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原神難読漢字教室 〜難読漢字に悩むあなたへ〜

 この記事は、最近原神を始めてしばらく経ったものの、見たことのない漢字が頻出して読めなかったり、思いもよらない読み方をされたりして、名前や物語が頭に入ってこないという方や、読めはするけれど意味が分かりづらい、言い回しに違和感を覚えることがあるという方を想定読者として、少しでも疑問を氷解させられる教科書的なものがあればという意図のもと、執筆されたものです。もちろん新規でない方にとっても、楽しんでいただけるかと思います。

※魔神任務第一章第三幕(璃月編)までのネタバレが若干あります。

【R5.11.19】一部加筆・削除・修正。

はじめに

 原神の漢字が難しいと感じるのは、何も私たちだけではありません。中国人でさえ、読めなかったり意味が分からなかったりすることもあります。先日、大型アップデートによってスメールが実装されましたが、その中で出てくる難しい漢字を解説する記事が、本国でさえ書かれています。

 例えば上の記事では、原神のスメールにおいての「生僻字(=あまり使わない珍しい字)」が取り上げられ解説されています。私のチャット友達の中国人の話によると、新マップが実装されるたび、この手の記事が書かれることが多いとのことでした。本国でさえ難しいと感じることがあるのですから、私たちにしてみれば、なおさらそう感じる機会は多いでしょう。ある程度はローカライズによって馴染みのある言い方に変えられてはいますが、一部の翻訳しようのない固有名詞等に関しては、そのままの姿でやってきます。本来の姿でやってくるというのはある意味よいことなのですが、その中にはやはり馴染みのない漢字が含まれていることが多いわけです。

 「ぶっちゃけ、漢字なんて知ってるか知らないかでしょ」と言われればまあそれまでなのですが、この記事は、原神をプレイする上で知っておいて損はないであろう漢字についての前提知識を、いくつかのテーマに分けて解説しようという試みです。「なぜ」が解消されることで、過去に残った疑問への納得があったり、今後ゲームを進める上での参考になるかもしれません。最終的にはもちろん「知ってるか知らないか」さらに言えば「調べるか調べないか」になるのですが、そこの根本的な解決はもう皆さんの好奇心に委ねる他ありません。

 そのため、この記事で特に目標とするのは、難読漢字の原理や構造を知り、いくつかの表現のパターンを知ることで、抵抗を少しでも無くしていただくということです。

 主に前半部分では漢字の読みを中心として、後半部分では分かりにくい言い回し等に焦点を当てて解説していきます。もちろん細部まで全て拾い上げることはできないので、各テーマにおいて、当方で認識しているものの例をいくつか挙げて解説するに留まるのですが、そこはご容赦ください。

 また、この記事は原神の文化面に焦点を当てた内容であり、いわゆる「ゲーム攻略」的な要素には触れていませんので、念のため申し添えます。

熟字訓のはなし 〜難読漢字は有り難い?〜

 この章では、見たことのない複雑な漢字ではなく、「え、それでそう読むの!?」という、漢字自体はそんなに難しくないけれど、読みが予想外という類のものを想定します。例として「蒲公英たんぽぽ」を取り上げましょう。

 原神を始めてまず最初はモンドを冒険することになりますが、モンドの特産品の中では比較的難読かなと思います。しかし難読漢字はある意味ありがたい存在でもあります。どういうことか。理由を説明する前に、まず訓読みの説明をしましょう。

 漢字に音読みと訓読みがあることは皆さんもご存知と思います。簡単に言えば、音読みは昔の中国語の発音に由来する読み方で、訓読みは漢字に和語(日本語)を当てて読む読み方です。例えば「山」という漢字の場合、昔の中国語の発音を日本式にした「サン」は音読みです。そして、この漢字が表す概念はこっちでいうところの「やま」という概念に相当するな、であればそのままこの漢字を「やま」と読み慣わそうではないか、という発想から生まれたのが訓読みです。

 簡略ではありますが、ご理解いただけたかと思います。では「蒲公英」を「たんぽぽ」と読むのはどういう理屈かということを説明します。訓読みは先程言ったように、その漢字が表す概念に相当する和語をもって、その漢字を読むことを言います。なので実のところ、「蒲公英」という中国語が表す概念が、我々でいう「たんぽぽ」だったというだけの話です。「蒲公英」という中国語は『大漢和辞典』に以下のようにあります。

