【R-18】ヒッチハイカー:第29話『火を吹くミニガンに発動するSHIROGANEシステム!! そして、伸田の危機に現れた白い影の正体は?』
「はははは! やっと取り戻したぜ、俺の嫁さんと子供を!」
左腕から伸びた触手を巻き付けた静香の顔を間近で覗き込みながら、嬉しくて堪らないといった表情でヒッチハイカーが言った。
自分の顔にくっつきそうに寄せてくる怪物の顔をイヤイヤをするように激しく首を振って必死に拒絶しながら、静香は眼を閉じて歯を食いしばった。
「暴れちゃダメだよ。それにしても相変わらず可愛いなあ…キミは。
俺と一緒に南へ行って、二人でいっぱい子供を作ろうな!」
ニヤニヤとだらしない顔で笑いながら、ヒッチハイカーが静香の顔を舐めようと、人間離れした長い舌を伸ばした時だった。
「その人は僕の嫁さんになる人だ。お前じゃない!」
「うっ!」
ヒッチハイカーの死角に絶えず回り込んでいたウインドライダーが遂に背後を取り、一発だけだがヒッチハイカーにとっては必殺の威力がある『式神弾』が込められたベレッタの銃口を怪物の背中に押し付けたのだった。
「この距離じゃ、絶対に外さないぞ。この弾は一発でお前を消し去れるんだ。
さあ、僕の婚約者をゆっくりと安全に車に戻せ! そして、お前は僕と一緒に車から離れるんだ。
さあ、早くしろ!」
「ノビタさん…」
ヒッチハイカーの背後に隠れて姿は見えないが、恋人である伸田の声は静香にはすぐに分かった。愛する人が命がけで自分を助けに来てくれたのだ。
静香の頬を喜びの涙が伝ったが、すぐに涙の滴は吹雪に吹き飛ばされ散って行った。
「わ、分かったから… う、撃つな! お前の言う通り、彼女は車に戻す…」
ヒッチハイカーは引きつった表情をして上ずった声でそう言うと、ウインドライダーの命令通りに静香の身体をゆっくりと『ロシナンテ』の屋根の無くなった上部を通して、彼女が元に座っていた座席へと戻した。
ヒッチハイカーにとって背中に押し付けられた銃に込められた弾丸の恐ろしさは、今までの戦いで身に沁みて分かっていたのだ。
生物としての人間の能力を遥かに超越し、不死身に近い身体になった自分を一発で殺す事の出来る弾丸…あれを身体に喰らう訳にはいかない。
静香を手放すのは惜しかったが、今ここで死ななければチャンスはまた来る…ヒッチハイカーはそう考えたのである。
「皆元さん! 本当に良かった!」
静香の無事な帰還に感極まった島警部補が、自分の娘の様な年齢の彼女の身体を強く抱きしめながらオイオイ声を上げて泣いた。
「ちょっ…ちょっと、やめて下さい! 島さんってば!」
そう言って苦しそうに訴える静香も、本気で嫌がっている訳では無かった。
ただ、島に力いっぱい抱きしめられるのが苦しいのと、彼の頬や顎に生えている無精ひげがチクチクと自分の頬に押し付けられるのがこそばかったのだ。
静香は運転席に座り後ろを振り返っている鳳に助けを求める様に顔を向け、間近に彼の顔を見てギョッとした…
振り返った鳳の顔は、心から嬉しそうな満面の笑みを浮かべていたのだった。
あの、いつも冷静さを崩さすクールな表情で他人に対しては冷たい言葉ばかりを吐く人だと思っていた鳳が、自分の無事な帰還を本心から喜んでくれている…
静香には二人の武骨な男達の熱い気持ちが痛いほど心に染み入り、全く違ったタイプの二人のそれぞれに違った不器用だが心のこもった喜びの表現に感動した彼女は、溢れてくる涙が止まらなかった。
「君が無事で本当に良かった、皆元さん。
ところで島警部補、ヒッチハイカーのヤツ…肉体の再生能力が低下していたはずじゃなかったか? だが、君にショットガンで吹き飛ばされたヤツの左顔面がもう修復していたようだった。」
静香に優しそうな笑顔で頷いた鳳が島に対して顔を向けて話しかけた時には、いつも通りの感情を表に出さないクールな表情に戻っていた。
「鳳さんのおっしゃる通りです。私は間近でヤツの顔を直接見ましたから…」
静香は、つい先ほどの恐ろしい体験を思い出し、話しながらガタガタと身体が震え出した。
「それは、どうしてなんでしょうか? 鳳さんには理由は分かりませんか?」
島が鳳に尋ねると、三人は揃って屋根の完全に無くなった『ロシナンテ』の真上を見上げた。
「一つだけ、考えられる事がある…
今夜は満月だ。満月が偉大な影響を及ぼすのは、何も千寿の変身した白虎だけじゃない。満月は地球上のあらゆる生物にその神秘の力を降り注ぐ。もちろん、人間も例外ではない。
だが、不思議な事に魔界に近い存在に対して満月は、より大きなパワーを与えるらしい。
白虎が満月期に不死身になるのもそのためだと、以前に千寿自身から聞いた事がある。」
「そ、そんな… 鳳さんは、人間だったヒッチハイカーが完全な魔族になったって言うんですか?
