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Midnight Invincible Chilldren

 

 うわ~終わった~。
 定額制のアダルトサイトに登録したら最初の二週間は無料とのことだったので、その間にAV観まくって有料期間になる前に退会しようかな、へへへと目論んでいたぼくはここにきてあろうことか恋をした。企画物の女優さん。名前がわからない。なんかソファーに座って軽くインタビューを受けているシーンでは「あき」って名乗っているけど、名字は何なのか、仮に名字はないとして、「あき」がひらがな表記でいいのかカタカナなのか、漢字だとしたらどう書くのか、もしかすると「AKI」かもしれない。でもギャル系じゃないしなあ。どう検索すればこの女優さんの他の作品ディグれるというのだろう? ぼくはブックマークから企画モノなどに出演している素人系女優の名前を検索する専門のサイトを開く。作品名ならわかっている。それを打ち込んで出てきた情報をしらみつぶしにしていくと、どうもぼくの観た作品は長く続いている人気シリーズの総集編だったらしく、お目当ての女優さんは本来そのシリーズのVol.18に出演しているとのこと。よし。じゃあVol.18で検索。出演者、の、名、ま、え……出た! んん? 計六名の女優さんが出演している作品なのだが、出てきたのは五名分の名前だけで、まあ六分の五ならたどり着けるだろうとひとりひとりをググッて画像で顔を確認していく。違う、違う、違う……ときてあれこれもしかしていなくない? ぼくがのけぞると安もんのワーキングチェアがぎいいっと鳴いた。よりにもよって六分の一で情報のない女優さんに恋をしてしまうなんて。さらに不幸は重なる。無料期間は残り一日なのだ……という意味での「終わった~」でした。

 いや、始まってもないか。
 坂本にLINEする。


〈最近のAV女優さんに詳しい?〉 既読


《なんで急に笑 さんづけキモ笑》


 キモくねえわ。


〈企画物に出ている人なんだけど名前が出ないの。専門の検索サイトにもなかった。協力おねがいです〉 既読
〈商品ページURL〉 既読


《この中のだれ?》


 と質問されてぼくは一瞬ためらう。
 例えば恋バナをしていたとして、だれが好きなの? と聞かれて即答できるタイプの人間じゃないのである。「あき」って人はどちらかというと顔が丸くて鼻も丸くてちょっと垢抜けない感じの女優さんだ。もちろんそこが超可愛いのだが、ほかの人がどう思うのかはちょっと気になるところだ。というのもぼくは高校のころの「オススメAV女優を発表しあう会」にて、ガチで熟女系の女優を発表してしまい、場を困惑させた前科があるのだ。また思い出しちゃった。みんな高校生で臆病だったってのもあるだろうけど、露骨なほど狼狽した面々にたいへんなショックを受けたのだ。そのときの心の傷は、いまだ滲出液でてらてらしているというのに……。

 なんて怯えているぼくの返信を待たずに、坂本からURLが送られてくる。


《検索したら5人出てきた。この中にいる?》


 そこには、さっきのぼくがたどり着いた五名と同じ名が並んでいた。


〈おれもそこまでは調べられたんだけど、5人の中にいないの泣〉 既読


《まじか。おけ》
《ちょっとまって》


 頼もしい。
 もうちょっと自分でも調べてみるかと、再度あらゆる検索ワードを捻出していると、LINEがくる。
 が、坂本じゃない。
 加藤。
 うわ、久しぶり。高校卒業して最初の夏に会った以来じゃないっけ?


《藤沼ゆうじゃない?》


 加藤の文面を長押しして検索する。藤沼ゆう。いや美人だけどこういうタイプの顔じゃないんだよなあ……。もっと味のある顔なのだ。っていうか坂本のやつ、加藤にも連絡したのか。うお~、ちょっと恥ずかしいけど懐かしい~。っていうかいまふと気づいたが、ぼくは彼女がインタビューシーンで「あき」と名乗っていたことを先に伝えるべきだ。早速坂本と加藤にそのことを送信。


《なるほど》


《了解》


 頼もしい二人です。と思っていると三人目からのLINE。


《キカ単女優の場合、名前が複数あったりするからなあ。月本希美は?》


 誰やねん。
L INEの登録名も「たー」だし。ぼくは一応、月本希美で検索する。顔を見た限り……。
 ぼくはまた背もたれをぎいぎい鳴らす。どうしてこんなにも遠いんだ。


