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作品もパンフも最高だよ「アリスとテレスのまぼろし工場」

数多くの名作アニメの脚本を手がけた岡田麿里による監督作第2作。前作「さよならの朝に約束の花をかざろう」は、架空のファンタジー世界を舞台にしていましたが、本作は日本のどこかの風景を舞台に、工場の事故により時間が止まった街で生きる人々を描いていました。

ネタバレありのnoteなので早々に核心を書きますが、彼らは事故の影響で止まった時間に取り残された本当の人間の残滓のような存在。仮初めの命であるため、痛覚も通常より弱いことが判明します。
そんな時の止まった世界にも終わりはあり、それを阻止するために人々は、「変わらないこと」を最優先に生きることで、長い間生きながらえていました。

この「仮初めの命」をそもそも仮初めであるアニメーションで描ききっていることが本当に素晴らしく。主人公正宗たち中学生男女の描き方も、生々しさを感じる表現になっていたと思いました。
キャラクターデザインのみならず、背景美術も、日本の地方にありそうな、寂れた工場街を、綺麗すぎず汚すぎず描いており、生活感を感じさせるだけに、空のひび割れ、神機狼の異質感が際立っていました。

声優の演技も本当に素晴らしく。榎木淳弥演じる主人公は本当に繊細で、上田麗奈のヒロインは、最初ちょっと閃光のハサウェイのギギっぽいと感じたものの、中盤以降は生も性も感じるどろどろした演技を見せてくれました。そして本作のキーパーソン、五実を演じた久野美咲の完璧なことよ。狼少女的な年不相応の幼稚さから、次第に正宗に惹かれて初恋の痛みを知る演技まで、心の奥底ををえぐるような声が印象的でした。

ストーリーに込められたテーマは本当に現代的で。コロナ禍で隔離された世界を生き、またこの数十年の経済政策の失敗から、将来に希望が持てなくなった日本の現状など、ストレートに今の閉塞感を反映させた脚本は、鑑賞後誰かと話したくなりますし、本当に全世代に見てほしいと感じました。

ただ、そんな変わらない、閉塞された世界の中でも、絵を描くのが好きな正宗の画力は驚くほど上達しており、最初「上手いアニメーターが描いているから当然上手く見えるのかな」と思っていましたが、実際数十年描き続けて上達してたと、彼の父親の日記から知ることが出来、変わらない世界でも成長している、変わっていける、恋が出来るというメッセージは、これもまた今を生きる私たちへぶつけられるものとして、受け止めたくなる剛速球でした。

この世界で、変化を願うと消滅するルールと思われていましたが、実際に消えた主な登場人物(康成、裕子)を見ると、「ここに居たくない」と強く思ったときに消えるのかな、と思いました。元々幻のような存在なので、ここにいる自分は本当の自分じゃ無い、と思うと消えるのかな、と。
なのであの世界で告白して、関係が変化した正宗と睦実は、五実を現実世界に送り返した後もしばらく生き続けたのだろう、と感じられる描写でした。

一方で「変わらない」事を強制していた佐上(睦実の義理の父)の描写も興味深く。明言されていませんでしたが、変わり者という街の評判や「○○氏」という言い方から、ちょっとオタク的であまり友達が居ない人だったのかな、と推測されます。終盤正宗の父親が彼のことを友達、と呼んでいたことに滅茶苦茶こだわりましたし。彼にとってこの世界こそが、自分をやり直せる最良の機会だったのかもしれませんね。そういう意味では変わらないことを続けるという、逆の変化を頑張っていたのかも。

最後に、本作のパンフレットについて。価格は990円で上映前に購入。内容は終盤のネタバレ含め、鑑賞した人が見返すと涙が出そうなシーンはほとんど入っているし、インタビューも監督はじめ声優、作画監督、音楽と網羅。何より平松禎史副監督の絵コンテが2頁にわたって掲載されており、その精緻さに圧倒されます。その他にも見開きの表紙、最初と最後の印象的な絵など、見所が満載です。映画見て心に残った方は、是非パンフも購入されることをお勧めします。


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