イスラエル日記 11日目
ベツレヘム
この日はまず、Jesusが産まれたベツレヘムに行ってきました。
ベツレヘムは旧約聖書のダビデの出身地でもあります。ダビデは少年時代にここで羊飼いをしていました。
ベツレヘムはパレスチナ自治区内にあって、イスラエルとパレスチナの関係が悪い時には行くことができないのだそうです。
今回は無事行けて感謝でした。
羊飼いの野の教会
最初に訪れたのは「羊飼いの野の教会」というところです。
聖書には、Jesusが産まれた時、羊の番をしていた羊飼いたちに御使いたちが現れて、救い主Jesusが産まれたことを知らせるというシーンがあります。(ルカ2:8-19)
この教会は、その事を記念して建てられた教会です。
ルカの福音書にはJesusが産まれた時の様子が描かれています。
ベッカがこの時の様子について説明してくれたのですが、それがめちゃくちゃ感動でした。Jesusの誕生のリアルな情景を想像することができました。
世間ではクリスマスはJesusの誕生をお祝いする日と考えられていますが、実際Jesusが産まれた季節は7~10月の間だと言われています。イスラエルは冬が雨季なので、羊などの家畜は屋内に入れるのだそう。この時、羊飼いが外で羊の番をしているので冬ではないそうです。
また、住民登録で国民を移動させるのも、冬は不自然だと考えられています。
ナザレからベツレヘムまでは歩いて6,7日の道のりだそうです。マリアは当時、お腹が大きかったので、ロバに乗って移動する様子がよく映画などで描かれていますが、ロバではなくて歩いて移動した可能性が高いとベッカが教えてくれました。
なぜなら、父ヨセフと母マリアはJesusが産まれた後に、律法に従って2羽の鳩を捧げているから。(ルカ2:24)
旧約聖書の律法によると、本来は女性が出産した後、きよめのささげ物として子羊1匹と鳩1羽をささげるのですが、羊を買う余裕がなければ鳩2羽でも良いと書いてあります。(レビ記12章)
ヨセフとマリアは羊が買えないくらい貧しかったということなので、お金持ちの家畜であるロバは持っていないだろうと考えられるそうです。
お腹が大きいまんま6,7日歩いたかもしれない、というのも衝撃だけど、なんと当時のマリアの年齢は13〜16歳と考えられているそうです。
それもまた衝撃。
Jesus誕生のリアル
映画や絵本ではよく、ヨセフとマリアが宿屋を一軒一軒訪ね歩いたあげく、空き部屋がなくて馬小屋でJesusを出産する様子が描かれていますが、実際はそうではなかっただろうと教えてくれました。
ベツレヘム出身のヨセフには、たくさんの親戚がここにいたと考えられます。当時の親族の結びつきの強さを考えると、宿屋ではなくその親戚を訪ねたと考えるのが自然だそうです。
当時ベツレヘムは人口100〜200人くらいの小さな村で、人々は洞窟に住んでいたと考えられています。
ヨセフやマリア以外にも、住民登録に来た多くの人が、洞窟に住む親族を訪ねてきたということです。
そして驚きだったのは、「宿屋」と訳されている言葉の本来の意味です。
原文のギリシャ語では「カタリマ」という言葉だそうで、本来の意味は「ゲストルーム」という意味なんだそうです。
つまり「宿屋」ではなくて、洞窟の「ゲストルーム」は親族でいっぱいでヨセフとマリアのいる場所がなかった、と考えられるということです。
また当時、出産は汚れたものと考えられていました。
子どもを産んだ母親は7日間は汚れたものとされ、その後も33日間はきよめの期間として隔離されていました。(レビ記12章)
なので、マリアは綺麗なゲストルームではなくて、ちょっと汚い家畜部屋でJesusを産んだと考えるのも自然なんだそうです。
洞窟には、冬に家畜に入れて守っておく家畜部屋がありました。
親族でごったがえす洞窟の中。
汚れた家畜部屋で産まれ、飼い葉おけに寝かされる赤ん坊のJesus。
そのすぐ後に御使いからの知らせを受けた羊飼いたちがやってきます。
そしてそこにいる人たちに、「救い主がここで生まれたと聞きました」と言って、人々を驚かせます。(ルカ2:8-19)
当時、ユダヤ人たちは自分たちをローマの支配から解放してくれるメシア(救い主)を待ち望んでいました。
ユダヤの偉大な王となって民を導き、ローマをやっつけてくれるような力強い救い主を。
