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3/12更新【2024年版】ゼロから学ぶWTテコンドー(キョルギ編)β版

本ノートは以前公開していた「ゼロから学ぶWTFテコンドー(キョルギ編)」の2024年バージョンになります。

更新履歴
2023/12/18 見切り発車でβ版を公開
2023/12/28 0-3に「ヴィト・デラキーラにみる戦術論」を追加。
      3-3に「前足で相手に隙を作っての回し蹴り」を追加。
2024/03/12 3-3の「ロングレンジの回し蹴り」を「後ろ足の回し蹴り」
      に改訂。大幅に加筆。


Chapter 0 はじめに

0-0 命を守るために(心臓震盪と突然死)

 さて、早速ですが皆さんは普段練習して居る環境でAED(自動体外式除細動器)が何処にあるかをご存知でしょうか? もし御存じない方が居たら、次回の練習時に真っ先に確認してください。

 心臓震盪はスポーツ中に起こる突然死の原因の一つです。主に球技(野球・ソフトボール・サッカーなど)でよく起こります。心臓の真上あたりに、ボールや体がぶつかるなどの衝撃が加わったときに、心臓が心室細動(心臓の拍動が小さく早くなり血液が十分に全身に流せない状態)を起こしてしまい、一刻も早くAED(自動体外式除細動器)を実施することが大切です。手をこまねいて処置を行わなければ確実に死に至ります。安静にしていれば意識が回復する脳震盪とは異なり、安静に放置すれば確実に死にます。

 特に子どもの柔らかい胸骨・肋骨では、受けた衝撃が心臓に大きなダメージを与えて、重大な心室細動を引き起こし易い為、心臓震盪はジュニアアスリートに多く発生してしまいます。国内では心臓震盪の90パーセントが18歳以下のスポーツ選手に発生して居ます。

 現在のWTFテコンドーはカット蹴りと呼ばれる中段横蹴りを多用するルールであり、心臓周りに衝撃を受けることの多いジュニア選手にとって心臓震盪は絶対に防止しなければなりません。カデットやジュニア選手の場合、キョルギを行う場合には必ずボディプロテクターを着用してください

 参考になるのはやはり、二重作先生のブログだと思います。特にジュニア選手の親御さんがこのnoteをご覧になってる場合は必ず、ご一読頂けたらと思います。

 また、日本国内ではテコンドーで心臓震盪の事故が発生してしまったという記録は残っていませんが、テコンドーの本場である韓国では高校テコンドー部のキョルギ中に胴防具への蹴りが原因で生徒が亡くなる事故が発生してしまったことがありますし、2014年のルクソール国際オープン大会において、若干21歳のセイタン・アクバリク(トルコ)選手が対戦相手から中段のパンチをもらった直後に倒れ、緊急搬送されるも搬送先で命を落としています(参考動画:Turkish Athlete Seyithan Akbalik dies at Luxor Open, Egypt on Feb 15th 2014 ※ショッキングな内容を含みます。閲覧には注意してください)。また、動画を見ると、AEDの到着まで1分以上経過している様子が分かります。中段への打撃で倒れるようなことがあった場合に、それも鳩尾などへのダメージで悶絶するような倒れ方ではなく脳震盪のように意識が飛ぶような倒れ方であった場合には一刻も早くAEDを持ってくる必要があります。

心停止となってから電気ショックまでの時間と救命率を示したグラフ。電気ショックが1分遅れるごとに救命率は10%ずつ低下する。 119番通報をしてから救急車が到着するまでの平均時間は8.9分。突然の心停止を救うことができるのは、その場に居合わせた「あなた」しかいない(日本AED財団ホームページより抜粋)

 近年は中段パンチの使用率も増えているWTテコンドーにおいて、救えたはずの命を救えない事故が起きてしまうことが未来永劫無いとは言い切れません。幸い、体育館など公共施設には必ずAEDが備え付けられていますから、自身のお子様の練習場所でAEDがどこにあるのかを確認し、万が一の時にはいち早く対応できるように心構えを作っておくことが大切だと思います。

0-1 先ずは動画を見て学ぼう

 本当に良い時代なので、テコンドーに関しては動画が沢山出ています。5年前に「ゼロから学ぶWTFテコンドー(キョルギ編)」を書いたときはコロナ前で日本語の動画が殆どなかった(NYテコンドーチャンネル様くらい?)のですが、2024年現在では多数の動画が出ています。
 百聞は一見に如かず。動画を見ることでただ文章を読むよりも多くの事が学べますので是非、検索してみてください。
 しかし、まだまだ日本はテコンドー後進国であり、日本の動画で足りなければ海外の動画もオススメです。ぜひ「taekwondo」と検索してみてください。特にキョルギに関しては国際大会を見ることで学べることは沢山あると思います。ただ、ルール変更の多い競技ですので、できれば直近の試合。少なくとも2017年以降の試合を見るのがよいと思います。


0-2 基本的なルールのおさらい

詳しい基本的なルールの確認は前日本テコンドー協会のホームページをご覧ください。

・2分3ラウンドで2ラウンド先取した方が勝ち
・中段突き1点(※パラテコンドーの場合は禁止)
・中段蹴り2点
・上段蹴り3点(※パラテコンドーの場合は禁止)
・その他の攻撃は反則
・回転蹴り(後ろ蹴り、ターン蹴り、後ろ回し蹴りなど)は+2点(※パラテコンドーの場合、後ろ蹴りは+1点)
・転んだら反則、外出たら反則、押して蹴っても良いけど掴んだら反則。
・反則したら減点だけど実際は相手に+1点。4回反則すると各ラウンド失格
過度の暴言や悪質な反則や相手に継続困難なダメージを与える反則攻撃(顔面パンチでのKO)など非紳士的行為(ミスコンダクト)は失格
 
※たまに顔面パンチ3発までセーフとかローキック3発までセーフ理論を唱える人が居ますが、故意にやるとミスコンダクトが出て二度目のミスコンダクトで失格になります。

0-3 初心者におすすめの選手達

 それでは、WTテコンドーのキョルギを学ぶにあたって、ご視聴をお勧めしたい選手を紹介したいと思います。

李大勲(イ・デフン、이대훈、Lee Dae-hoon)

先ず一人目が韓国の元代表、李大勲(イ・デフン)です。

2018年にアジア競技大会三連覇した時の李大勲(出典:李大勳-namu wiki URL:https://namu.wiki/w/%EC%9D%B4%EB%8C%80%ED%9B%88

 もし「世界最高のWTテコンドー選手は誰か?」と聞かれたならば、私は迷わず元韓国代表のイ・デフン選手と即答します。東京五輪を最後に引退し、指導者へと転向したイ・デフン師範ですが、2024年現在にWTテコンドーのキョルギについて学ぼうとする場合でも、彼の試合を見る事で得られる物は沢山あると思います。
 知らない方のために説明すると、イ・デフン師範はWTテコンドーに存在するほぼ全ての蹴りを試合で使いこなすオールラウンダーで、「正確無比で奇麗な蹴り」「無尽蔵のスタミナ」「無駄のないステップワーク」「硬いディフェンス力」を武器にして、以下の様なヤバすぎる戦績を国際試合の舞台で残しています。

2010年:アジア競技大会(Asian Games)-63kg級 優勝
2011年:オリンピック世界予選-58kg級3位 パリ国際オープン-58kg級3位 世界選手権大会-63kg級優勝
2012年:ロンドン五輪-58kg級準優勝 アジア選手権大会-58kg級優勝
2013年:世界選手権大会-63kg級優勝
2014年:アジア選手権-63kg級優勝 グランプリ 蘇州-68kg級優勝 アジア競技大会(Asian Games)-63kg級優勝
2015年:グランプリ トルコ-68kg級3位 グランプリ モスクワ-68kg級準優勝 カタール・ドーハ国際オープン-63kg級優勝 オーストラリア国際オープン-63kg級優勝 インドネシア国際オープン-68kg級優勝 グランプリ マンチェスター-68kg級優勝 グランプリ メキシコシティ-68kg級優勝
2016年:リオデジャネイロ五輪 -68kg級 3位 ドイツ国際オープン -68kg級 優勝 グランプリファイナル -68kg級 優勝
2017年:世界選手権-68kg級優勝 グランプリ モスクワ-68kg級優勝 ロシア国際オープン-68kg級優勝 グランプリ モロッコ-68kg級優勝 グランプリ ファイナル-68kg級優勝 グランドスラム無錫-68kg級優勝
2018年:グランドスラム無錫-68kg級3位 グランプリ ローマ-68kg級優勝 アジア競技大会(Asian Games)-68kg級優勝 グランプリ 台湾-68kg級優勝 グランプリ マンチェスター-68kg級優勝 グランプリ ファイナル 優勝
2019年:世界選手権-68kg級3位 グランプリ 千葉-68kg級3位 グランプリ ローマ-68kg級3位 グランプリ ブルガリア-68kg級2位 グランプリ ファイナル-68kg級優勝 グランドスラム無錫-68kg級優勝
2021年:東京五輪 -68kg級出場

 そして、イデフンは10年を超す韓国代表生活の中でケガによる長期欠場を一度もしていない選手でもあります。確かに試合中に鼻を折る事は何度かありましたし、試合中に膝や足首を負傷しパンチだけで国内の大会に勝ち上がるような事もありました。しかし、世界の強豪たちとしのぎを削り、これだけの戦績を残しながら、手術が必要となるほどの大怪我(前十字靭帯断裂など)を負わずに現役生活を終えることが出来たという事もイデフンを参考にすべきだというポイントの一つです。
 確かに前足の変則蹴りを使う事はありましたが、彼が試合で使う蹴りの多くは基本蹴りにあるような蹴りであり、身体に無理な負荷を強いる事の少ない蹴りばかりです。

 一方で李大勲に対して否定的な意見があることも事実です。彼が韓国代表として活躍し始めた2010年は電子防具が世界大会などの大きな国際試合で使われ始めた黎明期でした。その為、一般防具と電子防具でのそれぞれに適した戦い方の違いから2010年代初頭のイデフンの評価は非常に低く、当時韓国代表コーチを務めていたパク・ジョンウ師範でさえ「最初はイ・デフンを認めなかった。ただラジャスト(当時使われていた初期型の電子防具)の電子防具に特化した選手だと思った」と述べています。
 特に2012年のロンドン五輪当時は183cmという長身ながら無理な減量で-58kg級に出場しており、過酷な減量による筋力低下からスピード・パワーが不足しており、カット蹴りやパンダルチャギといった当時流行り始めた技術を主体として戦っていた事もあって、古い時代のテコンドーを愛するオールドファンからは忌み嫌われていました。実際、引退後のインタビューの中でイデフン自身が当時を振り返って「他の選手よりも蹴りが遅いことは自覚していた」と述べており、「特に一般防具時代には蹴り速度で得点の有無が決まっていた。だから、ノーモーションで相手のタイミングを奪って半拍子早く出ることができる蹴りを研究した」と、蹴りの遅さをノーモーションの蹴り方でカバーしていたことを明かしています。一般防具時代のキョルギでは上半身を大きく振る大きなモーションで速い蹴りを相手に叩きつける事が主流でしたから、イデフンの様な静かな蹴り方は嫌われていました。

 しかし、前述のパク・ジョンウ師範は同じインタビューの中で「代表選手の練習でミットを持つようになってから彼の真価が理解できるようになった」「最初から最後まで同じスピードで同じ力で同じ姿勢ですべての訓練を消化する選手はイ・デフンが唯一だった。練習メニューの量を増やしてイ・デフンを一度ぐらい倒すようにしたいという欲がわいてくる程だった」「イ・デフンの蹴りをビッグミットで受けると胸元にあざが出来るまで打ち込まれた。イ・デフンの努力と誠実さを認める他になかった」とも述べている様に、イ・デフンの本当の恐ろしさは2分3ラウンドの試合で全くペースを変えずに蹴り続ける事が出来る無尽蔵のスタミナにあります。
 その為、彼の長いキャリアの中には瞬発力で劣る相手に序盤でリードされていても相手のペースが落ちてきた終盤以降に逆転する試合が多くありました。イデフン自身も引退後のインタビューでは「年々戦術やルールが変わり、流行の技術導入に追いつかなかった。そこで選択したのが積極的な攻撃と体力で押し切るスタイルだった」と答えています。

 長身でイケメンで輝かしい戦績を残しており、ステレオタイプの天才扱いされがちなイデフンですが、実際には非常に努力家でした。同じ階級で彼よりも長身の選手は幾らでもいました。彼より瞬発力・スピードに優れた選手も幾らでもいて、彼よりパワーがある選手も幾らでもいて、彼よりも柔軟性に優れて変則的な蹴りを得意としている選手も幾らでもいました。そんな中で無尽蔵なスタミナとクレバーさを武器に世界の頂点に立ち続けていた努力の人から学べることは非常に多くあります。

余談
・早生まれで言葉の発達が追い付かなかったので、小学校入学を一年間遅らせている。
・ロンドンオリンピックで銀メダルを取ってメディアから「イケメンテコンドー選手」として注目されるまでは自分がイケメンだと気付いておらず、テコンドーがあるから女性にモテるだけで自分のルックスは普通だと思っていた。
・大のサッカー好きであり、韓国のサッカー系バラエティ番組「シュート! レジェンドたちの挑戦(뭉쳐야 찬다)」にレギュラー出演し、ミッドフィルダーを務めエースとして活躍しているが、シュート時に後傾してしまいボールがゴールを超えてしまう弱点が指摘されている。
・練習の秘訣を聞かれて「限界を迎えた時に、『あと一発だけ』『あと5秒だけ』を無限に繰り返す」と答えた。