じゃ、じゃあ…ヤツも神獣白虎と同じ完全な不死身の存在に?」
鳳に問いかける島警部補の声は震えていた。隣に座った静香も恐怖でガクガク震えている。
「いや、そんな事は無い筈だ。
完全な不死身になれるのは魔界の存在の中でも上位に位置する者のみだと千寿から聞いている。
人間が薬で魔界の存在へと変身しただけのヒッチハイカー風情が、そこまでの不死身の能力を手に入れられる筈が無い。」
鳳 成治は自分の言う事に自信を持っている様だったが、島と静香には彼の冷静な表情の中に一抹の不安が感じられてならなかった。
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「ライラにバリー! よくも、うちの大事な所長様にクソったれな荷電粒子ビームをぶっ放してくれたわね!
さあ! お礼に今から、私の作った『黒鉄の翼』があんた達の相手をしてやるわ!」
ライラとバリー達の乗ったヘリ『ブラックホーク』の機内に突然甲高い女性の声が響き渡った。その声は全て流暢で発音も完璧な英語なのだが怒りのためか、いささかゲスと言える表現が混ざっていた。
「な、何だ! この女の声は?」
突然『ブラックホーク』の機内スピーカーから響き渡った聞き慣れない女の声に戸惑ったライラが、副操縦士を鋭く問い質した。
「じ、自分にも分かりません… 突然、無線に割り込んで来たんです。この無線機は暗号通信専用の特殊仕様なのに、そんな事が出来るはずが…」
いくら普段から恐れているライラに厳しく問い詰められても、副操縦士にも分からないものは答えようが無かった。
「ふん。どんなに厳重なセキュリティの架けられた暗号通信だって、私にかかれば簡単にハッキングして見せるわよ! 世間では私を『電脳世界の魔女』と呼ぶわ。
ふふふ、私の事をご存じかしら?」
『ブラックホーク』の暗号無線を乗っ取った女が楽しそうな声で言った。
「な、何だって? 『電脳世界の魔女』おっ!」
副操縦士が恐怖の叫びに近い大声をあげた。
「知ってんのか、貴様? 誰だ、そいつは?」
またしても恐ろしい顔をしたライラが、ほっそりとしたしなやかな左腕一本で副操縦士の胸ぐらを掴み、信じられない様な怪力で締め上げながら彼を問い詰める。
「て、天才ハッカーです… く、苦しい…」
ライラは少し力を緩めてやった。怒りの余り、持ち前の怪力で危うく部下の一人を縊り殺してしまうところだった。
「ゴホゴホッ! そ、その存在が伝説と言われた天才ハッカー…です。
あらゆるセキュリティを潜り抜け、どんなに困難な状況からでも欲しいと思った機密情報でも盗み出すという…
アメリカ国防総省の軍事用スーパーコンピューターでさえハッキングしてしまうと言う…とんでもないハッカーで、しかもハッキングした後には決して痕跡を残さない…
わ、分かっているのは、そいつの性別が女という事だけ…
それで、いつしか情報世界では誰からともなく『電脳世界の魔女』と異名を取っていました。それだって定かじゃなかったが、本当に女だったのか…」
電脳関係の情報に詳しい副操縦士が、ライラに締められていた首を苦しそうにさすりながら言った。
「あら、私の事をよくご存じの方がいらっしゃるようね。その通り、『電脳世界の魔女』と呼ばれている私は正真正銘の日本人女性よ。」
『電脳世界の魔女』と名乗った女が楽しそうに言う。声の調子では、女はこのやり取りを本当に楽しんでいる様だった。
「ふん! 『電脳世界の魔女』の魔女とやら! お前、さっき『うちの所長』とか抜かしやがったな。
それじゃあ、お前は『千寿探偵事務所』の秘書! 名前はたしか…カザマツリ…とか言ったっけか?
