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57歳が23年ローンで新築マンションを買った話


57歳が23年ローンを完済するのは80歳!まじか? これ大丈夫?皆さんそう思いますよね。いやいや、そんな間抜けな事にならないようにちゃんと手は打ってありますからご安心を(笑)

2023年4月に埼玉県新座市の新築マンションに転居しました。29年間住んだ練馬区のボロマンションからの住み替えです。検討したのはマンションのみで、戸建ては一切考慮していません。ですのでこのnoteでは住まい=マンションという前提でお話させて頂きます。検討段階から入居まで、およそ2年間のあれこれを書いてみようと思います。

想像していたよりも多くのハードルと悲喜交々様々なことがありました。これまで縁のなかった不動産にまつわる人々との出会いは、私たちの人生にまた新たな視座をもたらしてくれました。

時系列でなるべく簡潔に書きたいと思っていますが、以前のパリ日記的にどわ〜っと広がってしまうかもしれません。まあそこはご愛嬌ということで。




➀新居探しを始める以前のこと

(a)基本情報・属性など

まずは私たち夫婦の基本情報を。

ともに50代後半。妻は都下の一戸建て出身で大学も東京→JTC就職で何年か働いた後、出産を機にしばらく専業主婦に。その後子育てが一段落してからはパートで働いています。

夫の私は、足立区生まれで小学生からずっと池袋至近の雑司ヶ谷の賃貸マンション育ち。高校は茗荷谷、大学は池袋。就職は外資系IT企業でSE職を3年経験。その後は家業の石膏像制作の仕事を雑司ヶ谷で継いでかれこれ30年。ほぼほぼ池袋と共に過ごした50年って感じです。

(b)結婚→渡仏→帰国まで

1990年に結婚して、最初に居を構えたのは有楽町線の千川駅1分くらいの安アパートでした。家賃7万くらいだったかな。木造の2階で、隣接する電気屋を営む大家さんの飼いネコ🐱が毎日遊びに来てくれるという、なかなかナイスな部屋でした。

そこに2年住んだ後、通りを挟んで反対側に新築された賃貸マンションの6階に引越しました。そこは家賃13万円。貯金が少し貯まったのと、SE職の残業代が本給を上回る激しさだったので、金銭的な余裕が出てきた時期でした。

その後1993年の春に2人で会社を退職し花の都パリへと旅立ちました。1年間の海外プータロー生活です。詳しくはこちらのnoteをご覧下さい。228本の壮大なnote群でどうでも良い個人的なパリ日記をつらつらと書き綴っております。

ヨーロッパ滞在のあれこれはここでは無関係なので端折りますが、私たちの「住まい」に関する重要なファクターがこのフランス滞在にあります。

1年間海外で遊んでいたのは、帰国後に家業を継ぐという前提あればこそでした。出国する時は何も考えていなかったのですが、そろそろ帰国という段階になって、日本での住まいどうする?という話になりました。雑司ヶ谷の石膏像工房の近くに賃貸アパートでも探そうかと考えていたところ、突如父から「良いマンション見つけたので買っとくから…」という連絡が!?当時はネットは存在せず、連絡は手紙か高額な国際電話の時代です。双方の思惑がさっぱり噛み合わないまま、練馬の中古マンションを父が購入し、私たちの帰国後はそこに住むという流れがなんとなく既定路線になってしまいました。

心配して動いてくれた父には感謝しているのですが、自分たちの意思がまったく反映されずに選定された住まいなんて、簡単に受け入れられるものではありません。当時の自分は28歳。その歳でハッキリと拒絶できなかった自分に腹が立ちましたし、妻にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。でも海外で遊ぶために貯蓄のほとんどを使い果たしていたこともあって、結局は受け入れるしかなかったというのが実情でした。この時の複雑な気持ちは、その後29年間に渡って私たち夫婦を悩ませることになりました。

もうひとつの要素が、パリで暮らしていたアパルトマンの室内です。出国前の千川の部屋は45㎡くらい、パリの部屋は60㎡ありました。オーナーは日本人のファッション系のデザイナーさんで、ご家族の事情で日本に帰国中のため貸し出されていました。45㎡→60㎡(おそらく内法)はシンプルに広々と感じましたし、梁がむき出しの高い天井で、開放感抜群のリビングダイニングでした。築100年オーバーなのであらゆる設備が古く、あちこち細かな問題はありましたが、快適に暮らせていました。それが帰国後は壁芯54㎡となってしまったのです!広くなるのは単純に嬉しいだけですけど、ダウンサイジングはやはり気持ちも下がります。

パリ郊外 サン・マンデのアパルトマン

そんなこんなでバリでのウキウキ生活は終わりを告げ、練馬でのどんよりとした日々が始まりました。

(c)29年間住んだ練馬区のマンション

先述した通り親の勝手なチョイスで決まった練馬区の分譲中古マンションに1994年春から暮らし始めました。

有楽町線の地下鉄赤塚駅から徒歩8分。第一種低層住居専用地域に建つ低層マンションの3階最上階角部屋。どデカいルーフバルコニー付きです。どれくらいデカいかと言うと54㎡の室内とほぼ同じ面積のルーフバルコニー! いやそんなにベランダ要らんから室内もうちょっと広く…と(笑)

1981年竣工でギリギリ旧耐震の物件でしたが、4階建の低層マンションですから、住んでいる時はあまり不安には感じませんでした。清水建設施行だったりでなんとなく安心感がありました。

練馬のマンションの間取り。和室×2に時代を感じます。そして広すぎるルーフバルコニー!

とはいえ我が家が中古で購入した時には築13年で、既に共用部、室内ともに随分くたびれた感じでした。金銭的に余裕が無かったので、リフォームもせず現状のまま引渡しを受けDIYで壁紙を張り替えたりして少しづつ整えて行きました。まだ夫婦二人だけの生活でしたから、そういった作業をする時間的な余裕がありました。

「素敵な部屋になった!」なんて気持ちには程遠い状況でしたが、なんとか普通に住める状態にはなりました。でも生活利便としてはそこかしこに不満があって、妥協を積み重ねるような日々がずっと続くことになりました。端的にこの練馬の住まいのマイナス面を書いてみます。

・部屋が狭い→2人でも狭く感じた。
・構造が貧弱→コンクリート壁が薄く隣戸のクシャミの音がクリアーに聞こえた。さらに壁紙が直にコンクリに貼ってある(信じられない…)。天井が低くサッシ高も低い。
・サッシが貧弱→1枚ガラスでサッシ自体もスカスカで風通し音通しが良すぎる。冬は結露でビショビショ❄💦
・管理がグダグダ→旧地主さんが半数以上の部屋を所有しており、さらに自主管理なので管理組合はまったくの有名無実化
・駅までの導線がキツい→歩道無しの道を車がビュンビュン通るのでストレス
・買い物利便良くない→住み始めてすぐの頃は特に酷く、年月が経つにつれて徐々に改善された。それでもコンピニ含めてどこへ行くにも7分くらいかかる。
・練馬という土地が中途半端。高齢化が進み商店街、商業に活気が無い。もっと郊外のイオンモールがあるようなエリアの方が商業が発展している。

などなど。不満タラタラですが、住み始めてすぐの頃は本当に印象良くなかったです。気持ち的には早々にローン返済に目処をつけて、自分たちが納得出来る物件に引っ越したいというのが正直なところでした。しかし時はまさにバブル崩壊期。1989年に頂点をつけた日本経済は、その後数年かけて徐々にクラッシュへと落ちていきました。家業の石膏像制作も例外ではなく、事業としては苦しい時期だったので、先が見通せない中で次の不動産購入を考える余裕はありませんでした。

そんな風にして何年か暮らしているうちに1997年に長男が、2000年に長女が生まれました。ひとたび子育てが始まってしまうと、マンションのことなど二の次三の次で怒涛のように日々が流れていきました。

子供達が公園で遊ぶ時期になると、この練馬での生活はそれほど悪く無いと思うようになりました。近隣に公園がたくさんありましたし、自転車で10分ほどの距離に広大な光が丘公園がありました。

都心の賑やかさよりも郊外の落ち着いた住環境の恩恵の方が大切になって来た時期でした。小さな子供を連れて無理して都心の商業施設に出かけるよりは、近隣の農家巡りをして直売所の採れたての美味しい野菜をゲットする、そんな生活に変化していきました。

光が丘公園内の秋の陽公園。子育て期は日曜日は毎週ここでした。

とはいえ室内は相変わらず壁芯54㎡!どんなに工夫しても4人家族は無理があります。子供たちが小学生のうちになんとか引越しをという思いもありましたが、2000年代も引き続き仕事は低調で、現居の残債を淡々と減らすだけで精一杯でした。そうこうするうちにヤツがやって来ました…。教育費急上昇のビッグウェーブが!

