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初めてのバイト代でリュックいっぱいのCDを借りた話

 大学生の冬、初めてのバイトは引越し屋でした。引っ越しは、体力がつくうえに、1週ごとに給料がもらえる割のいいバイト。
 初めて稼いだお金をどう使おうかはすでに決まっていました。
「近くのレンタルCD屋で、ありったけのCDを借りよう!」

 youtubeもないその当時、洋楽に興味を持ち始めた私は、毎夜、ネット上で名だたる名盤の情報を集めては、いったいどんな音楽なのか想いを馳せていました。実家を離れての一人暮らし。六畳半の部屋の天井を眺めながら、こんなちっぽけな部屋の中だけど、音楽くらいは海を越えて世界の曲を聴いていたいな。なんて思っていたのです。

 そんなわけでバイトして手に入れた、人生で初めての自由に使えるお金。最初の給料は3万円。その封筒をリュックに無造作に突っ込んで、駅の近くの貸しCD屋に走ります。当時はGEOのようなチェーン店はまだ少なく、地方ローカルの貸しCD屋ばかりだった記憶。たしか「TOWA」みたいな名前のお店。そこそこの規模の大型書店で、店内の半分がレンタルCDのスペースでした。

 この日のために、ネットの匿名掲示板で仕入れた音楽知識を総動員し、Aの棚からZまで、レンタルするCDを1枚1枚吟味していきます。当時はまだスマホのない時代。頭の中の知識だけが頼みの綱。これまでのどの試験よりも集中して、アルバムタイトルやアーティスト名から、脳内に詰め込んだ曲の内容やイメージを引き出していく。レンタルは7泊8日で1枚300円。貧乏学生には決して安くない金額です。

 入店してから約3時間かけて、ようやく50枚のアルバムを選びました。録音用のCD-R50枚と併せてレジに持っていくと、金額は2万円弱。3万円は使いきれなかったけどまあいいか。それよりも店員の怪訝そうな視線が痛い…。登山用のリュックをパンパンに膨らませて、ふらつく足元で8千円のママチャリに乗り込みます。電車で帰る手もありましたが、少しでも節約したいので、アパートまでの20キロを自転車で駆ける。一刻も早く帰りたいから、できる限り立ち漕ぎで。

 夜10時、ようやく古びたアパートに帰宅。PCの電源をONにしてから、どんぶりに大盛りご飯をよそい、業務スーパーで買い置きしていたレトルトカレーをかける。ご飯の量に比して明らかにルーが少ないけど、そんなことを気にしてはいけない。180gのルーでご飯2合を如何にもたせるか。何度も繰り返してきた作業だ。ペース配分を見誤ることなどあり得ない。大きなファンの音が止まり、ようやくPCが起動すると、CDドライブを開けて借りてきたCDを挿入。CDの視聴&録音の始まりだ。この不毛な作業を夜通し繰り返す。レンタルの延滞金は支払いたくない。

 そんなこんなで録音した50枚のCD。この時のCDがいまの私の音楽の基礎になりました。この時にたくさんの名盤に出会い、音楽の沼にはまったおかげで、以降、散々人生を狂わせられることに…。ただ、おかげで人生が楽しくなりました。…というと軽すぎるか。音楽は、人生の「支え」とか「拠り所」というものになり、今も私を助けてくれています。

 最後に、この時借りたCDで、私に特に影響を与えた5枚を簡単にご紹介。
・Radiohead「OK Computer」
2曲目の「Paranoid Android」を聴いた時、世界には、こんなネガティブでかっこいい曲があるのかと思いました。少なくとも日本の曲ではそれまで聴いたことがなかった…。こんな暗い曲でも売れるんだと、世界の音楽の懐の深さを知りました。

・The Doors「The Doors」
3曲目の「水晶の船」を聴いて人知れず涙が出ました。多感な時期だったからかもしれませんが、音楽をきっかけに涙が出たのはこの曲が初めてだと思います。語りかけるような歌い方と幻想的な詩。あとこの曲と6曲目の「ハートに火をつけて」のせいで、キーボードが大好きになりましたね。

・Aphex Twin「Selected Ambient Works 85-92」
電子音楽に憧れて借りた1枚。心地良くてお気に入りで、毎日夜通し流していました。夏場は窓を開けていたので、隣人から「おたくの部屋から朝方に変な電子音がするんだけど」と苦情が…。ごめんなさい。名も知らぬ隣の人。1曲目の「Xtal」はずっとループしていたい名曲です。

・The Beatles「Magical Mystery Tour」
それまでビートルズは、学校の音楽の授業で歌った「Let It Be」しか知らなかったけど、このアルバムに収録の「Strawberry Fields Forever」を聴いた時は体中に電撃が走りました。物悲しくて不安だけれど、どこか懐かしくて暖かい。今も大切に聴いている1曲です。この曲を聴く前、ひねくれていた私は、ビートルズのようなビッグネームをありがたがる人をどこか小馬鹿にしていました。が、大馬鹿は私の方だったと気づかせてくれたアルバムです。

・Yes「Close to the Edge」
タイトル曲「Close to the Edge(邦題:危機)」はこれまでに聴いたどんな音楽とも似ていなくて、1秒ごとが新鮮で、こんな音楽はありなの?と驚きながら夢中で聴きました。20分程の長尺曲ですが、全く長さを感じさせません。小鳥の囀りやキラキラしたSEで始まる長い前奏。意味はよく分からないけど、韻を踏んだ歌詞の気持ちのいいリズム。この曲をきっかけにプログレッシブ・ロックの沼に落ちた私は、そこから派生して、フォーク、電子音楽、メタル、クラシック、ジャズetc…更なる沼にハマっていくのでしたが、そんなことはまだ知る由もない…

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