【蒲公英】ホコウエイ
草の名。たんぽぽ。苗は健胃劑として用ひ、嫩草は食用となる。つづみ草。ふぢな。

『大漢和辞典』巻九

 中国語(漢語)なので、本来はそのまま音読みで「ほこうえい」と読みます。それを丸ごと訓読みしたのが「たんぽぽ」です。このように、二文字以上の熟語をまるごと訓読みしたものを熟字訓じゅくじくんと呼ぶことがあります。二文字以上で一つの概念を表しているため、例えば「蒲(たん)公(ぽ)英(ぽ)」のように切り離すことはできません。「蒲公英」でワンセットです。

 熟字訓は、その字面と読み方が直感的に結び付かないため、多くが難読漢字として認識され、面白いと思う人もいれば、毛嫌いする人もいるかと思います。ただ、現在私たちが「蒲公英」を「たんぽぽ」と認識できるのは、先人たちがこの漢語を「たんぽぽ」と読み慣わしてきたことによるものです。なので、こういった熟字訓は、その漢語が日本語でいうところの何を表しているかということが一発で分かるので、ある意味ありがたい存在でもあるのです。こう考えれば、少し抵抗が無くなるのではないでしょうか?もし仮に音読みで「ほこうえい」とだけ聞いても、それがたんぽぽであるとはまず分かりません。

 ちなみにジン団長の称号の一つ「蒲公英騎士」は「ダンディライオンきし」と読みますが、これはたんぽぽを英訳し(dandelion)、そのまま読み方に当てたものです。わざわざ英訳した理由として、たんぽぽという響きは(「ぽぽ」が特に)ある種の「可愛らしさ」を演出しますが、後ろの「騎士」という勇猛なイメージの言葉に釣り合わないため、英訳することで語感を調和させたと考えることができます。原神では、こういった漫画的な読み方も少しばかり登場します。

形声文字を知ろう

 続いては、複雑な漢字、初見の漢字にも対応できるかもしれない形声けいせい文字の原理について説明します。漢字の成り立ちの中で、最も多くの漢字に適用されているのがこの形声の原理です。これを知れば、初見の漢字が形声であれば読み方も予測できたり、何に関連する意味をもつ字なのかもある程度分かるかもしれません。

 ある漢字が「大まかな意味の範疇はんちゅうを表す部分」と「発音を暗示する部分」とで構成されている場合、それを形声文字と呼びます。前者の部品を意味を表す符号ということで意符いふ、後者の部品を音声を表す符号ということで音符おんぷと呼びます(意符は義符とも呼び、音符は声符とも呼びます)。漢字の8〜9割以上はこの形声の原理で成り立っています。

『説文解字』に収められている九千三百余りの小篆のうちで形声文字の数量に関しては、いくつかの統計があります。清代の朱駿声しゅしゅんせい六書爻列りくしょこうれつ」によると、形声文字の割合は八十二パーセント強を占めます。(中略)南宋の鄭樵ていしょうは二万三千余りの字の構造を分析しましたが、彼の統計によると、形声文字の割合はすでに九十パーセントを超えています。

裘錫圭 著、稲畑耕一郎・崎川隆・荻野友範 訳『中国漢字学講義』p.68

 実際、私たちが原神において、複雑で見慣れない漢字に出会った場合、それが形声文字である確率はかなり高いです。漢字の8割以上を占めているのですから、それもそのはず。それに、象形文字などの簡単な漢字は小学校で大方習いますからね。

 例えば「しょう」という漢字があります。形声文字で、山に住むもののけの一種を指します。この漢字は「鬼」が意符で、この意符は「霊魂、おそろしい、異形異質のもの」のような意味合いを表します。そして残った「肖」が音符で、発音を表します。肖像権しょうぞうけんとかの「しょう」ですね。一見複雑に見える漢字でも、こうして部品ごとに分けて考えると、案外シンプルではありませんか?つまり「魈」という漢字は、「鬼」に関連する意味を持って、「肖」という発音(もしくはそれに近しい音)で読まれる言葉を表しているんだよ、ということがその字形から読み取れます。ちなみに「肖」という字の上部が、「丶ノ」になっていたり「八」になっていたりが気になる方がいるかもしれませんが、字体の差に過ぎないので、あまり気にしなくて大丈夫です。

