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【Rー18】ヒッチハイカー:第18話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑯『決死の国道激走!怪物を追撃する神獣と戦闘ビークル!!』

 愛する婚約者である皆元みなもと静香 しずかを目の前で怪物ヒッチハイカーに連れ去られた伸田 伸也のびた のびやが、何も出来なかった自分の無力さに打ちひしがれ絶望を感じていたその時、白い虎がその巨体にもかかわらず一切いっさいの物音を立てずに自分の背後に静かに忍び寄っていたのを、伸田のびたは全く気付いていなかった。

「おい、若造。何しょぼくれてやがんだ。あのバケモノにさらわれたのは、てめえの大切なひとなんだろ。助けに行ってやらないのか?」

 突然背後からかけられた声に伸田のびたは驚いて振り向いたが、そこには誰の姿も無く、いつの間にそこに現れたのか例の巨大な白い虎が、青い目で彼の顔をじっと見上げて静かにたたずんでいるだけだった。

「う、うわあっ! と、虎が…いつの間に? えっ? い、今の…こ、この虎が…しゃべったのか?」
 あまりにもあり得ない状況に驚愕きょうがくした伸田のびたは、この時ばかりはヒッチハイカーや静香の事を忘れていた。

「やかましい、ギャアギャアわめくな。俺は人語をしゃべる虎なんだよ。お前、どうするんだ? あのバケモノ野郎を追うのか追わないのか? さっさと決めろ!」
 大きな牙をむき出した白い虎が人間の言葉で、しかも日本語で伸田のびたに迫った。

「うわあ! お、おおとりさん! 別の化け物が出た!」
 伸田のびたは救いを求めるようにおおとりの方を見た。すると、おおとり伸田のびたと白い虎を交互に見ながらニヤニヤと笑っている。

「ガルルルーッ! 誰が化け物だと? 俺は白虎びゃっこだ、バカタレ! ありがたい神獣様しんじゅうさまだぞ! 聞いた事ぐらいあるだろうが? 事と次第によっては、お前に手を貸してやろうと思ったんだがな。やめてもいいんだぜ、ああん?」
 その白い虎は、まるで人間の様に怒り、目の前で震えている伸田のびたを見つめて、人間の様にあざけって見せた。

伸田のびた君。そのおかしな虎の言う事は信じてもいい。そいつはおっちょこちょいで口が悪いが、曲がった事の大嫌いなお人よしなんだ。いや…この場合、お虎よしと言うべきか…?」
 おおとりが笑いながら言ったが、不思議な事に彼の白虎びゃっこ(?)を見つめる眼差まなざしには、信頼と友情とでも言える親しみが込められている様に伸田のびたには感じられた。
 なんとなくではあったが、白虎と鳳 成治おおとり せいじの双方が示す態度で、互いの間に通じる感情が伸田のびたにも理解出来る気がした。
 いったい、このしゃべる虎とおおとりとはどういう関係なのか…伸田のびたには想像もつかなかった。

「何だかよく分からないけど… 僕はシズちゃんを助けたい、それだけです。」

 伸田のびた一縷いちるの望みでもあるのなら、それにけてみたいと思ったのだ。何もしないで泣き言を言っているよりははるかにましだ。愛する静香を助けられるなら、自分はこの白虎に食われたっていい…彼は本心からそう思っていたのだ。

 虎に笑顔があるのならば、この時の白虎の顔はニヤリと笑った感じがした…伸田のびたにはそう思えた。

「よし、決まったな! それじゃあ若造、俺の背中に乗れ! ヤツを追いかけるぞ!」
 そう言ったかと思うと、白虎は伸田のびたが自分の背中に乗りやすいように雪の積もった地面にせの姿勢を取った。

