記憶に残っている校長先生の話

93回

これ、なんの数字かわかりますか?



正解は、小学校入学〜高校卒業までに校長先生の話を聞く回数です。
入学式、卒業式、1〜3学期の始終業式で毎年8回×12年で96回、自分が卒業する年の修了式を引いて93回。

高校を卒業している人は実に90回以上様々な校長先生の話を聞いてきたわけですが、その中で覚えている話はあるでしょうか?


僕は1つ強く記憶に残っている話、というかフレーズがあります。
それは「人を好きになる努力をしてください。」というものです。

いつ聞いたか正確には覚えていないのですが、おそらく小学校高学年の頃だったと思います。


基本的に人を嫌いになっていいことって一つもないと思うんですよね。どんな人であっても好きになれるならなった方がいい。
って言うと綺麗事みたいで拒否反応が出る人もいると思いますが、これって損得の話なんですよね。

職場に嫌いな人がいると仮定します。
嫌いな人がいるとそもそも行きたくない職場にもっと行きたくなくなるし、嫌いな人が楽しそうにしてるとなんかイラッとするし、嫌いな人の立てる物音にも敏感になったりしますよね。

これってどう考えても自分にとって損ですよね。
だからそんな存在はいない方が得だ、という話です。




嫌いな人をなくすには以下の4パターンの方法があると思います。

1.嫌いな人を消す
やめさせたり、人事権があるなら異動させたり?

2.嫌いな人がいない環境に移る
転職したり、起業して好きな人で周りを固めたり?

3.嫌いな人を嫌いじゃなくなる

4.人を嫌いにならない

1と2は穏やかじゃなかったり大がかりでコストが大きかったりで中々難しそうですね。
一方で3と4は自分の気の持ちよう次第でなんとかなります。


もちろん全ての人を好きになるなんてことは不可能ですが、努力することでなんとなる範囲は確実に存在すると思います。つまり努力することで確実に人生のプラスになる。
だから校長先生は「人を好きになる努力をしてください。」と言ったのだと思います。



この校長先生の話は「人のいいところを探す努力をしてください。」と続きます。これは「人を好きになる努力」の方法の話ですね。


欠点がない人などいないように、いいところがない人もいないと思います。少なくとも僕は見たことがありません。


周りにいる人がなんとなく好き/嫌いに分かれていくのは自然なことだと思いますが、なんとなく嫌いな人でも意識して探せば何かしらいいところは見つかるものです。
いいところを見つければ相手を尊重する気持ちが生まれ、少し好きに近づく。というのが校長先生が言いたかったことなのかなあと思います。



この言葉のいいところは「人を好きになる/嫌いになることはコントローラブルである」と気付かせてくれることだと思います。

人を嫌いになる理由というのはまあ色々あると思うんですが、それはあくまで判断材料であって最終的に好きか嫌いかを決めているのは自分だ、とこの言葉から学んだ気がします。



特に人を嫌いになると嫌わせた相手が悪い、と思いがちですが、あくまで自分が勝手に嫌っているのだという姿勢は持っておいた方がいいなと思います(そうしないと周りの人も巻き込んで一緒に嫌おうとしてしまいがちなので、、、)。判断材料の部分では相手が明確に悪いこともあるので切り分けるのが難しいですけどね。

これは好き/嫌い以外にも当てはまると思っています。怒りなんかは特に、怒る原因は自分の外にあるかもしれないけど、最終的に怒っているのは自分である、と自覚して自分の感情は自分で責任を持てる人間でありたいなあと思います。


終わり

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