プロレスの練習生だった話25

静岡でのお世話になったジムでの勤務も残すところ僅かとなった。
最終勤務ではスタッフの方やお客さんに挨拶をして回った。
特によく話してくれたお客さんには心理学を学びに行くと伝えたところ娘が不登校で自分も辛かった。そんな時にここでお話ししてくれてすごく助かったと涙涙ながらに話してくれた。
また夫婦で来ていた婦人からは女は愛嬌というけど男の子も笑顔を絶やすことなくしていれば周りが助けてくれるよ。と教えられた。
今でも胸に刻む金言を貰えた。
スタッフの方達とは頑張れよ。と言ってもらえた。
こちらは湿っぽくない体育会系ならではの別れ方だった。
総務の人たちは名残惜しそうにしてくれた。
また、企画経営部の方からはプロレス興行を集客でやりたいとの事でアドバイスを求められ、各団体の問い合わせサポートや地方は積極的に進出している団体について説明をした。
この後、ゼロワンさんや大仁田選手など錚々たる面々が興行に訪れたときき、微力ながら恩を返すことはできたと感じた。
この1年間で地元の人達、少なくとも生まれ育った故郷への感情は温かいものを感じることができ、挫折を経験した人間が腐らずにいられたのはこの期間に感じた人情によることが大きい。
本当はもう少しここにいたい。そんな気持ちが芽生えていた。

そして、4月になり大阪へ出立した。
専門学校はというと、最初の印象は雰囲気が合わないと感じた。
この時点で21歳になっておりストレートでの入学生達とは少しだけ年齢が離れていた。
心理学科はやはり少しなりとも独特な雰囲気を持った面々が揃う。
その中でも自分の経歴は異色だったのですぐに顔と名前を覚えられた。
はじめはジムのバイトをしたりしたが大阪の人間関係に馴染むのはなかなか大変だった。

そして、プロレスに対しては前記事にも記した通り、
すぐに。とはいかなった。
大阪での生活に慣れなければ。そんな気持ちがあった。
この頃は静岡での経験を通じメンタルも落ち着きを取り戻していたのと同世代との生活に刺激を受け、人生で一番活発で伸び伸び過ごしていた。
講師曰く、クラスの中心で引っ張って欲しい時に引っ張ってくれる存在だったらしい。
しかし、どこか疎外感なのか満たされない気持ちがあった。

それはプロレスへの思いは募ることに比例するようだった。
心理学の学校なので自分の心を読み解く事に関しては環境は整っていた。
スクールカウンセリングを利用してみた。
仲間を作りなさい。と言われた。
そしてこのカウンセラーの先生は利用者が一名しかいないとのことでもれなく来なくなった。
唯一の利用者だった。
一年間は資格の取得や学生イベントなどで終わった。

心理学においては臨床心理、力動と呼ばれる心で心を感じる。というフロイトやユングといった学派が好きだった。
自分自身の心の探究の為に箱庭セラピーなどもうけていた。
※箱庭に砂を敷き詰めそこに動物や木などオブジェを置き、そこから心を読み解く技法

2年に差し掛かる時担任にプロレスをまたやりたいという話をセラピーを通じ話した。

そして、無料興行をしているタイミングで団体の視察を兼ねて観戦に行った。

大阪に来たもう一つの理由。
体の小さな、線の細い選手でもリングに上がることはできる。と信じていた。
目の前の選手は線も細く体も小さいがスピードやセンスでそれを充分に補っていた。
この人に会う為に大阪に来たんだ。
マイクアピールを聞き胸を打たれた。

そして自分の中に久しく感じていなかった湧き上がる高揚感を感じた。

もう一度プロレスをしたい。
願望が目標になった。
誰かの為にではなくて、初めて自分自身のためにプロレスをしたい。
自分を表現できる場所としてリングに立ちたい
素直にそう思えた
中学生でプロレスにハマりワクワクした頃の感情を呼び起こさせた。
この団体で、この人のそばでデビューしたいと思えた。
男子プロレスを見てこの気持ちになったのは初めてだった。

そしてこの時期、生きるとはなんなのかということを考えさせられる出来事があった。

その出来事を払拭するかのように先のプロレス団体にコンタクトを送った。
過去に練習生をして今は学生をしていること。
自分の中でプロレスは他の何より変え難いことを拙い文章で送った。
返事はその日に返ってきた。
プロレスで食べていくというよりプロレスが好きでやってる仲間ですがそれでも良ければ試合の時に会いましょう。
ドキドキした。
緊張ともワクワクとも言えないこの感情は初めて入門した日と同じだった。

そして5月になり指定された会場へ行くことになった。
何かの縁日の催しのようでたくさんの屋台の中にリングがあった。
そして、プロレスラーと思わしき集団もいた。
誰に何を伝えていいのかわからなかった。
緊張が限度を知らず続いた。
勇気を振り絞り一番優しそうな人に声をかけた。
入門を希望した者です。と伝えると
責任者の方を探してくれるとのことだった。
周りからはどう見えたのかわからないがプロレスラーに話しかけるのはいつだって緊張する。

責任者の方が現れとりあえず今日は手伝って欲しい。
と言われた。

数人は元練習生だったと把握しているようだった。
団体のTシャツを貰い各先輩やスタッフに挨拶をした。
憧れの人にもそこで会えた。
今日からお世話になります。よろしくお願いしますします。

もう何度となく口に出した言葉で挨拶をする。
ある先輩は一緒に頑張ろうねと声をかけてくれた。

どうやらここではそこまで固い上下関係はないようだった。
試合が始まるまで練習生の先輩に本日の仕事などをきいた。
5月にしては茹だるような暑さと緊張と久しぶりにプロレスに携われる嬉しさとで忘れられない1日だった

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