 もう一度伸田のびたおおとりの方を見て、目で『大丈夫か?』と問いかけた。おおとりは静かだが肯定こうていする様に、力強くうなずいて見せた。

「おい、ぐずぐずするな! 早く乗れよ!」
 まるで命令する様に白虎に強くうながされ、伸田のびたは恐る恐るその大きな背中にまたがった。

「よし、振り落とされない様にしっかりつかまってろよ。」

「待て、白虎びゃっこ!」
 急いで飛び出そうとする白虎をおおとりめた。

伸田のびた君、これを持っていけ。確認したが、ヒッチハイカーに破壊された弾倉マガジンに入っていた『式神弾しきがみだん』は2発だけ無事だった。君の持つベレッタの薬室に残っている1発と合わせると、合わせて3発が使用可能となる。それと、これも君に貸そう。持っていくがいい。」
 そう言ったおおとりは無事だった2発の『式神弾』を装填そうてんした別の弾倉と、自分の『ヒヒイロカネの剣』を伸田のびたに差し出した。

「たった3発か… でも、ありがとうございます、おおとりさん。」
伸田のびたは受け取った2発の『式神弾しきがみだん』入りの弾倉マガジンを、持っていた自分のベレッタのグリップに装填そうてんして右太ももに装着していたホルスターにおさめた。そして、おおとりに手渡された、全体が銀色に美しく輝く『ヒヒイロカネの剣』を自分のベルトの背中部分に斜めにして差し込んで固定した。

伸田のびた君、ヒッチハイカーは今までにヤツが犯した猟奇殺人事件で被害者となった30人の内、妊娠している女性だけは殺さなかったんだ。奇妙な符合ふごうだが、これは厳然とした事実だ。ヤツに襲われた当時に妊娠していなかった女性達は、男性達と同じ様に一人残らず無残に殺されていた。
 君にはまだ告げていないと皆元さんは言っていたが、現在、彼女は君の子供を妊娠しているらしい。過去の事件の結果から見て、殺される可能性は低いとはしても、母子ともに危険な事実は変わらない。皆元さんがショックで流産りゅうざんでもすれば、さらに彼女の身は危険にさらされる事になる。どちらにしても早く彼女を救出しなければならない。それは、君次第しだいだ。頼んだぞ。」
 おおとりが自分の知り得た事を伸田のびたに話して聞かせた。

 伸田のびたにとって、婚約者フィアンセである静香の妊娠は初耳だった。まだ彼女からは聞かされていなかったのだ。彼の表情が驚きと困惑にゆがんだ。

「シ、シズちゃんが僕の子供を…? 僕の子供を妊娠中だって?」
 これが普段の状況なら、伸田のびたとしては喜んでいいしらせのはずだったが、現状では二人の人質を取られている事になるのだ。今の彼にとっては、とてもじゃないが喜んでいられる場合では無かった。

「おい、若造。生まれてくるお前の子供のためにも、彼女を助けに行くぞ! しっかり俺につかまってろよ。
 おっ、そうだ… おおとり、お前は俺の『ロシナンテ』に乗ってついて来い! ほらよ!」
 そう言った白虎は、フサフサの白い毛に隠れて見えなかったが、首の付け根に何かを吊《つ》るしていたらしい皮紐かわひもを右前脚で器用に引き千切ちぎった。
 そして、ぶら下げていたモノを一度口にくわえるとおおとりに向けてほうり投げた。それはおおとりの足元に積もった雪の上に落ちたが、見るとそれはスマートウォッチだった。

『何で虎がスマートウォッチを…?』
 伸田のびたがそう思った時には、白虎は背中に彼を乗せたまま走り出していた。

「うわっ!」

 白虎の走る速度は猛烈だった。伸田のびたを背中に乗せている事など何の不自由も感じないかの様に、8本脚で先行するヒッチハイカーをはるかに上回る猛スピードで激走した。

 白虎と伸田のびたの姿は、おおとりの視界からすぐに消え去ってしまった。
 おおとりは地面から白虎の放り投げたスマートウォッチを拾い上げると、慣れた手つきで操作して口元に当てて叫んだ。

