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分子構造模型で見る「立体異性体」

異性体というのは、同じ分子式(原子の種類や数が同じ)でありながら構造の異なる物質のことです。
例えば、以下のブタノールは分かり易い例です。

分子式はどれも同じC4H10Oですが、構造は違います。
これを構造異性体と呼びます。

そして、三次元空間で重ねることの出来ないものを立体異性体と呼びます。
構造異性体でなくても、立体異性体である物質は存在します。

立体異性体の難しいところは、平面に構造を描いても分かり難いところです。
ここで、分子構造模型の登場です。
実際に立体異性体の分子を組むことで、その特徴を理解することができます。

まず、アミノ酸の一つ、アラニンを作ってみます。
アラニンは以下のような構造をしています。

そして、立体異性体を持っています。
それでは、アラニンの分子模型を作ります。
黒のブロックは炭素、赤は酸素、薄い水色の球状ブロックは水素です。
そして、青色のブロックは窒素になります。

立体異性体の中でも、鏡に映し合わせた対象構造になる分子を鏡像異性体(エナンチオマー)と呼びます。

分子模型で作ったアラニンの鏡像異性体

アラニンの鏡像異性体をこのように向かい合わせると、右手・左手の関係のように、鏡に映したように見える構造をしています。
鏡像の関係にあるわけです。
そのため、重ね合わせても同じにはなりません。
分子の位置や結合の角度が違っているんです。

NH2(青のブロック)が炭素(黒のブロック)につく角度が異なっている。

裏返して合わせようとしても、青いブロックの部分(NH2)が違う方向を向いています。

構造異性体は性質が違うことが多いのですが、立体異性体は化学的・物理的な物質が極めてよく似ています。
例えば、液体になる温度や、よく溶ける溶媒の種類などです。
ところが、医薬においては、一方が薬となり、他方が毒になるケースがあります。
そのため、鏡像異性体を作り分けることはとても重要なんですね。
鏡像異性体を作り分ける化学合成を、不斉合成と呼びます。
2001年のノーベル化学賞は、この不斉合成に対して贈られました。
また、2021年のノーベル化学賞に輝いた有機触媒も、不斉合成が出来る点が評価されています。

続いて、乳酸を作ってみます。
こちらは、アラニンのアミノ基(NH2)の部分が水酸基(OH)になっています。

向かい合わせた乳酸の鏡像異性体

アラニン同様、鏡像異性体ですが、重ね合わせることは出来ません。
どうやっても同じ構造ではないかことが分かります。
かつては、性質が似ているので作り分けるのは不可能と考えられていましたが、前述したように、今は一方だけを作り分ける方法が開発されています。

そして、鏡像異性体ではない立体異性体も存在します。
こちらはジアステレオマーと呼びます。
たとえば、ブロモシクロペンタンの一部をクロロ化した1-ブロモ-2-クロロシクロペンタン。
この分子の立体異性体は、鏡で映したような対象構造にはなりません。

1-ブロモ-2-シクロペンタンの分子模型
分子の位置(緑のブロック=Cl)が違う。

このように、分子の位置が違っていますよね。
左右・上下に回転させても、対象になることも、重なることもありません。
しかし、分子式も構造も同じです。
三次元で見たときに違いが分かるわけです。
模型を組み立てればすぐに分かりますね。

ちなみに、2021年のノーベル賞受賞のきっかけとなった有機触媒のプロリンは、分子構造模型で作るとこのようになります。
プロリンもアラニンと同様、アミノ酸の一種です。
このシンプルな分子が触媒として働き、鏡像異性体の一方だけを作り出すんです。

プロリンの分子模型

触媒とは、化学反応を促進させたり、反応の方向を決める物質のことで、反応前後で触媒自身は変化しません。
従来の触媒は、複雑な構造をした酵素や、重金属を使った物質だけでした。
しかし、有機触媒はシンプルな上に安価で、地球環境にも優しく、反応効率も高い夢のような触媒なんです。

分子構造模型は、分子を立体的に見て考えることの出来る格好のアイテムです。
特に、立体異性体のような平面では分り難い分子の場合、分子構造模型はその真価を発揮します。
分子構造模型を持っていたら、鏡像異性体を作ってみることをお勧めします。

今回使ったのはHGS分子構造模型の有機化学研究用です。
安価な入門用だとブロックの数が足りませんが、他のブロックで代替すれば疑似的に作ることはできます。




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