(d)子育て期の金銭面

2010年代に入ると商売のDXが軌道に乗り、徐々に金銭的に余裕が出てきました。ただその頃になると、子供の教育費が気になり始めました。

子供たち2人とも小・中学校は地元の公立だったので高校はある程度チャレンジせねばなりません。息子が中学に入学した2010年頃から塾代の出費が増え始めました。その後の教育費の膨張は娘が大学を卒業する2024年春までずっと続くことになりました。

教育費についてはご家庭によって様々でしょう。お子さんがメチャクチャ優秀なら、小中高と公立で繋いで予備校も無視してカリカリやって現役で東大に入れば楽勝です。でもザ平凡of平凡の我が家はそんなものからは程遠い状況で、学習塾→高校→予備校→浪人予備校→大学という最もコスパ悪いコースをご丁寧に兄妹2人とも辿ってくれちゃいました。金銭的なダメージは果てしなく、ここでも住環境の改善からは遠ざかることになりました。

(e)住み替えに向けて機は熟した

2010年代後半になると商売の売上・利益水準も上昇し、ある程度貯蓄も増えてきました。2017年には練馬のマンションのローン支払いが完了し、子供たちの進学もほぼ目処が立ち、念願だった住み替えがグッと現実味を帯びてきました。

妻は郊外の立派な戸建で育ちましたが、私は幼少期含めてこれまでの住環境が恵まれたものとは言い難い人生だったので、綺麗で立派で広々としたマンションにずっと憧れを抱いてきました。近隣エリアで売り出される物件は、新築、中古問わず新聞、チラシなどでチェックしていましたし、散歩大好きな夫婦なので現地に出向いてあーだこーだ語り合うというのもよくやっていました。

当時気になっていた物件としては、
・光が丘エリアの団地群(池袋への通勤にはあまり適してない)
・東武練馬のマナーズフォート(地元で人気沸騰だったが当時の自分たちには手が出ない価格)
・西台・蓮根エリアのライオンズ、すみふなど大型物件(安いんだけど低地はなぁ)
・志木バス便の志木の杜(結局川沿いしか手が届かないのか…)
などなど

上記の物件を見ていた頃は、関心はあるものの資金計画までは踏み込めずで、単なる遊びの範疇でしたが、2017年からは具体的に行動し始めました。

②50代後半というライフステージ


ここで少し年齢のことを。このnoteの一番の肝はこれだと思うんです。プロの不動産業者以外で、いわゆる素人として住まい探し(特に分譲マンション)のことをSNS、web上で発信している方々の大半は20代後半〜30代後半なように感じます。結婚を機に、あるいはお子さんを授かったことをきっかけに、その時々の家族にとって相応しい住環境を整えるために賃貸→分譲マンションなどに住み替える。その体験を綴った記事や発信が多いように感じます。

それに対して私たち夫婦は既に50代後半で、二人の子供はほぼ社会人という状況です。小金持ちですらないので「仕上がる」という言葉は適当では無い気もしますが、自分達なりの人生の仕上げ期に差し掛かっているような実感があります(良く言えば「仕上がり」だけど「枯れかけ」と言えなくもない笑)。要は20代、30代の子育て世帯とはライフステージが随分違うということです。

順当に行けば近い将来、今同居している娘も家を出て、やがて夫婦二人だけの生活になるでしょう。マンクラ界隈でよく話題に出る保活、学区などはほとんど無関係ですし、都心距離の重要性も相対的に低下して行きます。

逆に大切になるのは生活圏内の利便性、商業施設の充実、医療施設、老後を見据えた資金計画などでしょうか。また保有資産の整理整頓、ブラッシュアップという面も強く意識していました。70代後半になって子供たちに資産を引き継ぐ場面が訪れた時に、築50年以上の老朽物件では維持管理の手間ばかりかかって歓迎されないでしょう。そういうお荷物になりそうな不動産は切り離しておきたいと考えていました。

思考が年寄り臭くて自分で書いていても嫌になりますが、50代後半の住まい選びとなればアクティブシニア的な状況まで見据えたチョイスにならざるを得ないということなのです。

住み替えを本格検討し始めた2017年頃は僕は51歳でしたが、その時から既に上述したような老後を見据えた思考は薄らと頭の中にあったように思います。沿線選び、駅選び、駅距離、部屋の広さなど、ポスト子育て期の自分たちにとって何が大切なのかを夫婦でよく話していました。

③住み替え候補の街


前置きが長くなりましたが、ここからが本題の住まい探しです(笑)。長男の大学進学先が決まった2017年、学費の見通しがついたことで、長年暮らした練馬のマンションを処分して、築年数の若い物件に買い換えようという機運が高まって来ました。夫婦でざっくり話していた家探しの条件はこんな感じです。

・駅と商業施設への利便性
・南or東面からの日当たり
・抜ける眺望
・それぞれの職場への利便性
・静かな住環境、出来れば緑も欲しい
・無理の無い支払い

などなど。ツッコミどころ満載ですが、まずは理想は高くという感じです。優先順位としては駅近+日当たり+眺望という当たり前の話です。「不動産は立地が9割」と専門家は口を揃えます。残り1割の部分にどんな要素を詰め込むか、それが住まい探しということなんでしょう。

僕の職場は東池袋、妻のパート先は東武東上線沿線ということで、路線としては有楽町線、東武東上線が候補になります。まずはこれまでも利便性としては必要十分だった赤塚、平和台、成増など近隣の物件をネットでチェックしてみました。アベノミクスがスタートしてすでに何年か経っていましたが、この時点ではマンション価格に特段の違和感を感じることはありませんでした。高いとは思いましたが、まあこんなもんかなと。その時点でのそれぞれのエリアの印象を簡単に書いてみます。

(a)下赤塚・地下鉄赤塚

赤塚・田柄は低層住宅地域が多く小規模で低層のマンションが多いイメージ。規模の大きなマンションは少なくて、あったとしても川越街道沿で排気ガスにもろに晒されていたり、東上線の線路に面していたりでよろしくありません。商業的にも赤塚の商店街は枯れ果てた感じだし、駅前施設もパチンコ屋ばかりが幅をきかせていて好感持てません。30年近く住んだ街ですから愛着はありましたが、お世辞にも誰かに勧めたくなるような駅ではありません。

(b)平和台

平和台は大きなスーパーが2軒あるし、地下鉄なので線路の音問題も無く好印象のエリアです。私たちが住み始めた1994年頃は、まだライフもヨークマートも無くヤマダ電機も存在しませんでした。環八に面した地下鉄出口を上がるとパチンコ屋が3軒と材木卸業者の広々とした敷地が広がる寂しい駅前でした。その後長い年月かけて徐々に商業施設が整い、今では程よい賑わいになりました。駅から10分圏内に大手デベロッパーの中古マンションも多く、地下鉄赤塚よりも1駅都心寄りなので立地的にもアップグレードになります。ただ街として面白いかと言われれば大して面白い場所ではありません。自衛隊の練馬駐屯地の関係で官舎が多数あるのと、新しいマンションを購入して流入してきたホワイトカラーの人々も多いので、練馬にしては農民っぽさが少ないように感じます。魅力としては、周辺の農家さんの直売所で美味しい野菜が手に入ることくらい。農家巡りはそれまでの30年で十分に楽しんだので、もういいかなという気持ちもありました。

