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キッチン

積みあがった荷物を片付ける
ひとつ またひとつ 箱を開けては

増えるばかりの がらくたの山
ラップに洗剤 キッチンタオル

あなたが一生かかって使いきれなかった
残り物 捨てては拾い 拾っては捨て

ああもう きりがないやと
お茶をわかして 一休み

いい天気の秋の日 やり残した仕事は
途中で投げて 一休み

公園で遊んでいるのは いつかの誰か
まだこんなに忙しくなかったころの

きみとあいつとそいつとぼくと
みんなフリーじゃなくても自由だった頃

お茶を飲みながらラジオを聞く
いつの間にか知らない歌ばかりになったけど

積みあがった箱の脇 いつかの写真
この場所からも きっといつか


 〇  〇  〇  〇  〇

 私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
 どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事をつくる場所であれば私はつらくない。できれば機能的でよく使いこんであるといいと思う。乾いた清潔なふきんが何まいもあって白いタイルがぴかぴか輝く。
 ものすごくきたない台所だって、たまらなく好きだ。
 床に野菜くずがちらかっていて、スリッパの裏がまっ黒になるくらい汚ないそこは、異様に広いといい。ひと冬軽くこせるような食料が並ぶ巨大な冷蔵庫がそびえ立ち、その銀の扉に私はもたれかかる。油が飛び散ったガス台や、さびのついた包丁からふと目をあげると、窓の外には淋しく星が光る。
 私と台所が残る。自分しかいないと思っているよりは、ほんの少しましな思想だと思う。
 (吉本ばなな『キッチン』冒頭部 福武文庫ほか)