 では次に、璃月にある「漉華の池」という地名を見てみましょう。「漉」という難読字があります。「こしあん」を「漉し餡」と書くことを知っている人は、この字が「こす」という読みを持つと分かりますが、肝心の音読みはパッとでてきません。そこで音符の「鹿」に注目しましょう。「鹿」の音読みは何でしょうか。日本史で習った「鹿鳴館ろくめいかん」を覚えている方は、「ろく」だと分かります。その通り、上記の地名は「ろくかのいけ」と読みます。慣れてきましたね。一つ実践といきましょう。

『護法仙衆夜叉録』

 一行目に「瘴気」という熟語が見えます。典型的な形声文字の構造をしていますね。ここまで読んだあなたなら読めるはずです。スマホ変換で出てくるほどにはメジャーな単語なので、出てきたら正解です。

 このように形声文字の原理を理解すれば、その漢字が形声文字であった場合、ある程度は読みが予測でき、意味の大まかな範囲にも見当をつけることができます。ちなみに今回は説明の便宜のため、対象の漢字の読みと、その音符の読みとが、日本の漢字音において全く同じものを取り上げましたが、異なる字も多く存在しますので、それについてはその都度覚えるしかありません。

 また、後の仙人についての記述の中で、また形声文字についての復習をしたいと思います。

※厳密に言えば、形声文字はその作られた時代の音、つまり古代中国語音(上古音)に基づいて考えるべきですが、形声文字の原理を簡単に知るだけなら日本漢字音でも差し支えないと判断しました。

読み方の選択や傾向

 上記の二章において、やや広めの視点から前提知識を説明しました。後は、少し踏み入って読み方の傾向を探ってみましょう。人物名の代表群としてプレイアブルキャラクター名をまず見てみることとします。

キャラクター名

 漢字表記のキャラ名が存在するのは璃月と稲妻のみであり、稲妻は日本がモチーフのため、全体的に読み方は訓読みが主流で、あまり抵抗はないと思います。「万葉かずは」がやや難読かというところですが、漢数字の人名読みには「かず」があるので、めちゃくちゃに読んでいるわけではありません。

 璃月に関しては、読み方がかなりバラけます。大きく三つに分けることができ、

①中国音:夜蘭イェラン香菱シャンリン胡桃フータオ、ヨォーヨ(瑤瑤)の4人
②訓読み:七七なな行秋ゆくあきの2人
③音読み:他全員

という具合です。特にこれといった法則性はなく、語感や雰囲気で決めていると思われますので、新規さんは気合いで覚えましょう。5人の例外を除き、後は全て音読みと捉えれば楽です。

 全体的に見て、璃月は音読み主流、稲妻は訓読み主流の傾向があるものの、例外も多くあったりするので一概には言えません。「そこ音読み?」とか「あ、そこは訓読みなのね」と思ったことは一度はあろうかと思います。例えば「緋櫻毬」は「ひざくらまり」かと思えば「ひおうきゅう」だったり。ただ一つ言えるのは、意味が変わってしまうようなデタラメな読み方は基本的にしないということです。例として「若水」を挙げましょう

「若水」

 夜蘭が実装された時、同時にモチーフ武器である若水も実装されました。

 当時、これを「じゃくすい」と読む人と「わかみず」と読む人がいたのを覚えています。結果的には「じゃくすい」だったわけですが(公式ラジオで読み上げられた)、これに関してはある事実に基づいて簡単に予測ができます。それは「若」の意味のことです。

 「若」は日本ではもっぱら「わかい」の意味で使いますが、中国でこの字を「わかい」の意味に使うことは基本的にありません。向こうでは若いことを「少」などと言います。例えば老若男女を言う時、向こうでは「男女老少」と表現され、「老若」とは言いません。では「若」は中国ではどういう意味かと言うと、代表的なものでいうと「もし」とか「〜のごとし」とか「なんじ(汝)」とかです。そしてここでは明らかに「〜のごとし」の意味で使われています。つまり「水のごとし」です。例えば老子の言葉に「上善若水」というのがありますが、それと同じです。

 なので、これを「わかみず」と読むことは、本来表そうしている意味と食い違うことになってしまうので、適切ではありません。そのまま音読みで読むのが正解です。逆に言うと、意味さえ食い違わなければ音訓は問われない傾向にあります。例えば夜泊石です。