そうなのかい?」
ライラが白虎こと千寿 理に対する調査報告を思い出しながら言った。
「へええ… よく調べているわね。その通り、私は風祭 聖子よ。」
驚いた事に、『電脳世界の魔女』が隠す事無く本名を名乗った。
「バリーを瀕死の目に合わせやがった不死身の白虎野郎の事は、うちの機関が徹底的に調べ上げたんだ。ただ…お前の事は名前しか分からなかった。
戸籍や前歴、全てのお前の情報が役所を含めてあらゆる公的機関から消されていた。その『カザマツリ』って名前だって本名じゃ無いんだろ?」
「ふふふ、ご明察。『電脳世界の魔女』と同じで、『風祭 聖子』も私の仮の名前よ。
あなた、ただの暴力女かと思ってたけど少しは頭が切れるじゃない。見直したわ。
でもね、本名も含めて私に関する情報は、この世から全て消し去ってしまった。もう誰も本当の私を知らない…」
そう言った聖子の声は少し寂しそうに聞こえた。その声の調子にライラは奇妙な感じを受けた。
「ふん、誰だっていいさ。どの道、アンタには大事な所長の後を追わせてやるよ。
だけど、そんなアンタがアタシ達に何の用なのさ?」
「最初に言ったでしょ? 私の『黒鉄の翼』があなた達の相手をしてやるって…」
「だから何だい、そのアイアンウイングって?」
イライラしながらライラが大声を上げた。
「ミ…ミズ・ライラ! 例の緑色のドームが消滅しました!」
突然割り込んだ副操縦士の声に怒鳴りつけようとしたライラだったが、すぐにその意味を悟ると急いで後部乗員室の窓から外を覗いて見た。
「本当だ! 結界が消えた… あの浮かんでる機体は何だ?」
「先ほどまで存在していた緑色のドームを発生させていたのが、あの機体だと思われます。日本の陸海空全ての自衛隊のデータに、あのような形状の機体は存在しません。
所属、性能共に全く不明ですが、見かけがティルトタイプのツインローターを備えた機体ゆえ、速度・機動性とも当機よりも優れているのは間違いありません。」
ライラの発した疑問に、緊張した副操縦士が慌てて答えた。
「そんな能書きなんざどうだっていい! あの女ギツネ、アタシにケンカ売って来やがったんだ!
この『殺戮のライラ』と異名を取るアタシにだよ! 面白い、上等じゃないか。ヤツの言い値の倍以上の値段でアタシが買ってやる!
ただし、お代はブチ殺してやる事だけどね!」
怒り狂ったライラの顔は壮絶な美しさだった。
「操縦士! 機首を敵に向けろ!
副操縦士! 貴様は空対空ミサイル『AIM-9X(サイドワインダー)』の発射準備だ! 照準は敵『アイアンウィング』! アタシの命令で、いつでも撃てる様にしときな!」
「了解!」
命令を受けた部下の二人が異口同音に叫んだ。
「バリー! アンタは右腕のアタッチメントにミニガンを装備しときな! ミサイルの前に、まずはそいつでヤツのお手並み拝見だ!」
「ブモオオーッ!」
バリーが歓喜の雄叫びを上げた。この怪物ミノタウロスは暴力と殺戮を振るう事に無上の喜びを感じるのだ。
「副操縦士! この機には『キラービー』を何機搭載している?」
「はっ! 3機であります!」
空対空ミサイル発射の準備をしつつも、ライラの剣幕に怯えながら副操縦士が即答した。
「よし、キラービー3機全ての発進の準備をしろ!」
「ラ、了解!」
了解の返事をしながらも副操縦士は内心では不満だった。
ライラ機長は、この平和ボケした日本上空で戦争でも始めるつもりなのか? 『キラービー』は敵殲滅用に開発された最強兵器の一つだ。こんな状況で使用するなんて馬鹿げている…
上層部になんて報告するつもりなんだ…? 黙ってりゃ魅力的な美人だが、乱暴な怪力バカ女上官と一緒に責任取らされるなんて真っ平だ。
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「ふっ! 全部聞こえたわよ、ライラ…
その投入される三機の『キラービー』は、全部私が頂戴するわ。こちらの手駒としてね。
この『電脳世界の魔女』を舐めないでよ!」
新宿カブキ町にある『千寿探偵事務所』では、秘書用の事務机前に座った風祭 聖子が、美しい顔に妖艶で不敵な微笑を浮かべていた。
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同時刻…
場所は祖土牟山製材所から少し離れた空き地。ここは、製材所横のログハウスから皆元 静香を救い出したSIT:Aチームの残存メンバーが、追跡して来たヒッチハイカーと交戦した場所である。交戦中のヒッチハイカーが人間体から蜘蛛の様な形態に変身した場所だったともいえる。
「おい! 安田! しっかりしろ! 起きろ! 安田!」
〇✕県警の刑事部捜査第一課に所属する特殊事件捜査係:SIT(Special Investigation Team)の隊長である長谷川警部が、半ば雪に埋もれて俯せに倒れていた安田巡査を助け起こそうとしていた。
「うっ… うう… た、隊長! ここは…? じ、自分は一体…?
