見出し画像

行商のおっちゃん

「この20年で変らなかったのは、本への思い入れを読者に伝えようとし続けた書店員たちの存在である。彼ら、彼女たちがこれからも書店を支え続けるのである。・・・」 学芸出版社営業部の名物社員・藤原がお送りする、本と書店をめぐる四方山話。

行商という言葉は死語? 死語ではないにしろ行商を生業としている人は昔に比べて減っていることは事実だ。
野菜や魚などを売り歩いている人を見かけなくなって久しい。親しくしている人の家を回っては、「今日はこれがおいしい」などと言って、うだうだとしゃべくり、また次の家に行くというのが大方のスタイルだった。行商は不特定多数ではなく、特定少数に対して行うのが王道だった。

本にも行商というスタイルがあったが今は減ってしまった。医学書などはまだこのスタイルが残っているかもしれないな。
僕の知っている行商のおっちゃんは○○学会だの○○大会だのがあると出かけて行って、そこに集る先生に本を売るのである。毎年開かれる○○学会などではおっちゃんが来るのを待っている先生もいるのだ。

今もおっちゃんは精力的に全国を走り回っているが、何しろ高齢である。重たい本を販売用にセッティングして、販売が終われば箱詰めして送り返す。これだけでも辛いと言う。
「もうそろそろ止め時かもしれないな。」という理由は年齢のことではなく、単純に売れなくなったのが本音だ。
「一番本が必要とされる大学の先生が本を買わないのだから、世も末だよ」とぼやく反面、先生たちがネットで本を買っていることも知っている。
「ねえ、ねえ、僕の仕事は宣伝みたいなもんですよ。版元はいいよね。どこで売れようが関係ないんだから」と愚痴るのである。

しかし彼が愚痴をこぼしながらでも仕事をするのは、会場に行けば知り合いの先生と話が出来るからである。本を売ること半分、人と出会うこと半分これが行商というやつである。
「ぜんぜん儲からないのにこんなことしてんの僕だけだよ」と彼は言う。確かにこんなことをしているのは彼だけだ。

いただいたサポートは、当社の出版活動のために大切に使わせていただきます。