〈ありがとう。でも違うみたいです…〉


 念のため敬語……。既読がつくのを確認するまえに坂本に質問を飛ばす。


〈たーって誰?〉 既読


《あれ? 久留米だよ。知らない?》


 え! 
 マジか! 
 久留米嵩!
 懐かしい~。LINEやってたんだ。もっと早く知りたかったなあ。ぼくは束の間、スマホの画面を眺めながら胸の内側でたっぷりふくらんだ郷愁にひたる。背もたれをぎっこぎっこ鳴らしながらイスを回転させ、すぐそばの窓に向き直る。夜気にのって虫の声が届く。月ははっきり光を放ち、周囲の雲を浮かび上がらせている。坂本とは定期的に連絡をとっているとはいえ、加藤に久留米と、ちょっとした同窓会のような気分になったぼくは久留米に話しかけてみる。


〈ていうか久しぶり。元気? おれは元気~〉 既読


《だろうね。久しぶり~~~》


〈久々に話すのがこんな内容ですまぬ〉 既読


《まあ大事なことだから》


 痛み入る。
 それから「あき」さんそっちのけでぼくは久留米と近況報告をしあう。彼女できた? できてない。大学どう? 夏休みどうすんの? などと話していると、加藤から《上原亜衣》とのLINE。はあ~? なに急にやる気なくしてんのこの人~、ってかまあいいのかやる気なんてなくたって。ここまで付き合ってくれただけで、ぼくは嬉しいんだもの。

 で、結局ぼくはこの四人でグループを作る。みんなで夏休みの予定を出し合い、帰省のタイミングを調整してどこかで四人集まれたらいいねと話している。他にだれ帰ってくるのかな。クラス会とか企画しないのかな、などと話していると、急に加藤が《花火!》といいだし、一枚の写真を上げた。

 写り込んだ民家の屋根らしきものがちょうど夜空を四角に切り取っているその写真には、星空に伸びた花火の軌跡が、重なり合い、消えかけていた。

 ぼくはAV女優を五十音順にリストアップしたサイトに並ぶ女優の顔と名前を流し見ている。レーベルごとに区分けできるので、ぼくは「あき」さんの出演している作品のレーベル名を打ち込み、出演女優一覧をぼんやりと眺めた。そのサイトには女優さんのプロフィールとして、スリーサイズとバストのカップまで表記されている。ふと思い出してみるに、「あき」さんの胸は比較的小ぶりな印象であり、特筆すべきポイントはあのパンと張ったお尻なわけで、そのあたりも念頭に置きつつ画面をスクロールしていく。

 その中にひとり、愛らしい鼻をした女の人を見つけた。バストサイズは八十のD。うお。マジか。ぼくは手元にあった紙のはしにボールペンで「宮崎あき」とメモする。その他にも別名義として「白石きき」とか「忽那りな」などの名前もある。名字と下の名が、ぜんぶ脚韻を踏んでいるな。別タブで出演作品一覧も開く。あ、少ない……し、早々にアナルを解禁している、というか、それが引退作品らしい。ぼくはアナルプレイにはそんなに興味がないし、この待遇はちょっと納得がいかない。

 でもぼくの納得に関係なく、世界は進み続けるのだ。

 無数の暴力がいま、いま、いま、いまこの瞬間にだって誕生し、その結果をもたらしている。結果は派生し、新たな流れを生む。無数の文脈が世界に張り巡らされ、この星、なんなら宇宙にまで影響を及ぼす小さな種に、また水を与えるのだ。

 ぼくは切なくなる。でも少しだけだ。ここで少しなのは、すべてを理解するにはぼくの心や頭の出来が脆弱すぎるからなのだろう。せめてもの願いは、和姦だ。いやらしかろうと、そこに愛があれば、どれだけいいか。もうすでに引退しているっぽい彼女の、和姦系の作品を支持し続けよう。ぼくのその選択により、また新たな未来が、止めようもなかった悪しきレールを外れ、光の道をつくるかもしれない──。

 洗面台で手を洗い、ベッドで横になりながらスマホをいじる。「あき」さんのことは、坂本たちには内緒にしておこう。ぼくはもう無料期間の終了にも戸惑わない。

 あのころと同じにおいがする。

 ちょっと目を離していた隙に、三人は「サッカー部・野球部のイケイケメンバーが帰省時にペンションを借りて乱交パーティーを開催するらしい」「女子は誰々集まるのか」「それは本当に合意の上なのか」「お酒を飲ませて行為に及べば準強姦にあたる」「準強姦は、強姦のソフトなやつという意味ではなく、罪の重さ的には同じ、れっきとした凶悪犯罪」「じいちゃんのマニュアル車なら出せる」「マニュアル車は久留米しか運転できないので、ドライバーは久留米」という話をしていた。そして、いくつもの《どうする?》がスマホ画面に並んだまま会話が止まっている。

 あ、ぼくの意見を待ってくれているのだ。

 おいおいマジか。ぼくは思う。いつまで高校時代のマインドを引きずってるんだよこいつらは。どうするったってそんな。ぼくはスマホで時計を見る。え! もう2時半。時間こえ~。

 そりゃ行きますよ。
 全員ぶっ殺そうぜ。




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