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文献紹介『トンデモさんの大逆襲!』

文献紹介

別冊宝島編集部編
『トンデモさんの大逆襲!』
宝島社、1997年、271頁、本体価格933円
(ISBN4-7966-9334-3)


 本書『トンデモさんの大逆襲!』は別冊宝島(※1)の第334巻で、「トンデモさん」の研究書である。
「トンデモさん」とは「トンデモ本」の書き手のことである。「トンデモ本」とは「著者が意図したのとは全く別の視点でおもしろが」れる本を意味する言葉で、アマチュアライターの藤倉珊氏が同人誌『日本SFごでん誤伝』(TDSF叢書発行委員会、1989)の中で提唱し、と学会編『トンデモ本の世界』(洋泉社、1995)のベストセラー化によって一躍世に広まった。
 本書は主に、トンデモさんの中でも「科学」に固執する人たちへの取材録から成っている。トンデモ本には超科学をテーマにしたものが少なくないためか、本書の取材対象者も大半が超科学関係の研究者となった。その構成は以下の通りで、【】内は取材対象となった人や研究機関、団体など、()内は取材者である。

◎INTRODUCTION 「メークミラクル」たちの極楽浄土(別冊宝島編集部)
◎PROLOGUE 人生解毒サイエンス
 ● 消えたノーベル賞候補!【北里正治】(秋川ヨシオ&根本敬)
◎PART1 カルトの花道
 ● なんたって高次元!【関英男】(高橋秀実)
 ● 波動汚染【波動医科学総合研究所】(福本博文)
 ● カルト無政府主義!【小久保秀之、北原秀二ほか】(浅野恭平)
 ● ゴースト・バスター、バカ一代記【堤裕司】(福本博文)
 ● 生命現象は魔物か天使か【川田薫】(佐伯修)
 ● あなたの知らない博士号のヒミツ(三井一郎)
◎PART2 ドラえもんを超えて
 ● ああ、絶倫天文学!【景山八郎】(海老名ベテルギウス則雄)
 ● 未来からきた未来科学者【松永修岳】(デルモンテ平山)
 ● オリオン座にウインクされて【オリオン・ユウセイ】(今柊二)
 ● 陰の歴史に「ESP」あり!【ESP与作研究所】(黒崎犀彦)
 ● 世にもキテレツな研究所の謎【全知全能研究所】(今柊二)
 ● 「公開特許公報」魔界巡り!(東京福袋)
◎PART3 大天才という生き方
 ● クリントンよ、手を組もう!【木下清宣】(田中聡)
 ● なんとなくピタゴラス【南条優】(佐野恵)
 ● あらかじめ授与されたピュリツァー賞【板谷十郎左衛門】(田中聡)
 ● 世界は六次元科学を待っている!【山本建造】(田中聡)
 ● 電子大作戦!【電子物性研究所】(田中聡)
 ● いい「超科学」、悪い「ちょ~科学」【多湖敬彦】(田中聡)
◎PART4 論理の赤点くんたちへ
 ● トンデモさんたちはどこで間違えたのか?(山本弘)
 ● 日本アンチ・ビリーバーは、だからトホホなのだ(皆神龍太郎)
 ● ゆきゆきて、マッド・サイエンティスト(白鳥省吾)
 ● 大東亜《トンデモ》兵器奇譚(長山靖生)
◎EPILOGUE 科学信仰に来世はあるか!
 ● 先端科学株式会社【眠艶之進】(田中聡)

 太陽は表面温度が摂氏二六度ですから、人が住んでますねえ。高知の神社の宮司も、降りてますから。

本書36頁

 火星は地球よりも小さくて、早く冷えて固まったから、宇宙人がたくさんいて、地球にどんどんやって来ている!

