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天使の舞い降りる人生の午後~4

7 四次元の窓

底知れぬ恐ろしさに、僕は突然襲われた。
シャンテの自信に満ちた口調、内容はよく理解できないところもあった。
けれども、理由は分からないが、こころのどこかで、これは真実だと感じていた。
僕は、どちらに進むんだろうか。
僕は余り出来の良い人間だとは思わない。怠惰で流されっぱなしの生活を送っている。消滅してしまうのか?
でも、僕は進化をしたい。螺旋上昇というものをしてみたい。次の次元というところに、進めるものなら進みたい。
「シャンテ…」
ぬいぐるみは、僕の手にその柔らかな前足でそっと触れた。
「分かるよ。何が言いたいのか。」
「僕はどうなるんだろう。とても不安だよ。」

「ねえ、隣の部屋に戻ろうか。」
シャンテは僕を促した。
僕は言われた通り、最初の部屋へと向かった。

「この部屋には幾つか窓がある。カーテンを開けて窓の外を見てごらん。」
どこにも光源はないのに、ほんのりとした明るさが部屋を浮き上がらせる。
海の底のような感じは、カーテンの深い青色がそう感じさせるのかもしれない。

ビロード地の厚手のカーテンだった。
僕は、そっとカーテンをめくった。
窓の外は、沢山の人がひしめき合っている広場だった。
「シャンテ、あの人たちは?さっきの草原じゃないみたいだ。」
僕は、驚いて叫んだ。
「実はこの窓はさ、色んな未来の風景が見られるんだよ。カーテンが次元の境ってところかな。」
僕は改めて窓の外を見た。
ひしめき合っている人々は、どことなく暗い感じがした。着ているものも汚い毛布のようなもを巻いただけだった。顔色も冴えず、表情も虚ろだった。
みんな同じ一点を向いていた。
何かを待っているようだった。
「何をしているんだろう…」
僕は不安を感じていた。
そうしているうちに、人々の間をざわめきが走った。
人々の遥か向こうに、一人の男が立ち現れていた。
キラキラ光るとても豪華な衣装を身に着けている。
「神はこう仰せられている。皆の者、その命尽きるまでこの私に尽くせと。全てを差し出せと。」
どよめきが沸き上がる上空を、飛び交う淡い光に僕は気が付いた。
「これは…」
人々が一斉に、ひれ伏したり、手を合わせたりするのを見て、僕は驚いた。
「一握りの人間が、大多数の人間を家畜状態にしているんだよ。
彼らはすべてコントロールされている。同じ原子でできた人間なのにね。
飛び交う光は、先に上昇した人間たちが、憂いて様子を見に来ているんだよ。」
「救いがないな…」
「全く気が付いてないからね。」
僕は気分が悪くなってきたので、カーテンを閉じた。

次のカーテンを開けてみた。
空中をゴーカートのような乗り物が行きかっている。遥か高みまで伸びるビル。清潔感漂う不思議な形のビル。映画などで見た未来都市のようだ。
そして、とても静かだ。
「ここは、立派な都市だね。」
僕は感嘆した。
「そうだね。でも、この世界はドームの中んだよ。環境が悪化して、自業自得な部分と、やむを得ない部分はあるけど、こうしないと住めなくなったんだ。」
その時サイレンがその都市全域に鳴り響いた。
「あれはね、空調の故障らしいよ。いつもあるんだって。急いで直さないと、ドームの外の毒を含んだ大気が入ってきてしまうんだ。」
「こんな科学が発達した時代でも?」
「人がかかわる限り、ミスはなくならないだろうね。機械だって完ぺきではないだろうし。科学は神ではないからね。」
もし、致命的なミスが生じたらどうするんだろう。それも誰も知らない、見えないところで…
僕は黙ってカーテンを閉めた。
次の風景は、やはり近未来的な建物が立ち並んでいた。
でも、前と違うのは、緑がとても豊かなことだった。
美しい自然と人工的な建物が、完全に調和した世界だった。建物自体、内側から光を発しているように輝いている。
「ここは、上手く同時に進化したんだね。
エネルギーは完全にフリーエネルギーだよ。自然を壊すことなく上手く調和させ、育みさえしている。世界が美しく見えるのは、みんなが輝いているからだね。」
僕は、嬉しくなって、感動して頷いた。

次はちょっと奇妙な風景だった。
砂漠のような風景が広がっているのだが、そこを行きかっているのは人ではなかった。
言葉にしがたいが、爬虫類と虫の中間のような生き物だった。二足歩行しているので、人らしく見えなくもなかったが、中々グロテスクに感じた。
「あれは…」
「リセットした後だね、君の文明が。ほら、向こうに見える白い石。あれ、君たちの時代の遺物だよ。マンションとかいうものじゃないかな。
ここでは、神の足跡とされているよ、マンション。
神たちは、あそこで繁栄していたが、ある日突然姿を消した、そういう伝説になっているよ。」