(c)成増

成増は赤塚同様に東上線、有楽町線、副都心線の3路線が使え、なおかつ東上線で池袋まで1駅という強みがあります。次の駅が池袋というのはシンプルに大きなメリットです。赤塚よりはひと駅郊外寄りになりますが、鉄道利便としては申し分ないと思います。北側にSEIYU、南側にダイエー…というのが魅力でしたが、何年か前にダイエーは閉店してしまい、その後もずっとビルが放置されたままになっています(大規模マンション計画ありましたが一旦白紙に。建物そのままでドンキか?と噂が…)。スキップ村商店街も一見華やかですが、実際に歩いてみるとパチンコ屋が多数で普通のファミリーにとって魅力ある商店は少ないように思います。駅ナカのエキアも建て直して綺麗になったものの、和光市や志木と比べるとこじんまりとして魅力に欠けます。駅北側には築20年以内のメジャー系大規模マンション多数、南側は有名なブリリアなど選択肢は豊富です。成増で築浅中古マンションをというのは魅力的な選択肢に思えました。

住み替えを検討し始めてすぐは予算感もあまり明確ではなく、どれくらいの物件が購入出来るのかよくわかっていませんでした。子供たちの教育費負担が無くなれば月々20万前後のローンなら大丈夫かなと思っていましたが、それが実際の物件価格としてどれくらいに相当するのか全く理解しないまま、SUUMOなどをパラパラ眺める日々でした。

④大山と成増の物件の検討→撤退


そんな時ふと目に止まったのが東武東上線の大山駅8分の場所に建設される新築マンションの広告でした。「ブリリア大山パークフロント」という物件で、ホームページ上に表示された地図、立地条件になにか心惹かれるものがありました。

まだ基礎工事段階の大山の建設現場。公園隣接の素晴らしい立地。

大山は池袋まで東上線で3駅6分くらいの近さです。池袋近辺で育ちましたから土地勘もありますし、高校時代は友人宅によく遊びに行っていた場所です。大山駅の南西側の川越街道を渡った徒歩8分の立地で、更に西方向に17分くらい行けば慣れ親しんだ千川にも出れるということで、なんとなく親しみが湧きました。

それまでは中古を想定していたんですけど、新築マンションってやっぱり良いよねという当たり前の気持ちも心の奥にはあって、冷やかしでも良いから一度見学してみようという話になりました。

中古物件を含めて不動産購入を検討するのは初めての体験です。ましてや新築マンションのモデルルーム訪問なんて、どんなものなのか検討もつかずドキドキでした。

2017年9月に予約を入れ、下板橋駅前にあった東京建物のモデルルームを訪れました。部屋は選び放題だったのでおそらく第1期だったと思います。出迎えてくれたのはグッチ裕三似の営業さん。ザ・不動産営業!という印象で、ゴリゴリ来る感じでしたが、その分誠実そうで悪い印象はありません。再現されたモデルルームの華やかさに圧倒され、住環境の素晴らしさ、利便性など説明を受けます。現居とのあまりの落差に夫婦二人とも既にメロメロの状態。良いですね、良いですねを連発する我々に畳み掛けるようにグッチ氏の営業トークが炸裂します。すっかり虜になった我々が現実に引き戻されたのは机上に価格表が登場した瞬間です。え……?こんなにお高いの?

2017年当時の新聞の折り込み広告などチェックしていた肌感ですが、築浅中古だと大江戸線光が丘駅から徒歩10分でさえ3LDK5000万以下というのは少なかった状況を考えると、大山のまあまあ駅近で新築6000万は客観的に見れば違和感ありません。ただ当時の我々には単純に6000万という金額自体が大きな壁として立ちはだかりました。そんな大きなローンを50代で組んじゃって大丈夫?と、今さら悩み始めました。

これは自分たちの脳内整理の問題でした。
・現居がいくらで売れるのか?
・現在の預貯金の総額は?今後の貯蓄ペースは?
・今後の人生で想定される大きな出費は?

本来FPに相談するべき内容ですが、新築マンションデベロッパーが用意してくれる「無料」FPは購入ありきの分析しかしてくれません。自分たちの人生ですから、責任をもって自分たちで腑に落ちる購入計画を練る必要があります。

初めてのモデルルーム訪問はワクワクの連続でしたが、その帰り道は資金面の詰めがまるで出来ていないまま住宅購入を検討し始めた自分たちへの大反省会となってしまいました。

結局、ローンの仮審査までは進んだものの、その結果(融資自体は問題無くパス)を受けた2度目のモデルルーム訪問は、夫婦間で一旦撤退しようという結論に至った上でのこととなりました。資金面の不安が払拭出来ないので…と丁重にお断りして、それでも!と追いすがる営業グッチ氏の言葉を受け止めつつ外へ出ました。煌びやかなエントランス、ピカピカの室内。逃した魚は大きかったかもという後悔と、一時の高揚感に流されず踏みとどまった安堵とが入り交じり、決断出来なかった自分たちがひどく間抜けに思えた体験でした。

その後、同じ年の年末くらいに懲りずに成増から10分くらいの「ソライエ成増」も見学しましたが、こちらはサラッと営業さんのトークを聞いて現地見学して終了。白子川沿いの物件で、良く言えば静かで住環境良好、悪く取るなら坂下、川沿い、囲まれ感、商業不便という感じで、自分たちにとってのマイナス面が目に付きました。成増は板橋区とはいえ埼玉隣接の郊外ですので、マンションなら駅前でという価値観が強い町だと思います。メジャーセブン系でしかも大規模マンションが駅徒歩5分圏内に多数ある中では、物件価値の維持が難しいのではと感じました。


建築中の成増物件。南側バルコニー面に大きな駐車場で塞がれる予感満載(笑)

動いてはみたものの決めきれない自分たちに少しガッカリしたものの、この2件の見学体験で自分たちが住まいに求める条件がハッキリ見えてきたのは収穫でした。譲れないものは駅距離、日当たり、眺望、ハザード、商業。それから資金面の整理整頓と残りの人生の時間軸を含めての返済計画を、ちゃんと紙に書き出して夫婦で議論して意思疎通を図って行きました。

⑤第一候補の平和台物件の申込→落選

その後、娘の大学受験があったりで、なんとなく時間が過ぎていたのですが、それも落ち着いた2020年は例のウィルスがやって来ました。遊びの予定が立てられない日々の中で再度住宅探しの機運が高まってきました。その後の不動産相場の急上昇を見れば明らかですが、みんな暇すぎて「家でも買い替えるか!」になったんだと思います(笑)  我が家も全く同じです。ネットを叩いては目星をつけたマンションへと足繁く出掛けて行くようになりました。

副都心線の北参道駅至近のパークコートも現調。買えないですけどね(笑)


2017年の2物件の検討、その後の何年間かのマンションウォッチから学んだことは、モデルルーム云々よりも現地を訪れることの大切さです。やはり不動産は立地。土地勘のある場所で以前からよく知っている場所だとしても、実際にその場所に住むとなれば観察眼は自ずと異なってきます。朝の日当たり、夜の騒音、人通り、車通り、近隣の建物との関係、高圧線、駅からの導線、歩道の有無、などなど現地でなければ知ることができない情報は沢山あります。煌びやかなモデルルームは胸踊るものですが、そういったデベロッパーが強調する細々とした室内の設備仕様は枝葉の部分です。それよりも立地が持つ魅力が自分たちにとって本当にフィットするものなのか、そして欠点が許容範囲内と思えるのかどうかの方がよほど大切なことなんだと学びました。

そして、この頃になると先述した自分たちの年齢、資金計画などを考慮して、より新築志向が強まって来ました。例えば50代後半で築15年の中古を買ってしまうと、70代後半で築35年の物件に住むことになり、高齢者として建物の大規模修繕や立て替えリスクに向き合うことになります。自分たちの体調に不安がある年齢で、同時に住まいの心配をするような事態は避けたいと考えました。そのためには出来るだけ若い物件を買う必要があり、資金面さえクリア出来るなら新築で行こうという話になりました。

(a)プラウド平和台ガーデン

2021年初頭、有楽町線平和台駅から徒歩5分くらいの生産緑地の土地に野村不動産の建築看板を見つけました。まだマンション名などは無い状態ですが、駅からヤマダ電機を通り過ぎて環八から一歩住宅街に入った静かな場所です。それまでの田柄のマンショからも徒歩10分くらいですから勝手知ったる庭のようなエリアです。練馬区田柄は29年くらい住んでいましたから当然愛着がありましたし、妻は2人の子育てを通して沢山の友人が居ましたから、ここに住み買えるなら大賛成だとすっかり乗り気でした。客観的に見てもハザードは問題無く、駅距離、商業利便性(駅前にライフ、ヤマダ電機)もバッチリです。物件前の道路が極端に狭いわりに両面通行で、しかも交通量が多めなのは気になりました。でも受け入れられないほどではありません。

平和台物件の建設地。まだ基礎の初期ですね。

これはイケるんじゃないか!と情報を心待ちにしていると、3月末くらいにようやく「プラウド平和台ガーデン」の告知が。46戸の小規模低層マンションです。馴染みのある場所で大手デベロッパーの新築ということで、運命を感じる出会いとなりました。HPをくまなくチェックして、方位(東向き、西向き中心)と抜け感(第一種中高層住居専用地域内のため高さ制限12mがかかる)は妥協が必要なことを理解しました。それでも十分魅力的な物件に思えます。あとは価格。平和台駅徒歩5分の築浅70㎡だと、中古でも5500~6000万前後という相場観です。新築はどれくらいになるのか…?

