量子論の父「マックス・プランク」
さっきまで激しい戦闘の鳴り響いていたオリバーのいる変電所は
うって変わって静まりかえっていた。
「さらばだ、プランク。」
もうほぼ勝負はついたらしい、
ボロボロになって倒れたプランクに向けて手風琴<アコーディオン>を構えるオリバー。
「フ……………………………
ゥフフフ…………
……………………………
なんと荘厳な数式だわ、
欲しい………………
そして憧れたあの日の旋律………………」
プランクは頭でも打ったのであろうか?
この不利な状況でも訳のわからないことを呟きながら笑っている。
「?
何がおかしい…………」
不気味に笑うプランクを前にして哀れむオリバー。
「ところでオリバーさん、さっきから電線同士の
間隔が短くなってきている気がしませんか?」
急に何事も無かったかのように正気に戻って立ち上がるプランク。
服だけは派手にボロボロだが、本人には大してダメージは無かったらしい。
「まさかキサマ……攻撃を喰らったフリをしてたのか? これは罠だったのか…………!?」
そんな突然の急変ぶりとフェイクに戸惑うオリバー。
「貴方はここの変電圧器トランスのコイルから発せられる
磁歪音を操ることで手風琴<アコーディオン>の音色を再現している。
それも貴方の結界の中で無限回に繰り返される
反射とドップラー効果で共鳴をさせてね。
けどこれってある他の物理現象とも非常に似た機構なんですよ。
それもかつて私の研究していた炉の温度制御の研究にです。
レイリージーンズ法則の破綻する高周波領域、
死んだヨリー所長は最後まで話を聞こうとはしなかったが、
その際に使用されるのは「ヴィーンの放射公式」と呼ばれる数式だ。
なに、ややこしく見えるだけで難しいことはない。
要はマクスウェル分布の一種だ。
電磁気学の創始者でもある天才マクスウェルは統計力学をも切り拓いた巨人だ。
人混み渋滞から分子運動まで世の中のあらゆる現象はこの統計法則に従っている。
例えばクラスの身長のデータからその人数のグラフは平均こそが最も多い頂点の山なりに分布していることだろう。
もちろん電磁気学マスターの貴方だって使っている。
貴方が作った結界の中にある音波や電磁波を制御する為にも不可欠な公式だ。
私の仲間でもあり、古典会のメンバーでもあるヴィーンという物理学者はこれを利用した熱力学的考察から放射公式を導いた。
それは炉内に閉じ込められた様々な周波数の電磁波の振る舞いを支配する数式だ。
だが今度はそれにすら従わない”法則破り”の現象が出て来た。
それを教えてくれたのは貴方たちの存在だよ。オリバー・ヘビサイド、
電磁気学のレイリー・ジーンズ法則にも熱統計力学のヴィーン放射公式にも従わない不可思議な領域を発見した。
それも貴方の岩砕くんが製鉄所を大炎上させてかつてない高エネルギー状態を達成してくれたおかげでね。
新たに発見したのは『エネルギー量子』の概念だ。
なんと自然界のあらゆるエネルギーはこの『量子』という単位を通してやり取りされるのだよ。
つまり物理現象の全ては『デジタル化』<離散化>されうるのだ‼︎
その時にエネルギー等分配則は破られる!
何故かと言えば先の労働者と賃金の例でたとえれば、
振動数の低い領域を『派遣・パート』、振動数の高い領域を『正社員』とする。
当然、年間でもらえる賃金が多いのは正社員の方だ。期間単位が違うからな、
だがこの『量子』はこの単位そのものを司ってる。
もし測る期間が一ヶ月未満だったのならば、時給や日給で貰えるアルバイトの方が多く稼いで見えるのは当然の帰結だろう?
だがこの単純な事実に今まで誰一人として気付けなかった。私一人を除いてね。
ククク・・私が自然現象にとっての給料日を発見しただなんて実に笑える話だろ?
そうして私はかのニュートンにも匹敵する物理学者となったのだ‼︎
だからもう貴方なんか私の敵では無いのですよ。
全ての攻撃は予測出来ていました。
それどころか貴方ですら知らない真の『輻射公式』を私は手に入れた‼︎‼︎
それが貴方にとって致命的な「守備範囲外」<セキュリティホール>だったのさ!!」
プランクは指揮棒を片手に前へと手をかざす。
その動作はまるでオリバーが方程式を具現化した時と同じものだった。
次の瞬間に現れていたのは”ピアノ”だった。
オリバーの手風琴よりもさらに大きい。
このピアノ線一本一本がさらに電線の役割を果たしていたらしい。
「…………馬鹿なッ……⁉︎
ワシの結界が最初から<ハッキング>(たたき切ら)れて利用されていたじゃと‼︎」
現在、この場は音波バージョンでの私の炉内そのものだ!!
だが実は私の方は絶縁に使われるセラミック製の
「碍子」<がいし>に高電圧をかける「圧電効果」の共鳴子で超音波を発生させていたのさ!
『”プランク定数”―
h=0.000000000000000000000000006626‼︎‼︎』
それは未だかつて誰も聞いたことの無い小さな小さな数だった。
まるで人類の科学を超絶ミクロの領域へでも誘う旋律…………
そんな気がした。
「本当の私は指揮者よりピアノが得意なんでね。
もう調律は完了した、終局だ。」
プランクが鍵盤を叩く。
すると周囲の変電所をも含む全ての電線は彼の制御下に入って、
一斉にオリバーへと襲い掛かった。
しかもそのムチ全てが「碍子」<がいし>をヨーヨーのように巻きつけて
オリバー師匠を鈍器で殴るようにタコ殴りにしていった………………………
前回、「「天才」 VS 「天災」」。
次回、「アルベルト・アインシュタインの相対論」へ続くッ!!