出典:李大勳-namu wiki URL:https://namu.wiki/w/%EC%9D%B4%EB%8C%80%ED%9B%88

【動画】リオ五輪‐58kg級金メダリストで階級を上げてきた中国代表の趙帥を圧倒するイデフン

インファイターならルース・バグビー(Ruth Gbagbi)

 コートジボワール代表で5度アフリカ選手権を制覇し、2017年に世界選手権で優勝、更にはリオ・東京と二度の五輪で銅メダルを獲得した女子-67kg級のルース・バグビー選手は「世界最高のWTテコンドー選手は誰か?」という問いの答えに最も近い選手かもしれません。

 世界テコンドーの技術委員長フィリップ・ブエド氏からも「ルースはとてもパワフルで、とてもクリエイティブであらゆるテクニックを持っています」と称賛される卓越した技術を持ったバグビー選手。インタビューでは「子供の頃は路上で戦うのが好きでした」 「だから母は私にテコンドーをやってみるように言ってくれた。そうしたら今では世界チャンピオンになった」と語っています。

 ルース・バグビー選手の組手の最大の特徴はバネのある回転蹴りでカウンターを狙いながら、積極的に相手に仕掛けてヤンバルチャギ(ナレチャギ、ダブル)でポイントを取るインファイトの強さです。
 長身の対戦相手と戦う時も常に前足をぶつけ続けて相手をコントロールし、一瞬の隙を突いてインファイトに持ち込んでポイントをもぎ取っています。非常に参考になる選手だと思います。

ヴィト・デラキーラにみる戦術論

 好き嫌いや面白いとか面白くないは置いておいて、WTテコンドーの崔真の戦術を勉強するならば、東京五輪男子-58kg級王者のヴィト・デラキーラ(イタリア)がオススメです。

 ヴィトは8歳でテコンドーを始め、2014年の世界カデット選手権の49kg未満部門で金メダルを獲得し、2015年と2017年にはヨーロッパジュニアで金メダルを獲得。そして、若干17歳の時にシニアの世界選手権で銅メダルを獲得すると、世界選手権でも銅メダルを獲得し、更に2019年にはグランプリファイナル(モスクワ)で優勝。2021年の東京五輪では韓国代表のジャン・ジュンを下して金メダリストに輝いたエリート中のエリートテコンダーです。

 彼のファイトスタイルは一言で言うと単調。
 悪く言うと「つまらないテコンドー。面白くないテコンドー」です。
 しかし、鉄壁のディフェンスと読み合いの強さを持っており、相手に取らせずに自分だけが相手の隙を突いて得点を重ねる事に長けています。

 2023年12月に行われたグランプリファイナルでは-54kg級の世界チャンピオン、パク・テジュンに完勝して優勝したのですが、この試合の1ラウンド目が圧巻なので是非ご覧ください。 

 彼のプランは極めてシンプルです。前足主体の戦い方なのですが、基本的には前足をディフェンスとして使います。相手の蹴りを前足をぶつけてキャンセルをしながら、相手の隙を狙います。
 相手に隙が出来ると、見逃さずにステップからのパンチを撃ったり、ディフェンスに使った前足を下ろさずに攻撃に参加させています。カウンターも得意なので、前足でカットだけではなく前足回し蹴り・前足掛け蹴りなど様々なパターンで相手から得点を取れる蹴りを持っています。
 更に、上段蹴りも得意で相手が不用意に距離を詰めてきた時には上段蹴りで襲い掛かります。
 使っている蹴りがシンプルな蹴りばかりなので、ヴィト・デラキーラの攻防のバランスの良さというのは初心者にとってもとても参考になると思います。

Chapter 1 構え方・ステップの基本

1-1 正しい蹴りは正しい立ち方から

 多くの人はテコンドーを習い始めた時に何種類かの立ち方をプムセ(型)の練習を通して習うと思います。

プムセの立ち方

 アプソギ・アックビ・ティックビ・ジュチュムソギ等々の立ち方です。
 キョルギ(組手競技)動画を見て頂ければ分かるようにプムセの立ち方で実際のキョルギ(組手競技)をしている人はいません。
 しかし、プムセの立ち方は骨格のアライメント(配列)を整え、正しい姿勢を取れるようになる鍛錬としては非常に優れています。例えば、ジュチュムソギ(騎馬立ち)はO脚やX脚などの足の骨格が正しい位置にない人にとっては難しい立ち方に感じるかもしれません。
 例えば、つま先が外を向き、膝が内側に入る様な立ち方をする人にとっては「この立ち方は骨格的に無理!」となるかもしれません。しかし、その骨格を矯正しないまま激しい練習を続ければ、激しい蹴りの練習で膝に負荷が掛かり、やがて膝に大きな故障を負ってしまうリスクが高くなります
 多くの道場では基礎稽古として初心者に対してジュチュムソギ(騎馬立ち)で突きを打つことを指導しているのですが、これらの練習を通して最初にテコンドー修練者は正しい骨格のアライメントを作っています。

 テコンドーは韓国併合時代に朝鮮半島に流入した空手の技術の影響を非常に大きく受けていると言われています。テコンドー成立時の元老達の多くは空手の有段者でした。空手の中にナイファンチと呼ばれる形が有ります。空手の大家である本部朝基は「ナイファンチの立ち方を左右いずれかにひねった立ち方が実戦での立ち方である」と語っていたとされています。この立ち方はテコンドーでいうジュチュムソギ(騎馬立ち)に非常に近い立ち方であり、当時は形と実戦が密接に関係していた事が分かります。

2008年の北京五輪の台湾代表楊淑君選手(赤)
ジュチュムソギ(騎馬立ち)を真横にした様な構えをベースに、ステップで動き易いように膝を開いて構えている。

 オリンピック種目であるWTFテコンドーのキョルギでは相手に向ける面積(相手にとって的となる面積)を狭くする為に、半身になって構える事が主流となっています。
 現代のトップ選手の試合を見てると、半身に構えて後ろ体重で試合をする選手が多いので、それが最適解の様に思われます。しかし、後ろ重心の構えで戦うには前足の蹴りで変幻自在に上段を狙える柔軟性や、後ろ重心でも当たり負けないフィジカルの強さが必要であり、初心者のうちの構え方は半身で体重の載せ方は前足:後ろ足が5:5で均等になる様に構えると良いと考えています。

クリスチャン・マクニッシュ(イギリス)の構え。
基本的にはニュートラルに5:5で構えているが、試合の局面に応じて後ろ体重にしたり前体重にしたり使い分けている。

 両足に均等に体重を乗せた構え方のほうがステップがしやすいというメリットがあり、距離で相手の蹴りを外すディフェンスがしやすくなる事から、攻防にバランスが良い構え方になります。
 構える際には両足に均等に加重し、親指の付け根(母子球)でしっかりと地面を踏む事を意識しましょう。脚力的に先ほどの写真の選手のように低く構えた状態から蹴りを出したり、構えを維持するのが厳しい場合には足の幅を狭くして腰を高く構えても構いませんが、棒立ちになって股関節が完全に伸び切らないようには注意しましょう。

一般的なテコンドーシューズ。
裏面の母指球部分を軸に回転動作がしやすいように設計されている。

 一番蹴りやすい足幅、動きやすい重心の高さというのは人によって異なりますから、自分が一番動きやすいところを見つけて下さい。
 一般的に足幅が広く、重心が低くなればステップはしやすくなりますが、蹴りは出しにくくなります。逆に足幅が狭く、重心が高くなればステップはしにくくなりますが、蹴りは出しやすくなります。

 例えば、下の写真において、赤の選手はかなり体を後ろに傾ける事で前足を上げやすくして、かつ、相手から顔を遠ざけています。リーチに自信があり、前足の蹴りが使いこなせる選手にとっては定石となる構え方になります。一方で青の選手は両足に体重を乗せ、フットワークで長身選手に切り込もうとしています。どちらの選手も相手の前足の蹴りを警戒して前に出した腕を使っていつでも蹴りを捌けるようにしています。

グランプリローマ2018、韓国代表キムソヒ(青)VSブラジル代表(赤)

 こうしたテコンドーのキョルギで用いられている様々な構え方にはそれぞれに大切な事がいくつかありますが、共通する立ち方として、鼠径部を締めて股関節を屈曲させておく事が重要になります。
 屈曲というのは、脚を前に上げる方向に股関節が曲がる事を言います。例えば、テコンドーの練習で腿上げをする時に、股関節は屈曲していると言います。股関節を若干屈曲させておかなければ、床を強く踏む事が出来ません。完全に直立している状態でジャンプする事ができないのと同じように棒立ちでは自由に動き回る事が出来ません。膝に余裕を持たせ、股関節を若干屈曲させておく事で前後左右自由に動き回る事が出来る様になります。   
 また、人体構造上、床を一番強く踏めるのは母子球を使った時なので、母子球で床を踏める様な構え方を意識して下さい。極端につま先が両側に開いてしまう立ち方では膝や股関節に無理な負荷が掛かってしまい、前十字靭帯断裂などの重度のスポーツ障害を負うリスクが高くなるだけではなく、母子球で地面を蹴れなくなるので、蹴りも遅くなってしまいます。

悪い立ち方の例(ケガする2か月前のテコンドーオタク)
良い立ち方の例(李大勲)

前足重心の立ち方

 下の写真は00年代初頭にフライ級で韓国代表としてアジア選手権に出場していたキムデリュン選手の構えを動画から切り取ったものになります。00年代初頭は前屈立ち(アプクビ)に近い立ち方(前脚に曲げて後ろ足を伸ばし気味にする)での組手が流行していました。

キムデリュン(2000アジア王者)

 重心を前脚に乗せる最大のメリットは

・身体全体を前方へ送り出しやすく相手と距離を詰めながら攻める攻撃が出しやすい。
・後ろ足の蹴りが出しやすく、後ろ足を使った強い蹴りでのカウンターが出しやすい。

という二点です。
 実際、キムデリュン選手の試合動画を見ていても下の様なシーンが見られており、攻める時はしっかりと前に出て距離を潰して攻めていて、カウンターは後ろ足主体で強打を当てているのが分かります。

 一方で、その場で前足を使ったカウンターを出すにはいったん体重を後ろ足に乗せ換える必要がある為、前足カウンターの技の出が遅くなるというデメリットもあります。
 その為、現在の選手は試合中に状況に応じてケースバイケースで前足重心にする場面が見られますが、試合全体を前足重心で行う選手は居なくなりました。現代テコンドーでは20年前と比べて競技コートが狭くなり、相手選手との距離が近くなったのも前足重心が減った一因かもしれません。

後ろ足重心の立ち方

 最近の流行りは足幅を狭く取った、高重心かつ後ろ足に体重を乗せた立ち方です。この構え方の場合、前足が挙げやすくなるため、前足の蹴りだけではなく前足を使ったディフェンスもしやすくなるというメリットがあります。 

東京五輪金メダリスト、ヴィト・デラクィーラ(イタリア)

 上半身を後ろに傾けている為、相手からすると顔が遠く感じるので顔面を蹴るには深く入る必要があり、そこを前足のカウンターで狙い打てるという利点もあります。
 ステップがし難く能動的に試合を作る為にはフットワークではなく前足をぶつける事で相手をコントロールする必要が出てきます。その為、試合中は常に何度も何度も前足を挙げなければならない為、見た目以上に持久力が必要になります。また、足を使ったディフェンスがしにくくなる為、前手をしっかりとディフェンスに参加させる事も肝要です。

オープンスタンスとクローズドスタンス

 立ち方として、オーソドックスとサウスポーと言う二種類の立ち方があります。オーソドックスというのは右足を後ろにした構え方で、サウスポーと言うのは左足を後ろにした構え方になります。オーソドックスしか使わない選手やサウスポーしか使わない選手も居ますが、多くの選手がオーソドックスとサウスポーをスイッチして試合の中で使い分けています。

オープンスタンス

 上の写真は赤の選手がオーソドックス(右足後ろ)、青の選手がサウスポー(左足を後ろ)に構えています。その為、防具の前面が同じ方向を向いています。この様に違う方向に構えてお互いの胴防具が開いている状態をオープンスタンスと呼びます。

クローズドスタンス

 一方で上の写真はどちらの選手もオーソドックス(右足を後ろ)に構えているので、防具の前面が互いに閉じる方向を向いています。これをクローズドスタンスと呼んでいます。
 この二つの立ち方の違いによって得点出来る蹴りは大きく変わります。例えば、オープンスタンスの場合は後ろ足で蹴る回し蹴りが広い胴防具の前面を捉えやすく、クローズドスタンスでは後ろ足で蹴る回し蹴りは前の手を掻い潜って、わき腹部分の狭い面積を狙わなければならない為、得点が難しくなります。
 同じ蹴りを蹴る場合でも、スタンスの違いによって全く状況が異なるので、ただ闇雲に蹴っていても得点は取れません。

