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黒い訪問者


ゴキブリが私の頭に落ちてきた。
頭にワンバウンドして地面に落ちた。


玄関を掃除するついでに玄関前の共用の廊下もほうきで掃いていたときのことであった。


なんたる仕打ち!



アパート1階のゴミ捨て場が彼らの根城であることは知っていた。ゴミを捨てに行くたびに扉を開けるとチョロチョロと動く黒い物体を何度も見ていた。


勘弁してくれと思ってはいたがわが家は4階。どこか他人事のように思っていた。ゴミを捨てるその時さえ注意すればいいのだ、と。



頭に落ちてきたゴキブリに問いたい。


「生まれはどちら?」



1階から根性で上がってきたのか。それともこの4階で生まれ育ったのか。


場合によってはこちらも対処が必要である。


足元にスタッと着地したゴキブリを見て私は悲鳴をあげることもできなかった。ただ頭の上にワンバウンドした瞬間の感触が頭から全身にゾワゾワっと伝わって、うめき声のような奇妙な声を出してしまった。


もしかするとその声こそが、ご近所さんにとっては恐怖だったかもしれない。


何事かと飛んできた夫に事情を話すと


「すぐにお風呂に入って髪を洗うといいよ!」


心配してくれているようでいてゴキと触れ合った私を不潔な目で見てるのでは?


「ゴキは俺に任せて」


と私の手からほうきを奪ったが正直お気に入りのほうきだったのでこれでゴキを叩き潰すのは、ちょっとやめてほしいような。



でもわかっていた。
夫にゴキは殺せないと。



「逃げられちゃった」



ほらやっぱり。



私もゴキの死を望んているわけではない。ただ自分の生活圏に入ってきてほしくないだけだ。



「それで、どこいったの?」


「お向かいさんのドアの方。さすがにお向かいさんのドアの前でほうきはたたけないでしょ」


まぁね。
でもお向かいさんがドアを開けたら、またこっちに来るんじゃない?



そう思ったけどそれを言ったところでどうにもならないからもう諦めた。ほうきが無事だったということで、もうよしとしよう。



ねぇどこから来たの?
どうして来たの?
なぜピンポイントで私の頭に落ちてきたの?


いつもこんな時、腹を割って虫(今回の場合はゴキ)と話せたらと思う。



私はゴキのことが嫌いだから目の前からいなくなってほしい。

ゴキだって殺されたくない。


お互い利害が一致するなら、じゃあここは退散しましょう、なんて穏便にことが進むじゃない。お互いに格闘することもない。


もし、いや危険を冒してでもこの家は魅力的だからお邪魔しちゃいますよ、なんて言おうものなら、こちらだって捨て身で応戦しますわよ!



やはりゴキブリにとって「清潔」は敵なのだろうか。だから掃除をしていた私を攻撃してきたのだろうか。


それとも、実は足音騒音がうるさくて階下の住人がうちの前にゴキを仕込んだのだろうか。


念入りにシャンプーしながら、頭の中で想像ばかりがどんどん膨らむ。



ゴキには申し訳ないがとにかく不快極まりない。



お風呂からあがり一息つくも、なんとなくそこらじゅうにゴキの気配がするような気がして落ち着かない。


気のせいだと思っても足にサワサワっと何かが触れたような錯覚さえしてしまう。



ゴキブリ一匹に、こんなにも心乱されるなんて。



どんなに考えても答えは出ないので、一応私なりに勝手に結論を出すことにした。



実はゴキはもともとわが家にいた。
玄関掃除をするときドアを開けた際にドアの内側と壁のちょうど境の付近にいたゴキは慌ててドアの外に出て動揺して私の頭に落ちてきた。


「家にいたゴキが外に脱出した」


こう考えるとするならば、この大事件は一転して「めでたし、めでたし」な出来事となるわけだ。


私は必死に自分の過去の記憶を勝手に創造する。


家の中でチョロチョロするゴキがついに外に出た。


よかった!よかった!!!
やったーーー!出ていった!!!


とりあえず無理やりだが、この件は一旦ハッピーエンドとしたい。



それにしても。
頭に彼が落ちてきたあの感触が、頭を洗った今も生々しく頭皮に残っている。



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