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Bill Nelson's Red Noise「Art/Empire/Industry」

Bill Nelsonはダニエル・カールに似ている。ダニエル・カールをテレビで見かけるとBill Nelsonを思い出し、その逆もまた然りなのである。YMOへの客演で知ってる人が多いのかな?そんなBill Nelsonが1979年にバンド(ユニット)Red Noiseとして発表したアルバム「Sound On Sound」がComplete Red Noiseと謳われCD4枚+DVD2枚の拡大版BOXが発売されました。他にも豪華ブックレット、ツアーパンフやアルバムのポスターの復刻、さらにはライブ風景の生写真風のポストカードまで付いてます。正直ポストカードには「これをどうしろと?」という疑問を持たざるを得ないのですが、非常に豪華です。ちなみに、とにかく多作なBill Nelsonは50年のキャリアのうちソロは40年ちょっとと考えても、Discogsによるとソロアルバムが123枚(2022年11月現在)あるらしい。内容的にも多岐に渡るとはいえ多すぎですよね。このアルバムは全キャリアの中でも名高い1枚なのではないでしょうか。

Bill Nelson、Red Noise以前

Bill Nelsonは70年代にBe-Bop Deluxeというバンドを率い、アルバムも全英チャート10位に入るくらいの人気を博していました。音楽的にはモダンポップと呼ばれる感じでしょうか。

こちらバンドの代表曲を演奏する1976年の姿。ギターがメインでありながらもカラフルなキーボードとタイトなリズム隊、ソフトなボーカルでスマートな印象のあるバンドで、僕はBe-Bop Deluxeもかなり好きです。そんなBe-Bop Deluxeも元々キーボードの比重は比較的大きかったとはいえ、1978年にはエレクトロニクスとしてのシンセサイザーを前面に押し出す、当時で言えばニューウェーブと言っても良いようなスタイルのアルバム「Drastic Plastic」を発表。

近年海外で出た英国のシンセポップ的な曲を集めたコンピにはこの時代のBe-Bop Deluxeも収録されていて、なるほどと唸りました。

収録されたのはこの曲。完全にシンセサイザーが主導権を握る曲ですね。そしてこの路線をBe-Bop Deluxeで続けることに限界を感じたのかこのアルバムを最後にBe-Bop Deluxeは解散。そしてBill NelsonはBe-Bop Deluxeのキーボード奏者Andy Clarkを引き連れRed Noise結成となります。

アルバム「Sound On Sound」

そして発表された「Sound On Sound」、末期Be-Bop Deluxeの路線を引き継いだ部分もありつつ、パンクロック的な勢いをより加味したアルバムで、今までも非常に人気がある(日本では特に、なのかもしれません)アルバムでした。共同プロデュースはこの時期この手の音楽をかなり手掛けていたJohn Leckie。冒頭を飾る「Don't Touch Me(I'm Electric)」がアルバムの特徴をギュッと詰めた感じの曲と言えるのかもしれません。

勢いとエレクトロニクス、間奏のサックスも情感を抜かしたようなプラスティックな演奏です。個人的な思い出を交えると、20年以上前になりますが東京の一部ライブハウスで「ニューウェーブオブニューウェーブ」と呼ばれたムーブメントが盛り上がっていた頃、Polysicsとか出てた感じのイベントに行くとこの曲がよくかかってた記憶があります。YMOやナゴム的なニューウェーブ文化を脱却するべく20世紀末にニューウェーブ的なる音楽の復権を目指した(とは良く捉えすぎかなとも思うけど)ムーブメントの中で、音楽的にも目指す方向性の一種のアンセム的な位置にある曲だったのかもなぁと今は思います。ちなみに、80年代にRCサクセションもこの曲をカバーしてますが、どういった経緯や意味でカバーしたのかわかりませんが原曲の持つプラスティックな方向性とはかなり違う感じに仕上げてます。まぁそれはそれで…という感じはありますが。「Sound On Sound」の他の曲はパンク的な勢いはこれより薄れますが、総じてこうした路線で統一されていると思います。