「ロシーナ、来い!」

 おおとりが呼び声を上げて数分もたないうちに、エンジン音を鳴り響かせたダークグレーの車体色をした1台の大型4WD車が、雪を蹴散らしながらおおとりに向かって近付いて来た。T社の『ラウンドクルーザー』と呼ばれる4WD車であった。見たところ最新型ではなく、20年ほど前の型式の車種の様だ。

 4WD車はおおとりの横に来ると停車し、彼が開くよりも前に運転席のドアが開いた。
 しかし、奇妙な事に車内は無人だった。誰も乗ってはいない… ではいったい、誰がここまで車を走らせてドアを開いたのか…?

「『ロシナンテ』にお乗り下さい、ミスターおおとり。」
 おおとりを迎えるかの様に呼びかけたのは、聞く者を心地良くする様な美しく滑らかな女性の声だった。だが、この車には誰も乗ってはいないのだ…

挨拶あいさつなどどうでもいい。早く出せ、ロシーナ。白虎びゃっこを追うんだ!」

了解ラジャー。」

 おおとりの命令に、無人の車内で女性の声が答えると同時に車は走り出した。

 『ロシナンテ』と呼ばれたおおとりの乗った大型4WD車が走り始めたその時、ヘッドライトの照らし出す光芒こうぼうの中に、突然一人の人間が飛び出して来て車の前に立ちふさがった。
 それは、SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の隊員服と装備を身に着けた男だった。

「何だ… 何者だ?」

 誰何すいかするおおとりの乗る運転席側に回り込んだその男は、窓ガラスをドンドンとたたきながら叫んだ。

おおとり司令官! 私です! Aチームのしま警部補です!」
 それは、ヒッチハイカーとの戦闘で重傷を負った関本巡査をSITの臨時作戦指揮所まで運ぶために戦列を離れた、SITのAチームリーダーである島警部補だった。

「何だ君は? 何をしに戻って来た…?」
 
 冷静そのもののおおとりの問いかけに、島が必死で訴えかけた。

おおとり司令は、今からヒッチハイカーを追いかけるんですよね? お願いです。自分も連れて行って下さい! これはSITとヤツの戦いでもあるんです。死んでいった仲間達のためにも、自分も最後まで戦わせて下さい! お願いします!」
 深々と下げた頭を再び上げた島がおおとりを見つめる必死な目には、ある意味危険とも言えそうな光が宿っていた。そのまま放っておいたら、雪の中に頭を突っ込んで土下座を始めるか、車の屋根にしがみついてでも同行しかねない顔つきをしていた。

 おおとりは苦笑しながら島に頷いて見せた。

「分かった…乗りたまえ。ただし、助手席ではなく運転席の後部座席に乗るんだ。」

「ありがとうございます!」
 島は助手席ではなく後部座席でもどこにでも乗せて行ってもらえる事に驚喜し、すぐに後部ドアを開けて車に乗り込んだ。
 警察官という仕事柄、車に詳しい島警部補は、この車両が中古の外観に反して車内が最新式で豪華な内装なのに驚いた。カーナビゲーションシステムも見た事の無い様な仕様で、中古の外観に全くそぐわなかった。

 二人の乗った車は、逃亡したヒッチハイカーと自分達に先行して追跡を開始した伸田のびた達を追いかけるべく、大量の雪をね散らしながらぐるりと方向を転換すると、力強く急発進した。

「ギャギャギャーッ! ブオオオーッ!」

 おおとりは車を走らせながら、後部に乗る島に今までの状況を大まかに説明して聞かせた。ざっと説明し終えたおおとりが、島に対してではない命令を発した。

「『ロシーナ』! PS砲をスタンバイしろ。」
了解ラジャー。」

『このロシーナと呼ばれた、人間の女性の声としか思えないなめらかで美しい声はコンピュータの合成音声なんだろうが、それにしてもPS砲って何なんだ…?』
 一人だけ訳の分かっていない島が首をひねっていると…

