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悶々とする日々

ここのところ気分的な問題で、もやもやと不安定な日々を過ごしていました。
過去にすでに解決した問題だったり、普段だったら気にも留めない小さなイライラが、エンドレスで流れるBGMのように、頭の中をぐるぐると巡って離れないでいました。

数日前にも、夫と連絡を取り合っていたlineで、私がぶっきらぼうな返事をしたことに違和感を感じたのか「何かあった?」と問いかけてきました。
相談しようにも、自分でも何故なのか原因がわからない。
心配してくれた夫にさえ、放っておいてくれたらいいのにと不満を抱く始末。

気晴らしにお出掛けしてみようかとも考えましたが、何処へ行けばいいのか、何をしたら気分が晴れるのか全くわからず、気晴らしの方法を考えれば考えるほど、悶々とする材料が増えただけでした。

そして今日の午後。
リモートで仕事をしていた長男と遅いランチをとることに。
今日はパスタの気分だと長男が言ったので、近くのイタリアンレストランへ。

私「昨日さ、買い物の時に、ペットショップに猫のエサを買いに行ったんだけど、私好みの可愛い仔猫がいてさー」
長男「それで」
私「ノルウェージャンフォレストキャットの女の子で、可愛いの」
長男「ふ~ん」
私「でもさー、20万円もするんだよ、高いよねぇ~」
長男「そんなもんでしょ、大型猫でしょ、ハルよりでかくなるよ」
私「買ってくれる?クリスマスプレゼント♪」
長男「仕方ないなぁ~、また俺が仔猫拾ってくるよ、猫は買うもんじゃなくて拾うもんでしょ(笑)」
私「だよね~(笑)」

こんな取り留めのない会話をしていて、ふと気が付いた。
やっぱりポロンが居なくなって、空っぽ状態だったんだなって。

ポロンとは、先月20歳の長寿を全うして虹の橋を渡っていったMダックスの女の子。
20年前、生まれた時は私が取り上げてへその緒を切りました。
とてもやんちゃで手が掛かりましたが、晩年は病気もあり違った意味で目が離せない老犬介護の日々を過ごしていました。
いつ何があってもおかしくない介護の日々だったので、心の準備は十分できていました。私に限ってペットロスにはならないだろうと。

ポロンが逝ってからの生活は、体力的にはとても楽になりました。
常にポロンの体調を気にしながらの生活だったので、夜中でもオムツを替えたり、夜中の徘徊に付き合ったりで、眠れない日もありましたが、今は熟睡できます。
外出していても、ポロンの事が気に掛かり、急いで帰宅していた時もありましたが、今では帰宅時間を気にせず、ゆっくりショッピングや飲み会を楽しめます。

それはそれで気楽で自由なのですが、何か物足りないような、生活の中にぽっかり空いた空間がとても居心地悪く感じるようになりました。
ポロンを失った悲しみがある訳ではなく、むしろ20年も生き抜いたポロンを誇らしく感じるほどでした。でも長男との雑談で、無意識に何かで埋めようとしている自分に気が付いて、これもペットロスの症状のひとつなのかなと、自覚がないだけに不思議な感覚でした。

私のペットロスの症状は、深い悲しみに襲われたり、鬱状態になるというような重い症状ではなく、軽い空虚感が続くといったものでしたが、今ではすっかり気分も晴れています。

今年もあと半月余りで終わりますが、ラストスパートで仕事と家事を片付けて行かなくちゃ!
まずは年賀状に取り掛かります(笑)



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