冷静に聴いて

改めて認識したのですが、半分以上の曲でBill Nelsonがドラムを叩いてるんですよね。特にアルバムの前半にそれが固まっています。このアルバムの特徴でもある「ちょっとだけ違和感のあるグルーヴ感」の正体はここにあるのではないですかね。Bill Neson自体が元々マルチプレーヤーであるとは言え、やはり本職のドラマーと比べるとどうしても滑らかさ(スムーズさ)に欠ける部分があり、更にこのアルバムのアレンジ的に割と変則的だったり急停車急発進するようなビートになっているのでそれが目立ちもする。後半にはセッションドラマーによる曲が続くのですが、そう思って聴くとビート的に違和感は少なくなり勢いも増すのですが、普通と言えば普通にも聴こえます。このドラマーBill Nelsonの多用がどこまで狙いだったのかは正直わからないのですが、独特のギクシャクした雰囲気を出すのに功を奏しているのではないかな。精巧なロボットではなくジャケットにあるような素材剥き出しの「機械」が演奏してる感じが出ていると思います。

Disc1はリマスター

そんな今回の豪華版のDisc1はアルバム「Sound On Sound」の最新リマスター+ボーナストラックとなっております。2012年に再発された際の曲目からシングルB面だったライブ音源を引いたものですね。今までよりもくっきりした音にはなっているし、これだけでも充分かもなぁともなりますが、まぁ普通の2022年リマスターって感じもします。ボーナストラックはアルバムからの最初のシングルでもある「Furniture Music」のB面に収録されていた2曲とBBCのお馴染みJohn Peel Sessionから4曲。シングルB面だった2曲は何故かどちらもリズムはレゲエ調でありながらもアルバムのギクシャク感は健在。とは言え、悪くはないけどアルバムに入ってたら浮くだろうしシングルB面って位置がしっくりくるなぁって2曲です。John Peel Sessionの4曲はちゃんとしたバンド編成でライブ感があり、安定した演奏で音質も非常に良くアルバムとは違った魅力のある音源です。

Disc2の話の前に

今回のBOXに収録されたアルバム収録曲以外についておさらいです。上記シングルB面2曲とBBC音源4曲に加えて、「Sound On Sound」セッションで録音されたアウトテイク1曲(「My Light」)とアルバム以降にRed Noiseとして録音された3曲。アウトテイク曲は今回初登場ですかね。これはBe-Bop Deluxeのアルバムに入ってても不思議ではないメロウ感もあり、アルバムから外されたのも納得。アルバムとそれに伴うツアーを経て録音された3曲はバンドとして強化された様子が伺えます。こちらは未発表ではなく、Bill NelsonのソロシングルのB面やソロアルバムの中で世に出ていました。具体的には1980年発売のソロシングル「Do You Dream In Colour?」B面に「Instantly Yours」「Ideal Homes」の2曲、1981年ソロアルバム「Quit Dreaming And Get On The Beam」の中に「Disposable」が収録。シングルB面の2曲は80年代末に発売されたコンピにも収録されましたが30年以上ぶりのCD化。アルバム「Quit Dreaming And Get On The Beam」も15年ほど前のCD化が最後でしょうか。その中でも「Instantly Yours」は勢いもあるし可愛らしいシンセサイザーの音色もあって好きな曲です。時代の音と言ってしまえばそれまでですが、「テクノポップ」って感じがしますね。テクノ歌謡的とも言えるかもしれません。ちなみにこの4曲は通常のリマスター音源は収録なしになっております。他にRed Noise名義での既発音源として、シングル「Revolt Into Style」収録のライブ音源が2曲あるのですが、そちらはDisc2に収録されています。後述するデモ音源はまぁデモはデモってことで。

Disc2はLive At Leicester(ほぼ未発表)