2021年4月25日
プラウド平和台ガーデンのオンライン説明会。例によって営業さんの立て板に水のセールストークと、作り込まれたモデルルームの紹介動画ですっかり気分が高揚して翌週のモデルルーム見学を予約。

5月1日
池袋サンシャイン60隣のアムラックス内のモデルルーム見学&案内。小規模物件のためディスポーザーは無いものの、水廻り、建具など質感良くて大感動(そもそも築40年の現居しか知らないので何見ても浦島太郎状態)。間取りはちょっと苦しいけど、それも子育て期卒業の自分たちなら問題無し。あとは部屋選び。西向きの上層階希望だが当然価格も高い。価格表が登場した瞬間に「えーー!こんなに高いの!?」となったものの、2017年の時とは違い、いやオレたち与信もあるし現居の売却金もあるし貯蓄だって負けないぜと落ち着いて対処。延々と話し込んだ末、第1希望を貫き4階最上階西向き角部屋の購入でローン審査をお願いして帰路に着きました。過去何年かのマンション研究を通じて、貯蓄額と現居の売却金を考慮に入れるなら、銀行が物件価格の8割程度の融資OK出すなら購入に踏み切って大丈夫という認識になっていました。

キラキラのプラウドMR。中村橋物件との共通コンセプトルーム扱いでした。

物件価格の10%程度を手付けとして現金で支払い、残りを銀行から借りられる限度額+入居時の一時金(現金)で賄います。超低金利時代ですから順当に考えれば、手元現金は温存し投資に回して、銀行借入を与信MAXで借りるのが正解でしょう。年齢的な制約があるので一般的な35年ローンという訳には行かず、私の場合は23年返済となります(一般的な銀行ローンは80歳が完済限度の年齢)。妻はパート勤めなので私だけの1馬力返済です。

(b)新座市の比較物件

その後、ゴールデンウィーク中で時間に余裕があったので、平和台の物件の手続きを進めつつ、本当にこれで良いのか?と確認するための比較物件の探索を行っていました。すると、もう少し郊外(新座市)の駅近新築マンションを発見しました。路線は有楽町線の延長線上の東武東上線。ある程度の規模(150戸)で、駅徒歩4分ながら駅前商業地の中に建つ利便性抜群の立地です。通勤時間が少し増えてしまいますがそれも許容範囲と思える程度。まだ販売第1期のようで、かなり積極的な営業活動を展開していました。平和台の物件に心を決めつつも、規模が異なるマンションと比較してみるのも面白いかと思いモデルルーム見学の予約をしてみました。

5月9日
新座市物件のモデルルーム初訪問。新卒2年目という初々しい営業さんでとても感じが良い。平和台のプラウドで話を進めているのだがこちらも気になったので見に来ました、と正直に伝えて見学スタート。規模の割にファミリー向けの共用施設(キッズルーム、スタディルーム、ジム、来客用の宿泊部屋など)が皆無で、素敵なロビーと大きな中庭に予算全集中したコンセプトです。予約とか利用権で争うような共用施設は好ましくないと思っていたのでこれは良い印象でした。そんなことよりも駅距離+南方位+眺望抜け感+商業至近という立地面の諸条件を完璧にクリアしていて、これ良いなぁというのがファーストインプレッションでした。埼玉県であること、電車での都心距離が平和台より15分くらい長くなってしまうのだけがマイナス点で、それ以外はほとんど欠点がありません。

プラウドの華やかな(ケバいとも言う笑)モデルルームと比べるとシンプルな室内ですが、設備仕様のグレードは似たり寄ったりです。両方ともディスポーザーは無く、窓面も分譲マンションとしては最低限。バルコニー幅も普通です。唯一この新座物件が突出していたのは洗面室で、通常の1.5倍くらいの鏡面、カウンターとなっていました。

新座市物件の洗面台。明るく広々としています。

すごく感じの良い営業さんで、平和台プラウドと比べながらチェックしている我々夫婦の話に合わせてくれて、双方の物件の良い点、足りない部分を3人でワイワイ話し合うような雰囲気を作ってくれました。

その後商談席に移動して価格表を見たわけですが、「あ、こんなに都心距離って値段に反映されるんだ!」と感動したのをよく覚えています。以前の大山、平和台の時とは随分違いました。平和台と比較して70㎡換算でざっくり1500万の差がありました。こっちにすれば資金的には随分楽だよねと。

この日は銀行ローンの仮審査(過去3年間の確定申告書持参)まで申し込んで帰りました。とても好印象だったモデルルーム訪問でしたが、営業さんには順当に行けば平和台に申し込みますと伝えました。

(c)申し込み→落選

新座市のモデルルーム見学の翌週には平和台物件のローンの仮審査通過の連絡も来ていたので、基本的に平和台を本命として書類のやり取り、練馬の現居の売却見積もりなど進めて行きました。

当時の記憶が曖昧なんですけど、スケジュールを見返すと5月中にさらに2回新座市のモデルルームを訪問しています。FPさん交えてのお話だったか、現居の売却目安の見積もりだったか…定かでは無いですが、5月末の時点では平和台物件で良いよねというのが夫婦の共通認識でしたから、そちらの手続きを優先して進めていきました。

5月末 zoomでプラウドの管理・修繕セミナーを視聴。
6月12日 池袋のモデルルームで購入申し込み、要望書提出。
6月27日 重要事項説明の後、正式契約

…の予定でした。が、しかし、バット、ストライク🤣(古い) 予定は未定。その時点までは我々の選んだ部屋への重複した要望書は入っていないということでした。

我々がすっかり惚れ込んでいたとはいえ、そこそこ郊外の小規模物件ですから、まさか抽選なんて!? 6月27日の正式購入契約を前に、前夜あらためて家族全員の気持ちを確かめていた正にその時、営業さんから電話がありました。大変申し訳ないが直前になって要望書が提出されました。明日は抽選になりますと。いやいや話が違うじゃん!でもまあ我々は1か月前から営業さんと話し合いを重ねてきたわけだし、資金的にも十分なエビデンスを提出済みなんだから絶対有利だろ。抽選とはいえ私企業のブラックボックス抽選なんだから、安心して取引出来るお客さんに誘導するような調整もあるでしょ。なんて自分に言い聞かせてました。

翌日の抽選時間が過ぎて少し経ってから営業さんの電話。「残念ですが落選です」😭 まさか2分の1の抽選に負けるなんて。。

逃した魚はと言いますが、この時の家族全員でのどんより感は忘れられません。数多くの受験で敗北を積み重ねて来て打たれ強いはずの我が家でさえヒザからガクりと崩れ落ちるようなショックがありました。マンションなんて他にいくらでもあるじゃないかとお思いになるかもしれませんが、自分が納得出来るエリアで良い物件に出会うというのはなかなか難しいことなのです。過去何年かの物件探しでそのことが身に染みていたからこそのダメージだったのでしょう。

またやり直しだね、と小一時間ガックリした後、ふつふつと負けん気が湧いてきました。このまま引き下がるわけには行かない。今のマンションでの暮らしを断ち切って絶対にキラキラ物件に住み替えてみせる。そうだ!新座のマンションすごく良かったじゃん、あっちを本気で考えてみようよ。