ハッ、ハックション!」
仰向けにされ、上官である長谷川警部に少々乱暴に両頬を張られて、やっと目を覚ました安田巡査は大きなくしゃみをした。
「良かった… 気が付いたか。お前、もう少しで凍死する所だったんだぞ! だが、さすがに学生時代はアメフトで、警察に入ってからは銃県道で鍛え上げた安田だけの事はある。お前の頑丈さは怪物並みだな。
よく頑張ったな。お前、あの怪物ヒッチハイカーとの戦いを生き抜いたんだぞ!」
長谷川が笑いながら安田巡査の頑丈な肩をバシバシと叩いた。
「は、はあ…恐縮です… ですが隊長、島警部補や皆元さん、それに伸田君はどうなったんですか?」
完全に目を覚ました安田巡査はキョロキョロと自分の周りを見回した。
「ああ… ヒッチハイカーはどうやら移動したようだ。
それに、地面に大型SUV車と思われる新しいタイヤの跡が残っている。島警部補は指揮官である鳳さんと共に車でヤツを追ったんだろう。おそらく伸田君もそうなんだろう。
皆元さんに関しては、私にも分からん…」
「そうですか… 隊長、ヒッチハイカーは自分の目の前でデカい蜘蛛の怪物の様な姿に変身したんです。ヤツは誇張なしで正真正銘のバケモノなんです!」
「な、何だと? それは本当か?」
長谷川は初めて聞いた安田の驚くべき告白に自分の耳を疑った。
安田が怪物化したヒッチハイカーと遭遇した同時刻に、長谷川警部は重症を負った山村巡査部長を製材所の事務所を臨時に借りて設置した作戦指揮所まで運んだ後、事務所の固定電話を借りて県警本部長に『ヒッチハイカー捕獲作戦』の現状報告をしていたのである。山間部での吹雪の最中なので、無線や携帯は繋がりにくいのだ。
盗聴等で今回の作戦が万が一にでも外部に漏れると大変な事になってしまう。県警本部長を含めて何人もの管理責任者の首が飛ぶ事態は避けられない。その電話の最中に、そんな事態が発生していたとは…
知らなかったとはいえ、隊長である長谷川は直属の部下達の繰り広げた決死の戦闘に思いをめぐらし、口惜しさに唇を噛み締めた。
「ええ。そのバケモノと、自分はチェーンソーで戦って…やられました。」
「何だと、貴様あっ! なぜ、隊長の私に断りも無くそんな勝手な真似をしたんだ!
だが…そんなバケモノと鳳指揮官や島達が現在も必死に戦っているというのにSITの隊長である私は、こんなところで一体何をしてるんだ…?」
長谷川は自己嫌悪に陥った。正確な数はまだ把握出来ていないが、自分の指揮下にあるSIT隊員の内で今回の作戦に参加したのが自分と副長を含めて総勢32名… その内ヒッチハイカーの捕獲作戦に直接参加した隊員24名の内、大半の隊員を殉職させてしまったのだ。
このまま、隊長である自分が安全な所でおめおめと生き永らえ、これ以上の生き恥を晒す事など出来ない…
長谷川は決意を固めた。
「安田! お前は確か、陸自(陸上自衛隊)上がりだったな? なら、特殊車両の運転は出来るな?」
「はっ! 出来ます! 陸自に在籍中に取得しました。戦車も運転出来ます。しかし、それが…?」
長谷川の問いかけに不思議そうな顔で安田巡査が答えた。
「お前も私と一緒に来るか? あれでバケモノを追う…」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた長谷川が指さした先を安田の目が追った。そしてある地点で止まった安田の目が、嬉しそうな輝きを帯びた。
「は、はい! 隊長! 自分もご一緒します。是非ともあれで、バケモノに一矢報いてやりたいであります!」
「よし! 俺と一緒に来い! バケモノを追うぞ!」
「はっ! 喜んでお供します!」
安田巡査にもし尻尾があれば、千切れんばかりに振ったであろう。それほど彼は喜びにいきり立っていた。
二人が駆けて行った先には、製材所内の一角に駐機されている、荷台にパワーショベルを積載した重機運搬用トラックの巨大な姿があった。
********
「ブッモオオーッ!」
『夕霧谷』上空の『ブラックホーク』の後部乗員室では、副操縦士に手伝わせて右腕のアタッチメント部にミニガンを装着し終えたバリーが雄叫びを上げた。
「よおし、バリー! あんたのミニガンで、あの『アイアンウイング』とやらをハチの巣にしてやりな!」
「ブモオーッ!」
ライラのお許しを得たバリーは右腕に装着されたミニガン『GAU-17/A改』を『黒鉄の翼』に向けた。
