プロレスの練習生だった話29

興行が終わりしばらく練習や興行という日々を送った。
課題のある有料興行ではあった。
しかしながら女子の練習生からあることを言われた。
紙テープの捌きがめちゃうまいってみんな褒めてたよ。
直接褒めてもらえなかったのだがさんざん千葉で教わっていたことを活かすことができた。
紙テープ捌き一つとっても使える人間かどうか判断されると昔千葉でさにいたからレフリーの方が言っていたのを思い出した。

アパレルのバイトは性に合っていたのか楽しく働くことができたしコーディネートして欲しいと言ってくれるお客さんもいた。
学生生活では実習に行き児童養護施設に行った。
子供達とサッカーしたり野球をしたり。
二つ行った先の施設は初めて挨拶に行った際の会場と近くプロレスを見ていた子供もいたという。
施設の決まりで身の上を話すことはタブーだった。
幼稚園児の子供からはヒーローしてるの?と言われた。
約2週間ほど参加していたので興行や練習は休ませてもらった。
2週間ほぼ毎日子供達と過ごす中で情というものも芽生え最終日には子供達が大粒の涙を流していた。
自分は不仲とはいえ両親や兄弟と過ごし、夢を追うことができた。そして学校にも通わせてもらうことができた。
他者からの援助で夢を追うことができた。
しかし、施設の子どもたちというのは夢を見ることすら叶わず現実的な生き方を選ぶことを余儀なくされるパターンが多い。
そんな子供達にプロレスの素晴らしさや叶わなくても夢を持つことの意義を伝えたいと言う気持ちが生まれた。
早くデビューしたい。
その答えに辿り着いたのは自然のことだった。

その気持ちとは裏腹に練習がなかなかできない日々が続いた。
学生プロレスが時を同じく学園祭で興行をするとのことでリング練習や先輩の指導は学生が中心だった。
致し方ない理由なのだが自分の中の嫉妬心というものがそこにはあった。
いくらOBOGの集まりとはいえプロと学生プロレス。
自分は学生の立場だが、学プロではなくプロの団体に覚悟を持って入ったのだから自分こそ指導を受けたい。
そんな気持ちがあった。
リングの上は学プロとその指導にあたる先輩。
特にすることもなく見学をしていると覆面をつけた先輩が話しかけてきた。
〇〇君はどんな技使いたいの?
この先輩は表層的は変わり者なところやお調子者な面があるがキャリアは3年上ということもあり比較的接しやすい方だった。
男子はチョップを多用するが自分としてはしっくりこなかった。
ガタイのいい人がやれば見栄えはいいのだけど
前回の練習でチョップを習ったが手は痛いし受ける胸はもっと痛く向いてないなーと思っていた。
なのでエルボーを使いたいと話した。
輝優優という女子選手がおり、フィニッシュにまで昇華させていたのでチョップよりエルボーが好きということもあった。
教えてあげるよ!と言われたのでエルボーを習う。
首筋を狙い腕を入れる。
先輩の技を受けてみるとずしりと重みは感じるが皮膚が裂けるような痛みに襲われることもないのでこちらもすぐに攻撃に転じることができる。
先輩に打ち方を教わり自分が打ち込む番になる。
右足に重点を移動させ腰を入れながら打ち込んだ。
先輩からは強烈!という評価をもらった。
憧れていた先輩が近くにあり
エルボー使いたいらしいから教えてましたと覆面の先輩が言う。
憧れの先輩も受けてくれるとのことで打ち込む。
力いっぱい打ち込んだがあまり効いていない。
先輩のエルボーを受ける。
まだまだか細い首に打ち込むのは怖いと言っていたが
2メートルくらいよろけた。
3割くらいの力らしい。
この日は他の練習生もおらず自分だけが新しい技を取得することができた。

季節はすでに夏が過ぎ秋になった。

ある日は地区のお祭りに興行を出すことになった。
この日は練習生が自分だけだった。
2人の練習生は社会に出ているのでなかなか参加が難しいようだった。
なぜかリングの組み立ての時サボるなと怒られた。
サボっていたわけではないのだが。
そして鉄柱に足をぶつけたので朝から多少出血をした。
タオルも取りに行けなかったしそこまで痛くもなくそのまま作業をしていたら覆面の先輩が血でてるよ!と気づいてくれたので絆創膏を貼ることができた。

