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『九龍ジェネリックロマンス』最高の第1巻!

 東京マンガレビュアーズさんが、去年2020年の最高の第1巻を選ぶ企画「新刊マンガ大賞2021」を始めましたね。

 投票権はありませんが、もし私が1位を選ぶなら『九龍ジェネリックロマンス』一択です!
 この第1巻の衝撃は凄まじいものがあります。第1話からゆっくり丁寧に醸されてきた感情・世界観が、1巻読了直前に一気に崩されます。とても鮮やかに。「やられた!」と思ったらもう最後。続きが気になって仕方がない。読み返したくて仕方がない。この世界が知りたくて仕方がない。

『九龍ジェネリックロマンス』 眉月じゅん

 2019年11月~週刊ヤングジャンプ(集英社)にて連載中の、大人のロマンス&SFミステリー。第1巻は2020年2月発行。週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて『恋は雨上がりのように』を連載されていた、眉月じゅん先生の最新作です。

 物語の舞台は、空にジェネリック地球(テラ)という謎の建築物が浮かぶ九龍城砦。九龍とは、かつて香港に実際に存在し「東洋の魔窟」とも呼ばれた、違法に建て増しされた建造物が密集するスラム街です。人が多くて、汚くて、ごちゃごちゃしていてーーーでもどこか懐かしい街。

 鯨井令子(くじらいれいこ)と工藤発(くどうはじめ)は、そんな九龍にある小さな不動産屋の社員です。
 狭くて古いオフィスに勤めるのはこの2人と、定時にしっかり帰るかわいいオジサン支店長の3人だけ。昼休みには、いつもの食堂でプリプリの水餃子を食べ、たまに仕事をさぼって地域のおじいちゃんたちと麻雀をする。九龍のたくましくて優しくてちょっと変わった住人たちに囲まれて、鯨井と工藤は働いています。

 そんな何気ない日々の中で、鯨井は先輩である工藤に徐々に惹かれていきます。ガサツな工藤に呆れることもあったのですが、ちょっとした工藤の視線や言動から、その感情が少しずつ形になっていきます。
 知らなかったクセを見つけて嬉しかったり。笑い顔になぜだか懐かしさを感じたり。もっと触れてみたいと思ったり。

 このゆっくりと工藤に惹かれていく描写は、空気感がとても詩的で色っぽくて素晴らしいです。薄い布を1枚ずつ重ねていく事で、その布の本来の色が少しずつ分かっていくように、鯨井の気持ちもゆっくりと明らかになっていきます。当初は自身で否定しつつも、それでも抗えず惹かれてしまう鯨井の気持ちが、静かに伝わってきてドキドキします。
 一方、工藤の気持ちは明確に表現されないので、彼のふとしたコマに、つい鯨井への想いを見出そうとしてこちらも切なくなってしまいます。

 鯨井は工藤の言葉から、ある事に気づきます。彼には過去に、自分と同じようなクセをもつ大事な人が居たらしいという事に。それでも彼が好きだと自覚する鯨井。
 そんなある日、事務所のソファで爆睡してしまった工藤を起こそうと声をかけた鯨井に、工藤は寝ぼけてキスをしてしまいます。正気に戻った工藤は一言「悪い。間違えた。」、顔を真っ赤にして大いに困惑する鯨井。

 そんな風に、どっぷりと眉月先生の情緒的な大人ロマンスの世界に浸り、うっとりしながら迎える第1巻の最後の数ページ。読み終わった時に「え、ナニコレ。」と口に出して言ってしまいました。衝撃展開。物語の「本当」はまだ始まっていませんでした。

 この今まで感じていた世界観を、根こそぎひっくり返される感覚が凄いです。

 これ以降は、鯨井を優しく包んでいたあの街が、あの人の視線が、あのシーンが、全てまるで違ったものに見えます。そしてここで、作中ぼんやり感じていた幾つかの違和感が、くっきり形になって我々に拳を打ち込んできます。

 この世界に、一体何が起きているのか?これまでの日々の意味は?ジェネリック地球(テラ)とは何なのか?2巻3巻に手を伸ばしたあと、また1巻に戻って読み直す方も多いのではないでしょうか。

 2巻以降はとても展開が早いです。どっぷり2人のロマンスに浸っていた分、見え隠れする「本当のこと」が辛そうで・・・。個人的にはもはや「もう知りたくない」という気持ちすら出てきますね。

 それでも鯨井と工藤の今後と、この世界の謎は見逃せません。2021年2月6日現在、既刊3巻ですが、第4巻は2月19日発売です。もうすぐ!楽しみです。

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