翌日、新座の物件の営業さんに電話して事の顛末をお伝えして、もう一度本気モードで見学させてくださいとお願いしました。

⑥不動産インフルエンサー、YouTuber、SNS


平和台の物件を意識し始めた2021年の初頭頃、あれこれネットで情報を収集し始めた中で一番参考になったのがYouTubeでした。当たり前の話ですが動画のパワーは凄まじく、すっかり不動産動画にハマってしまいました。

(a)マンションマニア

その中で圧倒的な発信力、影響力を持っていたのがマンションマニアさんです。案件動画は一切なく、ご自身がマンションのマニアとして推せる物件だけを超絶魅力的なトークで語り倒しています。元鉄道会社勤務ということで路線、駅情報に強く、さらに車大好きなので道路も詳しい。マニアを名乗るだけあって高校時代からすでにマンション情報を常にウォッチしていたと。元々はプログでの発信が中心だったようですが、僕が見始める2年くらい前から動画発信も本格化させていました(初期の動画は語りの無い現地映像のみがほとんど)。鉄道員になろうか声優になろうか進路で迷っていたというマンマニ先生だけあって、その語りはとても心地よく、私の場合はブログよりも動画を沢山チェックして勉強していきました。それぞれのマンションにどんな魅力があるのか、欠点、問題点はどんな部分なのか。沢山の動画を見ていくうちに、物件それぞれの長所短所を見抜く目が少しづつ養われていきました。


(b)すんで埼玉

こちらはマンマニ先生より少し後のタイミングで発見して、やはりとても影響を受けました。「すん玉」の発信に気づいたのは、すでに新居の購入が本決まりになった後だったように記憶しています。練馬→埼玉の新座市への引っ越しなので23区隣接エリアとはいえ埼玉移住であることも事実です。埼玉県民になるんだなと思ったら急に親近感が湧いてきました。

彼は慶応→楽天→ベンチャー参加→不動産で起業の30代前半で、マンション物件云々というよりは野心溢れる若き起業家としての姿にシンプルに痺れました。「それぞれの荒川を越えろ」など抜群のユーモアセンス溢れる発信とプルドーザー並のパワフルな行動力でグイグイ前進して行きます。2021年夏くらいにTwitterアカウントを見つけたと思うんですけど、その時は不動産仲介業としてはまだ何も始まっていない状態で、数人の仲間と共にSNS、動画、LINEで尖った発信を展開しつつ、顧客←→不動産仲介業者を繋ぐポータルサービス(素人だけど不動産マニアのメンター軍団の知見を活用)みたいな仕組み作りにチャレンジしているところでした。その後は不動産仲介業者としての体裁を整えつつ、DX×口コミ×サークル活動みたいな要素を上手く活用して、会社としての事業規模拡大に成功しつつあります。
すん玉氏の凄いところは周囲を巻き込んでいく人間的な魅力と求心力、そして鍛え抜かれた強靭なコミュニケーション能力だと思います。ふた世代上の自分から見ても惚れ惚れするような仕切りで、リアル、ネット問わずTPOを完璧にわきまえた上で瞬時に「すん玉ワールド」を生み出しちゃうの本当にすごいなぁと。
後々、「株式会社すんで」と改組したすん玉さんには不動産仲介でお世話になることになるのですが、単なる住宅購入に留まらず不動産、マンションに関わるあれこれに興味を深めるきっかけになったのは彼のTwitterアカウントとの出会いが大きいと思います。


(c)YouTuber

不動産・マンション・税制など、今回のマンション購入をきっかけに沢山の動画と出会いました。

日本の不動産市場動向をデータで考察するファクトストックの坂根康裕さん、すごく的確に業界を語りつつ何故か最後はスピリチュアルに寄せていくグレートリセット推しの長嶋修さん、資産性の鬼と化しつつポジティブオーラが好感持てる住まいサーフィン沖有人さん、超絶イケメン過ぎてせっかくの学び多いトークが全然耳に入ってこないTerassの江口亮介さん、近隣諸国への政治的ポジショントーク多めで週刊誌的下世話さもありつつ不動産に関しては意外と正論も多い榊淳司さんなどなど。多士済々で本当に面白い方々ばかりです。税制面だと公認会計士の山田真哉さん、脱税理士のスガワラくんなどは、ややこしくて敬遠されがちな制度面を分かり易い軽快なトークで解説してくれます。資産形成という面だとリベラルアーツ大学の両学長に尽きます。語り、情報量など動画全体のクオリティが圧倒的で、これはもう義務教育で必修にしても良いんじゃないかというくらいの有難いコンテンツです。


⑦次点物件を購入


平和台のプラウドに抽選で負けて新座市物件に気持ちを切り替えてからは、話はトントン拍子に進みました。あらためて新座市物件の良さが確認できて、時間が経つにつれて平和台物件に落選して良かったんじゃないかと思うまでになりました。

2021年7月4日に新座市物件に要望書提出
→9日 無抽選で購入確定
→11日 重要事項説明会
→17日 契約会

という流れで、6月末の平和台物件の落選からわずか20日後には次点だった新座市の物件の購入が確定していました。どのタイミングだったか記憶が定かでは無いのですが、この契約会までに物件価格の10%に相当する金額を現金で支払いました。これ以降、何らかの理由で物件購入をキャンセルする場合は、手付金は放棄せねばなりません。そういう意味でも不動産購入の最大の山場は越えたということになります。

契約会までの20日間は、本当にこの物件で良いのか、絶対に後悔しないのかをあらゆる側面から集中して議論して詰めて行きました。どんな物件でもマイナスポイントはありますから、それが許容できるのか? そして通勤、買い物、休日、雨の日、春夏秋冬など様々なシュチュエーションを想定して、そこに暮らす自分たちの姿を想像してみました。絶対便利だし、絶対快適に、楽しく暮らせるよねという結論に至って購入を決断しました。

評価として一番大きかったのが価格面。1500万下がると精神的にも余裕が生まれます。資金繰りを心配せずに住宅ローン控除期間内は淡々と返済し、税制面のメリットが消滅する13年後に繰上げ完済しようと。その時点で私は70歳ですが、個人事業主なので健康面のトラブルさえ無ければ少なくとも70歳までは現在の収入を維持できる目算です。無理の無い返済計画が見通せるようになって夫婦ともにずいぶん気持ちが軽くなりました。

それから物件の規模感も魅力に感じるようになりました。練馬の旧宅、平和台の物件はどちらも50戸以下の小規模マンションです。大型とは言えないまでも150戸の新座市物件はそれなりの規模で地域のランドマーク感があります。派手さは無いものの南側ベランダ面に美しくデザインされた中庭が広がる設計は魅力的に思えました。

駅距離も印象的でした。改札口からは何分か歩きますが、その道のりは商業エリア内がほとんどで体感としてすごく近く感じます。さらに駅からの短い導線上に大型スーパーがあって買い物利便性は抜群です。

一方で少し気になったのは周辺中古との価格差、それから室内設備のグレード感でした。新築を選ぶわけですから当然ですが、築10年以内の周辺マンションと比べると少し割高に感じました。そしてディスポーザー無し、ベランダ水栓無し、トイレ手洗いカウンター無し、バルコニー窓面の高さ&広さが物足りない、室内天井高が最低ライン、などなど設備面の細かいツッコミどころは満載でしたが、本当に大切な立地の優位性(駅距離、日当たり、眺望)を考えると、それらは枝葉末節のことと割り切れるレベルでした。


⑧待ち時間の楽しみ


契約が終わった後も銀行ローンの本契約など細かな手続きはありましが、基本的には2年後の物件完成、入居を楽しみに待つ日々でした。販売第1期の契約だったため待ち時間はずいぶん長く感じました。

(a)銀行ローンの本契約

住宅ローンは変動金利23年返済で埼玉りそな銀行にお願いしました。利率を最優先すればネット銀行だったのですが、自営の商売の関係など諸事情あっての選択です。金利は0.4%くらいですからその時点としては違和感無いレベルでした。団体信用生命保険(死亡または病に倒れた場合にローンがチャラになる仕組み)は、りそなが推している「団新革命(ガン、心筋梗塞、脳卒中、要介護などもカバー)」のタイプは年齢制限で加入不可でした。ですので死亡リスクに備えるだけの一般的な団信に加入しました。