「ガタッ! ウィーン…」
 助手席のシート基部で何かの動き出す機械音がすると同時に、天井部のサンルーフが静かなモーター音と共に開き始めた。開いたサンルーフからは外の吹雪が吹き込んで来る。そして、音や動きから察すると油圧シリンダーと電動モーターの組み合わせによる仕掛けなのだろうか、ゆっくりと助手席のシートが真上にせりあがっていき、シートは屋根の開いたサンルーフから徐々に車外へと出ていった。
 
 やがて、完全に車の屋根の外へとせり出した助手席シートが前方に倒れ込んでいくと共に、中に仕込まれていたらしいはがねで出来たにぶく黒光りする二門の砲身が、電動によるなめらかな動きでシートのヘッドレスト部分からスルスルと伸び出して来た。

「おお…いったい何だこれは…? 助手席のシートから砲身だと…?」
 驚きのあまり、つぶやいたきり島の口はポカンと開いたままだった。

「ミスターおおとり、PS(Passenger seat助手席)砲のスタンバイ完了です。
 30mm単砲身機関砲である『Passenger seat助手席 キャノン』及び、擲弾てきだん砲の『Passenger seat助手席 グレネードランチャー』の二門とも、いつでも発射可能です。現在、PSGランチャーには通常のグレネード弾より炸薬さくやく量を増やし、破壊力を増した40x53㎜のハイパーグレネード弾を装填そうてん中です。」
 車載コンピューター『ロシーナ』が美しい女性の声で、搭乗者の二人に対して物騒ぶっそうな内容の報告をした。

「この車は映画の007ダブルオーセブンのボンドカーか? いったいどうなってるんだ…?」

 警察一すじで、地味だがコツコツとつとめ上げて来た警察官である島には、実際に目で見て耳で聞いても、自分の置かれた状況が現実の事だとは、とてもじゃないが信じられなかった。


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「ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ!」

 猛吹雪もうふぶきなどものともせず、伸田のびたを背中に乗せて猛スピードで激走する白虎の姿は、まるで白い突風だった

「うわああああーっ! た、助けてーっ!」
 白虎びゃっこの背中にまたがった伸田のびたは、あわれな声でわめきながら、振り落とされない様に必死で首筋の毛皮にしがみついていた。白虎の疾走する速度は、時速にして100㎞は軽く超えていただろう。
 伸田のびたにしてみれば、静香をさらったヒッチハイカーに一刻も早く追いつきたいのは山々だったが、一瞬たりとも気の抜けない文字通り命けの追跡行ついせきこうとなっていたのだ。

「若造っ! 絶対に手ぇ離すな! それに、黙ってないと舌むぞ!」

 現在、伸田のびたを乗せた白虎が走っているのは、この○✕県と隣の県とにつらなる祖土牟そどむ山を周回する国道だった。アスファルトの路面は降り積もった雪が凍結してアイスバーンと化していたが、白虎の四本の脚は凍った路面を少しもすべる事無く力強くって高速で走り続けた。


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「ドドドドドドドッ!」

 一方、こちらは静香をさらって逃走を続けるヒッチハイカーである。こちらも凍った路面など意にも介せず走り続けている。

「ガガガガガガガッ!」

 静香を左手の触手でつかんだまま、やはり凍り付いた国道を高速で走り続ける。数mもある怪物ヒッチハイカーの巨体を支える8本の脚先が路面の表面を覆う氷ごとアスファルトに次々と穴を穿うがちながら、祖土牟そどむ山を周回する国道を激走する。

「た、助けて… ノビタさん…」

 吹き荒れる吹雪の中を、さえぎるもの無くむき出しのままで高速で走るために、静香は息をするのも困難だった。彼女のポニーテールに結んだ長い黒髪は吹きすさぶ風に千切れんばかりにバサバサとはためいている。 そして可哀そうな事に、美しい静香の顔は叩きつける風と雪で凍り付きそうになっていた。

