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演算子たちの協奏曲

その頃、

互いに対峙したまま動かないオリバーとプランク。

二人の間には吹きすさぶ風の音しか聞こえない。

だがここでオリバーはその風の音をよく聴いてみると、

次第にある周期性に従って鳴っているのに気付いてしまった。

「…………まさか、

この風切り音はエオルス音っ?

さっきから電柱の周りの電線をもムチのように操り、

モールス信号みたいに送っていたという事か!?」

しかもオリバーは直ちにその暗号を理解してしまった。

何故ならば、それはかつて自分が通信工学において極秘研究していたパターンにそっくりだったからだ。

ただ持病で小さい頃からの難聴のせいでそれに気づくのが遅れたのが致命的だった。

「すでに、”TeX《テック》”……

通信様式《プロトコル》が

完成していたなんて…………」

オリバーは驚愕の表情でその名を口にした。

それを聞いたプランクは

不気味にニタァと笑う。

「………………

コイツは剣じゃない………………

”指揮棒《タクト》”だ。」

そして自らのフェイシングの剣をオリバーに向けて自慢げに掲げる。

「超音波通信による

数式処理ソフト……

”TeXTL《テフタイル》”

たとえ難聴の貴方でも

この美しさは見えているハズだ。

なにせ元電信技術者の

貴方はこれら術式の考案者でもあるのですから……」

プランクはそう告げると、

ゆっくりその剣を指揮棒のように搔き回す。

「光が聞こえ、

音が見える。

「共感覚」と呼ばれる特殊なチャネルを用いて

新たに脳へとイメージを生成し、

物理現象を数式によって

思考実験《シミュレート》する!」

彼が指揮棒を振ると、

また新たにとある電磁気学の数式が現れた。

どうやら指揮のパターンによって数式を表現できるらしい。

「そして、

理論と現実は交錯してゆく。

超能力みたいに妄想が現実となるんだよ!

人間の感覚までをもハッキングしたこの闇の技術ならね‼︎

それは人間が知覚しうる物理現象すべてを統べるのと何ら変わりは無い、

ダメージだって本物さ。

ーーーーーーーー例えば、

こんな風にねッ!!」

『適用 <アプリケーション>』‼︎‼︎

その瞬間、具体的な数値を代入された数式は具現化して

空中から無数の電荷の塊を生成し、弾丸のようにオリバーへと襲いかかる。

「ぐなッ…………貴様、電荷を操るボルツマン定数Kまで知っていたのか⁉︎」

オリバーはなんとかかわしながら、

相手のプラスの電荷を打ち消すだけのマイナスの電気を手に帯電させて手刀のようにはたき落す。

だがそれでもまたプランクは指揮棒で数式を操って電荷の塊を撃ちまくる。

その時、もう片方の手は何やら手話のような奇妙な動きをしていた。

それはまるで子供が指折り数えて計算するかのでもように目まぐるしく動いていた。

そんな状態からでもプランクは余裕の表情を崩さずにまたベラベラと説明しだす。

「仕組みはごく単純で

各音階にコードを割り当てたもの、

2進数でなら片手で5本、

両手で十ビット。

片手では32文字も

記憶する事ができる

さらには両手を使えば1024までの数をも数えられる。

それだけあればアルファベットや記号を表現するのに十分だ。

要するにこの技術は指だけの動きによる

エア・タイプライターで空中に計算できる

世紀の大発明なのだよ。

我々はそれを物理数式の『プログラミング <組み立て>』と呼んでいるがね。」

さらに弾幕が激しくなる。

「ぐあッ‼︎」

避けきれずにオリバーは左肩あたりに数発くらってしまった。

その好機を見逃さずにプランクは再び指揮棒を剣のように振るって一気に接近戦へと持ち込む。

オリバーもなんとか帯電手刀で逃げながら斬撃をはじいて応戦する。

「貴方ならご存知でしょう?