上半身で意識する事

 近年の研究によるとトップ選手達の前回し蹴りにおいて、腿上げのスピードの重要度は6割程とされています。これは腿上げが一番重要である事を示しているのですが、残りの4割程は別の部分が大事である事を示唆しています。その中の一つが上半身の回転速度です。およそ2割から3割ほどの寄与とされています。この事から、構えの段階から上半身を意識する事の大切さが見えてきます。
 先ほどのキムデリュン選手の構え方を見ると、両腕が垂れ下がっているのが分かると思います。そして、垂れ下がった両腕に引っ張られる様にして肩甲骨が下がって肩が落ちた様に見えます。一見すると撫で肩に見えるでしょう。テコンドーでは「脱力しろ」という指導がされる場合があるのですが、この肩が落ちた立ち方こそ上半身が良く脱力された立ち方になります。
 肩甲骨周りが硬くなっていると、この様な立ち方は出来ません。上半身の回旋は脊椎の回旋だけではなく肩甲骨の動きも重要になりますから、肩甲骨の柔軟性を高めておくことは蹴りの速度を上げる事に大きく役立ちます。
 もし、肩が上がってしまう様な立ち方をしている場合、下の動画の様な肩甲骨のストレッチをオススメします。


1-2 ステップ・フットワーク

(執筆予定)

1-3 基本蹴り

蹴りのフォームに関しては詳しくはRevolution of kickingをご覧ください。

Chapter 2 防御の為の基本戦術

2-1 ディフェンスを学ぶ為に知るべき3要素

 おそらくキョルギ(組手競技)初心者にとって最初の壁は「何をして良いか分からない」と言う事ではないでしょうか? 多くの初心者は先ず、構え方と蹴り方と基本動作を習った段階で黄色帯を与えられ、キョルギ(組手競技)に混ぜられます。
 普通はこの段階では不安しかありません。
 私が黄色帯時代には所属していた道場には不幸にも各階級、各年代のジュニアチャンプが5名在籍しており、彼等と国際師範に文字通りボコボコにされ、鳩尾に入れられた蹴りで悶絶しながらテコンドーのキョルギを学びました。当時は格闘技ブームの真っ只中。同時期にテコンドーを始めた仲間達がゴロゴロ居ました。しかし、そんな過酷な環境下に耐えられず一人また一人と去っていく仲間達。そして私自身も最初の道場には5年在籍しましたが、最後は夜逃げ同然で逃げ出しました。生き残った同期の中には日本チャンピオンになった者やキックボクシングに転向して国内タイトルを幾つも獲得する者など猛者ばかり。本当に強い人間でなければ生き残れない環境でした。今思うと、育てて下さった道場には感謝の念しか有りませんが、当時は戦場から命辛々逃げ出す兵士の気分でした。
「何故、猛者揃いの道場で私が生き残れなかったのか?」と、当時の自分を振り返ると、当時まともにディフェンスを学ばなかった事が原因だと考えます。ディフェンスさえ正しく身に付いていれば、例え相手が強豪選手であっても勝てなくとも一方的にボコボコにされる可能性は少なくなります。テコンドーのキョルギを学ぶ上で、正しいディフェンスを身に付ける事は必要不可欠です。
 そして、ディフェンスを学ぶためには攻撃する側にとって何が必要なのかを把握しておく必要があります。そこで攻撃を当てる為には大切な三つの要素を紹介していきましょう。ディフェンスの基本はこの3つの要素を相手から外すことが大切です。

攻撃の3要素① 距離

蹴りには適切な距離があります。例えば、前回し蹴りは距離が遠ければ当たりませんが、逆に距離が近くても蹴りが詰まってしまって効果を発揮できません。勿論、蹴り方を調整する事で距離の変化に対応できますが、その蹴り方に応じた適切な距離にいなければ蹴りは利かせられません。
元アメリカ代表のフィリップ・ユンは自身のyoutubeチャンネルの中でテコンドーの組手(キョルギ)における距離は大きく分けて5つあると紹介しました。

P0(ゼロ距離)相手との距離はクリンチやプッシング状態でパンダルチャギが狙い目のゼロ距離。※:現在では胸防具と胸防具がくっつくようなクリンチ状態でのパンダルチャギは認められていません。必ずプッシングで隙間を作りましょう。
P1(近距離)上段回し蹴りやダブルキックの連打が当たったり、その場で突きが届くショートレンジ。
P2(中距離)中段蹴りの一番速い蹴りが蹴れる距離で上段を蹴るには少し長めに蹴らなければならないミドルレンジ。
P3(遠距離)ステップイン(後ろ足を一歩前に出して構えを左右入れ替えながら前に出るステップ)やスライドイン(両足を入れ替えずに前に出るステップ)からの回し蹴りや軸足をスライドさせる蹴りなどの長めの蹴りを蹴らなければ相手に蹴りが当たらないロングレンジ。
P4(射程外)お互いの間合い外の距離。長く蹴ったターンなどの一部の蹴りじゃないと届かない距離。

そして、それぞれの距離に合う蹴りをそれぞれ、K0、K1、K2、K3、K4と呼び、適切な蹴りを適切な距離で使うことが大切であると述べています。

例えば、前述したカット蹴りカウンターはK2にカテゴライズされる蹴りと言えますから、P3に居る相手に対して蹴っても当たりません。P3に居る相手がP2まで入ってきた瞬間を狙って蹴る技になります。

WTテコンドーの試合において基本的に選手同士の距離はP3くらいで構えている事が多いのですが、狭い八角形コートを用いる近代的なWTテコンドーのスパーリングではP2とP3の間であるP2.5位の距離に居る時間が長くなってきました。距離別の危険度で言えば、P0を除けば近い距離に居る程危険性が高いので、近年ではディフェンスの重要性が増している事が分かります。

攻撃の3要素② タイミング

「スピードが速い蹴りは当たりやすい」というのは経験知的に誰もが分かっている事と思います。スピードが速い蹴りが当たりやすいのは適切なタイミングを取りやすい為です。

相手が居着いた一瞬の隙を見逃さずに蹴るとして、その蹴りに速さがなければ、そのタイミングを逃してしまうかもしれません。
あるいは、カウンターで蹴りを当てる時、相手に蹴りが当たりやすい瞬間を捉える為に、蹴りが速ければ速いほどタイミングが取りやすくなります。
ただ、別の視点で考えるならば仮にどんなに蹴りが速かったとしてもタイミングが適切でなければ、蹴りは相手のガードに阻まれてしまいます。実はこの競技で本当に大切なのはスピードよりもタイミングです。

実際の試合の中で得点が決まる場面を見ていると、中距離〜遠距離からの一撃でポイントを取るよりも、その後に近距離〜中距離で撃ち合いになった時の方がポイントが入りやすいことがわかると思います。これはお互いに警戒しながら遠い距離でステップを踏んでいる時には隙が少ないが、接近して打ち合っている時にはガードの隙間が生まれて得点のチャンスが生まれることを示唆しています。接近戦ではスピードに任せてがむしゃらに蹴れば良いと言う訳ではなく、相手の蹴りの合間に出来た隙を突くことが求められます。

2016リオ五輪で突如現れて金メダルを獲得したヨルダンのアフマド・アブゴーシュの様な変則ファイターの強みの一つは相手にタイミングを測られ難い所にあります。

攻撃の3要素③ 位置

最後にもう一つ。相手に攻撃を当てるために必要な要素として位置取りがあります。基本的に遠い間合いでの攻防が多いテコンドーでは位置よりも距離が重要視されることが多いのですが、近距離の打ち合いにおいては有利な位置を取ることが最も大切です。自分が蹴れて相手が蹴れないポジションを如何に作っていくかを考えて戦う必要があります。

また、WTテコンドーでは身体全体の位置だけではなく頭部や足など各部位の位置も無視出来ません。相手の蹴り足にぶつかる様に蹴りを出しても相手の胴や頭部には届きませんから、カウンターを取る時には相手の蹴り足が通らない軌道を通す様に気を使うと上手く当たります。

具体的には、上からみた蹴りの軌道が反時計回りの蹴り(例:右回し蹴り)に対しては反時計回りの蹴り(例:左後ろ回し蹴り)を蹴るとカウンターが綺麗に決まり易く、時計回りの軌道の蹴り(例:左回し蹴り)には時計回り(例:右後ろ蹴り)の軌道の蹴りでカウンターを取ると綺麗に決まり易いと言うことは覚えておくと良いでしょう。反対に、反時計回りの蹴り(例:右回し蹴り)に対して時計回りの蹴り(例:左回し蹴り)でカウンターを取る場合には相手の蹴りが通った後の軌道を蹴りが通るため、必然的にカウンターが遅れがちになり、一番蹴りが決まり易いタイミングをつかむことが難しくなります。

それでは、3つの要素(距離・タイミング・位置)を踏まえた上でディフェンスについて考えていきましょう。

2-2 各種ディフェンス技術について

カット

 柔道が受け身から学び始める様に、格闘技を学ぶときに一番最初に学ぶべき事はディフェンスです。WTテコンドーも本格的なキョルギに入る前にディフェンスを学んでおく事が大切です。そして、最初にディフェンスの技術として紹介させて頂くのが「カット」と呼ばれる技術です。簡単に説明すると、WTテコンドーにおけるカットとは押し蹴り気味に蹴る前足の横蹴りの事を言います。
 現在の試合でこそオフェンス技術の基本としてボクシングのジャブの様に使われていますが、元々は間合いに入ってくる相手を止めたり、回転蹴りを狙っている相手の腰を押して回転を止めたりすることに使われる技でした。

 それでは、カットについて詳しく解説していきたいと思いますので、元韓国代表イデフン選手のカットを見ながら、連続写真で蹴りのフォームについて確認してみましょう。

 先ず、軸足の股関節を屈曲させてタメを作ります。
 これは前項でも述べた様に人体が股関節を屈曲させておかなければ床が蹴れない構造になっている為です。ただし、最初の構えやステップを踏む段階から屈曲させておくことで省略する事が出来ます。キョルギ中に棒立ちが良くないと指導されるのはその為です。

 軸足に作ったタメで地面を蹴りだして体を前に押し出すと同時に蹴り足を上げます。この時、蹴り足で若干床を後ろに蹴る事で更なる推進力を得ます。
 蹴り足を上げ始めるのと軸足で地面を蹴るのは同時ですが、蹴り足を上げてから軸足で地面を蹴るイメージを持っておくと良いでしょう。これは、身体が先に相手の間合いに入ってから蹴りが後から出ていく場合、身体が先に入った瞬間を狙われる危険性がある為です。電子防具で得点が決まる現在では、身体を相手に近づける事は失点のリスクが有ります。
 また、この時に左肩を前に入れ、上半身+骨盤を構え姿勢や蹴り終わり姿勢に比べて若干相手に対して正対(正面を向ける事)させる事で上半身+股関節にタメを作り、蹴りの威力を増す工夫もしています。ただし、この「上半身にタメを作る」というのは曲面によっては省略しているので、全てのカット蹴りで上半身にタメを作っている訳でも無い事に注意してください(カウンターのカットなど瞬時に蹴りを出す場合は上半身のタメを作る余裕がありません)

 更に足を抱え込んだ際にしっかり蹴り足の裏を相手に向けます。
 この後から蹴り足を延ばし始めるのですが、最初に抱え込んでおくことで、伸ばしている最中の一直線上で何処で当たっても得点が獲れる蹴りになります。この為、カット蹴りは回し蹴りなどの点を狙う蹴りと異なり、電子防具に対して得点になる距離が広い蹴りである事が分かります。
 軸足はスライドしているのですが、上半身そのものは蹴り出しの場面の写真よりも前に出て居ません。重心の真下に軸足を置く事で、更にもう一段階の推進力を得る為です。

 蹴り足は相手に足裏を向けたまま蹴りを伸ばし始めます。この時、軸足でしっかり地面を踏みます。

 蹴り足に引っ張られる様にして、蹴りが伸び切る直前で腰がグッと前に出し、骨盤を返して蹴り込みます。それについていく形で軸足をスライドします。

 ミートポイントでは軸足でしっかりと地面を踏みます。ここで、地面の踏みが甘いと相手に蹴りで相手を押し込む事が出来ません。また、重心の位置が軸足の接地点よりも若干前に出る様にします。そうする事で、蹴り終わりに自然に蹴り足が落ち、次の動作への隙が少なくなります。そして、この時に大切な事はカット蹴りを通して相手選手との距離感を掴むことや、相手に中段への意識を向ける事になります。同じ中段でもカットで正面のディフェンスに意識を向ける事で側面への攻撃(プッチョチャギなどの回し蹴り系の攻撃)が決まりやすくなります。

  初心者がカットを蹴ろうとしたときに出てくる悩みは柔軟性ではないでしょうか? 股関節を開脚するストレッチが出来ない。そもそも骨盤が立たないという人も少なくないと思います。その場合は先ずは長座で座った時に骨盤を立てる所から始める必要があると思いますが、実は蹴りを身に付ける際には股関節周りの柔軟性だけではなく、上半身の側屈も重要だったりします。
 2012年頃、古田敦也のスポーツ・トライアングルというNHK BS1の番組に当時トップ選手だった笠原江梨香選手が紹介された事がありました。笠原選手の見えない上段蹴りの秘密に科学的に迫るという内容だったのですが、その中で、笠原選手が小さいモーションで上段蹴りが蹴れる秘訣として、上半身の側屈可動域が広い事が挙げられていました。