「ふふふ… お前は俺と一緒に南へ行くんだ。そして、そこで俺達夫婦と子供の3人で幸せに暮らそう。」

「え…? な、何を言って…」

 そこまで言った静香は、気を失ってしまった。あまりの恐怖と呼吸困難による酸欠のために意識を失ったのだろう。

「む…? まさか… 虎が追って来たのか?」

 高速で走りながら後ろを振り返ったヒッチハイカーの目にうつったのは、背中に一人の人間を乗せた白い虎が凍結した国道を高速で駆けながら自分達に追い迫る姿だった!

「は、速い! ヤツの脚は8本脚の俺よりも早いのか?」
 ヒッチハイカーは、恐るべき速度で自分を追って来る白い虎に、背筋せすじの凍るような恐怖を覚えた。


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「よし! 若造っ! 見えて来たぞ! ヤツを捕捉した!」
 白虎が背中に乗せた伸田のびたに向けて叫んだ。

 伸田のびたは振り落とされないように必死でしがみ付いているので精一杯だったが、顔を上げチラッと前方を見ると、まだはるか前方ではあったが静香を拉致らちして逃走中のヒッチハイカーの怪物姿を視界にとらえた。

「ヤツが見えた! シズちゃん…もう少しだから、あきらめないで待っててくれ!」


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「ダメだ! このままでは、あの虎に追いつかれる! クソッ!」

 怪物であるヒッチハイカーが恐怖の叫び声を上げた。それほどに彼は白虎が恐ろしかったのだ。
 ヒッチハイカーが白虎に抱く恐怖は、口で説明出来るたぐいの物では無く、彼が本能で感じ取っている物であり、彼自身にもどうする事も出来なかった。

 本能が彼に告げていた、『あの白い虎はヤバい!』と…

 気を失った静香を触手で捕まえながら全速力で走るヒッチハイカーは、自分が走る国道の百数十m左前方にある山側のがけ部分が、積雪の重みに耐えかねて地滑じすべりを起こしているのが目に入った。その地滑りで傾いた地盤に、幹の直径が1mはあろうかという巨木が傾きながらかろうじて立っている状態だった。

「あれだ! この俺に出来ない筈がない!」
 そう自分に言い聞かせるように叫んだヒッチハイカーは、左手の触手でつかんでいた静香の身体を人間体の右腕に抱え直し、逆に右手に握っていた山刀マチェーテを左の触手に持ち替えた。
 ヒッチハイカーは右腕に抱えた静香の身体を自分の上半身にピタリとくっつけるように引き寄せると、何を考えたのか左腕の触手をブンブンと振り回すと、自分の頭上で回転させ始めた。

 先端に山刀マチェーテを握った触手を振り回すさまは、さながら時代劇に登場する忍者等の振り回す鎖鎌くさりがまようだった。触手の回転速度は次第にどんどん増していき、遂には目にも止まらぬ高速回転となっていた。

「てぇええぇーい!」
 裂ぱくの気合と共に高速回転していた触手を、先ほど目を付けていた崖崩がけくずれで傾いている巨木に向けて一気に放った。まさしく鎖鎌に付いている鎖分銅くさりふんどうの様に巨木に向けて飛んで行った触手の先端部は、巨木の幹の根元に近い部分に見事にき付いた。

 ヒッチハイカーは巨木を通り過ぎた地点で走るのを止めた。そして巨木に捲き付けた触手をギリギリとめ付ける…

「バキバキッ! メキメキメキッ!」
 直径1mもある巨木の幹が恐ろしい音と共にへし折れていくかと思ったのはわずか数秒間だった。触手の締め付けで粉砕されていった巨木の幹は、最後は山刀マチェーテのでスパッと切断されてしまい、高さ十数mもある巨木が国道の路面へ向けて倒れ込んできた。

