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第一話 手からビームが出た

 朝起きて欠伸をしたら、伸ばした右の手の平からビームが出た。
 屋根を突き抜けて、そのまま空高くビームは飛んでいった。私の手の平は熱く火薬のような匂いがした。
 手の平の指先から手首の手前。手の平と呼ばれる場所全体から出ていた。私の右手の平は直径約15センチ。しかし放出されると溢れ出した水のように手の平よりも膨れた形で放出された。なので、直径約30センチ以上のビームが撃てた。そのため屋根に空いた穴はほぼ丸である。手型が屋根を突き抜けているわけではない。色は黄色だった。ワンピースの黄猿が打っていた色に近かった。
 一体どこまで飛んでいったのだろう。

 なぜ、こんなにも冷静にビームの分析をしているのか、自分でも不思議になった。

 私はちゃんと驚いて、非現実として捉えている。

 なぜ私の右手からビームが出たのか。

 就寝中、宇宙人に何かされたのか。

 未確認の寄生生物が飛来してきて、私の体を乗っ取り脳まで到達したかったが力尽きて、右手に寄生してしまった。とか?

 実は、私が生きている世界はずっと仮想空間で本当の私は眠っているとか?

 夢?いや、木材が焼け焦げた匂いがリアルだ。

 元々そんな能力があって覚醒したのか。

 実はここはヒーロ社会で、、か?!

 やはり私は冷静ではなかった。「あり得ない」「非現実的すぎる」「漫画の読みすぎで頭がおかしくなった」起きた現実を私は打ち消そうとした。しかし、手からビームが出たことがあり得た。現実に起きてしまった。そうか、そうならば、妄想はあり得るのか。妄想は現実になることが証明された。そう思えば少しは不安が軽くなった気がする。
 いつもそうだ。恐ろしい現実は非現実を偉そうに否定してくる。それが鬱陶しくて仕方がなかった。私にとって、現実は非現実よりもよっぽど意味不明で生きづらい世界で、危険なものでありふれている。
 いつか非現実がぶっ飛ばしてくれると願ったことがある。

 とりあえずこの部屋の屋根がぶっ飛ばされたわけだ。

 この世にあり得ないなんてことはない。

 証明された。私の存在こそがその証明だ。

 「玲〜?大丈夫?」

 現実の声がした。

 やばい。母だ。

 母が階段を上ってきている。

 もうすぐそこにいる、どうやって言い訳をしよう。ダメだ、何も思いつかない。どう考えても言い訳のしようがない。手からビームが出たと正直に言うしかない。いや、信じるか?信じるも何も本当なんだ、私の手からビームが出たんだ。そうだこの焼けこげた匂いが証拠だ。だめだ、火遊びでもしたのかと言われる。

 ダメだ!ダメだ!

 「大丈夫〜なんの音?」

 もう扉の目の前にいる。ドアノブがゆっくり動いた。

 名案が思いつかない私は「来るな!!」と叫んで静止させることしかできなかった。しかしそれは効果的だった。いつものことだからだ。いつものように母は私の部屋に入らずに扉の前で立ち止まった。母は言うことを聞く。いつも私の言ったことを聞いてくれる。うざいくらいに、なんでも言うことを聞いてくれる。そういう女だ。

 しかし今日はそれで良かった。

 扉が開かずに済んだ。

 「どうしちゃったの?玲、どこかぶつけたの?」

 「ぶつけてない!大丈夫だからあっち行ってて!」

 私は怒鳴りつけた。近くにあった月刊雑誌を投げつけて、いつもより不安定であること演じなければならない。とにかくこの場を品ぎ切れば、あとは、あとは。

 「なんか、、焦げ臭いわよ」

 まずい。

 「玲!!本当に大丈夫!?」

 ドンドン。母は扉を叩いた。

 ドンドン!「玲、なんの匂いなの?」

 ドンドンドン!「玲!!!」

 扉が開きそうになった。

 私は走って扉に向かいタックルをして扉を押し付けた。

 「いいから出てけって言ってんだろう!過保護女!!うざいんだよ!」

 「玲!!!何考えているの!やめなさい!」

 こいつ、勘違いしてやがる!

 「いいから!違うってば!とにかくここから離れろって!」

 「ダメよ!玲!開けて!ここを開けて!」

 母の大きな声と力が私を圧倒している。母はこんなにも大きな声を出せたのか。母はこんなにも強い力があったのか。いつもいつもへらへらして、遠藤先生の話を頷くだけしかできないあの頼りない母が。
 今、本気でこの扉をこじ開けようとしている。私はライオンを相手にしているのではないか。男性くらい低い声で、私の名前を叫んでいる。
 「玲!!いい加減にしなさい!」

 そんな言葉言ってくれなかったくせに。

 なんで、今になって。

 なんで、死の間際にならないと本気にならないんだよ。

 死ねよ、くそばばあ。
 扉が開きそうになる。だめだ、大人には勝てない。
 私はまだまだ未熟でか弱い生物であることが証明されてしまった。どんなに抵抗したって、本気の大人に勝つなんてできやしないんだ。

 死ねよ。

 数秒後、私の手は光りだした。黄色い光は先ほどよりも強く、部屋全体を覆うくらいの発光をした。そしてだんだんとその色を変えて、赤く発光し始めた。右手が熱い。痛い。

 一瞬のことだった。
 扉を押さえつけていた右手からビームが出た。そのビームは、先ほどより威力を増して扉を破壊して激しい爆発音を響かせた。2~3秒間ビームは出続けた。私の右手は感覚を失うほど痺れ熱い。そして手首から肘のあたりまで、真っ赤に火傷のようになっていた。

 私の心拍音が脳みそまで叩く。

 呼吸が荒くなる。

 扉はもうない。塵になって消えた。

 扉どころではなかった。

 扉の向こうの母。さらに向こうの近所の家。さらに向こうのどこか遠くまで私の赤いビームは大きな穴を作った。

 母の足首だけがそこにあった。下に目をやると母の首は私の足元に転がっていた。ボウリングの玉のように少し揺れている。目が合った。

 うまく呼吸ができない。

 母の足首から血液が流れ出ていた。赤い赤い血の波が私の足元まで辿り着く。

 血は私の指先の合間を綺麗に埋めた。

 母から血の匂いがした。

 私は冷静になれた。

 安心した。

 そして、嬉しくなった。

 「ざまあみろ」

 本気の大人に勝つことができたんだ。



第一話 『手からビームが出た』

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