このミニガンと呼ばれる武器は、可愛らしい名前とは大違いの恐ろしい威力を秘めた代物であった。
この通称「Minigun」(ミニガン)と呼ばれる『GAU-17/A改』は6本の銃身を持つ電動式ガトリングガンであり、7.62x51mm NATO弾を毎分2,000~4,000発の速さで発射する事が可能なのである。
主な用途は、取り付けられた軍用ヘリコプターからの地上目標に対する制圧射撃用であり、本来はしっかりと固定して用いられる武装のため個人が携行使用するものでは無い。
ミニガンその物の重量が重すぎる上に、実弾発射時の反動および振動が人間の体力・体重程度では到底制御出来るものでは無く絶対に不可能なのである。
ところがバリーの約3m近い巨体と、怪物ミノタウロスとしての強靭な肉体と並外れた筋力が、この絶対的な不可能を可能としたのだった。これは、先に白虎に対して発射された携行型『荷電粒子砲』に関しても同じ事が言えた。
個人携行用としてはバリーにのみ使用可能な、恐るべき殺戮破壊兵器であった。
「撃て、バリー!」
「ブモオオーッ!」
「ブイイイィーンッ!」
ライラの命令でバリーの右腕に取り付けられた電動式の6連ガトリングガンの銃身が恐るべき速さで回転し始め、弾丸の発射に伴い銃口から途切れる事無く発火炎を発し続けるため、まるで炎を吐き続ける火炎放射器を見ている様だった。
「バラララララッ!」
「カカカッ!カン!カンカンカンッ!」
ミニガン『GAU-17/A改』から伸び、数万発の銃弾が納められた箱と繋がった給弾ベルトから絶えず補給され続ける7.62x51mm NATO弾が発射されるたび、空になった無数の薬莢が次々と吐き出され、床に飛び散っていく。
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「敵ミノタウロス・バリー! 右腕に装着されたミニガンと思われる銃身を当機に向けて構えました!」
『スペードエース』が『千寿探偵事務所』にいる風祭 聖子に警告を発した。
「飛来するミニガンの着弾に備えるのよ! キャノピーを特殊チタン製シャッターで遮蔽するのと同時に『黒鉄の翼』装甲表面の位相転換を行う!
チェンジ! SHIROGANEッ!」
聖子の命令と共に『黒鉄の翼』の機体全体が銀色に光輝いた!
********
「ブイイイィーンッ!」
「バラララララッ!」
バリーの右腕が炎と銃弾を吐き出し続けている。
「ようし、もういい! バリー、撃ち方止め!
どうだ! バリーのミニガンの威力! 思い知ったか!」
「ブモオオオーッ!」
「シュイィィィ-ン…」
約2万発の銃弾を『黒鉄の翼』に叩き込んだ時点で、ライラが叫んでバリーの斉射を止めさせた。バリーの右腕に装着された全長1mほどのミニガンは、弾丸の発射と回転を止めても軋む音と吹き出してくる煙が止まらなかった。1分間に3,000発ほど発射する銃弾を数分間撃ち続けたのだから無理もなかった。
怪物バリーの身体は何とも無くても、『荷電粒子砲』の時と同じくミニガンを構成する部品が連続発射した衝撃と高熱に耐えられないのだった。この状態では当分の間、再び撃てそうには無かった。
「ったく! どれもこれも使い物になりゃしない…
でもまあ、あれだけの弾をブチ込んでやったんだ。ただじゃあ済まないだろうさ。」
そう言って、ライラは約100m離れた空域でホバリングをしていた『黒鉄の翼』の方を見た。
「何だ、あれは? 『黒』じゃなく『銀色』だと⁉」
そこには、機体全体が黒色をした『黒鉄の翼』の姿は無かった。だが、同じ地点の空域に『黒鉄の翼』とは異なる物体が浮かんでいた…
それは、姿形こそ同じだったがライラが叫んだように黒では無く全体が白銀色をした物体だった。
そう…
それは『黒鉄の翼』では無く、言うなれば『白銀の翼』とでも呼ぶべき代物だったのである。
この風祭 聖子が発動させた『SHIROGANE』装甲システムは、『黒鉄の翼』の機体全体を覆う装甲に電流を流す事によって、一瞬にして『特殊チタン合金』で形成された装甲表面の構造自体が変質するのだった。
この白銀色に変質化した装甲『SHIROGANE』は、銃弾や砲撃などの実体弾による衝撃や爆発の威力を表面で吸収及び分散させる事によって機体が破壊される事を完全に防ぐのである。
しかし、『SHIROGANE』装甲が無敵の効果を示すのは電流が流されている間だけであり、しかも実体弾に対してしか通用しないのだ。つまり、荷電粒子ビームや高出力レーザーの様な数千度に及ぶ高熱を発する兵器に対しては有効では無かった。
