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ナヒーダ天賦名・星座名論考

 ナヒーダはかなり仏教色の強いキャラクターであり、それが天賦名や星座名にも表れている。そもそもスメールという国が、仏教発祥の地であるインドをモチーフの一つに組み込んでおり、ましてやその神ともなれば、当然といえば当然である。

 今回は語釈が中心となるため、複数の工具書を参照するのはもちろんのこと、熟語を羅列した造語については、なるべく意が通ずるように全体を解釈することに努めることとする。また、意味が曖昧なものについては、深く解釈することはせず、客観的に判断できる事柄のみを記載する。

天賦篇

 ここでは以下の6つのスキル名を取り扱う。

通常攻撃・行相ぎょうそう

 「行相」は事物のありさま、あるいはその事物をいかに捉えるかという自身の心のありさまの二つを指す言葉である。ナヒーダの有名な台詞として以下のものがある。

 「自身の目で」世界を認識することの素晴らしさを語ったものであるが、これはナヒーダがスラサタンナ聖処に幽閉されて以来、久しく外の世界を直に見ることができなかった事実を踏まえたものであろう。そのため、ナヒーダからすれば、自身の体で、目で、その世界を認識し、そこに映る景色や物を味わうことは、さぞ心踊る体験だったはずである。

 目に映る物がどうあるか、それを私はどう認識しているか。それらを包含した言葉を、通常攻撃名に付けたわけである。

所聞遍計しょぶんへんげ

 「所聞」は聞いたもの。この「所」は「〜するところのもの」という修飾成分を作る助辞と見る。

 「遍計」というのは、「遍計所執性へんげしょしゅうしょう」の略称と見てよい。遍計所執性というのは、仏教における物の存在のありかたに対する見方の一つで、「自身が想像して作り上げた、存在しないもの」を言う。あえて卑俗な言い方をすれば幻覚とか妄想とかになろうか。

 これらを合わせれば、「言葉で聞いた知識をもとに、自身で想像したもの・イメージ(実際に自分の目で見てはいない)」のような意味合いだと解釈できる。これは幽閉されていた時のことだろうか、はたまた外に出た後、見識の広い旅人から色々話を聞いて想像を膨らませている場面だろうかと、色々と解釈できる。

 ただしこれは、「知識だけあって、実体験に乏しい」というネガティブな意味合いではない。元素スキルのフレーバーテキストに「草木の神は空蔵から諸法実相しょほうじっそうを悟る(意訳:ナヒーダは聞いたことを基に、あらゆる物事のありさまを悟ることができる)」とあるように、ポジティブな意味である。

 また、ナヒーダに以下のボイスがある。

 今まで知識として知ってはいたが、自身の目でそれらを直接体験し、確かめてみたいという好奇的衝動が見受けられる。「所聞遍計」は表面的には、聞いた物事を想像して悟る、くらいの意味になるが、「想像にとどまってはいられない。自分の足で。」といった志向をも含むという解釈も、また許されるだろうと思う。

心景幻成しんけいげんせい

 「心景」は心境。「幻成」は後述する。元素爆発によって現れる領域を「摩耶まやの宮殿」と呼ぶが、この「摩耶(Māyā)」はインド哲学の用語で、「幻」を意味する。

 フレーバーテキストに「知恵の神にとって、森羅万象もただの逆さになった幻の摩耶の夢に過ぎないのかもしれない。」とある。

この「逆さになった幻の摩耶の夢」の部分が、原文では「颠倒幻成的摩耶之梦」であり、ここに「幻成」の語が現れる。

 合わせると、ナヒーダの心境を映した幻の「摩耶の宮殿」を展開する、ほどの意味になるだろう。

浄善摂受明論じょうぜんしょうじゅめいろん

 「浄善」はきよい善の心と解釈しておく。「摂受」は仏語で、慈悲の心で人々を受け入れ、穏やかに諭して導くことをいう。「明論」は賢明で優れた論。

 まとめると、人々を慈悲深く導き、諭すような優れた論説、くらいの意味になろう。ナヒーダは伝説任務や魔神任務間章「伽藍がらんに落ちて」において、他人を諭す場面が度々見られた。恐らく仏の教えを多少は意識しての描写だろう。

慧明縁覚智論けいめいえんがくちろん

 「慧明」は聡明なこと。「縁覚」は仏の教えに頼らずに、自力で悟った者。「智論」は正しく見通す論。

自らの力で悟ることができるような、聡明かつ明解な論理、の意味に解釈しておく。

諸相随念浄行しょそうずいねんじょうぎょう

 「諸相」は様々なもののすがた。「随念」は対象をしっかりと念じ、心にとどめること。「浄行」はそれらが浄い行いであることを示すものと解釈する。

 まとめると、万物のすがたを心にとどめること。この天賦は、元素スキルによって採集物をマークするもので、様々なものを心にとどめるというのは、つまり様々な採集物をカバンにしまうことの表現だと解釈できる。