 笠原選手は股関節の柔軟性自体は殆ど平均かそれをやや上回る程度でしたが上半身を上手く使う事で上段蹴りを放っているという内容の番組でした。蹴りにとって必要なストレッチとは、股関節周りのみを柔らかくするのではなく、上半身・脊椎周りにも気を付けてストレッチをする事で上半身の可動域を広くする事も大切になります。

 それでは、これらの内容を踏まえた上で一番最初に身に付けるべきディフェンスとしての短いカットを紹介したいと思います。

① 半身に構えます(真半身ではなく、若干相手の方を向いても構いません)
② 前足を足の裏を相手に向けたまま抱え込みます。(この時、体重をなるべく軸足に乗せないように心掛けてください。上半身を後ろに倒し過ぎてしまうと、体重が軸足に乗ってしまい、蹴り足に体重が乗らないので気をつけてください。なるべく頭の位置をそのままにしておくことを心がけてください
③ 腰から下が前に倒れるのを利用して、前足で相手を押すように蹴ります。(この時、自分の重心が軸足の真上かそれより後ろにあると、蹴り足に体重を乗せるのが難しくなります。重心を軸足と蹴り足の間の位置において、あえて不安定な状態を作っておく事が、しっかりと相手を押し込むためのポイントになります)
④ 相手に蹴り足が接触し始めたら軸足でしっかりと地面を押して、相手に蹴り負けないようにしましょう。(上半身を倒す場合、このタイミングで上半身をひねって腰を突き出しながら上半身を倒すと、相手を更に蹴り込む事が出来ます。隙が大きくなるのでディフェンスの色は薄くなります

 初心者がキョルギを学ぶ時には一番最初に、この距離の短いカットを習得し、距離を詰めて入ってくる相手に対してカットで迎撃する練習をミットや防具を使ってすると良いと思います。咄嗟に相手を蹴り押して逃げるというのは護身術的な視点でも、ちょっとだけ使えるかもしれません。

 また、これが身に付くとキョルギをしていても、相手選手が強引に間合いに入りにくくなりますから、ある程度の中級者とキョルギをした場合でも一方的にボコボコにされずらくなります。練習としてはミットを持つ側がタイミングを取って入ってきた所に合わせる練習をすると良いと思います。

 また、この場合は足の延ばしきる必要が無いので、柔軟性に不安がある人でもある程度は蹴れるようになります。ただし、スピードのある相手から距離を詰められて殴られると多少のカットではビクともしません(カット蹴りの弱点は相手の前手で捌かれてパンチです)。
 
ただ、局面に応じて曲げっぱなしのカット蹴りでも必ずしもOKという訳でもありませんので注意してください。


前手を使ったディフェンス

 現代のテコンドーのディフェンス技術の一つとして相手が挙げた脚を前の手で抑えるというものがあります。相手の脚を前手で抑えてからパンチや蹴りに繋げるというのはディフェンスとして多用されているのですが、正しいやり方が分からなければ手指の怪我に繋がりやすい技術でもあります。

前手で相手の蹴り足の膝を抑えに行く赤アブゴウシュ(ヨルダン)

 ルール上、手で相手の蹴り足を抑える時には掴んではいけません。
 したがって、前手で相手の蹴りを抑えるには親指と人差し指の間で円弧を描く部位(アグムソン)や掌を蹴り足に被せて脚の動きを抑えたり、受け流したりしてあげる必要があります。
 イデフンなど多くの選手を観察してみると、オープンスタンスではアグムソンを使い、クローズドスタンスでは親指を内側に向けて掌を使っている選手が多いようです。

高麗プムセで使われるアグムソン/아금손

 初心者がキョルギに慣れない頃に蹴り足を掌で捌いてしまって指の骨折などが起こる様に、元々は悪手とされていた技術なので、有効に使用する為に気を付けるべき点が幾つかあります。
 先ず、多くの選手にとって手は脚よりも弱いので正面から相手の蹴りを止めようとはしないでください。ダイレクトの回し蹴りの様に蹴り足が地面から離れてから着弾までの時間が短い速い蹴りには基本的に対応できません。しかし、カットの様な変化のある前足の蹴りには非常に有効です。
 抑えるべき場所として脛の上部~膝下を狙ってください。基本的に膝は遠いので実際に抑えるのは脛の真ん中くらいになりますが、足先に近ければ近いほどコントロールが困難になります。
 そして、相手の蹴りと接触する事に成功したら蹴りを無理に流そうとはせずに蹴り足に手を接触させたまま、くっ付けておくようにして下さい。前手を蹴り足に付けておくだけで軌道を微妙にずらす事が出来ます。
 そして実際のキョルギではこの微妙に蹴りの軌道をずらずという事が大切になります。上手く行けば、相手が蹴り足を伸ばした瞬間に外に流したり下に落として隙を作る事も出来ますが、あまり欲を欠かずに相手の蹴り足に自分の腕をくっ付ける事を重視すると良いと思います。

 この技術を実際のキョルギで使う前に必ず対人で練習するようにして下さい。慣れない内は攻める側が決まった蹴りを蹴って守る側が前手で蹴り足を抑えるというのを練習し、慣れてきたら蹴り側が変化を入れ、守る側が変化に対して蹴り足を抑え続けると良いでしょう。蹴り側が壁でバランスを取りながら出した蹴り足を守り側が前手で抑えるというのもメニューとしては有効です。

 この前の手で蹴り足を抑える方法については元韓国代表イデフン師範が自身のyoutubeチャンネル(デフンデフン,대훈대훈)で公開している内容が更に詳しくて分かりやすいので、日本語字幕をつけて是非ご覧ください。

参考動画【現役の時は秘密にして引退して解く私の特技手技公開!!】

バックステップ(スライドバック)

 ディフェンスの一番の基本は相手の蹴りを避ける事です。ミット蹴りの時に、ミットを空振りすると体力の消耗が大きくなる様に、蹴りを空振りすると言う事は体力の消耗が大きくなります。その為、相手の蹴りを空振りさせることがディフェンスの一番の基本になります。

 動画の青の選手の様に、ディフェンスの基本はバックステップです。距離を外して相手の蹴りを避ける事です。
 更に上段蹴りにはスウェーバック(上半身を後ろに逸らせる避け方)も出来るとディフェンスの幅が広がりますが、スウェーバックを意識しすぎて、構えの体重が後ろに乗り過ぎない様に気を付けてください。
 ボクシングで用いられるダッキング(上半身を前に倒して相手の攻撃に潜り込む避け方)では下がった頭を蹴られるリスクも大きい為、一部選手の中には巧みに使いこなしている選手も居るには居ますが、初心者の内はオススメしません。
 また、バックステップによる避け方では、ミドルレンジ(中距離)で相手がミドルレンジ(中距離)の速い蹴りを避けるのがギリギリで、ショートレンジ(近距離)で相手の蹴りを避けるのには殆ど間に合いませんので、ショートレンジではブロッキング(受け)などの手技によるディフェンスが必要になります。距離としては中距離〜遠距離での攻防においてディフェンスとして使い易いのがバックステップになります。

 後ろ足を気持ち浮かせた状態から前足で床を踏んで後ろに下がるのがコツですが、この時、構え方を崩さない様にしてそのまま後ろに下がれると相手の蹴り終わりへのカウンターなどが蹴りやすくなります。
 また、バックステップは相手に読まれていた場合はあえて最初の距離よりも長めの蹴りを蹴られたり、ターン蹴りなどの長い蹴りで下がったところに蹴りを合わされる事があるので、多様には注意しましょう

スライドイン&クリンチ

 後は後ろに下がれないときやバックステップが間に合わない時など、敢えて前に出て蹴りの距離を潰す事でも蹴りをディフェンスする事が出来ます。
 動画で青の選手も距離を詰めるディフェンスをしています。この方法は慣れない内は恐怖感が有って上手くは出来ないのですが、安全な場面に限定する事で安心して使う事が出来るはずです。例えば貴方がバックステップを多用し、相手が焦って長めの中段蹴りを蹴ろうとした時などには特に安全かつ簡単に相手の蹴りを無効化する事が出来ます。

 距離を潰して相手の蹴りを無効化する事も、ぜひとも身に着けて頂きたいディフェンス技術の一つだと思います。
 ただし、相手にとってはショートレンジ(近距離)やゼロ距離の蹴りのチャンスを与える事になります。したがって上段蹴りのカウンターが飛んで来る事のケアは怠らない様にしましょう。
 攻撃側が速い回し蹴りを相手に見せ、何度かディフェンス側に潰させておき、ディフェンス側がタイミング慣れて来た所で蹴りの軌道を変え、回し蹴りと見せかけた踵落とし(ネリョチャギ)で距離を詰めるディフェンスの裏をかいて切り落とす場面など良く見られる展開なので、注意が必要です。

 距離・タイミング・位置の三つを潰す技術がクリンチです。忌み嫌われがちな技術ですし、多用すると掴みの反則(グラビング)を取られて減点される恐れがありますが、バックステップと同様に距離を変えて相手の蹴りを無効化する技術であり、テコンドーのキョルギを学ぶ以上は習得が必須のスキルと言えるでしょう。この技術を使いこなせる様になると近距離の打ち合いをクリンチでキャンセルする事が出来る様になります。
 また、バックステップ同様に相手に読まれている場合はあえて最初の距離よりも短い蹴りで合わせられる事があります。短い蹴りとなると上段蹴りを蹴られるリスクが高くなるので、しっかりとケアしましょう。
さらに、クリンチ後は必然的にP0(ゼロ距離)となるため、しっかり先手を取ってプッシングからの蹴りなどを狙っていけると良いと思います。

 また、2022年のルール変更に伴い、クリンチのルールが厳格化しています。クリンチ時は相手を掴む事ができないので注意しましょう。しかし、トップクラスの選手たちは、相手の脇に腕を差し込み、自分の上腕で相手の脇の下から相手の肩を持ち上げる様にして相手をコントロールしています。相手に振り回されて隙が出来ると離れ際に攻撃を入れられてしまうので注意しましょう。
ルール上、クリンチは次の様に規定されています。
・クリンチに入ると即座に主審から「アクション」のハンドサインが出る
・3秒以内にアクションを起こさないと消極的なプレイヤーに減点。
・手の位置が相手の側面よりも前に出ている場合は消極的なプレイヤーとみなされる。
以上の3点を踏まえると、クリンチ時にはしっかりと相手をプッシングして距離を作って蹴りを狙っているアピールをすることが大切になりそうです。また、近年の世界選手権の動画などを見ていると、プッシングをしているふりをして相手の防具を掴むなどラフなプレーが散見されました。主審が見えていない場合はカムチョンが発生しないので、この手のラフプレーに対しても慣れておく必要がありそうです。

脚を使ったディフェンス(キャンセリング/クラッシュ)

 キャンセリング(クラッシュ)とは前足を使って相手の攻撃を防ぐ技術のことです。主に相手の前足での蹴りに対して、下から足ですくい上げる様にして軌道を逸らしてディフェンスをします。腕と違って力負けする恐れがないことから、中距離の攻防において主に使われています。

 オープンスタンス(お互いの構え方が逆)の時と比べると、クローズドスタンス(お互いの構え方が同じ方向)の時はディフェンスに安定感がないため、後述するブロッキングと併用するとよいでしょう。

ブロッキング(受け、マッキ)

 ステップによる距離を用いたディフェンスが間に合わない場合は腕を用いたディフェンスを使います。近距離〜遠距離の全ての距離で有効なディフェンスがブロッキングになります。

・腹側中段を両腕で守るボディブロック
・背中側中段への下段払い

まずは上記の二種類を身に着けると良いでしょう。

 上の図はプムセ(品勢、型)で用いられる受け技の一覧ですが、これらの受け技が実際のキョルギ(組手競技)で用いられることは殆どありません。使ったとしてもアレマッキ(下段受け)くらいではないでしょうか? 相手の回し蹴りをアレマッキ(下段受け)して前腕で受けると言うのはキョルギ(組手競技)でも良く見られる光景ですが、相手のネリョチャギ(かかと落とし)にオルグルマッキ(上げ受け)をする姿など、残念ながら見た事がありません。
 腕を用いたディフェンスの場合、前に出した手で相手の蹴りを捌き、後ろの腕で蹴りをガードすると言うのが基本的な考え方ですが、プムセの受け技の様に予備動作を入れる余裕はありません。

 動画は韓国軍内の部隊対抗団体戦の1シーンですが、青・海軍の背番号4の選手のガードが非常に基礎に忠実なので参考になります。
 前に出した腕を使って下段払いをベースに、腹側の場合は後ろの腕のガードに前手の下段払いを添えて両腕でキッチリ相手の蹴りをガードしています。
 この様な腕の使い方はプムセの受けからは乖離していますが、現状のルールでは腕によるディフェンスの基本になります。