つまり、今のバリーの攻撃がミニガンではなく白虎を襲った『荷電粒子ビーム』の直撃だったならば、『白銀の翼』は敗れ去ったはずである。
「何なんだ! あれはあっ⁉ 副操縦士、『キラービー』全機射出!」
突然姿を変えたとしか思えない敵機に対し、さすがのライラもパニックを起こし副操縦士に向けて叫んだ。バリーの『ミニガン』は、もう使えそうに無かった。
「了解ッ! 後部右側扉開放! 『キラービー』1号機、2号機、3号機、全機射出!」
副操縦士が叫ぶと同時にライラとバリーのいる後部乗員室の閉じていた右側扉が電動で開き、全開放されると同時に三つの物体が猛然と飛び出した。
「目標は銀色の正体不明機! 『キラービー』全機、目標を撃墜せよ!」
ライラの号令で『ブラックホーク』から射出された三つの物体はそれぞれが反転し、『黒鉄の翼』だった正体不明機に向けて一気に突撃を開始した。
この『Killer bee』とは、先にも述べたが戦略兵器としては最も残虐な物の一つであり、すでに敗れ去った敵の兵員を一人も逃がす事なく殲滅するために集団で襲いかかる攻撃型ドローンである。
それぞれの機体が完全独立思考型AIを搭載し、各個の判断で敵残存兵力が戦闘出来るか否かに関わらず全ての生命反応が消え去るか、燃料の切れるまで慈悲など一切持たずに殺戮を続ける恐るべき戦闘マシーンであった。
『キラービー』が解き放たれた戦場では、敵残存兵はたった一人でさえ生き残る事は不可能であった。主武装は厚さ1cmの鉄板でも容易に貫通させる事が可能な高出力レーザーである。そして、高出力レーザーで制圧不能な敵に対しては自爆攻撃を仕掛けるための爆薬も搭載されていた。
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「来たわね! 『キラービー』3機! 上等よ!
スペードエース! 敵『キラービー』全機捕獲する! ハッキング開始!」
『千寿探偵事務所』の秘書用デスクに座った風祭 聖子の頭部には、ヘルメットと大きめのゴーグルが装着されていた。
これらは『ウインドライダーシステム』で伸田の装着しているヘルメットとゴーグルと同様の機能を有していた。
『脳波誘導システム』… 新宿カブキ町にいる聖子が数百km離れた地点で戦闘態勢にある『黒鉄の翼』のAI『スペードエース』と衛星通信を通して直結し、彼女自身がリアルタイムで自由自在に『黒鉄の翼』コントロールする事が可能なのである。
「『キラービー』の主武装は高出力レーザーのはず… 『SHIROGANE』を発動して『白銀の翼』に位相転換した表面装甲は実体弾には効果を発揮するけど、レーザーの様な高熱を発する光学兵器には効かない!
攻撃を受ける前に、さっさと『キラービー』を乗っ取るわよ!」
聖子の号令後、数秒経つか経たずの間に『スペードエース』からの通信が届いた。
「ハッキング終了! 『キラービー』1号機、2号機、3号機の全機のAIを乗っ取りました。」
『千寿探偵事務所』では、秘書用デスクの前に座っていた風祭 聖子がゆっくりと深い息を吐き出しながら全身に入っていた力を抜いた。
今『夕霧谷』上空で繰り広げられている戦闘の状況は、『黒鉄の翼』の機外に仕掛けられたカメラと音響マイクから聖子の元へリアルタイムで送られてくる。
届いた情報は彼女の被った『脳波誘導ヘルメット』とVRゴーグルによって構成されたリアルな現実空間として、離れた場所にいる彼女は体感しているのであった。したがって、彼女は手に汗を握りながらライラ&バリーとの戦闘を仮想空間で実体験しているのだといえるのだ。
「ふうう… あと1秒遅れてたら『白銀の翼』は高出力レーザーの餌食になって蜂の巣にされてたわ。
でも、今度はこっちの番よ、ライラにバリー。あなた達にそっくりお返ししてあげるわ。『キラービー』全機、各個に攻撃開始! 目標、前方『ブラックホーク』!」
自立思考可能なAIを搭載している『キラービー』は、ハッキングされて命令を変更されれば、今までの敵であろうが従わざるを得なかった。方向を180度転回した『キラービー』3機は、ライラとバリーの乗った『ブラックホーク』めがけて猛然と襲いかかって行った。
********
「ひいいーっ! ミズ、ライラ! 『キラービー』3機が命令を無視して方向転回!
