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真相は表層


コミュニティは
人の支えになる

けれど

関わるコミュニティは
いくつか持っておいたほうがいい

ひとつが壊れそうな時
もしくはそこにいるのが辛くなった時
いったん
逃げれるコミュニティと言ってもいいか

ひとつのコミュニティを
愛するが故に深入りしすぎるのは
とても危険だ
その界隈の煮詰まった価値観が
自分に自然と染み込み
盲目的な判断で物事を結論付けてしまうから

大きな支えとなるものは
ハイリターンではあるが
程よい距離感を持たないと自分の足枷
になる

依存であれ、足枷であれ
自分の事実は
感情が捻じ曲げ幕の様に邪魔をするから
自覚するまでに時間がかかる

好き居場所が出来ると
そこに深入りしそうになるのが
人間の性ではあると思う

特に心に繊細な孤独感を持つ人にとっては
気を付けないといけない

田中宗一郎氏の話していた事で
とても好きな話がある

彼は「深掘り」という言葉が
とにかく嫌いだと言っていた

深掘りというのは
一点を深く掘っていって
核を目指して物事の真相を探ろうと
する方法だが

その物事の
真相というのは

内側にある核ではなく

色んな角度から見た
表面を合わせて
出来た総合的な物だという

これを
ゾウで例えて話していた

例えば
ゾウってどんな動物?
と聞かれた時

前から見れば
鼻が長い

横から見れば
耳がでかい

後ろから見れば
尻尾が細い


鼻が長い動物であり
耳がでかい動物であり
尻尾が細い動物

その色んな角度から見える
表面的なそれぞれの要素が
ゾウという動物を形成している

という考えだ
この考え方を聞いた時
物すごく目から鱗の感覚で
かなり感銘を受けたのを覚えてる

(思ってる事ってどんだけ隠そうとしても
態度とか言葉とか表面になんとなく
出ますもんね…)

反対に
深掘りで語るなら
鼻にこんな特性と機能を持つ動物が
ゾウです
という話になるが

他にもゾウを語る上で
重要な特徴を完全に置き去りにしている

この考え方は

国、社会、街、村、コミュニティ
全てに当てはまると思う

どんな事柄でも
一点を見つめるのではなく
色んな角度から
見る事を常に忘れないようにしないとな

と思う

実は最近
自分が一番深く関わる
大きなコミュニティに関して
ちょっと思う事があって

そこに属する自分も
そのコミュニティの視点でしか
見てない物事があったなと
反省する事があった

それをなんとか
言語化してスッキリ
したいと思いこの記事を
書きました

深入りは
ハイリターンであるかもしれないが
ハイリスクでもある

大切な場所、人ほど
近づきすぎないほうが良いし
色んな角度で見たほうがいい


今日もよんでくれてありがとう

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