 また、電子防具が採用されるようになってから腕の上からポイントを取られるリスクが無くなりました。(※ KPNP製電子防具の場合はガードをボディプロテクターに押し込まれるとポイントが付く事があるので注意してください)兎に角、ブロッキングが間に合うのであれば、蹴りとボディプロテクターの間に腕を差し込んでおく事が大切であり、ブロッキングに関しては別途練習時間を設けて練習すると良いでしょう。片方がハンドミットを両手に持ち、それを蹴りに見立てて攻撃するのをその場でブロッキングする練習がおすすめです。この時、攻撃側は実際の蹴りの軌道とタイミングをしっかり意識する事に注意してください(攻撃側が下手で我武者羅に叩くだけだとキョルギと乖離してしまい練習の意味がなくなります)。

カウンター

 もし、貴方がパンダルチャギが蹴れるならば、相手が入って来たタイミングに合わせてクリンチで距離を詰めながら両手で相手の胴体を押して距離を作り、パンダルチャギを蹴ってみましょう。
 当たる当たらないは一旦置いておいて、心理的に上段蹴りを持っている相手には迂闊に入れなくなるものです。
 つまり、「攻撃は最大の防御」だったりします。カウンターが上手い相手には迂闊に攻めにくいものです。例えば、先ほど紹介した相手が入って来た所に合わせるカット蹴りなどもその一つです(この記事でのカウンターとは広い意味でのカウンターを意味し、相手の攻撃に対応して自分が攻撃を撃ち返す返し技全般の事を指したいと思います)

<【補足】カウンターの定義について>
武道用語には「先の先」「対の先」「後の先」という言葉があります。
・相手が攻撃しようと動作を起こす直前に反撃する「先の先」
・相手が攻撃しようと動作を起こすと同時に反撃する「対の先」
・相手の攻撃を受けたり避けたりしてから反撃する「後の先」
このうち、ボクシングのクロスカウンターやテコンドーでは相手の回し蹴りに合わせた後ろ蹴りカウンターなどは「対の先」であり、狭義のカウンターという言葉は「対の先」のみを指す場合があります。ただ、テコンドーにおいては相手の蹴りを避けたり受けたりして相手の反撃できないタイミングや位置から攻撃を返す「後の先」が多用されており、本ノートでは「後の先」までカウンターに含めて説明したいと思います。

カウンターの技法については各種の蹴りを紹介する際に詳しく説明したいと思います。

Chapter 3 攻撃の為の基本戦術

3-0 そもそも電子防具って?

電子防具の仕組み

 電子防具の仕組み自体は各メーカーによって異なるのですが、基本は接触センサーと圧力センサーの二種類のセンサーで蹴りによるポイントを判定しています。
 近接センサーは足に履いた電子ソックスに取り付けられたマーカーが胴防具もしくはヘッドギアに近づく事で作動します。これにより膝蹴りや体当たり等の衝撃で得点が入る事を防いでいます。
 圧力センサーは胴防具に当たった蹴りの威力を測定する為の物です。圧電素子と呼ばれる外力を加えて変形させる事で電圧が発生する素子が胴防具に埋め込まれており、蹴られる事で発生する電流を感知して蹴りの大きさを推測しています。

Daedo(デドー)の第一世代(GEN1)の内部構造。近接センサー(proximity sensor)と衝撃センサー(Impact sensor)の二種類のセンサーが内蔵されている。

 例えば、スペインのDaedo(デドー)社が開発したシステムでは、選手は足に磁石が入ったソックスを履いており、蹴りが胴の防具に当たるとホール効果によって防具内に電流が流れ、その電流を感知する事で蹴りの接触を感知します。さらに防具内にピエゾ(圧電)ケーブルと呼ばれるケーブルにかかる圧力や変形に伴って電圧が発生する素子が埋め込まれており、蹴りを受けてこのケーブルに圧力が加えられたり変形したりする事で衝撃センサーの役割を果たしていました。※現在使われているGEN2に関しては詳しい動作機序は公開されていません。
 一方、KPNP社のシステムも同様に近接センサーと衝撃センサーの二つに分かれていますが、近接センサーとしてはコイルとコンデンサーからなる回路(万引き防止タグなどに使われているLC回路)を用いていたり、衝撃センサーも圧力プレートを用いるなどDAEDO社とは蹴りを測定する仕組み自体が異なっています。そのため、この二つでは得点となりやすい蹴りが異なっており、元韓国代表のイデフンもインタビュー動画の中で「DAEDO(デドー)の場合、足が触れている面積が広くないといけないのでコツが必要だが、KPNPは強く蹴れば点が入るので点を着けるのにコツは要らない。とはいえ、デドーであっても強く蹴れば反応するので、蹴りが強ければメーカーは関係ない」と述べています。
 具体的にはデドーのソックスに埋め込まれた近接センサーは磁石を使用しているため接触していないと蹴りが反応しないが、KPNPのソックスに埋め込まれた近接センサーはコイルを使用しているため接触しなくても近づくだけで反応するという違いがあります。
 初期のころの電子防具(ラジャスト社、デドー社GEN1)では誤作動と思われるような得点が相次ぎましたが、現在使われている電子防具では誤作動がかなり少なくなりました。
 また、DAEDOのGEN2(第二世代、現行)ではGEN1(第一世代)と異なり背中側まで圧電素子が入っているので、背中の糸の手前の所を蹴ってもポイントが入る様になっています。その為、従来の普通防具の時は得点になっていたが、GEN1では使われなくなった背中側の回し蹴りがしっかりと得点に入る様になりました。その為、後述の電子防具に関する研究でもDAEDOはKPNPよりも背面への攻撃で得点になる率が高くなっています。

【理系向け】電子防具に関する研究

 2022年の7月に「Comparison between the KPNP and Daedo Protection Scoring Systems through a Technical-Tactical Analysis of Elite Taekwondo Athletes(エリートテコンドー選手の技術戦術分析によるKPNPとデドー採点システムの比較)」という論文が発表されました。

 具体的な内容についてはそちらの論文を読んで頂くとして、スポーツ科学的な解析からDAEDO(デドー)のGEN2とKPNPの二種類の電子防具には戦術・技術・得点に関して有為な差がある事を示しています。

この研究は、テコンドーの戦闘で見られる技術と戦術の違いを確認しました。これらは使用する PSS (Daedo または KPNP) によって異なります。更にこれらの違いは性別によっても独立しています。

① KPNPの場合、男子選手はナコチャギ(ヨプリギ・掛け蹴りや裏回し蹴りの事)とネリョチャギ(踵落とし・下ろし蹴りの事)で得点しているが、女子選手はナコチャギとビットロチャギ(ひねり蹴り・フィッシュキックの事)を有効に活用していた。
 DAEDOの場合、男子選手はトルリョチャギ(回し蹴り)での得点が多いが、女子選手はヨプチャギ(横蹴り)での得点が多かった。

② KPNP を使用した試合では女子選手はギブ・アンド・テイク(蹴り合いの中で得点を取られて取り返すような攻防)とカウンター攻撃でより良い結果を得ることができます。一方、Daedo を使用している間は自分から攻めを作る事とクリンチを使用するとより効果的です。

③ 男子選手はKPNPではオープンスタンスの方が得点を取りやすく、DAEDOではクローズドスタンスの方が得点が取りやすかったのだが、女性の場合は逆になった。

④ 打撃面については男女差はなく、KPNPは正面の得点が多く、DAEDOでは背面の得点が多かった

⑤ 女子選手はKPNPを用いた場合には右前足がより得点率が高く、DAEDOを用いた場合は左前足の選手の方が得点が良かった。

これらの調査結果は、より良い結果を達成する為にはアスリートが競技で使用するPSSを考慮した技術・戦術的なテクニックを選んだりトレーニングの最適化を行ったりして適応する必要があることを示している。

Comparison between the KPNP and Daedo Protection Scoring Systems through a Technical-Tactical Analysis of Elite Taekwondo Athletes

また、この論文は実際の試合を解析していて、論文の中では「DAEDOよりKPNPの方が総得点数が多く、DAEDOの方が得点し易いことが示唆されている」とも述べています。しかし、静止した防具を蹴った中国の実験(「跆拳道不同品牌電子護具踢擊得分效益之比較(2020)」ではDAEDOよりもKPNPの方が感度が良く得点が入りやすい事を示しています。

 また、2016年に韓国啓明大学で発表された「テコンドーにおける電子防具の衝撃値と力学的衝撃力の関係について(2016)」という論文も紹介させてください。この論文の中で、エリート選手(Skilled)とテコンドー学科学生(Unskilled)がアプチャギ、トルリョチャギ、ティッチャギについて測定を行いました。具体的なデータは論文を読んで頂くとして、結論から言えば、ティッチャギやアプチャギのような押す系の蹴りの場合は蹴りの際に及ぼす力の最大値が電子防具が示す値と強い正の相関があることが分かりました。つまり、ティッチャギやアプチャギなどの押す蹴りは力学的に強く蹴れば電子防具が強い蹴りとしてそのまま反映されるという事が示されました。一方で、トルリョチャギの場合はやや強い正の相関を示すのにとどまりました。トルリョチャギの場合はデータを見てもばらつきが大きく、これについて論文では、「電子防具に対して垂直方向の成分を考えたときにティッチャギやアプチャギのような押す系の蹴りの場合は垂直成分が大きく、トルリョチャギの場合は垂直成分が小さくなることが影響しているのでは」と考察しています。

トルリョチャギのグラフ(縦軸が力学的な力の最大値、横軸が電子防具に示された数値)にティッチャギの場合のグラフ(青線)を載せた物

 また、これらのデータを見てみると、トルリョチャギとティッチャギではトルリョチャギの方が力の最大値が小さいのに電子防具が読み取った数値が大きくなる傾向が強い事も分かります。これは、トルリョチャギは足先の速度が大きいが打撃に関わる質量が小さいという特性が関わっていると考えられます。前出の「Comparison between the KPNP and Daedo Protection Scoring Systems through a Technical-Tactical Analysis of Elite Taekwondo Athletes」でもKPNPは円形軌道の蹴りが入りやすいという考察を出しており、KPNPではトルリョチャギが有効な事がデータから分かります。

3-1 攻撃は当たらないものである

 ミット蹴りやプムセばかりやっていて初めてキョルギをやる時に驚くのが、蹴りが全く当たらないという事かもしれません。初めてのキョルギで相手に蹴りが当たるというのは中々センスがある人だけだと思います。
 蹴りというものは動く相手に対しては思った以上に当たりません。
 優れたスピードを持ったトップ選手でもない限り、カウンターでも何でもない1発の蹴りをポンと蹴って綺麗にポイントが入る事は稀です。そもそも「ステップからダイレクトに回し蹴りを蹴ってポイントが入る」みたいなシチュエーションが何度も起きる相手にはボロ勝ち出来ます。
 逆にそういう蹴りを何発も貰ってしまう相手にはボロ負けをしていまいます。その手の単発の攻撃は実力に差があるから決まるのであって、拮抗したレベルの相手との試合ではそういったダイレクトの攻撃は殆ど決まらず、寧ろカウンターで当てた蹴りだったり、撃ち合いの中で出来る一瞬の隙を捉えた蹴りだったり、ガチャガチャぶつかり合った中での2発目や3発目の攻撃こそポイントに繋がっていたりします。初心者のうちに「蹴られたら必ず蹴り返す」とか「蹴りあいは最後に自分の蹴りで終わる事」といった指導がなされるのはその為です。

蹴りを当てるには?

上の図はフィリップ・ユン(元アメリカ代表)がブログの中で紹介していた蹴りを当てる為のフローチャートを日本語訳した物になります。P0~P4、K0~K4という表現はフィリップ・ユンが距離と蹴りについて彼独自に使っている表現であり、

P0…クリンチするくらいの短い距離の事。
P1…近い距離。
P2…その場で蹴れば蹴りが入る距離。
P3…間合いの半歩外側の距離。
P4…間合いよりも1歩外の遠い距離。
KX…PXの距離で用いる蹴り。
(例:K0はP0で用いる非常に短い蹴りの事)

という意味を持っています。ここでは和訳を青塗にしたゴールに向かう各ルートについて解説したいと思います。

1ラウンド目が始まったら、先ず相手が何をする選手なのかを把握する必要があります。もし、8割くらい相手がどう動く選手なのかが分かっているならば蹴ってしまえば良いでしょう。

ただ、相手が何をする選手なのか分からない場合に有効なのが、半歩ステップで相手の蹴りの間合いに入ってみて相手の反応を伺ってみると良いでしょう。

 例えば、この時に対戦相手がバックステップを入れる様な選手であれば、下がった所を狙う蹴りが有効になります。一歩入って回し蹴りや、スライドインしてからの回し蹴り等、距離を詰めて相手を下がらせてから下がった所を狙った長い蹴りを蹴る事で得点を得られる可能性が高くなります。

 また、逆に距離を潰してクリンチを狙ってくるような選手であれば、同様に距離を詰めて相手のクリンチを誘い、距離を詰めてきた所にパンダルチャギなどの非常に短い蹴りを狙うと蹴りを当てられる可能性が高くなります。

ただし、対戦相手が動かない場合がネックです。相手が油断している場合は蹴ってやれば良いのですが、そうでない場合はなんらかのカウンターを狙っている場合があります。この場合にはスライドしてのステップインだけではなく一歩入ったステップインなど、相手の反応を探る動き方を変えてみて、反応を作ってください。

 そして、相手が蹴ってきた場合ですが、その場合には相手のカウンターの蹴りに対してカウンターを取る事を考えます。この時に最適な対応は狙ってきたカウンター蹴りの長さに応じて対応が変わります。