そしてDisc2は先のシングルB面収録だった2曲を含むライブの完全版。アルバム発売に伴うツアーの序盤くらいの時期です。こちらも新規リマスターで、これまではギターが荒ぶり過ぎてスネアの音が埋もれ気味だった「Stay Young」(先に述べたシングルB面に収録されていた)も各パートがきっちり聴こえる高音質。アルバムのギクシャクしたビートとは違い、本職のドラマーを加えた5人組バンドRed Noiseとして勢いのある演奏が堪能できます。注目すべきはBe-Bop Deluxe時代の曲が2曲含まれていること。レパートリー不足を埋めつつファンサービスでもあったと思うのですが、曲としてはRed Noiseの芸風に近いものが選ばれているとはいえ同曲のBe-Bop Deluxe時代のライブ演奏と比べるとビートの加速具合がわかりやすく感じられます。おそらく意図的に完全に重点を前に設定した演奏で、全体に今回のBOXのハイライト(と言うか多くの人がこのDisc2目当てで買ったんじゃないかと思っている)となる期待以上の音源でした。ちなみに、Bill Nelson’s Red Noiseのライブ音源としてこれまで多く出回っているのが今回のLeicesterの数日後に行われたSheffieldでの演奏とされているものブートあるあるで録音日時場所の間違いで同じ音源?と聴き比べてみましたが、ちゃんと違う演奏でした。調べるとSheffieldの方はBBCのLive In Concertで放送されたもののようです。手持ちの音源をLeicesterでの演奏と比べるとテンポがえらく速いのですが、ピッチもかなり高いのでダビングを重ねた劣化によるものなのでしょう。余談ですが、セットリスト情報サイトによるとこの日は最後に上でも貼ったBe-Bop Deluxeの代表曲でもある「Ships In The Night」が演奏されているそうなんですが、本当かよ?と思います。手持ちの音源はその前の「Stay Young」で大団円を迎えて終わってます。でもRed Noise版「Ships In The Night」、もしあるなら聴いてみたいですねぇ。でも実際聴いてみたらそつのない演奏になってる気もしますが。というか今回のBOXにこのライブも(疑惑の「Ships In The Night」なしでも)入れてくれれば本当にCompleteなんじゃないの?とは思います。

Disc3はNew Mix

最近の過去音源再発で増えてきているNew Mix。Beatlesなんか遂に新技術を駆使して1966年の「Revolver」までたどり着きましたしね。やはりNew Mix作成には元のトラック数が勝負になるでしょうから、そこまできたかー感はあります。この辺は詳しく書いてあるのが多くあるでしょうからさらっと流しまして、今回はRed NoiseのNew Mixについて。正直全然期待してなかったんですが、これは嬉しい誤算の大ヒットNew Mixです。元々がそんなに悪い音ではないとは思うんですが、特にシンセサイザー類を大胆に左右に振り立体感を出した2022年Mixは各楽器がくっきりした音になっており、極太でありながらも隙間もちゃんと聴こえて、「あっ、こういうことか!」という発見が多数ありました。逆にギクシャク感や鋭利な感じは控えめになっていて、この辺は通常リマスターでって感じですかね。でも当時の技術では実現できなかった狙いが明確に聴こえるようになったんじゃないか?と思います。これ、ニューウェーブとかシンセポップとかポストパンクとか70年代末に興隆した当時ではオルタナティブな音楽に対して、前時代から活動していた音楽家による回答の一つとしてその辺の音楽が好きな人は聴いて損はないNew Mixだと思います。

New Mixでくっきりする姿

今回のNew Mix聴いて僕は初期P-MODEL(オリジナルメンバーで作成されたアルバム2枚に限定しておきます)との近似性をようやく感じられました。P-MODEL20周年の所謂「音廃本」で平沢進が「(よく言われるXTCではなく)海外ではRed Noiseと比べられたりしていた」(要約)と語り、成り立ちが似ているバンドとしてもRed Noiseを挙げており実際多大な影響も受けているのでしょうが、今回のNew Mixでより明確に見えた「SF感」が初期P-MODELと共通していたんじゃないかと感じました。当時で言う「テクノ的」、今の感覚(当時でも?)では完全にレトロフューチャーでもある「SF感」。歌詞とかサウンドだけではない総合的に醸し出す「SF感」が初期P-MODELと共通しているのだと実感しました。どちらもパンクロックの勢いとシンセサイザーを前面に出しつつ、ギター少年あがりがつい出してしまうギターの可能性への隠しきれない挑戦を含むというようなスタイル的な近似性は勿論ありますけどね。一番お手軽に「SF感」を演出できるシンセサイザーは、使用機材の違いもあるけど使い方の違いは大きいとは思います。でも醸し出す「SF感」は共通してる。