2022年7月 デベロッパーと購入契約。銀行住宅ローン仮審査は通過済み。
2022年8月 埼玉りそな銀行の担当者立ち会いで住宅ローン借入の本契約申し込み手続き(免許証、保険証、住民票、確定申告書3年分、納税証明書など必要書類あれこれあったと思います。記憶が曖昧…)。

アプリをダウンロードするよう言われるがまま進み、今後はアプリからの指示と郵送される書類を使って手続きを進めていくようにとのことでした。書類は控えめで、スマホのアプリ上でほとんどの手続きが完結してしまいました。

その後も年末にかけて段階的にアプリ上で手続きを繰り返し、実際に融資が実行されたのは物件が引き渡された2023年3月24日でした。融資された資金は直接デベロッパーに渡り、デベロッパーからは鍵を受け取りすべての取引が完了という流れです。

他にも新居の火災保険の加入、政府の住宅購入補助施策である「グリーン住宅ポイント」の申請(必要書類が非常に複雑で、デベロッパー側から提供された書類にミスがあったりもして苦労しました)など様々な手続きがありました。

(b)旧宅の売却見積もり

29年住んだ旧耐震マンションでしたが、コロナ以降の全体相場の上昇に伴って中古市場も高騰しており、想像していたよりは高額の見積もりとなりました。懇意の不動産屋も無かったので安心感を優先して新居の新築を販売していた大手デベロッパーの関連会社に売却を依頼することになりました。と言ってもこの時点から2年間は居住するわけで、実際の売却手続きは引越し後になります。そのデベロッパー関連会社の担当者さんは、タイミングが来たら連絡しますからと言ってくれました(後にこれが問題になって別の会社に依頼することになる…)。基本的に今回の新築マンションの購入は、この旧宅の売却金をあてにしない前提でローンを組んでいます。旧宅がいくらで売れるかを一切気にしていませんから、精神的にはとても楽でした。埼玉へ「都落ち」した意義は十分にあると感じていました。

(c)室内の片付け、ゴミ捨て

比較的整理整頓が好きな我が家でしたが、それでも練馬の旧宅は20数年間の子育て期間に堆積したあれやこれやが詰まっていて、快適な新居にするためには大幅に断捨離する必要がありました。

長年お世話になったアップライトピアノ、沢山の書籍、山のようなCD…、買い取ってもらえるものはなるべく売却し、大型家具の大半は粗大ゴミで処分しました。新居はクローゼット、物入れは造り付けで最初から備わっているので棚とか引き出しの類はほとんど必要ありません。食器棚もオプションで契約してしまったので入居時には建具の一部として設置される予定でした。
いちばん困ったのは「思い出」の品々。2人の子供の幼稚園時代から堆積した様々なグッズは、この機会に思い切って処分することにしました。どうしても気になるものは写真に収めて保存。それでも卒業アルバム類など、かなりの物量が新居へ移動することになってしまいました。

兄弟二人で愛用したピアノともさようなら

練馬の旧宅は広大なルーフバルコニーがあって、0.5畳相当の大型物置と大量の植物がありました。子供たちが小さかった頃は毎日楽しく遊んだ空間でしたが、これも全て処分せねばなりません。物置の解体、植物の処分など毎週末コツコツと進めていきました。

緑いっぱいの練馬のルーフバルコニー。大きなテーブルセットでランチなどしてました。


(d)新居の建設見守り

戸建てでもマンションでも、新しい我が家が形になっていく様子を見るのは胸躍るものですね。2021年7月の契約時はまだ基礎だけでしたが、年末には3階くらいまで建ち上がって来ました。それでも入居までまだ1年以上あるわけで、正直長いなぁと感じました。中古物件なら長くても半年後には入居でしょうから、この待ち時間の長さは新築ならではのデメリットと言えるでしょう。2023年の入居までにバリバリ稼いで現金を積み上げて行こう!2022年は未来の我が家の成長をエンタメとして楽しもう!と気持ちをリセットしました。

2022年はだいたい1ヶ月おきに現地を訪れていました。ちょうど娘が運転免許を取得したタイミングだったので、その練習がてら練馬←→新座を怖い怖いと言いながら何度もドライブしたのも良い思い出です。

2021年7月 まだ基礎がようやくという段階。


(e)建設現場見学会

2022年2月に販売デベロッパー主催の建設現場見学会が開催されました。その時点ではまだ40%くらいの進捗率でしたが、施行の様子を詳しく説明してくれました。作業用のヘルメットをかぶって、まだ手摺が設置されていない廊下を歩いて廻ります。下層階ほど施行が進んだ状態なので、

5階→まだコンクリート剥き出しで単なる箱の状態
4階→ユニットバス、キッチン、各部屋の仕切り壁の骨組みが立ち上がった状態
3階→石膏ボードが施され部屋らしく仕立てられた状態。壁紙は無いけど暮らすスペースのイメージが湧いてくる。 という感じです。

実際の建設現場を見学しました。5階はまだコンクリートと断熱材がむき出し。


石膏ボードが施され部屋らしくなった3階

空っぽの5階を見た時は広々感じた室内が、徐々に工事が進むにつれて窮屈になっていくのがとても面白かったです。少し幻滅した面もありましたが、生活空間として整えるためには仕方がないことですので現実として受け止めました。

通常は見ることが出来ない床下の構造や、実際の建物からの眺望など、この見学会は得るものが多く有意義でした。1年後にここに住むんだと思うとワクワクしてきました。


⑨売却→内覧会→引越し


(a)旧宅の売却

新居への引越しが半年後に迫った2022年秋、そろそろ練馬のマンションの売却に取り掛かるべきタイミングになりました。引越し後、速やかに売却、現金化を進めるためには半年前には動き始めた方がよかろうと想定していました。ところが年末が近づいても1年前に仮査定してもらった新築デベロッパーの関連会社の営業さんからはなんの連絡もありません。秋になったら連絡しますからと言っていたのに…。仕事というのは「漏れ」が無いことがすごく大切だと思っています。この営業マンにはとても失望しました。こんな人に大切な不動産の売却を任せる訳にはいきません。と言っても不動産業者に知り合いは居ないし…と考えていてふと「すん玉」が思い浮かびました。SNSで「すんで埼玉」の活動を日々ウォッチしていて、その頃にはすっかりファンになっていました。応援したくなって浦和伊勢丹で開催されたポップアップショップまで出向いてグッズ購入したりしてました(不動産屋のグッズ販売っていったい何…笑)。

2022年春に伊勢丹浦和店で開催されたポップアップショップにて。
不動産というテーマがメタ化されすぎてよく分からないトリキャラとして出現。


2022年12月も後半というタイミングで、思い切って「株式会社すんで」代表の岡野さんにコンタクトをとってみたところ、すぐに対応してくれて(3分後にリプが来るくらい早かった笑)、年内に物件査定→売却方針の策定を進めてくれました。すんで社の最大の強みはDXを活用したスピーディーな対応です。私と社員の皆さんとの情報共有はSlackでしたし、集客についても、既存の大手ポータルサイトへの掲載だけでなく、LINE、X、などのSNSを最大限活用した独自の体制が構築されています。

私の練馬のマンションの売却の場合も、大手ポータルサイトへの掲載を準備している段階で、文字情報だけのざっくりとした告知がSNS上に掲載されました。すると早速各方面から引き合いがあり、その中の買取再販業者さんがとても良い条件を提示してくれたと連絡がありました。先述した通りかなり老朽化した室内でしたので、対個人の売買だと条件面の擦り合わせに苦労するのではと恐れていました。ですので満足いく価格を買取再販業者さんが提示してくださったのは理想的な展開でした。

年末にかけて一気に交渉が進み、お正月明けてすぐの1月10日にはもう正式契約にサインすることができました。最初のコンタクトからわずか20日後ですから、凄まじいスピード感です!