本書102頁

 私は、西暦二三〇四年に、子宮を通さない試験管ベビーとして産まれ、二三四一年に死んだわけです。

本書114頁

 六の倍数にもパワーがあります。(中略)ウルトラマンもM78星雲からやってきた。

本書172頁

 以上は取材対象者たちが語った言葉からの引用だが、本書にはこの他にも奇想天外な主張が続出する。超常現象肯定派歴30年以上の筆者でも何度か失笑してしまったのだから、恐らく否定論者にしてみれば爆笑の連続であろう。
 ただ、取材対象者とその周囲の人々を心底馬鹿にしたようなルポルタージュもないわけではないのだが、全体的に超科学者たちを笑い者にしてやろう、馬鹿にしてやろうという意図はあまり感じられない。それは本書が、INTRODUCTIONにも書かれているように、いかなる人々がいかなる発想でいかなる人生を歩みながら超科学者になったのかを追ったものだからだ。超科学をテーマにした本の多くが理論や技術、装置の紹介に重点を置いている中にあって、研究者たちの実像に迫ろうという姿勢が『トンデモさんの大逆襲!』を特異なものにしていると言えよう。
 その一方で全く笑えない取材録もある。例えば福本博文氏(1955- )の書いた「波動汚染」であるが、これはスジャータで有名な名古屋製酪の波動医科学総合研究所への訪問記を中心に、波動ビジネスの暗黒面を暴いた戦慄のルポルタージュである。
 誤解のないように申し上げておくと、ここでいう波動とは、あらゆる物に宿るとされる極めて微弱なエネルギーのことで、波動測定器という装置を用いることにより検出でき、人間の健康状態や物の良し悪しを測定することができるという。さらに波動は水に転写することができるともいわれている。例えばビタミンCの波動を水に転写すると、それを飲むだけでビタミンCを摂取したのと同じ健康効果が得られるというのだ。
 この波動という謎のエネルギーを日本に広めたのは、実業家の江本勝氏(1943-2014)である。江本氏は1989年に、米国の発明家ロナルド・J・ウェインストックが開発したMagnetic Resonance Analyzer(MRA)という機械に波動測定器と名付けて日本に紹介。さらには著書『波動時代への序幕』(サンロード、1992)を発表し、我が国に波動ブームを巻き起こした。そして1995年1月には、サトルエネルギー学会という波動などを研究する団体が設立されるまでになったのである。
 だが全てはインチキであった。詳しくは本書をご参照いただきたいが、1997年にサトルエネルギー学会が実施した内部調査で、波動測定器には何の根拠もないことが確認されたのである。
 僭越ながら付け加えると、その結論は本書刊行後の同年11月14日に同学会が主催したシンポジウムで発表されるまで、関係者に守秘義務が課せられた。なおシンポジウムには江本氏も出席しており、今までの行為を謝罪したという。
 また1995年には雑誌『パワースペース』(※2)第23号が、抗生物質を混ぜた培地の波動を普通の培地に転写しそこへ大腸菌を滴下するという興味深い実験を行なっている。その結果、菌は死滅せず元気に増殖した。つまり再現性は得られなかったのだ。
 福本氏は次のように書いている。

 波動研究に膨大な資金を費やす名古屋製酪は、早晩、波動医科学総合研究所を解散させることになるだろう。〝波動教〟ならともかく、この世に存在しない「波動医科学」を研究しても意味がないからである。

本書52頁

 だがその予測は外れてしまった。波動医科学総合研究所は2023年現在も存続しているし、波動測定器も販売されている。つまり波動という概念は死ななかったのである。
 ではこのような世の中、いかにして超科学などの超常現象に向き合えばいいのであろうか。
 その問題に対して考えてみたい方には、PART3の多湖敬彦氏へのインタビューと本書PART4が参考になるかもしれない。多湖氏については以前このブログでもご紹介したが、今回も実に冷静に超科学業界の現実を語っており、続くPART4ではSF作家で当時と学会の会長を務めていた山本弘氏(1956- )がトンデモさんの特徴を挙げる一方、似非科学ウォッチャーの皆神龍太郎氏(1958- )は物理学者で早稲田大学名誉教授の大槻義彦博士(1936- )への批判を中心に、日本の超常現象否定論者の問題点を指摘している。つまりは人間誰しも、一歩間違えればトンデモさんになってしまうのである。それは超常現象否定派とて例外ではないし、懐疑論者を名乗る山本氏も皆神氏も同様だ(事実、筆者はお2人の著作を読んで「そのやり方はトンデモさんたちと変わらないのでは?」と思ったことが何回かある)。
 そして筆者が本書PART4の中で最も影響を受けたのは、フリーエネルギー研究家の白鳥省吾氏(1957- )が書いた「ゆきゆきて、マッド・サイエンティスト」である。この論考は超科学の研究者たちを十把一絡げにすることはできないこと、怪しげな話に対しての自浄作用もあることを具体的な根拠や逸話を示しながら明らかにし、超科学研究者のあり方を説いている。白鳥氏の言葉を引用する。

 我々は、電磁気や物理学の教科書どおりのセオリーを鵜呑みにしない。かと言ってトンデモない奇想を根拠に、やみくもに先人の科学的業績を否定することもしない。基本的な法則はしっかり押さえつつ、地味ではあるが一歩ずつ確実にフリーエネルギー装置の検証実験を行っていきたいと考える。

本書246頁

 筆者が本書を初めて読んだのは高校生の頃であるから、もう四半世紀以上の歳月が流れたわけだが、超科学を取り巻く状況はさほど変わっていないように感じられる。この『トンデモさんの大逆襲!』が、日本の超科学業界を理解するためのユニークで良質なガイドブックであり続けている状況は悲しむべきことだ。
 私たち超科学に興味関心を抱く人間は、そろそろ本書を過去のものとすべく、真剣に行動しなければならないのではなかろうか。


※1:別冊宝島
 宝島社から刊行されているムックシリーズ。1976年、第1巻『全都市カタログ』を皮切りに、2023年月現在まで2600巻以上が刊行されている。

※2:『パワースペース』
 1991年から1995年まで福昌堂が発行していた超科学の研究誌。当初は『パワースペース1999』というタイトルだったが、第6号から『パワースペース』に改題された。全23号。

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