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究極のインタビュー術を編み出したテレビマンの発想法            ~辻章悟さんインタビュー~

プロローグ

頭の中のどこをどう捻ったら、こんな企画を発想できるのだろうか?

2019年まで読売テレビで放送されていた「ガリゲル」というバラエティー番組に「RUNごはん」という企画があった。タレントにインタビューし、人生のターニングポイントなどを聞き出す企画なのだが、普通にインタビューするのではない。夜明け前にランニングしながらインタビューするのだ。10キロとか16キロとかの簡単ではない距離を走り、並走するディレクターがインタビューする。夜明け前だからか、走っているからか、通常のインタビューよりもタレントは素顔をさらし本音を話すのが見所だ。ある意味、究極のインタビュー法ではないだろうか。どうしたらそんな企画を発想することができるのだろうか。その番組のディレクターで、現在は「ダウンタウンDX」のディレクターをしている辻章悟さんに話を聞いた。


こんな人、こんな番組

辻章悟さんは、大阪府堺市出身の42歳。高校卒業後、東京の大学に入学し上京した。大学を卒業し制作会社に入社すると20代の頃は、ガムシャラに番組制作のノウハウを身につけた。そしてまさに30代のほぼ10年間を、「ガリゲル」のディレクターとして、自ら企画を考え出し世の中にぶつけてきた。40代になった今は、高視聴率番組「ダウンタウンDX」のディレクターとして番組の企画、制作を担っている。

「ガリゲル」は、大阪の読売テレビの制作で毎週土曜日の深夜に放送されていた。2010年に関西ローカルの番組として放送を開始し、徐々に放送する局が増え、番組が終了する2019年には、全国の17局で放送されていた。番組の内容は、毎回固定ではなく、ロケ、クイズ、旅、音楽など、週ごとにバラエティーに富んだ企画となっていた。そしてその企画は、他の番組や過去にも類似のものがないオリジナリティ溢れるものばかりであった。その一例をあげる。

●日本全国言われる飯(マンマ)
全国各地で街行く人に今まで食べた料理の中で一番忘れられない料理は何かを質問し、店名以外の情報を頼りに現地に赴き、その店を探し出して料理を食べる。
●キリトリドン
曲名を当てる早押しクイズだが、イントロが流れるのではなく、曲の何分何秒目かをあらかじめ指定し、そこから1秒だけ曲が流れ曲名を当てる。
●ありがとうの旅
誰にどんな感謝を伝えたいかを街でタレントが一般の人にインタビューし、その場から電話で感謝を伝えてもらう。相手からも感謝の言葉を返してもらえると10km、泣くとさらに10kmを進むことができ、そこでまたインタビューしゴールをめざす。
●ラグビー人生ノート
若手芸人がラグビーの強豪校の練習を取材し、名物監督の言葉や選手の行動などから、プロの芸人としての考え方や人生を学んでいく。

これらの企画は、不定期で出演者や場所などを変えバージョンアップされていく。番組全体のコンセプトとして単に面白さを求める企画はない。本を読んだ後の気持ちを表す読後感という言葉があるが、テレビを観た後の気持ちとしても使って良いのなら、「ガリゲル」の読後感は、毎回、面白さの中にどこか人の優しさや暖かさを感じることができる、そんな企画が多かった。

辻さんは、その番組のディレクターとして、毎回毎回の企画を立案する役割を一手に担っていた。その辻さんを最初にお見かけしたのは、麹町にあるテレビ局のスタジオだ。2014年の春のことである。

「ガリゲル」の本番収録を数分後に控えた薄暗いスタジオに辻さんはいた。番組観覧に来ていたお客さんに自ら前説をしていた辻さんは、色黒く焼けた肌に、あごひげ、丸メガネ、赤いキャップ、迷彩柄のパンツに水色のデザインTシャツという、私がイメージしていた『テレビマン』そのものといった風貌だったのを覚えている。
その辻さんに取材を申し込むと即座に快諾の返事をいただけた。


ザ・テレビマン流 究極のインタビュー術

日曜日の朝、二子玉川のカフェに現れた辻さんは、赤いキャップに紫のTシャツ、緑の短パンにサンダルという風貌で、数年前にスタジオで拝見した『テレビマン』のままだった。やや緊張しながら待っていた私は、その変わらない風貌を見て少しホッとした。

「合計15人くらいのタレントさんに、走りながらインタビューしましたね。」 
やはり私と同じく、「ガリゲル」の100本以上あった企画の中でも「RUNごはん」は一番印象に残っていると辻さんは話し始めた。
「RUNごはん」は、夜明け前のまだ暗いうちから走り始める。走るのは、出身地や思い出の地だ。スタート地点も何らかのゆかりのある場所が選ばれる。お笑いコンビ「和牛」の川西さんの回では、スタートしたのは、大阪なんばのビックカメラ前。相方の水田さんとコンビを組むために初めて落ち合った場所だ。スタート前にその出会いの様子を聞く。お互い別のコンビを組んでいたが解散して相方を探していた。そんな時にある先輩芸人の紹介でコンビを組んでみないかという話になったのだという。