第一第二と1人でセコンドとしてでた。
ガウンを受け取り試合が後ろの先輩に預けたり、手拍子をし観客を盛り上げたり。
試合の指示なんかもできたらしてみてと言われたが
千葉では習っていなかったのでどうしていいのか分からなかった。
有料興行のときもそうだがセカンドのやり取りなんかは手取り足取り教わらないのだ。
とりあえずはロープブレイクの時にレフリーに伝えたり、ロープが近い時に伝えたりとファンだった頃よく見ていたセカンドの動きをした。

そして、覆面の先輩が試合をし、思いの外ダメージがあったので控え室まで肩を貸した。
ダメダメだだたな。と呟いた。
先に表層的には変わり者やお調子者の面があると書いたがこの先輩は非常にストイックなのだ。
体つきがバキバキでコスチュームなど自己表現を試行錯誤している。
そんなことなかったです。かっこよかったです。
と伝えた。
何と声をかければいいのか分からなかったがグランドのテクニックなどは東京でも教わってきたので上手いか下手かくらいは判別もつく。
先輩のグランドはキレもある。
なのでそんなことを思って欲しくはなかった。

この日は1人でほとんど動いており片付けまで参加する時間がなかったので先に失礼させてもらった。

セコンドも立派な仕事でプロレスに携わることができ
嬉しいはずなのに喜べなかった。
練習がしたい。
季節は変わるのに練習量が少なく次第に焦りが出てきていた。

別の日、
この日は大阪南部のアウトレットで興行をした。
ここでの参加は2回目だった。
21歳なのでアウトレットには興味津々だったが買い物できる暇もなくリングを組み立て先輩からリングの見張りや修繕、リング下の整理、物販の整理など諸々をこなした。
女子の練習生の先輩も来ていたが物販担当だったので第一試合は自分だけがセコンドだった。

第一試合はタッグマッチだった。
最近デビューした先輩と憧れていた先輩がタッグを組んでいた。

普通なら何もなく終わるのだがこの日は違った。
憧れの先輩がコーナー攻撃を仕掛けた際に額を金具にぶつけたようだった。
自分は反対のセコンドにおりはっきり見えていないのだがコーナーをおり、仕切りに額を抑える先輩がいた。
そして汗にしてはやけに赤く透明なものが流れているのを見た。
先輩の近くへいくと流血していることはすぐにわかった。
あまりに咄嗟のことだったのと練習生という立場上自分から先輩に話しかけることができない
そうしたらアクシデントに気づいた代表が駆け寄ってきた。

自分に指示を出し物販からタオルを一つくすねて代表に渡し先輩の頭を保護した。
先輩は医務室に運ばれた。

その後の試合でも流血があったがこちらは大したことではなく、自分も駆け寄り血が出てます。と伝えたが保護するほどではなかったので事なきを得た。

試合が終わりリングの片付けをした。
先輩は途中病院で縫合したらしかった。
帰りの車で先輩と同乗した。
先輩はごめんねびっくりした?と謝ってきた。
こちらこそ咄嗟でうまく動けずすいませんでしたと謝った。
途中食事をしていないことに気付いたのかたこ焼きと水を買ってくれた。
先輩もひどく疲れたようで隣で寝だした。

あまりお腹は空いていなかったがたこ焼きも水もありがたく頂いた。

自分も朝が早く残暑厳しい空で動き回りひどく疲れた。
物販の片付けを終え大学に戻りリングの撤収

少しオーバーワーク気味だったのか学校では疲れている?とよくきかれた。
顧問の先生は入学前からプロレスも同時にしたいと伝えており許可をしてくれていた。
そんな中で最近機嫌悪いよなと話しかけてきた。
早くデビューしたいのになかなか練習する時間なくてと伝えた。
あー、練習を今いっぱいしたい時期なんやなと返してくれた。
精神分析を得意とする先生らしくこちらの気持ちを汲み取った回答だった

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