当機に向かって来ます!」
『ブラックホーク』の操縦士、副操縦士共にパニックを起こしていた。集団攻撃型ドローン『キラービー』は設定された敵を殲滅するまで攻撃を止める事は無いのだ。自らが破壊されるか相手を破壊し尽くすまで攻撃を緩めない恐ろしい戦略兵器だった。
「慌てるな、バカ! 『キラービー』が乗っ取られて敵側に付いただけだ! 空対空ミサイル『サイドワインダー』を敵機に向け発射!
こっちがやられる前に敵機を撃ち落とすんだよ! 急げ!」
「了解ッ! 『サイドワインダー』発射!」
ライラの叱咤と命令に少し落ち着きを取り戻した副操縦士は、前方にいる正体不明機に照準が定まった次の瞬間には搭載された空対空ミサイルを発射していた。
「バシューッ!」
「続けてもう一発、撃てえっ!」
「ロックオン完了! 発射ッ!」
「バシューッ!」
ライラの命令に2発目のミサイルが発射された次の瞬間…
「グワアアーンッ!!」
まだ夜の明けやらぬ吹雪く前方空域に突然爆発が起こり、周辺を昼間の様に照らし出した。だが、それは発射されたミサイルが敵機に命中して爆発したのではなく、敵機にたどり着く前に撃墜されたのだった。
「ひいいぃーっ! 一発目のミサイルが撃ち落とされました! 『キラービー』のレーザー攻撃です!」
パニックに陥った副操縦士が叫んだ直後に二度目の爆発が起こった。
「ドッグワアァーンッ!」
後部乗員室のライラは、悲鳴を上げる副操縦士と操縦士を横目に見ながらバリーに言った。
「ちっ! 二発目もやられた。バリー、逃げるよ! 飛び降りるんだ!」
「ブモオオーッ!」
ライラの命令が終わり切らない内に、バリーはライラを抱き上げると即座に開いていた扉から何の躊躇もなく飛び出した。二人ともパラシュートや飛行ユニット等は何も装着してはいないのだ。
「運が良けりゃ、天国へ行きなあっ!」
バリーに横抱きに抱かれたまま落下するライラが自分の乗っていた『ブラックホーク』の二人の乗員に向かって叫んだ。だが彼女の顔は悲しんでいるのではなく笑っていた。
ライラもバリーもこの命懸けの攻防を楽しんでいるのだった。今回は風祭 聖子にしてやられてヘリを失ったが、自分達の任務が失敗した訳ではない。二人の負っている任務は、あくまでも暗号名『ヒッチハイカー』の肉体の回収だった。
ライラを抱いたバリーは二百数十mの上空から生身のまま、足から落下していった。
「ドッズズズーンッ!」
バリーの身体が地響きを起こしながら凍り付いた地面に激突した。地面に降り積もっていた雪と土砂が派手に舞いあがり、しばらく二人の安否は分からなかった。
「あははははは! バリー、無事かい?」
ライラの笑い声がバリーの激突した地面とは別の方向から聞こえてきた。しかも、不思議な事に声は下ではなく上の方からするのだった。
ライラは地上との激突以前にバリーの腕から抜け出し、落下しながら手に持っていた鞭を器用に操って高さ20mはあろうかと言う杉の巨木の先端近くに巻き付けて、それ以上の落下を回避したのである。
そのため、猛スピードで地上と激突したのはバリーの巨体だけだったのだ。
では、バリーはどうなったのか…?
「ブモオオオーッ!」
バリーの甲高い雄叫びが、舞いあがった土埃の中から響き渡った。
やがて晴れてきた視界の中に見えてきたのは、地面に腰まで突き刺さったバリーの姿だった。
「あははははは! 何だい、みっともない格好しちゃってさあ!」
ライラが笑いながら杉の木の先端に巻き付けていた鞭を解いて、バリーの傍にひらりと飛び降りてきた。簡単に言ったが、彼女の飛び降りた高さでも地面から20m近くあったのである。
そして、妹ライラに笑われたバリーは怒りながら地面にめり込んだ両足を抜き取るや、何事も無かったかの様にすっくと立ち上がった。
この双子の兄妹『殺戮のライラ&バリー』は、どちらもまさしく怪物としか言いようのない二人組であった。
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「ん? ドームが消えた…?」
静香を左腕の触手から解放したヒッチハイカーと、その背後を取り魔界の生物に対する必殺の弾丸『式神弾』が一発だけ込められた自動拳銃ベレッタの銃口を背中に押し付けているウインドライダーである伸田 伸也の二人はそろって一時自分達の状況を忘れ、空を見上げながら首を捻って同時に疑問を口にしていた。
さっきまでヒッチハイカーを封じ込めるために空を覆っていた『疑似結界』の緑色をしたオーロラ状のドームが、彼らの頭上で突然消え去ったのだ。これで、魔物のヒッチハイカーをこの『夕霧谷』近辺に閉じ込めている事が出来なくなったのである。
当然、閉じ込められていたヒッチハイカーはこの状況の展開に狂喜し、伸田は焦った。
「へっ! 空を覆ってたオーロラみたいなドームが消えちまったみたいだぜ。
こいつらと遊ぶのも、今日はここまでにしといてやるか。だが、この次はシズちゃんは必ず俺が頂くからな。覚えとけよ、ノビタ!」
ヒッチハイカーは背後で自分の背中に銃を突き付けている伸田に毒づいた。
「確かに『疑似結界』のドームは消え去ったみたいだ。電磁波発生器のバッテリーが切れたか…? それとも、聖子さんに何かあったのか?