それからいくつカーテンを開いただろうか。
カーテンの向こうの世界は、どれもみな違っていた。
半透明な世界。天地創造のように、大地が動いている世界。見慣れたいつもの風景。見渡す限り広がる酸の海。規則正しく人々が動き回るだけの世界、動物たちが人に混ざり、二足歩行をしている世界。
パノラマのように、映し出されては消えていく。
こんなに窓があったかしらと思いながら、最後に一番外れのカーテンをそっと開けた。
広い草原の彼方に、満天の星空が広がっている。所々に水晶みたいな石らしきものが顔を出している。中央に大きな樹が一本、力強く立っていた。
人々が樹を目指し、集まってきた。どの人の顔も幸せそうに輝いていた。
そして、お互い目が合うと、微笑みあった。
ゆっくりと丘の向こうから、大きな青い惑星が昇ってきた。
樹の後ろをゆっくり横切り、天頂へと昇って行った。人々から歓声が上がる。人々の間を、宇宙のリズムが流れていく。
青い惑星は地球だった…

「なんて素晴らしいんだろう。」
僕はうっとり魅せられていた。
「そうなるといいね。」
シャンテが、そっとカーテンを閉じた。
「こっちに来て座りなよ。疲れたでしょう?」
振り向くと、中央の椅子に、いつの間にかシャンテがちょこんと座っていた。


8 宇宙の虹

僕は、シャンテの真向かいの椅子に腰を掛けた。
小さな丸テーブルの上には、球形の水槽がある。中は空だった。
「お茶でも如何?」
僕の前にティーカップが出現していた。
カップの中には湯気を放つ琥珀色の液体が、タップリ入っている。
良い香りの紅茶だった。
「シャンテが入れたの?」
僕は目を丸くした。
「アルが用意してくれたんだね。」
「だって、気が付かなかったよ。」
「アルのやり方があるんだよ。」
そう言うと、シャンテは自分のカップを器用にぬいぐるみの前足で抱え、飲み始めた。
ぬいぐるみが紅茶を飲む姿を見たのは、初めてだった。
「ああ、美味しい…」
シャンテは満足そうにカップを置いた。
僕も一口飲んだ。
確かにストレートの、深い味の美味しい紅茶だった。

「で、どうだった?」
シャンテが僕を見つめた。
「うーん。単発のショートフィルムを見ているような気分だったよ。あれはどういうことなの?」
「全部同じ未来なんだよね。」
「えっ?」
「もっともっと沢山ある。見ようと思えば、無限に見ることができるよ。」
「同じ未来って…」
「そう、どう選択するか、どう行動するかで微妙に未来というものは、変化するんだね。つまり、可能性の数だけ未来はあるということだ。
だから、一つのところに同時にいくつもの未来が存在しているというわけなんだよ。」

同時に存在する未来か…

「じゃあ、まだ間に合うかもしれないってことか…」
「そうだね。光の帯は、今やっと地球に触れたところだからね。
光の龍が、地球を飲み込み吐き出すまでには、地球時間でかなり長い時間がかかると思うよ。」
「今この瞬間、あの光の帯に入りかけているんだね…」
「そう。だから、これから本番なんだよ。君たちの細胞の繊細な振動の返あを感じ取り、素晴らしい進化を迎えるために、野放しの自我を手なずけ、薄汚れた想念を磨きなおし、魂を浄化していくんだ。」
「でも、難しそうだな。」
僕は自分自身の日常生活を思い浮かべた。
「僕は聖人君子じゃないし、宗教家でもない。凄い修業が必要なら、普通の平凡な人間としては、とても無理な気がするよ。」

「修業なんていらないよ。」
シャンテは笑った。
「君自身の魂の声に従うんだよ。
例えば、君が何か怠けてしまおうとする。でも、どこかで後ろめたさもある。その後ろめたさこそ、君自身が発している信号なんだよ。
”注意しろ、怠け者の自我に引きずられているぞ”
そうしたら、注意深く、なぜ自分は怠けたいのか考えてみるんだ。
そうしている内に、自分の思考や行動パターンが見えてくる。そして、自分の魂と約束する。
後は、道を外れないように注意しているだけで、随分君自身が変わってくると思うよ。」
「聞いてると僕にもできそうな気がしてきたよ。」
「そうとも!」
シャンテは強く頷いた。
「元々みんなは、美しく清らかに輝く光みたいなもんなんだ。ほとんど宇宙と同じものでできているからね。
何もなかった時、愛という空間が存在していた。だから、卵が生み出された。卵が孵って宇宙を生み出した後の世界も、愛が元なんだよ。愛が全てを満たしている。目に見えなくてもね。
例え、今の君たちが汚れたり、壊れたり、曇ったりしても、その奥底には宇宙の愛が輝き共振しているんだよ。
そんな存在の者たちが集まって、共振して、更にこの星を輝かさなくてはいけないんだ。
今、不幸にも汚れてしまっている部分を意識的に磨くことによって、必ず元の美しい輝きを取り戻すことができる。この光の帯の中では、それがより可能になるんだ。
君たちが一斉に輝きだしたら、さぞかし素晴らしい光景が広がるだろうね。
穏やかな調和の輪は、虹色に光を放ちながら地球を取り巻いて、やがては宇宙を虹色に照らすだろうね。


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