「僕がここでこんな感じで待っていたら、ちょうどあっちから水田君が来たんです。」


その時の様子をその場所で説明するのでわかりやすい。そして走り始め、並走する辻さんがインタビューする。なぜタレントになったのか、相方とはどんな関係性なのか、苦労した時代のこと、その時何を考えていたのかなど、タレントの今の活躍の礎になった出来事やターニングポイントになった出来事を深堀し、具体的なエピソードを聞き出していく。

「まじめに答えると少し気恥ずかしい質問でも、走りながらなのでつい話してしまったと、タレントが自分の中で言い訳ができるのも良かったようです。」と辻さんは分析する。

やがて周囲が徐々に明るくなり、朝日が昇る。実家の近所まで走ってきている。生まれ育ち遊びまわった街だ。兄弟漫才コンビ「ミキ」の亜生さんは走りながらこんな話をしていた。「この散髪屋さんで子供の頃から髪を切っていて、今でも帰ってきたら、切りに行くんですよ。」何気ない情報だが、この場所でないと聞き出せなかったであろう話で亜生さんの子供時代に思いを馳せることができる。

そしていよいよゴールすると、お母さんが朝ごはんを作って待っている。心の落ち着く実家に戻り、母親の朝ごはんを食べる。こんな家庭で育ったのかと想像に容易い。懐かしい母親の手料理を食べると、子供の頃のエピソードも出てくる。

「和牛」の川西さんは、早朝から料理を用意してくれた母親に「番組に出てくれてありがとう。」と素直に感謝の言葉を伝えていた。川西さんの優しい側面を見ることができたと当時Twitterでも評判になっていた。
ロックバンド「AquaTimez」のヴォーカル太志さんが走った時は、走りながらバンドの歴史を振り返っていった。そしてゴールしたのは、昔バンドのメンバーとよく通ったという蕎麦屋だ。売れる前にバンドの練習をしていた音楽スタジオの地下にある。ゴールすると、当時と同じように蕎麦を食べ、デビュー前の苦労話をしていた。

「その人のルーツに物理的に戻ることで、その人のその時の思いや感情など内面にまで迫ることができるのです。」と辻さんは言う。

日本テレビの「アナザースカイ」 も、いわば同じ手法なのかもしれない。タレントが海外などの第二の故郷を旅し、その地でのエピソードやどんな思いで過ごしていたかを語る。
誰にも、それぞれ故郷やルーツがある。その場所に行くだけで、本人も忘れていたような、その時の記憶や感情が甦ることは確かにある。

「ガリゲル」には「なぜか離島へ」という企画もあった。コンビのお笑い芸人が、瀬戸内海の別々の島へ渡り、焚火をしながら話を聞く。
「別々の離島に、コンビ芸人を連れていき、それぞれの島で話を聞くと、普段なかなか口にすることのない相方への想いを聞くことができました。やっぱり気になるんでしょうね。離島という非日常感、物寂しさがそういう雰囲気にしたのだと思います。」

面白い企画を考えるというよりは、人の面白い面、エピソード、内面をどうやったら引き出せるかという発想だ。「人」が結局一番面白い。「人」を掘り下げるにはどうしたら良いか、出演者のタレントとしての魅力だけでなく「人」としての魅力を引き出すにはどうしたら良いかをアイデアの起点としている。

確かに考えてみると、インタビュー番組は、長寿で面白い番組が多い。大御所がズケズケと聞く「徹子の部屋」「さんまのまんま」、聞き上手で見事に引き出される「サワコの朝」などが、その代表例だろう。辻さんは、インタビューアーのタレント力や話術ではなく、ルーツや非日常の環境をステージとすることでタレントの人間としての内面を深掘りすることに成功したと言える。(インタビューイーはかなり限定されるが・・)

手法はともかく、インタビューにおいて、その人の現在地や未来を知るためには、その人の現在につながるルーツを探るということがとても大事だというわけだ。


ザ・テレビマン流 アイデア発想法

ゲームクリエーターで宣伝会議でも発想法の講義をしている米光一成氏は、著書「自分だけにしか思いつかないアイデア発想法」の中で、発想が湧き出てくる方法などない、トレーニングをすることで発想が湧き出る体質になっていくのだと述べている。

辻さんに話を聞くまでは、辻さんはアイデアが次々と湧き出てくる人なのだろうと筆者は思っていたのだが、全くそんなことはなく、実際、毎回アイデアを出すのに頭と時間をフルに使いかなりのプレッシャーになっていたのだという。実際、「ガリゲル」が終了すると聞いた時は、寂しく残念に思う気持ちは当然だが、もう毎週毎週考えなくてもいいのだと少しホッとした部分もあったと打ち明けてくれた。