だが、ヒッチハイカー。『疑似結界』が無くても、この僕が決してお前を逃がしはしない!」
その時だった。
二人の頭上二百数十m上空で爆発が起こった。そして爆発に驚いた地上の者達が一斉に見上げた空で、引き続き二度目の爆発が起こった。
「うわっ! 爆発⁉」
その場で『疑似結界』の消失に空を見上げていた全員が、突然予想外に引き続き起こった二度の爆発に異口同音に驚きの叫び声を上げた。
地上にいる彼らには知る由もなかったが、引き続き起こった二度の爆発は『ブラックホーク』から発射された空対空ミサイル『サイドワインダー』が、風祭 聖子によって乗っ取られた3機の攻撃用ドローン『キラービー』によって破壊されたために起こったものである。
そして二度の爆発の直後に吹雪の吹き荒れる夜明け前の上空に、赤い光線が入り乱れる様に何度も走った。
「何だ、あの赤い光の線は⁉ レーザー光線か?」
屋根の無くなった『ロシナンテ』の後部座席で立ち上がっていた島警部補が空を見上げて叫んだ。その叫び声が消える前に上空で三度目の爆発が起こった。この爆発は3機の『キラービー』が高出力レーザーの攻撃で『ブラックホーク』を破壊したものだった。
その数十秒の間、地上にいる人々は現状を忘れて上空で起こった爆発ショーを呆然と見上げていた。
その中で真っ先に自分を取り戻したのはヒッチハイカーだった。彼は自分以外の人間達の意識が、まだ上空に集中しているのを見てニヤリと笑った。
「バカが!」
引き続き上空で起こった突然の三度の爆発に、伸田の意識は完全に上空にいる筈の『黒鉄の翼』の方へと向かっていた。その隙を突いて、いつの間にか伸田の背後からスルスルと近づいていたヒッチハイカーの左腕から枝分かれした細い触手が伸田が右手に握っていたベレッタを叩き落とした。
「うっ! しまった!」
叩き落とされ伸田の手を離れたベレッタは、『ロシナンテ』左横の凍結し雪の降り積もった地面に落下した。
「はっはっはあー! またまた形勢逆転ってヤツだなあ!
その銃さえ無けりゃ、お前なんかちっとも怖くない。お前を愛するシズちゃんの目の前でじっくりと嬲り殺しにしてやるぜ。」
伸田はヘルメットに内蔵された脳波誘導システムに対して、地上に落ちたベレッタを拾いに行くために飛ぶように強く念じた。
「ヒュンッ!」
念じたと同時にウインドライダーシステムと同化している伸田は、叩き落とされたベレッタを拾うべく地上へ降下していた。そして、地上に着地した伸田がベレッタに手を伸ばした時だった。
それは、わずか一瞬にして起こった。
ヒッチハイカーは伸田がベレッタを拾おうとした瞬間を狙い、硬質化させた触手の先端の刃で伸田の伸ばした右腕を切断しようとしたのだ。二度と自動拳銃のベレッタを握れない様に…
そして、まさに伸田の右腕が切断されようとした瞬間、つむじ風の様な恐ろしい勢いで飛来した白い影が伸田の身体めがけて飛びかかったのだった。
「ガッキィーンッ!」
伸田の右腕を切断する寸前に、ヒッチハイカーが繰り出した左触手の鋭い刃の一撃を突然飛来した白い影が目にも止まらぬ速度で受け止めたのだ。 いや…動きを止めたその白い影の正体は、2mを越す巨大な白い身体の表面に何本もの黒の縞模様を纏った一頭の白い虎だった。
「グゥワオオオオウゥーッ!」
白い虎は青白い光を放つ牙でしっかりと受け止めていたヒッチハイカーの刃を口から吐き出すと、『夕霧谷』全体を揺るがすような凄まじい野獣の咆哮を上げた。
地面からベレッタを拾い上げて振り返った伸田が、そこに見たのは…
「びゃ、白虎さん!」
雪の降り積もる凍った大地にしっかりと四本の脚で立った、神獣白虎の颯爽とした頼もしい雄姿だった。
【次回に続く…】
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