それが、見知らぬ羊飼いたちが急にやってきて、人でごった返す洞窟の片隅、汚い家畜部屋でたった今生まれたその赤ちゃんが、その救い主だっていうんだから驚いたのも無理はないです。
しかもそれは、よく知る親戚のヨセフと、まだ幼い10代の母マリアの子ども。
でもこのストーリーはJesusがどんな人であるかを教えてくれます。
まず、救い主Jesusは、神の子であるにも関わらず、汚い家畜部屋で生まれるくらいへり下った存在だということ。
そして、身分の低い羊飼いのような人でも、だれでも礼拝できる存在だということ。いや、むしろそういった人にこそまず、自分を現される方だということ。
それと私が今回、印象に残ったベッカの言葉は「Jesusは人々のカオスのただ中に生まれた」ということです。
決して静かで厳かな環境とかじゃなかったんです。
その事を思うと、とても励まされるし、自分がカオスの中にいる状況になってもなんだか平気な気がしてきます。
生まれたてのJesusは、そんな中ですやすや寝ていたんじゃないかなーなんて気がします。
聖誕教会
その後、Jesusが生まれた洞窟があったとされる聖誕教会に行きました。
Jesusが生まれたとされる洞窟へは長蛇の列ができていて、並ぶ気がしなかったので諦めました。
その代わりに、隣の聖カテリーナ教会で祈りと黙想の時間を持ちました。
ここでもう一度ルカの1,2章を読んで、Jesusの誕生に思い巡らせました。この時間が本当に豊かで感謝でした。
今回のベッカの説明のおかげで、Jesusが生まれたときの様子がリアルに想像できました。
それはとても人間臭いもの。集まった人々の混沌の中での誕生。
羊飼いの言葉を心に納めて、思い巡らすマリアの姿。
そんな良い黙想の最中、子どもが入ってきて騒ぎ始めたんですが、驚くほど心落ち着かせていることができました。
カオスのただ中にJesusがいることを体験したような気がしました。
その後、ヘロデ大王が築いた宮殿と墓があるヘロディウムに行きました。
ヘロディウム
この地区を統治した王のヘロデは客人をここに連れてきてもてなしました。
当時、ここは相当ラグジュアリーな空間だったそうです。
お客さんはここに着いたら足を洗ってもらって、緑あふれる庭園を通ってダイニングホールへ。
輸入されたフィッシュソースを使った料理やワインを食べながら、音楽や踊りのショーを楽しんだようです。
そしてローマ式サウナに入り、その地方の要人と政治の話をしたそうです。
ローマの力と豊かさを見せられ、たっぷりもてなされた要人たちは、ローマの要求に「ノー」と言えなかったことが想像できます。
ローマはこのようにしてどんどん領地を拡大していったそうです。
ヘロデの墓の跡地でベッカがメッセージをしてくれました。
それがとても心に響くメッセージでした。
「ヘロデは自分の王国をたてて、自分の力をアピールするためにこの巨大な建物を建てた。しかしそれは最終的には破壊された。
この大きな建物の陰で、すぐそこでメシアが産まれた。Jesusは石ではなくて人によって王国を建てた。
ヘロデは自分のためにそれを行ったが、Jesusは自分のためではなく天の父のために行った。その王国は決して壊されることのないEternal Kingdom(永遠の王国)。
それは私たちの中にある。私たちも天の父のために生きている。Kingdomの建設のために生きている。
私たちがこのツアーに来たのはそのため。朝早く起きて暑い中学んでいるのもそのため。」
ベッカは涙を流してこの事を語りました。
聖書は、Jesusを信じる者には永遠の命が与えられるって書いてあるんですが、それまで「永遠」っていうことが想像できなくて、いまいちしっくりきていませんでした。
でも私はこの時、聖書の言う「永遠」が少しわかったような気がしました。
ヘロデの墓のように、いくら頑張ってすごいものを人間の力で築いたとしても、それはいつか必ず滅びる。
でも、永遠の王国、永遠の命というのは、決して壊されることのない、奪われることのないもの。
神様は私たちクリスチャンにそんな素晴らしいものを与えてくれたんだと思って感動しました。
それはベッカが涙を流したように、言葉じゃ表しきれないほどのものです。
私はもっとその素晴らしさを知りたいと思うし、他の人にも伝えたい、経験してほしい、と思います。
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