「ズシーンッ! バキバキバキッ!」

 冬で葉を落としていた巨木の枝は自重とぶつかった衝撃で折れながらも、アスファルトの凍り付いた路面を粉砕していき、国道を完全にふさぐ形で巨木は横たわった。これでヒッチハイカーを追う者は道路を走行しながら追走する事が不可能となった。
 道路の片側は切り立った崖で反対側は谷となっているこの道路は、重機等で倒れた巨木を撤去しない限り、車の通行は完全に無理だった。

「ふふふ、これで道路を追っては来れないだろう。」

 笑いながら触手を自分の元へと手繰たぐり寄せたヒッチハイカーは、再び静香を抱えたまま国道を走り始めた。


********


「うわあ! 道がふさがれた!」

 白虎の背で、ようやくヒッチハイカーに迫る事が出来たのを喜んでいた伸田のびたは、前方で巨大な木が倒されて国道を完全に塞がれてしまったのを目にすると驚きと絶望の入り混じった叫び声を上げた。
 山側を迂回うかいすれば追撃は不可能ではないだろうが、かなりの時間をロスする事になるだろう。ここまでヒッチハイカーへの距離を縮めたのに、また引き離され逃亡されてしまう…

「くそ… シズちゃん…」

「バカ野郎! 何泣きごと言ってやがる! 俺様を誰だと思ってる? いいか若造、俺にしっかりつかまってろ!」

 白虎びゃっこは前方で横倒しになり完全に国道をふさいでしまった巨木を目の当たりにしても、ヒッチハイカー追撃の勢いを一切いっさいゆるめなかった。それどころか、激走するスピードをさらに上げた。

「満月の晩の獣人じゅうじん白虎様をなめるなあ!」

 歯を食いしばって白虎の背にしがみついて高速の激走に耐える伸田のびたは、倒れた巨木の30mほど手前の地点で白虎の全身の筋肉が収縮し、それまで以上にググッと緊張するのを感じた。
 そう伸田のびたが感じた次の瞬間には、白虎はヒッチハイカーの脚の爪で穴だらけと化していた国道のアスファルトの路面を強靭きょうじんな四本の脚で力いっぱいっていた!

「うわあーっ! 飛んだあぁー!」

それは信じられない光景だった…
 倒れた巨木の手前約30mで跳躍した白虎は、真上に広がった枝を含めるとアスファルトからの高さが十数mもあろうかという倒れ込んだ巨木を一気に飛び越えようというのだった。
 吹雪の吹きすさぶ山の空中を、見事な放物線を描きながら白虎の身体が弾丸の様に飛んで行った。

 白虎は背中に伸田のびたを乗せたまま、身体を少しも巨木にかすめる事無く飛び越えた。直線距離にして50mほど飛んで、巨木の向こう側の国道の凍った路面に無事着地した。

「ザザザザザーッ! バリバリバリーッ!」

 着地した白虎は一度体勢を立て直すべく、四本足のつめで力一杯路面にった。白虎の青白い光を発する爪はがれたり折れたりするどころか、アスファルトをけずり取りながら20mほどすべって、ようやく勢いが止まった。

伸田のびたは、白虎の見事な跳躍と着地を感心する余裕など微塵みじんも無かった。彼は震えながら、ただ命けでフサフサの毛皮にきつくしがみ付いていただけだったのだ。

 「大丈夫か、若造? 可哀想かわいそうだが休んでなんかいられねえ! このまま一気にヤツを追撃するぞ!」
 白虎の呼びかけにも伸田のびたは返事が出来なかった。彼は気絶する寸前だったのだ。死に物狂いの気力で失いそうになる意識と戦っていたのだった。