 例えば、短い蹴りのカウンターを蹴ってくる相手に対しては、短い蹴りの場合はスピードが速い事からタイミングを取るのが難しいので、相手の蹴りにたいしてその場で回転方向を合わせた蹴りを蹴るとカウンターが入りやすいでしょう(詳しくは「攻撃の3要素③ 位置」を参照ください)。また、適切な距離への蹴りであるならばこれを誘発させてから一歩下がってカウンターを決めて確実に取ると良く、長い蹴りでのカウンターを狙っているならば下手に下がると蹴りの餌食になる為、その場で短い蹴りを蹴ってカウンターを取ると良いでしょう。

 勿論、現実のキョルギではこのようなフローチャート通りに事が進む事は有りません。ただ、このような考え方があるという事を知っておけば、「キョルギ中でも相手を良く見て考える」という癖が身に付きやすくなります。

 ただ、この時に気を付けなければならないのは相手を見過ぎてしまうと却って居着きが生まれてしまうという事です。逆に、いくら高いフィジカルを持っていても、何も考えずに反応速度の良さだけで体に染みついた技を本能のままに使っていたのでは勝ち上がるにつれて厳しくなっていきます。やがて同格の技量と体力を持った賢い選手に罠に掛けられて討ち取られてしまうでしょう。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という格言はテコンドーにも当てはまるでしょう。

カウンターの基本

 カウンターの基本は同じ方向で蹴ることです。例えば、右の回し蹴りなら右の回し蹴り。左の回し蹴りなら左の回し蹴り。ただし、方向というのは回転方向のことなので、後ろ回し蹴りや後ろ蹴りなどの回転系の蹴りは逆に右の回し蹴りには左の後ろ蹴り、左の回し蹴りには右の後ろ蹴りが刺さります。突きをカウンターで使う場合も同様です。相手が右の回し蹴りを蹴ってきたのに左の突きでカウンターを取ろうとすれば、わき腹に相手の蹴りが直撃するという大惨事になります。まずは相手の蹴りをしっかり潰してから、突きを入れましょう。

 また、カウンターは相手の蹴りに対して同じ方向の回転でカウンターを取る事がセオリーとされています。(例:右の前回し蹴りには左の後ろ回し蹴りが入りやすい)

 同じ回転でカウンターを取る理由は、蹴りの軌道に対しての隙間をカウンターが通らなければならないからです。例えば、相手の回し蹴りに対して、相手の蹴りが通る軌道に自分の蹴りを通す事は出来ません。
 試しに、相手の左の回し蹴りに右の回し蹴りでカウンターを取ろうとしてみてください。二つの蹴りの軌道が被るため、蹴りと蹴りがバッティングしてしまいます。
 カウンターは相手の蹴りの軌道と被らない軌道で蹴らなければなりません。逆回転のカウンターの場合は、相手の蹴りが通った後に蹴りを通さなければならない為、相手に蹴りが届くのが遅くなってしまい、回避されるリスクやカウンターにカウンターを合わされるリスクが増大してしまいます。

 そういうカウンターの原理がわかると、カット蹴りと呼ばれる前足でのスライド横蹴りの強さがよくわかります。この蹴りは右回転とか左回転とか関係なく一直線でまっすぐ刺さる蹴りなので、この蹴りの軌道と被らずにカウンターできる蹴りが少ない事が強みです。
 そのため、カット蹴りに対するカウンターはカット蹴りをしたから差し込んで相手の蹴りをキャンセルする事(後述)が現在では有効な策として使われて居ます。
 手で捌くというのも良いのですが、腕力と脚力では筋力の差から負けてしまい、カット蹴りから上段蹴りへの変化に対応できずに失点してしまうリスクに気をつけてください。上半身の筋力に自信がある選手などは、カット蹴りを上から腕で潰してパンチでカウンターを取るなどの戦術を使っています。
 これはカット蹴りの軌道の上のスペースを活用したカウンターになります。同様に上のスペースを有効活用できる技としてカットを腕で捌いた後のティフリギ(後ろ回し蹴り)なども良く用いられています。
 一時はモルドバキックと呼ばれる低空から跳ね上がる回し蹴りがカットに対する有力な対抗策として多用されて居たのですが、蹴る側の体制がいちぢるしく崩れる為、転倒減点のリスクが大きく現在では多用されなくなりました。

3-2 パンチをどう当てるか?

前足を潰すカウンターパンチ

 電子防具のテコンドーが始まってから暫くした頃に、前足の攻撃が強すぎるという問題を独自の手法で解決した一人のロシア人選手がいました。
 彼の名前はルスラン・ポイセフ。男子最軽量の−58kg級でさえ「180cm無ければ話にならない」とされていた当時において、ポイセフの身長はわずか170cm。しかし、彼は2015年の世界選手権で銅メダルを獲得します。彼を表彰台へと押し上げたのがパンチでした。

 彼は前側の前腕部や手で相手の前足を上から押さえ込み、前足を腹側に叩き落としながらフック気味のストレートパンチを当てるという、コロンブスの卵的な手法で強豪選手をバッタバッタと薙ぎ倒し、世界王者のファルザン相手にあと一歩という所まで迫る大活躍を見せました。

ロングレンジから攻めるパンチ

 これ以降、WTテコンドーにおけるパンチの価値は大幅に見直され、その使用方法について研究が進んでいきました。電子防具化が進んだWTテコンドーにおいて、唯一の副審判定となるのが中段パンチです。連打ではポイントにならず、綺麗に入った単発のパンチを副審が有効な打撃であるという判断であると判断した場合だけポイントが加算される為、大袈裟に振りかぶってフックとストレートの中間の軌道でパンチを撃ちこむ力強いフォームが現在におけるパンチの主流となっています。

 一般防具時代はパンチの活用といえばカウンターが主流でした。相手の右回し蹴りに対して左腕で下段払いをしながら右中段パンチでカウンターを取ったり、相手の腹側への回し蹴りを後ろ側の腕でガードしながら前側のパンチで相手との間に距離を作って空いたスペースに回し蹴りを叩き込むなど、相手の攻撃に応じた使い方をされていました。

 しかし、現代テコンドーにおいて、パンチはかなり能動的に自分から攻める技として使われています。オープンスタンスでの長めの回し蹴りに代わる技として、身体を倒して相手に倒れこむ様にして体重を乗せて殴るロングの中段パンチが使われています。

上の動画はパンチの詰め合わせですが、これを見ていると2015年にルスラン・ポイセフがパンチを多用していた時代よりも研究が進んでいることが分かります。ポイセフは相手の前足が腰の高さにある状態で前足を前側の手で潰してから殴っていましたが、現代では相手の前足が浮く状態を確認でき次第殴り始める様にしています。

 遠距離・中距離からの攻めのパンチを効果的に使うことができる条件を詳しく書くと以下の通りになります。

条件1オープンスタンス(相手が左足を前にしている時に、自分は右足を前にしている状態。あるいはその逆。お互いの腹側に広い空間が出来る事から)であること。クローズドスタンス(相手と自分の前側の足が同じ状態)では後ろ側の手のパンチは使いにくい。

条件2:相手が前足の蹴りを使ってくる事。

条件3:自分の前足での攻撃に対して相手が前足をぶつけてくる(キャンセリング)事。

条件4:相手が貴方の動作に対して前足で反応していること。

 条件4が確認でき次第、躊躇わずに長いパンチを飛び込むことで、それに反応して足を上げて居着いた相手に強烈なパンチを当てることができます。2015年の動画ではルスラン・ポイセフは攻撃に失敗して上段へのカウンターを貰ってしまった場面も映されているので、この攻撃にはリスクが伴う様にも思われますが、相手の足が腰の高さまで上がっている状態で殴るからリスクがあるのです。相手の足が上がることを読んで殴れば、パンチが先にあたります。大抵の選手の蹴り足はそこまで速くはありませんし、前側の腕を使ってガードを相手の前足との間に置いておいたり、前手で相手の前足を抑えることでリスクを軽減することができます。

 また、動画の最後でイギリス代表のジェイド・ジョーンズ(女子−67kg級の五輪王者)のミット打ちが入っていますが、ジェイドの様に前足のフェイントで相手の前足を誘導してから殴るという殴り方もよく見られています。

 ただし、この攻撃の際には相手のカウンターにビビって中途半端な入り方をすることが一番危険になります。

 中段パンチは僅か1ポイント(中段蹴りが2ポイントなので半分!)なのですが、蹴りに対する防御や電子防具に対する理解が進んだ昨今においては非常に重要な技術であり、少なくとも利き腕のパンチは確実に身につけておくべきでしょう。


3-3 前まわし蹴り(トルリョチャギ)

後ろ足(ティッパル)のトルリョチャギ

 古い時代では、遠距離(P3)での回し蹴りが多用されていましたが、現在では比較的長い距離の回し蹴りは敬遠される風潮があります。長い距離の攻撃は攻撃開始からヒットまでの時間が長くなる為、電子防具化に伴ってガードが発達した現代のテコンドーでは、同格同士の試合において長めの回し蹴りは殆ど当たりません。また、現代テコンドーはステップで見合いながらフェイントを掛けて駆け引きをしていると直ぐにアクションの指示が出され、消極性に対する減点が課されてしまう事もロングのトルリョチャギが使われにくくなった要因の一つです。

 また、長い蹴りでは身体ごと相手に突っ込んでいく必要がある為、その瞬間にカウンターのカット蹴りを合される等のリスクも大きくなります。

 元韓国代表のイデフンは自身のyoutubeチャンネルの企画で後ろ脚での回し蹴りのタイミングの取り方について解説しています。
 その中で、後ろ足での蹴りはジャン・ジュン(韓国代表)が得意とする様な蹴る前に相手のガードの空いている場所に目星を付けてフルスピードの蹴りで得点を狙う場合と自身が多用していた様なコントロール可能な速さで蹴りのモーションに入って蹴る瞬間のギリギリ手前まで相手を良く見て隙を突いて得点をする二種類があると述べています。

 イデフンは前者の場合はリスクが大きく運の要素が生まれるが、後者の場合はテンポよく攻撃を続けていれば相手にカウンターを絞らせないのでリスクが少ないと述べており、仮にカウンターを狙われていた場合でも冷静に対処して蹴りをカット蹴りに変形させる事でリスクを減らす事が出来ると述べています。

 また、ロングの蹴りについては相手が逃げた場合には深追いは避け、自分の上半身を崩さないように足を下ろして次の動作に繋げる事が大切であり、得点を狙うのはロングの蹴りに対して相手が前に詰めて距離を潰す様なディフェンスをしてくるタイミングを狙い撃ちするのが良いと述べています。

 ロングの様な蹴り始めでも相手の動きに合わせてショートの蹴りに変形させるという技術を持っていると、相手のディフェンスの裏をかいた得点が出来ます。

前足で相手に隙を作っての回し蹴り

 近年では前足はディフェンスに使われる事が多いことも有り、前足で相手をコントロールして相手に隙を作ってからの後ろ足での回し蹴りというのが重要になります。
 例えば、下の動画は東京五輪王者ヴィト・デラキーラの回し蹴りですが、最初に前足の掛け蹴りをぶつけてから、相手の返しの前足を再び前足でブロックしてから腹側の隙を突いて回し蹴りを決めています。
 この試合ではヴィトは前足主体で戦っており、相手選手が後ろ足の蹴りに対する警戒が緩んだ隙を見逃さずに得点を決めました。

腰を回さない蹴り

近年のテコンドーはコートが狭く、選手同士の距離も近くなっている事から、腰を回さない短めの回し蹴りが主流となっています。

古い時代では、

「軸足の踵を相手に向ける(軸足を180度近く回転させる)」
「腰を入れて蹴りを伸ばす」
「蹴った足は前」
「重心を軸足に残さない」

長く速く蹴る事に主眼を置いた点が大切とされてきましたが、現代での主流となる蹴り方を見てみると、

「軸足の回転は45度程度。最大でも90度(場合によっては踵が殆ど後ろ)」
「腰を入れず、上半身が相手に対して正面を向いた状態で蹴る」
「蹴った足は軸足の隣」
「重心を軸足に残す」

という、以前だったら撃ち合いになった後、接近戦で使われるような蹴り方を一発目から使っています。電子防具以前の一般防具で副審が得点を判断する時代であれば、有効な蹴り方とは決してみなされず、威力が不十分であるとして副審に嫌われるような蹴り方であり、電子防具化によって生まれた蹴り方と言っても過言ではありません。

このような腰を回し切らず、軸足に体重を残して上半身が正面を向くタイプの蹴り方にはいくつかのメリットがあります。

一つ目は相手に蹴りの初動を読まれにくいという点です。肩のラインが180度回転する従来の回し蹴りの場合、どうしても蹴りが当たるまでに相手に与える視覚的情報が大きく、反応をしやすくなってしまいます。肩のラインが90度ほどしか回転しない蹴りなので、その分だけ予備動作が少なくなり、防御側にとって反応がしにくい蹴りとなっています。

