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水からいちばん近いところで③【日記】危うさとか儚さとか

「まだ水道が復旧してないところはだいぶ困ってるらしい」

カーテレビに映る被災地の現状を見て彼は言った。僕は「そうなんや」って言って視線を窓の外に向けた。

そこには平和な海浜公園があって、その向こうに整備された砂浜があって、その砂を瀬戸内海の穏やかな波が連れ去ったり押し戻したりしている。連れ去られたまま戻ることのない砂はどこへ行くのだろう?その砂の行方を辿るうちに、僕の意識も暗い海の底に引きずりこまれそうになった。

「南海トラフ地震が起こったらどうなるんだろ?」

「まあ、俺なんかは職場の建屋の下敷きになって死ぬんだろな」

「たいがい助からんだろな、あそこの建屋かなり古いもん」

「俺みたいなやつは救助されるの後回しにされるんやろな」

みたいなことを彼は不安を払拭させるべく、ひとりでしゃべっていた。

「大丈夫よ、建屋が倒壊しても隙間にうまい具合にハマって生き延びれるよ」

僕がそう言うと、彼の不安は少し解消されたみたいだった。しかしまだ解消されてない問題があるらしい。

「でも、ずっとそこから出れんかったらどうしよう」

「大丈夫よ、お腹が減ったら柱とかの木を削っておがくずにして食べたらいけるよ」

「いけるかな?それでリミットの72時間過ぎてもいけるかな」

「うん、木には水分も含まれているから1週間くらいは大丈夫」

はたして本当に大丈夫なのか大丈夫じゃないのかは、その時になってみないとわからない。そもそも木が食料になりえるかどうかもわからない。満たせる水分量はたぶん含まれていない。そんなことよりも彼の職場は海のすぐそばにあり、建屋の倒壊よりも津波のほうが心配だ。建屋が倒壊して津波がきたら、、、

つまりそれはお手上げだ

彼の不安を煽るようなことを言いたくないから僕はこのまま大丈夫と言い続けよう。先のことは誰にもわからない。5秒後に反対車線からトラックが突っ込んでくるかもしれないし、いつもどおりの日常を送っていたとしてもなんの前触れもなく心臓は鼓動を打つのをやめてしまうかもしれない。自分の意思や行いだけではなんともできないことが多くある。

でも大丈夫

僕は窓を少し開けてタバコに火をつけた。冷たい風が車内を通り抜ける。タバコの煙もその風と混ざり合って消えていく。

カーテレビに視線を戻すと今回の災害で、亡くなられた方々に向けて黙祷を捧げる人達の後ろ姿が映っていた。

でも大丈夫

いつのまにか空は曇り空に変わり、もうすぐしたら雨が降るかもしれない。僕らはまだ温泉に辿り着けていない。でも大丈夫。その前に彼がおすすめする町中華屋さんで、硬いあんかけ焼きそばを食べることにしている。何があってもそうすることにしていた。でも大丈夫。事実、これは5日ぐらい前の出来事で実際にそうしたんだから。

つづく

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