買替の場合は、引っ越し準備と旧宅の売却を同時に進めるケースが多いと思いますが、ただでさえ心身ともに疲弊した中で売却がなかなか進まないというのは大変なプレッシャーになります。そういう意味で、㈱すんで社のスピーディーな対応は本当に有難かったです。

売却、引渡しはその後順調に進み、私たちが退去した4月にはリフォームがスタート、数ヶ月かけて見違えるように美しく整えられたお部屋は、大手ポータルサイトに掲載後わずか1ヶ月で当初価格での購入者が見つかったようでした。売主、仲介、再販業者の三方よしの気持ち良い取引が出来たように思います。

売却時の細かい実務だと、
・管理費・積立金をどのタイミングまでこちらが負担するのか?
・火災保険はどこで打ち切るのか?
・固定資産税の精算は?(年間で納税済みなので買主から月割で戻してもらう)
・電気、水道、ガスの契約の打ち切りタイミング
などを双方で話し合って決めていきました。


(b)新居の内覧会


購入を決めてから1年7ヶ月後の2023年2月。いよいよ待ちに待った内覧会の日がやって来ました。新座の建設地前まで行くと、サブエントランス前に花飾りが置いてあり営業さんが出迎えてくれました。デベロッパーの担当者と建設会社の担当者の立ち合いで部屋の説明を受け、仕上がり具合などを検分して行きます。

細かいキズや壁紙の不具合、床フローリングの様子、建具の開閉、スイッチ類の動作確認など、専門家目線だと沢山のチェック項目がありますが、人生初めての内覧会ですから、ようやくこの部屋が自分のものになるんだという嬉しさでフワフワしているうちに「はい、OKですよね? ここにサインを」という感じで進んでしまいました。ネットを調べると内覧チェックの専門業者さんもいて、立ち会いを依頼すればプロの目線でビシビシ指摘してくれるようです(もちろん有料です)。我が家の場合は、1年も住んでしまえば壁紙も床もそれなりに痛むから…と考えて、あえて自分たちなりの緩いチェックで留めておきました。

その後、集合ポスト、ゴミ置き場、駐車場、中庭などの共用施設の説明を受けました。室内の指摘箇所で簡単な修正の場合は、この共用部を廻ったり、書類記入している間にササッと直してくれていたようです。

午前中は営業さんとあれこれ手続きをし、それ以降は家族だけで夕方まで室内の採寸などして過ごしました。引越し時に大型家具はほとんど持ち込まない前提でしたので採寸もわずかの時間で終わってしまい、あとはなんとなく床でゴロゴロしたり、引越し後の生活をイメージしてみんなでワイワイ盛り上がってました。印象的だったのは2月だと言うのに部屋の中に陽光が溢れてポカポカしていたこと。その建物内では低層階に位置する部屋ですが、遥か遠く神奈川方面の山並みまで見渡せて眺望抜群です。ある程度モデルルームのシュミレーションで確認していたとはいえ、実際の日当たり、眺望がここまで良いとは思っていなかったので嬉しい誤算でした。

内覧会の時の写真。室内は普通です(笑)


(c)引越し


内覧会も無事に終わり、あとはデベロッパーと最終的な書類を取り交わし、3月24日に鍵の引渡し、4月1日に引越しというスケジュールでした。年が明けてからは引越しに向けて怒涛の流れで、ここに至るまでに既にクタクタです。

・毎週のように粗大ゴミの処理
・旧宅売却の手続き
・内覧会
・引越し屋さん手配
・長男の就職に伴う帰京、同居
・電気ガス水道ネットの解約
・転出手続き

一般的な引越し手続きにプラスして、旧宅の売却が加わったのが負担増の要因だと思います。6年間地方の大学へ行っていた息子が、ちょうど就職で帰京となり合流したのも混乱に拍車をかけました。アパートを借りるとか、寮に入るのかなと思っていたのに、とりあえず家帰るわ…となりました。

引越しはデベロッパーが手配した主幹事の業者さんにお願いしました。他の業者に依頼することも出来たのですが、新築マンションの場合多くの世帯が一斉に入居となるため搬入日の割り振りがあり、全体をコントロールする主幹事の業者さんが安心かなと思ったからです。引越し日はなんとなく4月1日にしましたがこれは失敗でした。小中学校とかの学期縛りが無い我が家は引越し繁忙期を外して5月入ってからにすれば料金がグッとお安くなったはずです。今回の引越し料金は荷物量の割に高額になってしまいました。

サカイ引越センターでしたが、作業自体は非常に丁寧で誠心誠意対応してくれました。ベランダに残っていた植木の移動を心配してましたが、こちらもあっという間に積み込み完了。さすがプロですね。

早朝の積み込みからスタートした引越しは、午後3時前に全ての搬入が完了しました。長い検討期間の末にようやく辿り着いた新しい我が家ですから、感慨もひとしおでした。翌日は転入届け、年金、国保の手続きで市役所に出向いたり、警察署で免許証の変更などあれこれ手続きに追われました。


⑩税制面


今回の住み替えでは様々な納税義務と向き合うことになりました。ただでさえ複雑な税制ですが、一人一人の状況を踏まえて対応する必要があり一筋縄では行きません。ここに記すのはあくまで私の辿った道のりに過ぎません。それでも似通ったシチュエーションの方には参考にして頂けるかもしれません。

(a)相続時精算課税

これは私ならではのイレギュラなケースだと思いますが、先述した通り新居の購入を決めた時点では旧宅はまだ両親の名義でした。売却活動は両親が行うべきですが、既に80代半ばでしたので実質的には全てを私が取り仕切らねばなりません。不動産仲介の方に相談したところ、ご両親に若干の書類対応してもらう必要ありますが十分対応可能です言われました。ただ私としては2年後の転居のタイミングまで両親が現在の健康状態を維持できるのか不安だったので、先行して生前贈与(名義変更手続き)をして名義変更を行うことにしました。

新築マンションの購入手続きが一段落した2021年秋に、兄弟の了承を取り付け、司法書士事務所で手続きを行いました。贈与税は「相続時精算課税」という制度を利用しました。両親や妻などの家族間であっても一定以上の財産(110万円を超える金額)の移動には贈与税が発生します。一方で子が亡くなった親から財産を受け取る場合は相続税となり、かなり大きな非課税枠(3,000万円+(600万円×法定相続人の数))が設けられています。相続時精算課税は、実際には贈与のタイミングであっても相続扱いとなり、よほど大きな財産でなければ非課税としてくれる有難い制度です。

司法書士の先生に手続きをお願いしたので、この名義替えはかなり高額な費用が発生しました(約30万円)。法務手続きに詳しい方でしたら無駄な出費と叱られてしまいそうですが、臆病な私としては近い将来のリスクを取り除くことを優先しました。


(b)売却不動産に関する税金

これが1番複雑で大変でした。1994年に購入したマンションを29年後の2023年に購入時の54%の価格で売却しました。長年暮らしたので46%下落での売却でしたが、それでも手元には大きな金額が所得として入ります。

一般的に不動産の売却は購入時の価格と比較して利益が出ていれば課税対象(利益3000万円までは特別控除の制度あり)になりますし、損失となれば税金はかかりません。私の場合は大幅に損失を出しての売却でしたので非課税となりました。

利益なのか?損失なのか?というのは、実際には税務署が設定した減価償却を含む複雑な計算式があるので、それに従って計算します。購入、売却時の契約資料を携えて納税地の税務署に行けば、担当の方が一緒に計算してくれます。「譲渡所得の内訳書」というブルーの用紙があって、その中をフローチャートのように順番に埋めていけば最終的な譲渡所得(または損失)が確定する仕組みです。利益となった場合は上記の3000万円特別控除を発動させるか、新居購入に伴っての住宅ローン控除かを選択することになります(両方同時には使えない)。近年は中古マンション相場も高騰していますので多くの方が利益を出しての売却だと思います。金額にもよりますが、実情としてはほとんどの方が3000万円特別控除を選択するようです。

一方、私のように損失が出た場合は、ここからもうひと頑張りで敗者復活戦に参加することができます。じつはこの損失は通常の事業所得(会社員の方なら給与所得)と損益通算することができるのです。旧宅に住んだ年数とか、新居を購入して住宅ローンを組むことなど様々な条件がありますが、要するに「古い住まいを売って新しい住まいを買った」という一般的なケースならほぼ大丈夫です。

「居住用財産の譲渡損失の金額の明細書<確定申告付表>(居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)」

という恐ろしく長いタイトルの用紙が用意されています。これに必要事項を入力して申告すればOKです。ちなみに私の場合は2024年の所得税はなんとゼロになりました! 事業所得よりも損失額が大きい場合は、翌年以降3年間にわたって繰り越すことができますので、その威力は凄まじいものがあります。さらにこちらは住宅ローン控除(損益通算ですでに所得税ゼロになっているので、住宅ローン控除については住民税から可能な金額だけ税額控除する形となる)との併用も可能ということで、複雑ではありますがとても有難い制度となっています。