 二つ目のメリットとしてはボディコントロールを維持できる点です。蹴ってる途中でも相手のカウンターに反応して上半身を逸らすなど身体のコントロールが出来るので、ディフェンス面で隙が少ないという点も挙げられます。また、攻撃面でも蹴り足を下ろし切らずに二段蹴り(ダブル、ナレチャギ、ヤンバルチャギ)に繋げたり、蹴り終わりに次の動作に繋げやすい事も短い蹴り方の大きな利点です。

プッシングで距離を作る蹴り

 2016年のリオ五輪後の大きなルール改編として、(蹴りのスペースを作る為の)プッシングの解禁というものがあります。これにより、ゼロ距離から近距離での攻防が大きく変化しました。

大半の選手にとっては腕よりも足の方が長い為、プッシングからの回し蹴りを中段に当てる為には、上半身をくの時にして腰を引いて距離を作る回し蹴りを蹴るか、蹴り足を折りたたんだ状態で強引に狭い間合いを通すかの二通りの蹴り方があります。一般的には速さに優れる前者の蹴り(上半身を畳むタイプ)が使われがちなのですが、電子防具と蹴り足の角度が重要なので、相手の背中側の蹴りの場合には蹴り足を折りたたむタイプのショートの回し蹴りが使われる事もあります。

 動画では攻防の中の一部分のみを切り取っていますが、上半身をそのままにして蹴れるため、押しに強く打ち合いの中で使いやすいというメリットがあります。

 また、プッシングの仕方についても二通りあり、相手を後ろに下げてスペースを作るプッシングと、自分が後ろに下がってスペースを作るプッシングがあります。

 相手を後ろに下げるプッシングの場合は自分自身に相手以上の筋力が無いと中々上手く行かないのですが、コツとしては斜め上に向かって相手を押すことです。そうすることで、相手が踏ん張れなくなるので、相手を押しやすくなります(レスリングや相撲などで相手を押し出す際の常識)。

 ただし、ルール上はプッシングは蹴りの距離を作る為のものなので、これで相手を押し切って場外に出したとしても自分が減点(カムチョン)を貰うだけなので気を付けてください。押して相手を崩したら、しっかり蹴りましょう。

 次に自分が下がってスペースを作るタイプに注目します。この場合は腕を突っ張り棒の様にして相手との間に差し込んで作ったスペースに蹴りを通します。このタイプのプッシングだと比較的パワーがなくても蹴りを当てる事が出来るのですが、コート際などでは場外の減点を取られる可能性があるので注意しましょう。

前足(アッパル)

 現代的なテコンドーの中で身につけておくべき蹴りの中でもカット蹴りの次に有用なのが前足の回し蹴り(トルリョチャギ)だと思います。ここまでで紹介した回し蹴りは基本的に後ろ足(奥足)で蹴ることを想定していましたが、前足と比べると蹴り足が相手に届くまでに時間が掛かるという欠点がありました。その点、相手に近い方の足で蹴る前足の回し蹴りは隙が小さく非常に使い勝手の良い技になります。軸足が後ろ足になるため、後ろ足での蹴りに比べると距離を出しにくいという欠点はありますが、前足を使ったディフェンス(キャンセリング)との親和性が高く、キャンセリングとカット蹴りと前足回し蹴りの三種類を用意しておき、攻めてくる相手に反応して前足を多用するだけで、ディフェンスを重視したままプレッシャーを掛けていく事が出来ます。背の低い選手であっても、これを使うと相手の蹴り終わりなどに得点のチャンスを狙う事が出来ます。

 また、前足の回し蹴りが強い点はカットなどの蹴りや相手の蹴りを前足でキャンセルした後に蹴り足を空中に残しておき、相手の反応に合わせて即座に蹴る事が出来る点にあります。基本的に自分の蹴り足が空中に残っていて、相手の両足が地面についている状況下では相手が蹴り始めた瞬間に動き出しても相手よりも自分の蹴りの方が先にあたります。これは敵にして見ると結構厄介な技です。特に足が長い選手の場合は中段のみではなく上段蹴りを狙ってくる為、余計に厄介になります。防御側からすると基本的には相手の蹴り足が空中に残ってしまっている場合は自分の前足をぶつけて(キャンセリング)相手の蹴り足を地面に落としてから攻撃を狙ったり、前腕で相手の蹴り足を落としてからパンチを狙ったり、距離を外して仕切り直しにするのがセオリーとなります。

 前足のトルリョチャギには、ディフェンシブな使い方以外にも、軸足を大きくスライドして攻撃するプッチョチャギと呼ばれる蹴り方もあります。これは軸足のスライド幅に応じて距離を幅広く変化させる事ができるという強みがありますが、一方で身体ごと相手に突っ込んでいくことからカウンターの餌食にならない様に注意してフェイントを掛けていく必要があります。

上段(オルグル)

 前足の場合は非常に使い勝手がいいのが上段への回し蹴りですが、後ろ足での回し蹴りとなると途端に難易度が上がってきます。蹴りの長さは中段よりも短く、ターゲットが中段よりも遠い為に反応されやすいという問題点を抱えており、これを克服しなければ相手に当てる事が出来ません。

 その二つを同時に解決できるのが上の動画の様なカウンターでの上段回し蹴りになります。相手が攻めてくるのに対応するだけなので、遠い距離で当てなければいけない問題はある程度解決しますし、カウンターなら意識の外での攻撃となるパターンが多く、蹴りに反応しにくくなります。

 また、単発ではなかなか当てにくい蹴りですが、中段を蹴ってから上段を蹴るなど蹴り方を工夫すると当てられたりもします。あとは撃ち合いの中だと当てやすい事もありますので、最初から「当たらないから使わない」と諦めずに色々と狙っていく事で中段蹴りを当てやすくする作用もありますので積極的に使っていけると良いのではないでしょうか。

3-4 前足の使い方(執筆中)

 前足は現代テコンドーの生命線と言っても過言ではありません。例えば、先ほど2-2では前足を使ったディフェンスで紹介させて頂いた様に、前足はディフェンスにもオフェンスにも使われます。
 その為、前足での蹴りは地面に付いた状態から蹴り出す蹴りだけではなく、地面から浮いている状態からでも出せるようにしておかなければなりません。「相手の蹴りを前足でキャンセルしてから下ろさずに中段蹴りor上段蹴り」と言うのは現代のテコンドー選手にとっては当たり前に身に付けていなければならない技になります。
 例えば、下の動画は女子-49㎏級で日本代表としてリオ五輪のアジア予選に出場した岡本選手の前足ネリョチャギ(踵落とし)による得点シーンですが、クラッシュやカット蹴りと同じようなモーションで前足を挙げ、相手と自分の距離や相手の反応に応じて蹴りを変化させ、得点を重ねています。

前足の中段蹴り

 前足の中段蹴りは大きく分けて「横蹴り(カット蹴り)」「回し蹴り」「掛け蹴り」「ひねり蹴り」の四種類に分けられます。キョルギの選手達はこの4種類の内の最低でも2種類。標準は3種類を身に付けておく必要があります。

 先ず、一番分かりやすいのが先ほども紹介したカット蹴りです。この蹴りは攻撃にも使う事が出来ますが、電子防具に掛かる圧力は電子防具とセンサーの相対速度にも関係する為、後ろに下がる相手への横蹴りでは圧力の数値が小さくなってしまい、得点になりにくいという弱点があります。その為、前足を使った横蹴りは相手が前に入ってくる勢いを利用できると得点が取りやすくなります。

 次に、回し蹴りに関しては先ほど3-3の中で解説をしたので割愛させて頂き、掛け蹴り(コロチャギ/ヨプリギ)について解説させてください。掛け蹴り自体は普通防具の時代から一般的に使われた蹴りでしたが、なかなか得点になるほどの強打は難しく、電子防具化してから重要度が増した蹴りと言えます。特に、中段の掛け蹴りというのは普通防具時代には全く使われていない技だった為、電子防具化によって生まれた技と言っても過言ではありません。

 この蹴りはオープンスタンスで腹側を蹴る事が出来、蹴りの軌道も相手の腹側を通す事が出来る為、相手の前足の横蹴りや回し蹴りに対してカウンターが取りやすいというメリットがあります。
 上の動画の一発目の掛け蹴りは韓国の選手の回し蹴りに対するカウンターの形で決まっているのですが、デドーのGEN2(第二世代)ではKPNPの電子防具よりも背中側への蹴りで得点が入りやすい為、相手が背中側を狙ってくることがあります。そのオープンスタンスでの背中側への相手の攻撃にカウンターが取りやすいのが前足での掛け蹴りになります。
 また、勿論従来通り上段の掛け蹴りを狙っても良い為、中段の掛け蹴りがガードされる状況であれば、動画の最後の蹴りの様に上に切り替えても良いでしょう。

上段蹴り(執筆中)


3-? 回転蹴りの使い方(執筆中)

後ろ蹴り(ティッチャギ)

 回転蹴りの中でも一番オーソドックスな蹴りが後ろ蹴りです。ただ、振り返ってから蹴るというモーションの大きさから、後ろ蹴りを普通に蹴っても中々当たりません。元トルコ代表でロンドン五輪金メダリスト、セルベト・タゼグル選手の後ろ蹴りの得点シーンを見ながら、後ろ蹴りがキョルギ中に決まる要素について解説していきたいと思います。

 先ず、キョルギで後ろ蹴りを使う一番簡単な運用方法はカウンターの後ろ蹴りです。前述したカウンターの取り方でも紹介した様に、相手の腹側を狙った前回し蹴りに対して同じ回転方向で回りながら後ろ蹴りを蹴る事でカウンターが取れます。この時、軸足となる前足をそのままにして後ろ蹴りを蹴ると、相手の蹴りのスピードによっては相手との距離が詰まってしまって上手く蹴りが決まりません。そこで、ジャンプして軸足を後ろにスライドさせながら蹴る事で相手との間に蹴りの距離を確保する事が出来ます。

 この様なジャンプ後ろ蹴りによるカウンターは比較的初心者でも狙いやすく、後ろ蹴りをキョルギで使う時に一番多くみられる得点シーンだと思います。後ろ蹴りと言うのは隙が大きい蹴りであり、よほどのスピード差が無い限りは居着いてしまって止まっている相手か蹴ってくる相手にしか当たりません。

 また、後ろ蹴りを上手く使う方法としては下がる相手に一歩入ってから後ろ蹴りという攻め方があります。これはバックステップを多用する相手に有効です。一歩入ってから回し蹴りを蹴るよりも一歩入った回転方向と同じ方向で回る方が相手を追いかける速度が速い為、バックステップ先を狙い撃つ事に有効です。蹴りのフェイントで一歩入って相手を下がらせて下がった所に後ろ蹴りを狙うというのが攻めの後ろ蹴りの一つのパターンになります。
この一歩入るステップの時に相手が腹側に蹴りを入れてくるのであれば、カウンター気味に後ろ蹴りが入ります。前足でのカウンターを狙っている相手に対して腹側を狙った攻めの後ろ蹴りというのは前足に対する一つの有効な対処方法になります。
 また、クローズドスタンスで相手の前足を自分の前足で潰した場合、相手の腹側に空いたスペースが出来るので、そのスペースに後ろ蹴りを狙うのも攻めのティッチャギの一つのパターンだと思います。

ターン蹴り(トルゲチャギ)(執筆中)


3-? 長身選手との戦い方


Chapter 4 その他

4-1 解剖学的な話と蹴りのコツについて

 蹴りを学ぶときに人間の身体について学び、骨と筋肉について知る事は有用だったりします。実は「運動神経が良い人間が無意識に出来るけど、運動神経が悪い人間がいつまでたっても出来ない事」というのがあって、私の様な運動音痴では解剖学を勉強しなければいつまでたっても気付かない事が沢山あります。私自身、テコンドーに入門してから初段に昇段するまで12年も掛かる様な生粋の運動音痴で、普通の人が一か月で出来る様になる事がいつまで経っても出来る様にならないタイプの人間なのです、解剖学を勉強する事で色々な事に気付く事が出来たので、それをここで共有させて頂けたらと思います。

 先ず、蹴りに直結している股関節・骨盤・腹の周辺の骨と筋肉だけを抜き出してみます。上の図のを見て頂くと股関節周辺には様々な筋肉が有る事が分かります。この筋肉を見て「果たして何処からを脚と考えるか?」という事を考えるのは大切だと思います。太腿を持ち上げる筋肉(大腰筋)は背骨(腰椎)から始まっています。また、大腿骨につながる筋肉の多くは骨盤から始まっている事から、蹴りの時には脚の動きだけに囚われるのではなく、骨盤(腰)の動きについても意識を向ける事がが非常に重要だという事が分かります。
 もしかしたら、漠然と太腿から先だけを脚として考える方も少なくないかもしれません。私もテコンドーを始めて長らくそうでした。その為、骨盤(腰)の動きを重要さに気付く事が出来ず、回し蹴りを蹴っても違和感のある脚だけの蹴りしか蹴れませんでした。

 例えば、回し蹴りの骨盤の使い方。一般的な回し蹴りでは、骨盤の回転は蹴りの回転と同じ向きになります。しかし、最近流行りの重心を後ろに残したままの後ろ足で蹴る前回し蹴りやダブル(ナレチャギ)の一発目の様な蹴りの場合には骨盤を回し切らずに途中から逆回転に入ります。
 この程度の事であれば、練習を重ねて居れば無意識で出来るのですが、最初から意識せずに出来る人間と出来ない人間では上達のスピードに差が出ます。なので、私の様に運動神経に自信の無い方は脚を脚だけで考えるのではなく、その付け根である骨盤まで脚として考える事で、蹴りの習得が速くなるでしょう。