Disc4とDisc5は

高音質なリマスターやサラウンドの5.1ch Mixを収録したDisc4と、同じく高音質及び5.1chのボーナス曲に加えて若干の映像が見られるDisc5がDVDとしてついてます。5.1chは結構期待していたんですが、残念ながら今の自分の環境だとあまり効果が感じられなかったです。なので映像に関して。英国BBCのTV番組「Old Grey Whistle Test」出演時のスタジオライブが3曲とアルバムから2枚目のシングルとしてリリースされた「Revolt Into Style」のPVが収録。「Old Grey Whistle Test」は今回のBOXの告知が出た頃にYouTubeにもアップされました。まぁBOXの売りの一つでしょうからリンクは貼りませんが。スタジオライブなのでDisc2収録の観客を前にした演奏よりは落ち着いてますが、Disc1収録のBBCラジオ音源と同じく安定したバンド演奏が動く姿で見られます。軍服風のお揃いのユニフォームで演奏する姿を見ると、イメージ的にはKraftwerk的というかYMOの人民服みたいなもんかなと思いました。他にもSAX担当のIan Nelson(Bill Nelsonの弟)の前にもこんなにちゃんとシンセサイザーがあってかなり弾いていたのかとか、今までシーケンサーで演奏していると思っていたフレーズを気合の手弾きでやっていたりとかの発見はありました。そしてこれまで存在すら知らなかった「Revolt Into Style」のPVもやや画質は劣るながらも収録。キャバーンクラブ風の店でマネキンを前にした演奏シーンがメインのPVは、「SF感」というか曲自体の泣きのメロディも相まって「世紀末感」があって興味深く見ました。映像コンテンツはあくまでボーナスであるなとは思いますが。

Disc6はデモ音源

最後のDisc6にはBill Nelson一人で録音したらしいデモ音源が収録。アルバム収録曲の殆どを含む全13曲。中にはこのデモ音源しかない曲も1曲。もしかしたら後年Bill Nelsonのソロとかで復活したのかもしれないけどそこはわかりませんでした。音自体はかなりモコモコしていて、アレンジ的にもほぼアルバムと同じですが、シンセサイザーがあまり入ってなくギターがメイン。上にも書いたようにデモはデモですからねぇ。しかもデモでは実はフォーキーだった、みたいなのもなく既にBill Nelsonの頭の中には完成形がほぼ見えていたんだろうなって感じですし。これはあくまでオマケかなぁというのが一番大きい感想です。

リリース形態

今回のBOXと同時発売なのが2枚組の抜粋版。抜粋版というかアルバム「Sound On Sound」のリイシューという位置づけのようです。Disc1からBBCラジオ音源を抜いたものとBOXのDisc3(New Mix)と同内容の2枚組。先ほど書いたようにNew Mixは強力なので、今後この2枚組が末永く手に入ることを願っております。日本盤も一度は延期になりましたが既に発売されているようです。日本盤だとトラックリストにBBCラジオ音源4曲が入ってるんですが、日本盤ボーナストラックなんですかね?今度どこかで現物見て確認します。ちなみに、BOXも日本盤が出てます。2枚組とは別メーカーなのが「へーっ」となりますが。そういえばBOXも当初の発売日から2ヶ月くらい伸びたんでした。自分はBOX日本盤で買いました。予約して店頭に取りに行ったんですが、取りに行く前日に輸入盤に帯とぺラ1枚の解説をつけただけ(そして値段は2,000円くらい高い)のを知り、「やられた!」と思ったのですが、解説は安定の大鷹俊一氏によるもので時代背景なども簡潔ながらちゃんと説明があって良かったですよ。

結論

BOXは限定だし値段も張るのでなかなか今後手に入れる人も少ないとは思いますが、2022New Mixは超強力なのでこのアルバムが好きだった人や70年代英国のポップな音楽に興味のある人は2枚組の方でも手に取ってみるととても楽しめるのではないかと思います。

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