 そんな伸田のびたを背中に乗せたまま、体勢を立て直した白虎は情け容赦なく激走を再開した。


********


「ミスターおおとり、前方の路面上に障害物あり。巨木が倒れて国道を塞いでいます。」

 おおとりが『ロシーナ』と呼ぶ完全自立型車載AI(人工知能)が、美しい女性の声で警告を発した。後部座席に座る島警部補もこのコンピューターの声にも慣れてきていたが、慌てて運転席越しに前方の光景をのぞき込むとうめき声を上げた。

「あれじゃあ…無理だ。他に道は無い…」

 だが、おおとりは島の泣き言を無視して『ロシーナ』に命令を下した。

「『ロシーナ』、PSGランチャー助手席グレネード砲発射準備! 30m手前で停車後、あの倒木に向けて擲弾てきだんをぶちかませ!」
了解ラジャー!」
 おおとりとAI『ロシーナ』との間で交わされる恐ろしい命令のやり取りを、顔面蒼白そうはくになりながら聞いていたが、警察官である島は黙っている訳にはいかなかった。

おおとり司令… それは無茶ですよ… ここは国道なんです! そんな事をすれば、道路まで壊れてしまう!」

 島が声をふるわせながら止めようとするのに対し、おおとりは答える代わりに一喝いっかつした。

「構わん! これはヤツとの戦争なんだ! ヤツを逃がせば、市街地にどれだけの被害が及ぶと思うんだ? ここは私の権限で超法規的措置を取る!」

「しかし、国道とは言っても、ここは私の生まれ育った県です。国家公務員だからといって、よそ者のあなたに勝手な事をさせる訳には…」
 島警部補は、この男にしては珍しくおおとりに食い下がった。彼は自分の生まれた県も、子供の頃から慣れ親しんだこの祖土牟そどむ山も愛していたのだった。もちろんこの国道だって、その一部なのだ。

「バカ者! こんな事で時間を取っているひまは無いんだ! 私は、この作戦に関して太田おおた内閣総理大臣から全権をゆだねられている。ヤツの身柄みがらの確保、もしくは存在を抹消する事が全てに優先するんだ。
『ロシーナ』! やれ!」
鳳 成治おおとり せいじが叫んだ。

 太田首相の名前まで持ち出されては、一介いっかいの県警警部補風情ふぜいさからえるはずも無かった。

了解ラジャー! 吹雪による着弾地点のズレ及び発射角度補正完了。PSGランチャー、ハイパーグレネード弾発射!」

「ポンッ!」
「シュルシュルシュルーッ!」
「ドッカーン!」

 少し間の抜けた発射音と共に発射されたグレネード弾は、道路上に倒れた巨木に見事に命中し炸裂さくれつした。しかし、一度の爆発では枯れた老木では無い巨木を完全には粉砕し切れなかった。まだ前方の道路は、車両が通り抜ける訳にはいかない状態だった。

「2撃目発射!」
了解ラジャー!」

 おおとりの命令と同時に二発目の擲弾グレネード弾が発射された。

「ポンッ!」
「シュルシュルシュルシュルーッ!」
「ドッカーン!」

 今度は道路をふさいでいた倒木のほとんどが、文字通りに木っ端微塵こっぱみじんとなった。もちろんのこと、国道の路面にき詰められたアスファルトも爆発で大量に吹き飛ばされ、下の茶色い土がむき出しとなっていた。

「よし、発進だ! ヤツを追うぞ!」

 鳳 成治おおとり せいじの号令で停車していた『ロシナンテ』は、装着する4本の特殊仕様のスタッドレスタイヤを高速で回転させ、凍結して穴だらけの路面に積もった雪と破壊された木とアスファルトの欠片かけら蹴散けちらしながら急発進した。

 そして、戦闘用万能4WDビークルの『ロシナンテ』は先行する二体の怪物の後を追うべく激走を再開した。

 吹雪の中、祖土牟そどむ山を周回する国道を破壊しながら、それぞれの思いを胸に激走する三者の追跡劇は果たしていつまで続くのだろうか…?


【次回に続く…】

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