 また、骨盤について意識する事は怪我を減らす事にもつながります。例えば、男子選手と女子選手では骨盤の幅や深さが異なります。男子は骨盤の幅が狭く深いのですが女子は骨盤の幅が広く浅くなっています。
 その為、股関節の可動域は女子選手の方が広く、柔軟性を必要とする多様な蹴り技の習得が男子よりも早い傾向があります。一方で、大腿骨の角度が内側向きに大きい為、膝が内側に入りやすく軸足の膝に負荷が掛かりやすいのも女子選手の特徴です。テコンドーにおいて頻発する重篤なスポーツ傷害の一つである前十字靭帯損傷が女子選手に多いのはその為です。

 骨盤を意識できなければ、蹴りに威力が出ないというのも大きな問題になります。脚の筋肉を見ていくと膝の曲げ伸ばしに関わる筋肉が多く、太腿から先だけを意識した蹴りの場合には、膝関節だけを使った脚先だけの蹴りになってしまいます。これではスピードも威力も出せません。
 余談ですが、格闘代理戦争というネット番組で秋山成勲選手が若手選手を選ぶ際の注目ポイントとして「ケツがデカイ選手」を挙げていました。臀部の筋肉が発達している選手は蹴りの威力が強いというのもあるのですが、蹴りが強いと言う事は、床を強く蹴って推進力を得る事が出来るという事であり、臀部の発達がタックルやパンチなど蹴り以外の打撃にも通じる為です。股関節(ケツや骨盤)が上手に使えると言うのは蹴りのみならず、打撃全般の威力が高い選手の条件と言えるでしょう。
 例えば、前回し蹴り(トルリョチャギ)を蹴る時にはしっかりと腰を回す事と教わる事が多いと思います。骨盤を回してあげる事で、足先だけではなく足全体が蹴りに乗ってきます。

 ただし、ただ漠然と骨盤を回すだけでは蹴りと骨盤が分離してしまい、体重が乗らない蹴りとなってしまう事があります。その時大切なのが、骨盤と大腿骨を繋ぐ股関節の意識です。蹴りのインパクトの瞬間にしっかりと股関節で蹴り足を押し出すことが出来ると蹴りを股関節まで繋げることが出来ます。長く蹴る事に意識しすぎると、股関節が伸び切った足先だけの蹴りになってしまう事があります。これでは威力も出ません。
 足先だけを意識するのではなく、大腿骨をどう動かしたいのか? を意識する事が出来ると、股関節の使い方が上手くなります。これが出来てくると、膝への負荷も減りますから威力だけではなく副次効果として怪我自体が減ってきます。

 骨盤を意識するだけでも蹴りは強くなってきます。ただ、更に威力を高めようとするならば、更に稼働する筋肉を増やして、蹴りとして相手にぶつかる部分の質量を増やしていく必要があります。

 骨盤と背骨が繋がっている事を考えれば、大切になってくるのが上半身の使い方である事は明らかだと思います。骨盤をしっかりと回す蹴りを蹴ろうと思ったら、背中を相手に向けるような意識で上半身を回すと骨盤が奇麗に回ります。背中を相手に向けるくらい上半身を捻れば、脊柱起立筋がしっかりと骨盤を引っ張ってくれる訳です。

 また、回し蹴りの際に「蹴り足側の腕を振って威力を出す」とか「前手で空想上の棒を掴んで、それで体を引っ張る」とかの指導は多くの道場でされている指導だと思います。これについても、運動神経の良い人間と悪い人間では差が生まれてしまいます。例えば、前述の指導は腕の動きに注目しているのですが、腕の付け根にある肩甲骨が上手く動かせていなければ意味がありません。
 運動神経の良い人は腕を振る事で、その付け根にある肩甲骨を上手く連動させ、肩甲骨が上半身全体を引っ張り、蹴りのスピードに寄与しています。

 上の動画は先日ボクシングへの転向でキックボクシングを無敗のまま引退した那須川天心選手のミドルキック100連発から一部分を抜き取って背中の動きに注目した動画になります。

 蹴りの一瞬前に蹴り足とは逆側の肩甲骨を内側(脊椎側)に引いて上半身を引っ張っているのが分かると思います。その為、蹴りの直前に一瞬だけ蹴りと逆側の肩甲骨が盛り上がるのが分かると思います。

 この様に、全身を使って蹴りを出す為にも肩甲骨の使い方を身に付けるとよいでしょう。

 ただし、肩甲骨自体は胸郭と呼ばれる肋骨と胸椎と胸骨に覆われた部位にくっついているのですが、この胸郭の中で一番可動性が高いのが後ろについている胸椎になります。その為、肩甲骨の動きが良くなったとしても胸椎の動きが硬くなっている場合にはその下に続く腰椎に掛かる負荷が大きくなってしまいます。腰への負担を減らし、より効率よく上半身で作ったスピードを蹴りに乗せられる様に、胸椎の可動域を広められる様な動的ストレッチをしておく事も大切です。

4-2 怪我を予防する

 テコンドーの指導者やセコンドの中には「怪我はつきものだからしかたない」「格闘技なんだから怪我は当たり前」「武道なんだから我慢しろ」という言い方をすることがあります。試合中に負った靱帯断裂などの続行不能な怪我を見誤って選手に試合を続行させ、更に怪我を悪化させるケースなどは嫌という程見てきました。
 確かに、テコンドーはコンタクトスポーツなので多少の打撲や小さい骨折などは「つきもの」です。私自身も足の甲の打撲や腕の打撲、指の脱臼・骨折や肋骨の骨折、肘の剥離骨折などの相手の蹴りによる多少の怪我は負ってきましたし、この程度ならば「つきもの」だったかなと思っています。
 しかし、今まで怪我が原因でテコンドー界から去らざるを得なかった選手は沢山いました。これらの選手生命を脅かすような大きな怪我や事故は決して「つきもの」で済まされていいものではありません。
 テコンドーを学ぶ上で、怪我を予防するという意識を持つことは非常に大切です。

 メジャースポーツではしっかりとしたスポーツ指導者がけが防止の為のトレーニング方法を学んだ上で指導を行っています。例えば、日本サッカー協会では「イレブンプラス」と呼ばれる怪我防止の為のトレーニングをネットで公開しています。

オルグルによる頭部外傷

 怪我にも大小さまざまな怪我があります。全く怪我をしたことのない選手というのは居ないでしょう。中には「俺は怪我をしたことがない」と豪語する人もいるかもしれませんが、テコンドー界には感覚が狂っていて「捻挫は怪我じゃない」とか「肋骨骨折くらいなら怪我じゃない」と本気で思っている人も少なくありません。そこまで極端な例じゃなくても「突き指は怪我じゃない」とか「打撲は怪我じゃない」くらいの事は大多数のテコンダーが本気で思っている事でしょう。特に、キョルギ中に相手の攻撃で負う怪我については「つきもの」で片付けられてしまう傾向があります。

 しかし、頭部への蹴りが加わることで発生する頭部外傷は死亡事故にも繋がりかねない事は知っておくべきですし、蹴りを頭部に貰って脳が揺れてダウンした場合には「軽い脳震盪だから」と言って練習に復帰する事は言語道断絶対に避けねばなりません。

 例えば激しいコンタクトスポーツとして知られるラグビー。これまで、「脳震盪を起こした場合」には、即座に退場しなければなりませんでした。しかし、よりプレーヤーの安全を重視するという考え方から今日では「脳震盪の疑い」でも退場となるように変更となっています。

 脳震盪の疑いを判断するのは、頭部、顔面、頚部あるいはほかの部位への衝撃の後で、以下の所見がみられる場合です。

・意識消失
・ぼんやりする
・嘔吐
・不適切なプレーをする
・ふらつく
・反応が遅い
・感情の変化(興奮状態、怒りやすい、神経質、不安)

 更に、これらの様子がない場合でもバランステストと呼ばれるテストを行って脳震盪の判定をしています。バランステストでは選手に以下の声掛けを行います。

「利き足でないほうの足を後ろにして、そのつま先に反対側の足の踵をつけて一直線上に立ってください。両足に体重を均等にかけ、手を腰にして、目を閉じて20秒間じっと立っていて下さい。もしバランスを崩したら、目を開けて元の姿勢に戻してまた、目を閉じて続けて下さい」

このテストで、20秒間で、6回以上バランスを崩す(手が腰から離れる、目を開ける、よろめく、5秒以上、元の姿勢に戻れない)場合には退場となります。ラグビー界ではこのように脳震盪に対しては厳格に対応する事で、選手の未来を守る取り組みをしています。

 テコンドーは武道なんだから仕方ないとか格闘技なんだから仕方ないという声もありますが、脳へのダメージは簡単には回復せず、一生モノの後遺症を負う危険すらある事を考えると、ラグビー界の様に厳格に対応する事も必要だと思います

 また、オルグルによるダメージへのケアという観点では歯や骨の保護も不可欠です。不慮の事故による歯の保護のため、ステップキョルギであってもマウスピースを着用しましょう。オルグルに寸止めでなくライトコンタクトであっても蹴りを当てる場合はヘッドギアを着用しましょう。ライトコンタクトだからとヘッドギアを付けていなかったり、油断が有る時に大きな事故は発生します。特にティフリギやティッチャギはコントロールが難しい為、ライトコンタクトや寸止めのつもりで蹴っていても相手の顎の骨を骨折させたり、大きな怪我を負わせる恐れがありますので気をつけてください。

前十字靭帯(ACL)損傷とテコンドー

 前十字靭帯は膝関節の中で、大腿骨と脛骨をつないでいる強靭な靭帯です。脛骨が前へ移動しすぎない様に前後への安定性と、捻った方向に対して動きすぎないような回旋方向への安定性の2つに寄与しています。したがって、前十字靭帯が切れてしまうと、膝から先はグラッグラになり、運動中に膝がガクッとズレる膝崩れという現象を起こすようになります。これは「膝の捻挫」の様な物なのですが、同時に半月板などの膝内の大切な組織を傷付けてしまいます。 前十字靱帯は損傷すると、自然治癒することはありません。このためスポーツ選手を続ける為には再建手術が必要になります。更にスポーツ復帰までには通常手術後6~9ヶ月掛かるため、スポーツ外傷の中でも最も重篤な怪我とさえ呼ばれています。

 前十字靭帯(以下、ACL)の断裂には主に接触型の断裂と非接触型の断裂があるのですが、75%は非接触型(つまり、ジャンプの着地時に着地の衝撃で切れたり、急激な方向転換をしたときに膝があらぬ方向に曲がって切れたりする切れ方)と言われています。

 また、若い女性アスリートで発生頻度が高いことが知られています。テコンドー界でも有名な所では台湾代表の蘇麗文選手やヨルダン代表のアフマド・アブゴウシュ選手などの多くの選手にACL断裂経験が有る事からACL断裂を予防する事はテコンドー選手やテコンドー修練者にとっては必要不可欠であり、世界的にはACL断裂予防の研究が進められています。

 ACLは膝関節外反(ニーイン)の状態で過度な力が靭帯に掛かった時に切れると言われています。例えば、ジャンプして 着地した時に過度な内股で脚を着いてしまうと損傷してしまいます。
 これは、膝が中に入ってしまった状態では膝の中で斜めに走っている前十字靭帯が張っている状態となるので、断裂のリスクが跳ね上がる様です。

 女性は男性に比べて骨盤の幅が広く可動域が広い為にニーインになり易い事や、体重あたりの筋量が少ないこと女性に起こりやすい様です。勿論、男性も油断は禁物です。

 例えば、プムセの練習中、アプクビ(前屈立ち)で前足の膝が内側に入りがちな方は、受傷リスクが高くなっているので気をつけてください。

 着地のときは床からの反発した力が足に伝わります。私たちの研究で、かかとから着地すると、反発する力がひざをねじる方向に作用しやすくなり、つま先側から着地するときに比べて、10倍近く危険でした。
 後ろにバランスを崩したときにかかとから着地しがちです。親指の付け根にあたる「母趾球(ぼしきゅう)」から着地すれば、前十字を損傷するリスクは減ります

出典:前十字じん帯を守る、スポーツ中の正しい姿勢とは?(朝日新聞デジタル)

 例えば、日頃のバックステップの時にも後ろ足が踵から着地するのではなく、母子球から着地する事を意識的に行っておく事が大切です。また、バックステップ時に過度に上半身が後傾した場合、後ろ足の膝に負荷が掛かりやすく、受傷リスクが高まると考えられます。

あとがき

「こんな文章を読んでる時間があったらTaweesilp Taekwondo Thailandのyoutubeチャンネルを見ろ!」
と言いたいところですが、ここまで読んで頂き本当に有難う御座いました。気づいた点がありましたら、コメント欄やtwitter(現X)からDM頂けましたら嬉しいです。

なお、執筆にあたって著者の独自性が強すぎるアタオカな毒電波は可能な限り避け、国際試合や海外youtubeチャンネル、韓国の学術論文を基にして一般論を集めるようにしました。

没になった文章は下のリンク先で供養してます。


参考文献・動画・資料など

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