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『No one lives under the lighthouse』のストーリーと聖書

2024年4月22日に発売から4年越しに『No one lives under the lighthouse Director's cut』に拙訳で日本語が追加されました。メディア様に記事にしていただいたり、フォロワー様に拡散していただいたことで、想像以上に情報がいきわたりました。

そんな中実際にプレイしていただいた方から「ストーリーが難しい」という声も聞いています。そこでこの記事では『No one lives under the lighthouse』のストーリーに深くかかわる聖書の引用の背景や文脈について解説していきます。皆さんの考察やストーリー理解の一助となれば幸いです。


引用はどの聖書から?

さて、『No one lives under the lighthouse』のセリフやモノローグには合計で14箇所、旧約・新約聖書からの引用があります(※旧約聖書続編からの引用はなし)。

聖書と一口に言っても、ゲーム内で引用されているのは翻訳という作業を通してヘブライ語から英語になったものです。つまり、翻訳の方法や方針によって単語や言い回しが違ってきます。

今作で引用される文章を調べてみたところ、一種類の聖書から引用されたわけではなく、複数の聖書を使用していることが分かりました。しかし、最も多く引用されている聖書を見つけることはできました。

それがイングランド王ジェームズ一世の命令で「Bishop's Bible」を底本に改訂・翻訳され、後世に残った「King James Version」(日本での呼び名は「欽定訳聖書」)です。

The King James Version (KJV) of the holy Bible was first printed in 1611, but the main edition used today is the 1769 version. The King James Version (KJV) is also known as the Authorized (or Authorised) Version (AV) because it was authorized to be read in churches. For over 300 years it was the main English translation used in the English speaking world, and is much admired and respected. About 400 words and phrases coined or popularised by the King James Version are part the English language today.

欽定訳聖書(KJV)は1611年に初めて公にされたが、現在主に使われているのは1769年版。欽定訳聖書(KJV)は、教会で読まれることを許可された、公認訳聖書(AV)としても知られている。300年以上もの間、英語圏で使用されてきた名高い英訳聖書である。欽定訳によって作られた、あるいは普及した約400の単語や言い回しは、今日の英語の一部を形作っている。

YouVersionより(最終アクセス2024/04/27)

本来であればこの聖書がどのような方針で翻訳されたのか、カトリック寄りなのか、プロテスタント寄りなのか翻訳時に調べ、翻訳に反映させたかったのですが、ジェームズ一世が両者の調停者を目指していたという背景を知る時点で止まっています。「Bishop's Bible」「King James Version」に詳しい方がいましたらご教授ください。私も引き続き調べます。

翻訳は私の手元にあった『聖書』(訳:フェデリコ・バルバロ)の翻訳と注釈を参考にして行いました。この後に出てくる聖書の目次名もこの聖書に倣っています。

創世記 37の内容

ここでは『No one lives under the lighthouse』のストーリーに特に深くかかわってくる聖書の引用を解説します。以下はモノローグで語られるセリフとその拙訳です。

And they said one to another: Behold, this dreamer comes. Come now therefore, and let us slay him, and cast him into some pit.

そして兄たちはこう言った。「見ろ!夢想者のヨゼフが来るぞ。
殺して、あの穴ぐらに投げ入れてしまおうか」(創世記 37-19)

And we will say, some evil beast hath devoured him: and we shall see what will become of his dreams.

「"野獣にかみ殺された"とでも言えばいいだろう。
奴の"夢"がどうなるのか見てやろう」(創世記 37-20)

And they took Joseph's coat, and killed a kid of the goats, and dipped the coat in the blood; And they sent the coat of many colours,

兄たちは子ヤギを一頭殺し、ヨゼフの服をその血に浸した。(創世記 37-31)

And they brought it to their father; and said: This have we found: know now whether it be thy son's coat or no.

兄たちはそれを父親に見せて言った。
「これがヨゼフの服なのか確かめてください」(創世記 37-32)

And he knew it, and said: It is my son's coat; an evil beast hath devoured him; Joseph is without doubt rent in pieces.

父親はこれを見て言った「これはヨゼフの服だ。
野獣がヨゼフを引き裂き、食い尽くしたのだ」と。(創世記 37-33)

創世記 37ではユダヤ人の祖であるヤコブの子であり、イスラエル人を大飢饉から救うヨゼフという人物が登場します。ヨゼフは11人兄弟の末っ子で、父親のヤコブによって誰よりも愛情を受けていたため兄弟に妬まれていました。

そんな時ヨゼフはのちに予言として結実する夢を見ます。それは兄たちがヨゼフにひれ伏すという彼らにとって不快な夢であり、兄たちはヨゼフへの憎悪をさらに募らせます。

そんなある日、兄たちはヨゼフを殺して貯水槽に投げ込む計画を立てます。しかし、兄の一人であるルベンがその計画を止めようとしますが、ヨゼフは貯水槽に投げ込まれてしまいます。

そこには水が入っていなかったためヨゼフは無事でしたが、そこにマディアン(ミデヤン)の商人が通りかかります。兄たちはヨゼフを殺すことは自分たちの肉の一部を殺すことと同じである、という理屈で納得し、その代わりにヨゼフを銀二十枚で売り払いました。こうしてヨゼフはエジプトに連れていかれました。

兄たちはヨゼフから奪った長袖の服(兄たちは仕事着なので短い袖の服を着ていた)をやぎの血に浸し、これを父親に見せます。父親はこれを見てヨゼフが野獣に殺されたと考え喪に服します。


以上が創世記 37の内容です。太字で強調されている部分はゲーム内の引用では汲み取れないものとなっています。ヨゼフは死んでいなかった。この内容をゲームで省いた意図はなんでしょう?

少なくともこの話が父と子、そして兄たちという家族の話であることが伺えます。しかし、家族といっても現代の核家族のような狭い範囲の話ではなく、より広く村などの共同体の話と読んでもいいと思います。特に兄たちは異母兄弟であるという要素からも、村人と同じような扱いができます。

終わりに

以上がゲーム内で引用された聖書の話でした。キリスト教圏ではゲーム内の引用がどのような文脈にあるのかピンと来る人も多いと推測されますが、日本ではそれこそキリスト教徒でなければその意図を汲み取ることは難しいかもしれません。本記事が『No one lives under the lighthouse』ストーリー理解の一助となれば幸いです。

灯台守という職業や、一神教であるキリスト教の外にある神について知りたい方は、映画『Lighthouse』を見ることを強くお勧めします。ゲームプレイ前後に観るとゲーム、映画間の相乗効果によってより解像度高めの鑑賞、ゲームプレイを楽しむことができます。

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