この方式は物理学者だった貴方の叔父が発明した、

ホイートストン形式の電信機と同じなんですから。

いやあ全く、貴方の一族というのは実に利用価値のある人材ばかりでしたよ。

どうですか? またこちらに戻って来て協力してくださりませんか?」

その余計な一言がオリバーを怒らせた。

「ふざけるな! 利用価値だと⁉︎

貴様ごとき若造が私の家族に対して言及するんじゃあないッ‼︎」

ここで電荷を一気に放出し、大放電をする事でプランクとの距離を突き放した。

再び距離を取り、互いに構え直す二人。

「…………そしてコイツが

「数学《りそう》」と「物理《げんじつ》」を繋げる端末・・・・・」

プランクが刃先をオリバーへ差し向けてそう口を開く。

「『演算子 ”タクト”』だよ。」

どうやらそれが指揮棒のようにも使っていたフェイシング剣の名前らしい。

「さぁ、はじめようか……

麗しき協奏曲《コンツェルト》を!」

そうしてまた二人の師匠同士の戦いが始まった。


一方そのころ、岩砕が逃げた方向からは

さっきから異様な音が鳴り響いていた。

まるで、黒板を爪で引っ掻いたようなバキーやギコーという不快音。

その原因はアルベルトの持っているバイオリンだった。

この男は何を思ったのか、せっかく逃げる岩砕を追い詰めたというのに攻撃をしようとしない。

それどころか勝手に実際、バイオリンまで弾き始めた。

「これが僕の演算子、

”ダランベルシアン”。

この音色を君にも刻みつけてあげるよ。」

とか数分前まではキザに言って、いかにも勿体ぶって演奏しはじめたクセにこのザマだ。

「ッて、全然、

上手く無ぇーじゃねーか!」

思わず敵ながらツッこんでしまった。

とんだ天才サマだ………………

「あらら?

小さい頃に習っただけだしな…………」

いい加減、自分でもこの不協和音に気付いたらしい。

これでさらに自分でも気付かないタイプの音痴キャラだとしたら、

どうしようかと思ったよ。ホント、

「でもね、

慣性系が違えば

違う景色が見えるんじゃない?」

何か機嫌でも損ねたのか、

アルベルトは再び銃口を岩砕に向け、

そのバイオリン型のボーガンに光を集積させる。

「いい?!

またかよ!」

これは明らかにヤバい、セリフの意味はよく理解できなかったがまた攻撃してくる気マンマンだろう。

だが自分の方も、時間を稼いでくれたおかげで電気力を溜めることができた。

「クソが!!

波動《オーバー》・疾走《ドライヴ》!」

大跳躍をして光の矢を回避する。

そのまま上空の高架送電線へと飛び移って走り出す。

下の低い電柱たちはあらかた破壊されてしまったが、

こちらはまだ生きていた。

「ハァハァ、

なんちゅう奴だアイツ・・」

ひとまず奴から逃れられたと思ったが、

その考えは甘かった。

すぐ耳元でアイツの声がした。

「『制動放射』って言うんだよ。

電磁場の加速度運動で光量子が飛び出して、

エネルギ-を放出する。

ちょうど、急ブレーキをかけられた電子が飛び出してしまうようなものだね。」

アルベルトは岩砕ほどに大して脚も動かさずに悠々と

リニアモーターカーのように超速度で迫って来ていた。

「そんなバカな⁉︎

この高電圧の送電線上でも追いつかれるのか⁉︎

テメっ……なんだその速度はッ…………!!??

なんでそんな走り方で

長年修行してきたオレより早くっ……!

ありえない‼︎」

岩砕は信じられないといった体で息も切れ切れにそう叫ぶ。

「まぁ逆にいえば、

加速度運動はエネルギーを消費するって意味だけどね。

それだけ君の動きは無駄が多すぎる。」

アルベルトはそんな恐怖する岩砕もおかまいなしに、

淡々と講釈を垂れる。

「私なら電線一本のみならず

2本同士の関係を考える。

すなわち、

二本の間の電磁場をコンデンサとみなすわけだ。

波の位相を揃えるインピーダンス整合によって、

「共鳴」させた時こそが最もエネルギー効率の良い状態なんだよ。

これはちょうど波打ち際と津波くらいの威力の差があるのさ、

そういう「孤立波《ソリトン》」に乗る方が最も効率が良いんだよ。



前回、「近代科学者バトルロイワヤル」。

次回は「音と光の交錯と発明家たちの狂騒」へ続くッ!!