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【那岐山】神の聖地?アイドルの聖地?

 「山路をのぼっている。山路とはいえ、低い丘陵が錯綜しており、水流の急からみて、前方に急峻な山壁がはばんでいることをおもわせる。山壁の大いなるものが、一二四〇メートルの那岐山(なぎせん)である。山壁は岡山県(作州)側において屏風のように急で、鳥取側(因幡)においてゆるやかである。私どもは屏風にむかっている」(『街道をゆく27 因幡・伯耆のみち、檮原街道』)

 山陰を旅した司馬遼太郎は鳥取県の山あいにある智頭町を訪ねた。この文章は岡山側から智頭町に向かう道中の様子である。司馬が見上げたであろう那岐山。イザナギ・イザナミの神が宿る山とも言われている。そんな神秘の山に登ることにした。

 2023年9月30日午後11時ごろ、鳥取市のJR鳥取駅近くでレンタカーを借りる。那岐山の登山口の駐車場に到着したのは午後0時半ごろ。河津原川にかかる「大畑橋」を渡ると、5台ほど駐車できるスペースがある。この日はすでに車が2台停まっていた。那岐山は鳥取側からも岡山側からも登れる。今回は登りは「東仙(とうぜん)コース」、下りは「西仙(せいぜん)コース」を選ぶ。

 午後1時ごろ登山開始。川沿いの林道をしばらく進むと、急な横木渡しの階段が続く。登山道沿いの樹木の名札は地元産のスギが使われているらしい。樹林帯の中の急傾斜を登り切ると視界が開けてくる。うっすらと靄がかかっているが、ぼんやりとした風景は水墨画のようで味がある。

登りがいのある階段道が続く

 尾根道をしばらく進むと岡山側は集落が遠くに見える。南麓に広がる日本原高原の広がりを感じる。午後2時すぎ、那岐山の山頂(1255メートル)に到着。山頂は360度の視界だ。岡山県奈義町と鳥取県智頭町の両観光協会が建てた石碑は重厚感がある。

山頂。2001年に国土地理院の調査で標高が1240メートルから1255メートルに変更されたという

 尾根道を西に15分ほど歩くと、建設中の建物が目に入る。一軒家を新築しているのかと思うくらいの立派な建物だ。周囲にはヘリコプターで運んできたと思われる建設用の資材がいくつも積まれている。

 工事関係者の話では、前にあった避難小屋が台風やシロアリの被害で激しく損傷し、建て替えになったという。天気が良ければここから中国地方最高峰の大山(だいせん)も見えるというが、この日は残念ながらその雄姿を拝むことはできなかった。11月ごろに完成予定の小屋からは最高の展望が期待できるはずだ。

建て替え工事中の避難小屋

 下りは西仙コース。東仙コースより階段は少ないが、ところどころ急峻な道が行く手を阻む。鎖場も散見される。休憩した「馬の背小屋」は清潔に保たれている。途中、登山道沿いにネットが張られていた。イワウチワという植物をシカの食害から守るものだそうだ。

 午後3時すぎ登山口に戻ってくる。風呂に入ってさっぱりしたいところだが、気になっていた「奈義町現代美術館」の閉館時間が迫っていたので先に足を運ぶ。現代美術というだけあって館内に飾られた絵画や彫刻を見て回るわけではない。展示スペースそのものが作品であり、来館者がその中に身を置くことで視覚だけでなく聴覚や平衡感覚を刺激してくるユニークな美術体験ができる。外に出て美術館の外観を眺める。登ったばかり那岐山をバックにえんじ色の建物が引き立ち、ひとつの作品のようだった。

この日は食と音楽のイベントが開催されていた

 美術鑑賞後は鳥取に戻る。国道53号沿いにひっそりたたずむ洋食レストラン「バロンセブン男爵」に吸い寄せられるように入店。店内に入るとアイドルグループ「乃木坂46」の元メンバー秋元真夏さんのポスターがたくさん飾られている。どういうことなのか。実は秋元さんがセンターを務めた曲「僕たちのサヨナラ」のミュージックビデオ(MV)の撮影がこの店で行われたことから、ファンの聖地になっているという。

 ファンの聖地巡礼に便乗してMVに登場するというミックスピザを注文。具だくさんで食べ応えのある一品だった。すっかり汗も引いたが、やはり登山後は風呂に行かなければならない。事前に調べた限りでは周辺に入浴施設がなかったが、実は登山中に情報をゲットしていた。避難小屋内に「登山後の汗を流しにぜひご利用ください」と書かれた宿泊施設の手書きのチラシがあったのだ。その施設は旧那岐小学校を再利用した「ナギノ森ノ宿」。日帰り入浴も受け入れている。最近オープンしたばかりのようで綺麗な内観。利用客はほとんどおらず、貸し切り状態でゆったりと過ごせた。入浴を済ませて外に出ると土砂降りの雨が因幡の大地をぬらしていた。


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