実際にこの申告手続きを行うのは、物件売却の翌年の確定申告ですので、それまでに書類や手続き面を良く調べて準備しておく必要があります。分りにくい、難しいなど困った場合は、気軽に税務署に足を運ぶことをお勧めします。とても親切に相談にのってくれます。

(C)住宅ローン控除

これは銀行ローンを使って新しい住宅を購入した場合は、ほとんどの方が対象になります。考え方はシンプルですが、近年は住宅性能によって控除額を細かくランク分けするようになってきて複雑さが増しています。通常の新築マンションの場合は、「年末ローン残高(上限あり)×0.7×13年間」という計算です。ぱっと見で金額が小さく感じるかもしれませんが、これは「所得控除」ではなく「税額控除」ですから、ダイレクトに税金が少なくなります。


その他、不動産取得税とか固定資産税とかあれこれありますが、その辺は物件購入と連動して自動で計算されてしまうのでここでは割愛します。


⑪住み心地


最後に新しい街、新しい住まいの感想を少し。

(a)駅と街

引越しから11ヶ月が経過しました。何よりも街の雰囲気がとても気に入っています。大学、高校の学生さんが多い駅で、朝夕の駅前はとても活気があります。近隣の大型工場へ向かうバス待ちの列も毎朝の光景です。朝、都心に向かう流れだけでなく、電車を降りてくる人が多いのは住み始めてからの新鮮な驚きでした。練馬に居た頃は人の流れが朝晩一方通行で、街全体としても高齢化、硬直化を感じていました。新座市がこれから勢い良く発展するとも思わないですが、少なくとも適度な新陳代謝のあるエリアだと感じています。

駅の周辺の商業が充実していて、仕事帰りに駅に降り立つと毎日ワクワクする感覚があります。1年近く通勤していても同じ感じですから、単に物珍しくてということではなく、活気のある駅前というのはそういうものなんでしょう。駅ナカには週替わりのポップアップストアがあったり、テナントの入れ替わりも頻繁で常に街が蠢いてる感じがします。

駅周辺や駅からマンションまでの道のりは広い歩道が整備されていますので歩いてるだけで幸せに感じちゃいます。そんな小さなことで?と思うかもしれませんが、毎日の道のりが心地よいというのは本当に大切なことなのです。

(b)通勤

私の通勤は電車時間が以前よりも15分長くなり、改札からマンションまでの徒歩時間は4分短縮されました。差し引きすると11分長くなりましたが、これは許容範囲かなと思っています。

一時的に同居していた息子は、引越し直後から湾岸エリアの勤務地になったため、通勤に1時間半くらいかかって苦労していました。リモート勤務が半分以上だったんですけど、たまの出勤がどうしても苦痛に感じると言って先日東京に引っ越していきました。埼玉は丸の内、東京駅エリア勤務だと少し通勤の負担を感じる距離ですね。

(c)マンション共用部

最高です!(笑) 旧宅のマンションが築41年でしたから当たり前ですが、全てが夢のような快適さです。全体的に緑豊かなデザインで、メインエントランスを入ると代官山のT-SITEみたいに仕立てられた超絶素敵なロビー兼ライブラリーがあり、緑豊かな中庭が目に入ってきます。中庭に目をやりつつロビーを抜けて行くとエレベーターホールがあります。郵便受け&宅配ボックスは最新鋭のもので、キーをかざすと自分のボックスが自動で開きます。宅配ボックスに荷物が届いていれば音声で教えてくれます。

ここ何年かマンクラ(マンションクラスタ)の皆さんの発信を眺めてきましたので、私たちのマンションが特別豪華な仕様ではないことは重々承知しています。湾岸エリアのハイスペックタワマンなんかと比較したら全然ダメダメでしょう。でも私たち家族にとってはちょうど良い豪華さ、ちょうど良い心地よさだと感じています。上を見ればキリがないですから。支払った金額に十分見合う素敵なマンションだと断言できます。


(d)購入者層

こちらもすごく良い印象です。素晴らしいご近所さんに恵まれてとても有難いと思っています。若いご夫婦、赤ちゃんのいるご家庭、仕上がった感のある初老のご夫婦など様々な方が暮らしていますが、エレベータホールでご一緒すると皆さん気持ちよく挨拶を交わしてくれます。朝、中庭に集まっている小学校の登校班の様子や、マンション前に停車してくれる幼稚園の園バスを眺めていると、こんな素敵なマンションで子育てしてみたかったなぁとつくづく思います。

(e)管理

こちらも流石!という感じで、大手デベロッパー開発物件の実力を実感する日々です。150世帯ですから大規模ではなく中規模マンションの部類だと思いますが、日々の管理・清掃はとても手厚く、行き届いています。平日の日中は4~5人のスタッフの方が常にマンション内のお世話をしてくれています。管理組合理事は輪番制ですが、先日配布された順番表を見たら私の出番は20年後でした(笑) 管理会社がきちんと機能していますから、組合としては監査の役割が大きいのかもしれません。


(f)室内

80%くらいの満足度でしょうか。共用部ほどテンションマックス~!でないのはやはり妥協した部分がずいぶんあるからです。まずは広さ。70㎡ですが、欲を言えば80㎡欲しかった…。リビングがもうちょっと広ければなぁとか、天井高がもうちょっと高ければなぁとか、窓面がもうちょっと豊かならなぁ、など言いたいことはいっぱいあります。でもこれは価格に見合った広さと仕様なので仕方ありません。

少なくとも旧宅よりは全然広くなったし、設備の類は比較にならないくらい素晴らしいです。お風呂は広々して自動でお湯張りして保温してくれるし、トイレのウォシュレットだって私たち家族は初体験です。バルコニーもある程度広さがあって、テーブルとイスで寛ぐこともできます。

窓面が全て二重ガラスなのと24時間換気のおかげか、今年の冬は一切結露しませんでした。気密性が高く外部からの音の侵入も非常に低レベルです。全体の断熱性能・気密性のおかげか、一番寒かった1月でもエアコンはほとんど使わず床暖房だけですごすことができました。

夏場は在宅勤務が多かった息子が居たのもあって、昼夜ずっとエアコン入れっぱなしでしたが、電気代が驚くほど安かったです。マンション一括受電で10%割引みたいな話は最初から聞いてましたが、それにしても安すぎる。設置したエアコンが2023年モデルで最新型だからなのか、全ての照明がLEDなことが影響しているのかよく分かりませんが、とにかく光熱費は異様に安いです。床暖房を使っている冬もガス代はたいしたことないので、年間平均すると旧宅よりも2万円/月くらい光熱費が安い印象です。これ住宅ローンの支払い許容額に影響するくらいの節約効果だと思います。

上下階からの音もほとんど気になりません。ひとりぼっちでシーンとしてすごしていると、上階からの振動を若干感じなくもないですが、それも耳を澄ませば聞こえるかもね…くらいのレベルです。左右のお部屋については一切気配を感じません(笑) テレビの音とか聞こえてくる時があってもよさそうなものですが、何もありません。無音・無振動です。


⑫終わりに


長い長い個人的な住宅購入記に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。誰かに伝えたいというよりは、今回の住宅購入をエモく記録しておきたいという気持ちでダラダラと書き連ねてきました。

やっぱり住み替えして良かったなというのが私の正直な気持ちです。妻は引っ越して以降も、友人関係がたくさんあった元の練馬が良かったとグズグズしていましたが、次第に吹っ切れたようで今では生活に変化が生まれたことをとても喜んでいます。

50代も終わりが見えて来たことを考えると、こんな移動をするのはもう最後かもしれないなとも思います。引っ越し荷物を整理したり、部屋のインテリアを整えたり、新しい行政・医療機関との関係を構築したりするのは大変な作業です。70歳になった時にまた同じようなチャレンジができるかどうか。それでも私たち夫婦はいつも「変化は正義」なんて話しをしています。住み替えが上手くいった今だからこそ、一生懸命働いてローンを返して、まだ知らない素敵な街、素敵な住まいを探す次のチャレンジに向かって行きたいなと思っています。









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