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写真集を出すということ。

アートブックに特化した「Case Publishing」と オンラインショップ「shashasha」の代表取締役を務める大西洋氏が、自身の仕事に付いての話、そして簡単なポートフォリオレビューを行うというワークショップがあり参加してきた。

前半は日本の製紙の歴史(日本初の株式会社は製紙会社らしい)から、大西氏が手掛けた写真集の作り方の流れまで、幅広く聴かせていただいた。

ぼくが大西氏に訊きたかったことは、

・デザイナーと写真家の関係性について。
・作品を販売する場合と、写真集を販売する場合の違いとは?
・安価なZINEなどの簡易写真集と、特殊な装丁を誂えた高級な写真集との違いについて。
・無名の作家の写真集を作ろうとしたきっかけとは?

である。
この質問の大半は、話を聞き進める内に解決された。
一番訊きたかったことは最後の質問である。
これも訊く前に大西氏自身が語ってくれた。

アンソフィー・ギュエというベルギーの写真家がおり、その写真集を大西氏は作っている。
ジェンダー・トラブルを持つ人々のポートレイトを集めた写真集で、一年に数枚のペースで撮影されたものだと言う。

ギュエ氏のステートメントを拝見した。
ステートメントとは、言わば作品の設計図のようなものである。
コンセプトを明確にし、鑑賞者にそれを明示する方法で、正直その手段はいままで自分の中で受け入れられないものだった。
何故ならコンセプチュアルなものを前面に押し出した写真に、良いと思える物が少ないからだ。

コンセプトだけを重要視した物を撮れば良いのならば、それは「アイデアと蒐集」であり、評論家やコピーライターが企画し、撮影すれば良いだけの話である。
しかし、実際の作品にはそれは当て嵌まらない(事が多い)。
それは何故かと言うと、言語的なセンスと視覚的なセンスは脳の物理的な領域からして違う分野にあり、それをマッチングさせるバランス感覚が、その人の作家性を如実に現すからである。

勿論、写真集を作ることは写真の収集だ。
ひとつの土台が出来てしまえば、それに則り丁寧に作品作りをすれば良い。
そして出来上がった物がどういう評価を得るか、これはゲームに近いイメージである。

話が逸れたが、アンソフィー・ギュエ氏に出会ったのは、六甲山国際写真祭のポートフォリオレビューだったという。
「ポートフォリオレビューが良いですよ、写真集を作りたいなら。ぼくは最近呼ばれてないけど」
そう大西氏は語った。

後半はそのポートフォリオレビューである。
参加者は少数ではあるが、その面前で作品を見せ、そのステートメントを話す。
そもそも写真をやっている人間は、そういうことが苦手な上の表現方法として写真を始めている場合が多い。
今回は作品を持参していなかった。
冷静に全体的に見ようと考えていたからだ。そしてその目論見は成功した。

ポートフォリオを持参した方々は、無論、撮影技術も高く、表現に対しての意識は高い。
しかし、それを側から冷静に見てみると、はてなと思う穴があったり、写真としての統一感が物足りなかったりした。
それは勿論、時間を掛けて撮影しているものだし、流動性はあるだろうが、そこの部分こそ現代の写真家に求められているものだと思う。
そして、皆が写真集を作りたいと言った。
当然である。
しかし、ぼくには今出したい写真集が無い。

ひとつだけ質問をした。

「数十年、コツコツとモノクロ写真を撮って作品作りをしている無名で技術も持っている方がいるが、何故彼等は陽の目を浴びないのか?」

ぼくの頭には、十年以上前に新宿のゴールデン街の写真バーで知り合った、一人の写真家が浮かんでいた。
自分を蛞蝓と名乗り、下からの目線で世界を舐め回してやる、というような事を彼は語っていた。写真もその時に見せていただいたのだが、その写真はとても誠実で良かった。もう何年もこの様な写真を撮っているが、どうにも上手くいかない、と彼は語った。
ぼくは彼のことを思っていたのだった。

しかし、後日shashashaのホームページを見ていると、彼の写真集が発売されていたことを知った。

彼はぼくの勝手な想像を越えて陽の目を見ていた。
彼は今でも蛞蝓の様に社会を睨めあげているのだろうと思うと、少し楽しい気持ちになった。
そもそも蛞蝓は陽の目見るものでは無いのだし、写真集を出したことが成功だとも思わないが、それはそれで良いのだと思う。
写真は写真集を出したり、展示をしたりする為にだけある訳では無いし、可能性は広い。

写真はどちらかというとストイックな世界だと思う。
柔軟さとストイックさのバランスを、頭を使って考える時代になっている。
無論、どれが正解という訳では無いし、間違いということでも無い。ただの流れだ。

「お金を出せば写真集は誰でも出せますよ」
そう何度も大西氏は言った。
その通りだ。
何故、その写真集を出版しないといけないのか、そこから考えてみるのも面白いのではないか。

#写真集 #出版 #写真

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