見出し画像

【原神】仙人の豆知識

 あなたは不老不死になりたいですか?いや、怪しい宗教勧誘ではないです。ただ、一度は考えたことはあるかと思います。よほど厭世えんせい的な思想を持っている人でも無い限りは、その響きに魅了されることでしょう。古代人も同じでした。

そもそも仙人って何?

老いて死せざるを仙という。

釈名しゃくみょう

 「仙人」とは、修行により不老不死を体得した、伝説上の超人的存在を指します。古代中国において、不老不死を求める人々の理想的存在であり、主に道教どうきょうの信仰対象とされてきました。

Q.すみません、道教って何すか?

A.中国の民族宗教で、仙人になることを目標に修行に励んだり、呪術や儀式によって妖魔を退散させたり、といった性格を持っています(後者の側面に重きを置いて設計されているのが申鶴や重雲)。このような目標に励む人々を道士どうしあるいは方士ほうしと言い、そのような人々が使用する術のことを道術どうじゅつとか方術ほうじゅつ、あるいは仙術せんじゅつと呼んだりします。

 ここであえて野暮な事を言いますが、実際に不老不死を体得した「仙人」なる者は実在しませんし、するわけがありません。あくまで架空の理想像です。

 ところで仙人と聞くと、どんな姿を思い浮かべますか?世間を離れた山奥に住んでいて、杖をついていて、年老いた見た目で、不思議な術を使えて、浮くことができて…と、色々と思い浮かぶでしょう。日本だとアニメキャラクターの亀仙人やバイキンせんにんを通じて、幼少期からそのようなイメージを持つ人が少なくないはずです。老いた姿でよく描かれるのは長寿であることの視覚的表現であって、実際には老若は自由自在だとされます。

仙人の例、『列仙伝れつせんでん』より(彭祖ほうそという仙人の図)

 とりあえず、「仙人」というのは不老不死の境地に達した超人的存在であって、姿も自在で、不老不死を目指そうとした人々の理想的な像であったということを分かっていれば大丈夫です。

原神における仙人

 璃月には多くの仙人がいますが、その多くは伝説上の神獣や、実際の動物の姿で描かれます。(ちなみに三眼五顕さんがんごけん仙人というのは仙人の美称)

 まず甘雨と煙緋はどちらも仙獣と人の混血ですが、甘雨には麒麟きりんの血が、煙緋には父親である仙獣(恐らくモチーフは獬豸かいち)の血が流れています。(獬豸については別記事「煙緋の台詞から学ぶ成語」で詳述しています。)

 麒麟と獬豸は現実でも瑞獣ずいじゅう(吉兆として現れるという伝説上の獣)などというくくりで扱われることがありますね。それらに加え、魈などの夜叉一族もひっくるめて「仙」のくくりに入っています。夜叉も仙獣の一種です。

ローディングTips

 また普段、留雲りゅううん理水りすいは鶴、削月さくげつは鹿の見た目をしていますね。

それぞれの画像は原神Wiki Fandomより引用

 白朮の首にいる蛇「長生ちょうせい」も、「仙気を帯びる」と表現されています(白朮のキャラクター詳細)。

 原神ではこうした長寿の神獣の類に広く「仙」という性格が与えられており、かつそれらは不老不死というわけではなく、普通に争いで亡くなったりしているところを見ると、璃月に固有の人ならざる長命種と表現した方が適切でしょう。かなり広義に捉えられています。大多数が帝君と契約をしているというのも重要な要素です。(完全な不老不死キャラを作ると後々面倒という大人の事情もあるかもしれない)

 ところで、仙人と言えば鶴仙人と鹿仙人が皆さんの馴染み深いところと思いますが、仙人の一形態として鹿が選ばれたのはなぜでしょうか。以下でその理由を探りましょう。

仙人と鶴

 鶴は日本でも長寿のシンボルとして扱われますが、中国においても同じで、仙人の思想と関係が深い生き物でした。

 例えば、日本でいう七福神的なポジションとして、中国に八仙はっせん(仙人の代表格的なグループ)があります。

『八仙過海絵図』
(ちなみにメンバーの一人、鍾離権しょうり けんは鍾離の命名由来である可能性がある。)

 図をよく見ると、左上に鶴が一緒に描かれているのが分かりますね。

 また、唐代の詩人崔顥さい こうが、漢詩「黄鶴樓こうかくろう」の冒頭で「昔人已乗黄鶴去 此地空餘黄鶴樓(昔の伝説の中の仙人は黄色い鶴に乗って去ってしまい、今、この地には、その伝説を伝える黄鶴楼だけがとり残されたようにあるばかりだ。)と、仙人が鶴に乗って去った伝説をうたう場面があります。

