコントロール・ザ・ムービー」! だったりと、これまで以上にかなりはっちゃけています。

 ただ、カバーを御覧になってもらえればわかる通り、イラストはかなり崩した感じでして、このあたり好き嫌いはかなり分かれると思います。

 スタートレックについて熱く語るハルクとか、アクション映画のお約束を茶化したりと、アメリカ文化に触れるという点ではおもしろいところも多いのですが……

「ワールド・ウォー・ハルク・アフタースマッシュ!」(第4期、2008)

 それからは結構長い間ちょこちょこっと他のコミックの背景に写り込んだりとか、世紀をまたいでファンタスティックフォーアントマン(ただし、ハンク・ピムでもスコット・ラングでもない、3代目エリック・オグレディですが)とからんだりした後、再び白羽の矢が立ちます。

 それが遠い宇宙に放逐され怒り狂って地球に帰ってきたハルクvsヒーロー達の戦いを描いたクロスオーバー「ワールド・ウォー・ハルク」のさらに後日譚である「ワールド・ウォー・ハルク アフタースマッシュ!」のタイイン(関連コミックシリーズ)でした。
 その遠慮も会釈もない大暴れで壊滅的というか壊滅したニューヨークの再建のため、ぶっちゃけ「ワールド・ウォー・ハルク」に関わったヒーローばかりじゃないのよそれ以外の人どうしてくれんの、という背景世界が同一のコミック世界の困ったところを救うため、もしくはつじつまを合わせるためにこれ以上適任のグループはありませんでした。
 というわけでダメージコントロールを主役とした4番目で、21世紀最初のミニシリーズ「ワールド・ウォー・ハルク アフタースマッシュ!:ダメージコントロール」が全3話で出版されました。

 しかし、広大なニューヨークを限られた時間で再興させるためには、一般人であるダメージコントロール社の職員ばかりでは荷が重い。そこで多くのヒーローたちの力を借りようとしたのですが、当時は「シビル・ウォー」直後でまだ超人登録法をめぐってヒーロー同士が賛成反対で二分されており、瓦礫の山と化したニューヨークでもその二者が睨み合う事態も起こります。
 と、そんな一触即発の緊張を描いたかと思えば、ニューヨークのランドマークでもあり奇跡的にハルクの大暴れの難を逃れたクライスラー・ビルディングに、顔と両腕が生えて意思を持って自我を主張しはじめるというすっとんきょうなハプニングが展開したりもします。

 けれどもそういうありえない話も、コミックの中ではある種の日常であり、それを描くことで大きな破壊で寸断された日々の暮らしの回復が、お約束としてイメージされるようになり、激突と破壊の記憶は残しつつも元のままの街で新たな物語をはじめる土台を作るという意味で、まとまりよく収束した短編シリーズだと思います。

第5期ダメージコントロール(2022)

 その後、またいろんなコミックシリーズにカメオ的に顔を出したり、かと思えばハルクに匹敵するともいわれるジャガーノートの単独誌に主要ポジションで抜擢されたりしているうちに2022年、つまり昨年の暮れから今年にかけて第5のミニシリーズが全5話で展開されました。
「New Employee Handbook(新入社員ハンドブック)」というサブタイトルのついている通り、今回のシリーズはガスという新たなメンバーの視点から、ダメージコントロール社内の各部署を見ていこうという趣向になっています。

 ダメージコントロールがマーベルに登場して既に40年近い日数が経っています。その間にコミックス世界内でもパワーインフレが進み、一般の科学技術を持っているだけだったらとても対応できないよね、というくらいにまで被害の規模や種類は増大しています。
 そこで社内の様子とともに、そのようなありとあらゆるトラブルを解決するために、ダメージコントロール社がどのような秘密を持っているのかを紹介していきます。
 なにかとトラブルメーカーのガスは、メールルーム、お客様センター、探索救助課、研究開発課、超下層倉庫といった重要な部署を渡り歩いて(たらいまわしにされて)いきます。
 特別なストーリーがバックにあるわけではありませんし、登場キャラクターがバラエティに富んでいて、話もわかりやすいと、これからダメージコントロールを知るのに非常に適したシリーズになっています。

 このような具合に、なにかと壮大かつ深刻になりやすいアメコミ世界で、時代ごとの箸休めと橋渡しを同時にこなしてくれる、なくてもおそらくは困らないけれどもあると嬉しいのが、このダメージコントロールだと言えるでしょう。

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