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【試し読み】アトランさやか『ジョルジュ・サンド 愛の食卓』

国際女性デー特集

現代書館フェミ本試し読み②

3月8日の国際女性デーにちなんで、現代書館のフェミニズム関連本をご紹介しています。2冊目はアトランさやか著『ジョルジュ・サンド 愛の食卓:19世紀ロマン派作家の軌跡』です。ショパンやミュッセなど多くの芸術家との恋愛、初期フェミニストとして著名な19世紀フランスの作家、ジョルジュ・サンド(1804-1876)。 女性の権利・自由から政治についてまで、尽きることのないエネルギーで数多くの作品を残しましたが、筆を走らせることと同じくらい食にも情熱を注いでいたのです。

帯なし・大

 生きることに熱心だったジョルジュ・サンドは、食べることにも真剣だった。その食卓が最も輝いていたのは、ベリー地方(フランス中部、現サントル=ヴァル・ド・ロワール地方)あるノアンの城館でのこと。
 当時、パリからノアンまでは馬車で約30時間もの時間がかかった。鉄道が開通してからも、ノアンに一番近い町までにすでに8時間、それから馬車で3時間という長い道のり。それでも名だたるゲスト達――音楽家のショパン、リスト、画家のドラクロワ、作家のフロベール、バルザック、デュマ、ツルゲーネフ、女優マリ・ダグー、声楽家ポーリーヌ・ヴィアルド 、ナポレオン3世(ナポレオンの甥)など――が遠路はるばるやってきたのは、そこに魅力的な城主がいたからに他ならない。彼らは、それぞれに心づくしの手土産を持ってノアンにやってきた。はちみつ、ワイン、牡蠣にバナナ……。ツルゲーネフなどは、トナカイの舌をたずさえて参上したと伝えられている。
 サンドが長旅を終えたゲスト達にふるまったのは、この地方ならではのシンプルながら滋養に満ちた田舎料理だった。食事どきの6時頃になると、白いテーブルクロスのかかったテーブルにはろうそくの火がともる。家族に代々伝わる銀の食器には、地鶏やジビエ、菜園でとれたばかりの野菜で作られたポタージュ、ローズマリーやセージが添えられた香り高い野菜料理、森のきのこなどが並んだ。「地産地消」などという言葉はまだなかったこの時代だったけれど、こうやって土地でとれるものを皆で分け合って食べるというのは、サンドにとってごく自然の日常だった。野ウサギなどのジビエなどが多用されたのには、牛肉の上等な部位はパリに集中しがちだったという理由もある。

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ナダール撮影によるジョルジュ・サンド


 サンドが特に大事にしていたのはコンフィチュール(ジャム)作り。1844年、友人の植物学者ジュール・ネロに宛てた手紙に「プラムのコンフィチュールを40リーヴルほど作りました。それをあるだけすくって食べるだけでいいのだったら、そんなに簡単なことはありません。ただ、私はそれを保存したいので、もう少し手をかけるんです。コンフィチュールが欲しくなったら、いつでも教えてくださいな……。あなたのために、また作りますから。何人か手伝いの女性を寄こすことを考えてくれたようですが、そうしたとしても、この仕事は人任せにはできないので、なんの役にもたちませんわ。コンフィチュールは自分の手で作らないといけないし、その間少しでも目を離してはいけません。それは、1冊の本を作るのと同じくらいの重大事なのです」と書いた(20世紀を代表する文豪プルーストも、『失われた時を求めて』で料理をする家政婦の作業と自らの執筆の作業を比べて書いていた……)。

アプリコットのコンフィチュール

Confiture d’Abricots

レシピ・写真 アトランさやか

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材料
種を除いたアプリコット1kg
砂糖約800g(果物の甘さにより調整)
レモン果汁2分の1個分

作り方
1 アプリコットを洗い、半分に割って種を取り除いてボールに入れる。
2 ボールに砂糖を加えて混ぜ、水気が出てくるまで数時間置く。
3 2を鍋に入れ、レモン果汁を加えてから中火にかけ、灰汁をとりながら煮詰める。
4 とろりとしてきたら、煮沸消毒した瓶に入れる。


アプリコットIMG_6079

タルティーヌに欠かせないアプリコットのコンフィチュール

 ところで、1828年にサンドが綴った手紙には、焼け焦げてしまったコンフィチュールのエピソードが残っている。「私のコンフィチュールを美味しいと思ってくださったとのこと、とても嬉しいです。第2弾を送ろうと思っていたのですが、その試作品は、前回のような幸せな結果にはなりませんでした。デッサンに熱中するあまり、コンフィチュールを焦がしてしまったんです。後に残ったのは、なんらかの食べ物というよりも、火山の噴火口みたいに、黒くて煙をたてる皮のようなものだけでした」。なにかに夢中になると他のことが見えなくなる性格は、こんなところにも表れている。その偉大さゆえにどこか遠い存在であるような「ノアンの優しい貴婦人」のこんな失敗談や、その失敗を隠しもせずに面白がって書くようなところには、どこか共感を覚えてしまう。


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