まとめ

 一連の語釈を通して見るに、全体的にナヒーダの特徴である「自分の目で世界を認識したいという好奇心」「知恵の神としての聡明さ」「他人への教化」という要素が目立つことが分かる。ただ、一部の意味の取りにくい抽象的な熟語を並べた造語に関しては、解釈がいささか牽強附会けんきょうふかいになってしまったことは否めない。あくまで一つの可能性として、提示しておきたい。

星座篇

 ここでは以下の6つを取り扱う。それぞれの名称の後半部分は一目して分かるように、「種→根→芽→茎→葉→実」という植物の生長過程を表している。そのため、以下の語釈においては、前半の四字熟語部分に焦点を当てていく。

心識蘊蔵しんしきうんぞうの種

 「蘊蔵」はたくわえておさめること。「心識」、つまり心の働き・知恵を蔵めた種ということである。

正覚善見しょうがくぜんけんの根

 「正覚」は正しい悟り。「善見」は、仏教的な世界観の一種である「善見天ぜんけんてん」の略称と見ることもできるが、ここは文字通り無難に「善良な見識」とでも解釈しておく。悟りによって正しく善良な見識を得たということ。

薫習成就くんじゅうじょうじゅの芽

 「薫習」は、薫が他へ移るように、あるものが習慣的に働きかけることにより、他のものに影響を及ぼすこと。ナヒーダによる教化を表すものと読み取れる。つまり「根気強く説き続けることによって、教化を成し遂げること」と捉えられる。また別の考え方もあり、次の項で述べる。

比量現行ひりょうげんぎょうの茎

 「比量」は既に知っている事柄をもとに、未知の事柄を推測することをいう仏語。「現行」は現象がはっきりと現れること。推測した事柄がはっきりとその兆しを見せること、先見の明のあることを言うと解釈しておく。

備考:観念的な話になるが、3凸名と4凸名に関して付け加えておきたいことがある。仏教には「種子しゅうじ」という概念がある。「あらゆる現象を生み出す可能性を秘めた存在」という意味で、それを植物の種にたとえた言葉である。その種子が、実際に現象を顕現させること、それを「現行」と言う。そしてその「現行」が、人間の心の主体である阿頼耶識あらやしきに「薫習」することにより、またそこに「種子」が生じる、という循環があるとされる。(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/種子)

これを加味して「薫習成就」と「比量現行」を見ると、違った解釈ができる。すなわち「薫習成就」とは、現行による薫習が成し遂げられ種子が生じた意であって、「比量現行」の「現行」は、その種子が現象を顕現させた結果の現行と解釈することで、両星座名でこれらの循環を表していると見るのである。ただ、運営が果たしてここまで考えているのか、「比量」という語を入れたのはなぜか、「種子現行」とかでも良かったんじゃないかなど、色々と考え過ぎかもしれないと感じたため、本文ではシンプルな解釈に留めておいた。

妙諦破愚みょうていはぐの葉

 「妙諦」は優れた真理。「破愚」は愚説を破ることと解釈しておく。優れた真理によって、馬鹿げた説を打ち破ること。

大辯円成だいべんえんじょうの実

 「大辯」は優れた弁舌。「円成」は満足に成し遂げられること。雄弁をふるい、満足な結果が得られる様子。「実」とかけて、結実すると表現しても良いだろう。

まとめ

 途中かなりややこしい部分もあったが、ひとまず仏教用語だらけというのがわかっていただけたかと思う。各名称について、はじめは知恵を秘めた種から始まり、そこから悟りを得て、真理を説いて人々を教化していくというストーリーを読み取れないこともない。彼女自身に準えるのも十分可能だろう。

終わりに

 全体を通して、ナヒーダに仏教的性格が色濃くあることが改めて確認できた。「教えを説く」とか「悟り」といった仏教の普遍的なイメージを呼び起こすものが多く、全体を貫いており、果ては唯識ゆいしき思想に至るまで幅広い語彙が用いられている。

 仏教漢語というものは、元々古代のインド語で書かれていた仏教の経典を、古代の中国語に訳したところが始まりで、直訳、意訳、音訳とが混じり合ったりして、漢字を見ても直感的に分かりづらい。辞書を引けば意味は出てくるものの、抽象的・観念的であったりする場合も多い。

 今回の語釈に際しては、冒頭で述べた通り、なるべく深読みしすぎないようにし、平易に全体をまとめることを心掛けたつもりである。というのも、ぶっちゃけ、「これノリで並べてるだけであんまり深い意味無いのでは」と感じる折もしばしばあったからで、まあそんな独断を一知半解の徒への免罪符に使うつもりはないのだけれど。

[参考文献]
船山徹『仏典はどう漢訳されたのか』

[参考工具書]
『漢語大詞典』
『日本国語大辞典』
『広辞苑』

[参考ウェブページ]
WEB版新纂浄土宗大辞典(http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/メインページ)
オンライン版仏教辞典(http://www.wikidharma.org/index.php/メインページ)

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