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「今岡さん」
「ああ...、高田さん、久しぶり」

思わず二人ともお互いの顔を見つめ合って、沈黙した。黙しても目で語り合うような、そんな濃密な空気が二人を包んだ。あれから2年が経っていた。

「盛岡から戻ってたんですね」
「ああ、この4月から。東京は少し暑いね」
「そうですね、確かに」

そこから、会話は続かない。続けようとする気も起きなかった。彼の瞳に吸い込まれそうだ。やはり、私の気持ちは変わらないのだなと、2年経ってもこの淡い感情の置き所は決してないのだろう。そして、私は彼の左手の薬指に光るものを見てとった。

「じゃあ」

私は名残惜しそうに、彼に軽くお辞儀をしてその場を離れる。気付くと目には涙が溜まっていて、ずっと俯きながら外を歩いた。2年前のあの時と同じだ。

「好きなんです、今岡さんのことが」
「え」

2年前、同じ職場で先輩と後輩の関係だった私たちは、単なる同僚以上に親密な気持ちを分かち合っていたのだと思う。少なくとも、私の方は。

想いだけは伝えたい。だけど、彼には長く付き合っている婚約者がいる。結婚の日取りも決めたのだと、ぎこちなく上司に報告する彼の後ろ姿を見つめて、私の胸は締め付けられた。結果、私は彼が東京を離れる二週間前に意を決して、ご飯に誘った。駅までの歩く帰り道に想いを伝えて、玉砕する。目的はただそれだけだった。彼の気持ちもよくわかっていたから。

「高田さんのことは、誤解のないように伝えておくと、あの、とても信頼しているというか、すごく親してくれているというか。か、感謝していると言って良いか…」
「はい…」

夜の公園で、私はもうすでにとめどなく泣いていた。もう25歳にもなって、なんでこんな子どもなんだろうと情けなくなった。彼は本当に狼狽えていて、逆にこんな状況になってしまったのが、彼に申し訳なくて、余計に泣けてしまった。

彼は本当に誠実に言葉を選んで、私をなだめてそして、きちんと振ってくれた。自分は恋人を裏切らない。別の顔を持ったり、二重人格に振る舞う事はできないということだった。嘘をつけない、彼のことが本当に好きだったから、そう言うだろうと思っていた。そうじゃないと。困るだろうし。

私は帰りの電車の中でもずっと泣いていて、家に帰ってからは、母の好きだった中島みゆきの曲を聴いて、ただただ放心した。

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