 さらに、仙人の伝記を集めた最古の書物『列仙伝れつせんでん』においても、白い鶴に乗って待ち合わせ場所に現れたという王子喬おう しきょうなる仙人が紹介されていて、以下のような挿絵があります。

『列仙伝』王子喬

 このように鶴と仙人は非常に縁が深く、原神においてもこれらのイメージを元に鶴が選ばれたと思われます。

仙人と鹿

 同じく古い文献を見れば、昔の中国では鹿も長寿の生き物とされていたことが分かります。例えば、仙人になる方法を説いた『抱朴子ほうぼくし』という書物の対俗篇たいぞくへんという篇に以下の一節があります。

虎及鹿兔、皆壽千歲、壽滿五百歲者、其毛色白。

(虎・鹿・兎はすべて千年の寿命を持ち、満五百歳になれば毛色が白くなる。)

『抱朴子』対俗篇

 また、中国の短編小説集『述異記じゅついき』には、鹿は長生きすると色が変わり、それを食べると長寿になれるという記述があります。

鹿千年化爲蒼、又五百年化爲白、又五百年化爲玄。漢成帝時、山中人得玄鹿、烹而視之、骨皆黑色、仙者說玄鹿爲脯、食之、壽二千歲。

(鹿は千年生きると蒼くなり、もう五百年生きると白くなり、更にもう五百年生きると黒くなる。前漢ぜんかん成帝せいていの時代、山中の人が黒い鹿を見つけ、これを煮てみると、なんと骨も全て黒い。仙人が言うには、この黒い鹿を干し肉にして食べれば、寿命が二千年になるという。)

『述異記』

 さらに、同じく仙人の伝記集『神仙伝しんせんでん』では、衛叔卿えいしゅくきょうという仙人に関する以下の記述があります。

忽有一人、乘浮雲駕白鹿集於殿前。

(白い鹿にかせた雲の車に乗った人(=衛叔卿)が、たちまち殿前に現れた)

『神仙伝』

 このように、鹿もまた鶴と同じく長寿であると考えられ、仙人とゆかりのある動物であったために、璃月における仙人のモチーフに選ばれたのでしょう。

 ちなみに、スターレイルにも「豊穣ほうじょう玄鹿げんろく」という敵が登場したりします。

説明文中に「仙人」というワードも見られる

 プレイされている方はご存じと思いますが、「豊穣」は長寿と非常に関係が深いワードです。あと、ここまで注意深く読まれた方は気付いたかもしれませんが、「玄鹿」という言葉は、さきほど『述異記』にあった二千年生きた鹿を表す「玄鹿」そのままですね。どうやらミホヨは長寿と鹿というセットがお気に入りのようです。

 最後はやや別ゲーに脱線しましたが、以上のことから鶴と鹿は、運営が適当に動物を選んだのではなく、仙人の文化・思想に照らして、縁が深い動物をそれぞれ厳選したと考えるのが自然でしょう。

洞天について

 最後に洞天どうてんについて触れておきます。原神において、たびたび仙人により作られた洞天と呼ばれる場所に入る場面がありますが、これは実在する単語で、『漢語大詞典』に以下のようにあります。

道教稱神仙的居處,意謂洞中別有天地。

(道教で、神仙のいるところ。そこには別世界が広がっている。)

『漢語大詞典』

 ゲーム内においても、洞天に入ればそこに別世界が広がっていましたね。魔神任務で留雲の洞天に入った時も、塵歌壺に入った時も、そこには外とは異なる別空間が広がっていました。

 中国では、自然界の中で洞天とされるパワースポット的な所があり、例えば華陽かよう洞天があります。

土屋昌明「洞天思想と自然環境の問題」,「エコ・フィロソフィ」研究 Vol.10 別冊 10 151-163, 2016-03所収、より引用。湯浅邦弘編著『よくわかる中国思想』土屋氏執筆箇所にも掲載。

 いかにも仙人が棲んでいそうな、山中にある別世界への入り口という雰囲気が漂っていますね。原神の洞天にも同じようなものがありました。

奥蔵山おくぞうさんにある留雲の洞天の入り口
琥牢山ころうざんにある理水の洞天の入り口

 これらも、洞天の思想に着想を得た造りである可能性が高いと見るべきでしょう。

おわりに

 今回の記事では、原神における仙人関連の事柄を、実際の神仙思想に紐づける形で取り上げてみました。狭く浅くといった感じでしたが、楽しんでいただけたら幸いです。

【参考文献】
本田済・澤田瑞穂・高馬三良 訳『抱朴子・列仙伝・神仙伝・山海経』, 平凡社, 1973年
大形徹『不老不死―仙人の誕生と神仙術』, 講談社,1992年
松本浩一『中国人の宗教・道教とは何か』,PHP研究所,2006年
湯浅邦弘 編著『よくわかる中国思想』,ミネルヴァ書房,2022年

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?