では辻さんはどのようにアイデアを考え出していたのだろうか。
「結局、自分の中からしかアイデアは出てこないんですよ。だから自分の原風景や日常に戻ってみるんです。子供の頃や学生時代に何をして遊んだか、何を面白いと思ったか、あるいは最近何をしているかを考えてみます。」
「RUNごはん」も、学生時代の経験から発想を得た。
「明け方まで仲間と遊んでいた時に、マクドナルドまで3・5kmという看板を見つけ、朝マックを食べるためだけに往復7kmを歩いたことがあって、その道中になぜかいろんな話をして楽しかった。それを思い出し、企画にできないかと考えたのです。」

「キリトリドン」も仲間うちで、一瞬だけ音楽を聴き、何の曲かをあてるゲームをしていたことを思い出し、そのまま番組の企画に昇華させた。最近もテレビ局全体で「SDGs」をテーマに放送をしていた週があり、「ダウンタウンDX」でも、それに沿った企画を考える必要があったのだが、駅まで歩いていた時に、スマホに記録されていた歩数を見て、芸人の1日の歩数を調べて発表していくという企画を思いついた。
朝マックや仲間うちの遊び、スマホの歩数など、まさに経験や日常など自分の中からアイデアの発想を得ている。自分の引き出しの中から、アイデアとして取り出すことができるかどうかだ。

朝ごはんとインタビューとランニングの組み合わせ、SDGsとお笑い芸人と歩数計の組み合わせなど、組み合わせるというのも、辻さんの発想法の一つだ。
「辻さんは、いろんなものを組み合わせるのが上手い。全く違うものと違うものを結びつけようと言ってくる。」
そう話すのは、「ガリゲル」の番組スタッフの一人、読売テレビの村岡聡一郎さんだ。
「ラグビー人生ノートという企画では、ラグビーの監督やコーチが練習や試合後に話す内容が人生訓に近いということに気づき、若手芸人の成長と組み合わせ、ドキュメンタリー企画に仕立て上げた。ラグビーと若手芸人を組み合わせるなんてすごい発想でしたね。」

そんな辻さんも、全くアイデアが出ない時もあるという。そんな時はどうするのだろうか。
「考えても、考えても何も出てこない時は、一旦、それを忘れるようにしています。」
先輩プロデューサーに教えてもらった方法だ。
「一旦、忘れて違うことをしたり考えたりするのですが、頭のどっかには、点として残っていて、それが何か別の事や物を見た時に、急に点と点が結びつき、アイデアとなって引っ張りだされるようにして出てくるのです。」

おそらく末光一成氏が著書で言っていたアイデアが湧き出る体質というのは、この点と点を結びつける能力のことを言っているのだろう。発想法などないと語る米光氏だが、その体質を作るためのトレーニング法を紹介している。自分を表す言葉を自分なりの切り口で書き出し(著書では弾丸化するという表現が使われていた)、関連をまとめてマトリックスにしておき、考えないといけない課題ややりたいことなどをマトリックスにし、そのマトリックス同志を結びつけるという手法だ。弾丸化された自分なりの切り口や課題の一つ一つが、おそらく辻さんのいう「点」と「点」だ。一見異質に見える点と点を頭の中で結びつけることが出来るようになることが、「アイデアが湧き出る体質になる」ということなのであろう。

また辻さんは、視点を変えてみるということも意識している。休日には、子供の友だちやママ友たちとも、よく話をするのだそうだ。そうすることで、視聴者側の感覚や流行を知ることができる。何を発信するかではなく何が求められているかと、視点を作り手から受け手に変えて考えることで、ウケるアイデアを発想することができる。「ガリゲル」のスタジオで前説しながら観客と話をしていたのも、そのためだ。「観覧に来るお客さんは、番組を観てくれている。先週の放送の感想を聞いたり、最近好きなタレントとかを聞いたりしています。受け手の視点での点を増やしているんです。」


エピローグ

数年前から、辻さんはテレビ番組の制作以外にも活動の幅を広げ、長野県佐久市や群馬県桐生市の地方創生のプロジェクトも手掛けている。イベントや映像制作、クラフトビールならぬクラフトGINの製造販売などをプライベートの仲間と企画し地元の人とともに実行している。

目が回るくらい忙しいでしょうと尋ねると、これでもまだ2割ほど余白を残しているのだという。自分の時間や力を2割ほど空けておいて、今後何か新しい取り組みをするための助走に使ったり、新しいアイデアのためのインプットの時間として使ったりしているのだそうだ。

そんな仕事術とも言える話を含め、今回の2時間弱の辻さんへの取材では、インタビューの極意、アイデア発想法など実に多くの手法や考えを学ぶことができた。どれもテレビ番組の企画制作以外にも使える手法ばかりだ。ここに書ききれなかった仕事術やエピソードもたくさん聞かせていただき、それらはすべて私の中で 「点」となっている。もっと話を聞くことができたら、もっともっと多くの「点」を得られる気がする。
次は、走りながら話を聞いてみたい。(完)

辻さん写真

参考文献
「自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法」米光一成著 日本経済新聞社

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