催眠術と〈メタコミュニケーション〉の時代


 いつの事だっただろうか、飲み屋か何かで催眠術師にたまたまお会いしたことがある。催眠術を修得しているという人物に会うのは初めてだったので、色々と興味深く話を聞いたものである。彼は、とある別の人の私的なセミナーのような会合に出て、催眠術の技法を授けてもらったのだと言う。催眠術というのはそうやって秘かに伝承されているものなのかなどと感慨を抱いたものである。
 そうして話が盛り上がる内に、実演してみようという段取りになった。普段は殆ど披露しないそうだが、その時その場に居合わせて話に加わっていた別の男性ならば良いと思われたのだろうか、その方にかけてみることになった。こうして突如として私は、彼の巧みな術によってその男性が催眠にかけられていく一部始終を具に見ることになった。


 その映像ははっきりと脳裡に焼き付いている。呪文のような声を優しく掛けられ続けると、腕、肩、腰、そして全身という順序で、男性の身体の力が抜けていく。そのまま昏睡するように眠り込む。何がどう変わるのか指示が出され、指パッチンの合図と共に目を覚ます。明らかに当人の意識がはっきりとしているのに、合わせた手が離れない、椅子から立てない、自分の名前を思い出せない、といった不思議な事態が次々と巻き起こるのである。

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