「夜泊石」

 璃月の特産品に夜泊石という石があります。璃月の特産品なので「やはくせき」と音読みしたくなりますが、ゲーム内では「よどまりいし」と読まれます。

 「夜泊」は「やはく」と音読みしても、「よどまり」と訓読みしても、結局意味は同じです。

【夜泊】ヤハク
夜、碇泊する。

『大漢和辞典』巻三

【夜泊】やはく
夜、舟を碇泊させること。夜、舟をとめてその中で泊まること。

【夜泊】よどまり
船が、夜間に停泊すること。夜間を停泊して過ごすこと。

『日本国語大辞典』

 見ての通り、意味に違いはありません。アイテム説明文の「夜にかすかに光る」という記述から、夜に碇泊する人がこれを照明代わりに使ったことからその名がついたと考えることができます。

 結局のところ、こういった場合にどちらで読むかということは、運営の判断もといセンスに委ねられるので、特に決まりはありません。

 これらの例から分かることは、意味が迷子にならない範囲では、読み方は縛られないということです。これは「寒天の釘さむぞらのくぎ」や、「蒲公英騎士ダンディライオンきし」「西風セピュロス」等についても同じです。

仙号

 璃月まで進んだ旅人は、仙人なる存在と関わることになりますが、彼らは仙号と呼ばれる「◯◯◯◯+仙位」の形式で表される称号を持っています。仙位というのは「真君」とか「天君」とかのことです。

 真っ先に関わる3人として、「削月築陽真君」「理水畳山真君」「留雲借風真君」が現れます。一見すると長ったらしく難読に見えるかもしれません。しかし冷静に見てみると字数が多いだけで、全て常用漢字の範囲内なので、落ち着けば読めるはずです。読み方を失念した場合、例えば、削除さくじょの「さく」、六畳ろくじょうの部屋とかの「じょう」というように、その字が使われている別の熟語を連想することで、はっと思い出せることもあります。

 仙号の読み方は単純で、「鳴海栖霞なるみせいか歌塵浪市かじんろういち」を除いて、全て音読みで読みましょう。参考に、今までに登場した仙号を、仙位を省略して羅列します。

削月築陽:さくげつちくよう(鹿仙人)
理水畳山:りすいじょうざん(丹頂鶴仙人)
留雲借風:りゅううんしゃくふう(白い鶴仙人)
移霄導天:いしょうどうてん(初回の海灯祭のモチーフ)
銷虹霽雨:しょうこうせいう(塵歌壺のマル)
尋瑰納琦:じんかいのうき(塵歌壺のウル)
救苦度厄:きゅうくどあく(七七のこと)
歌塵浪市:かじんろういち(ピンばあやのこと)
鳴海栖霞:なるみせいか(魔神任務間章に名前が登場)
霹靂閃雷:へきれきせんらい(偽物)
掇星攫辰:たつせいかくしん(偽物)

最後の二つは、一般人が仙人を偽る際に用いたニセ仙号ですが、一応載せておきました。こうしてみるといくつかの難読漢字がありますが、ストーリーを進める上でよく関わる3人に関しては、比較的平易な字が使われているので、問題ないかと思います。

 せっかくなので、塵歌壺のマル「銷虹霽雨真君」で、形声文字のおさらいをしましょう。まず「銷」です。左の「金」が意符です。左右にパーツが分かれる場合、だいたい左側が意符の場合が多いです。つまり残った「しょう」が音符です。「魈」と同じ音符が使われていますね。
 次に「虹」。訓読みの「にじ」は多くが知るところですが、音読みは「こう」です。右側の「工」が音符です。分かりやすいですね。
 最後に「霽」です。「雨」が意符で、下の「齊」が音符です。少し難しいかもしれませんが、実は誰もが知っている字です。字体を見慣れているものに変えると、「斉」となります。「一斉いっせいに」と言うときの「せい」ですね。
 これで「銷虹霽雨」を「しょうこうせいう」と読むことに、抵抗がなくなったのではないでしょうか。最後の「雨」以外は全て形声文字です。発音記号を手がかりに読むことができました。こうしてみると、むしろ「雨」のような、発音の手がかりが全くない表意字の方が不親切じゃないですか?という気持ちにさえなってきます。

 ここまで読み方について色々と話してきましたが、多少自信がついてきましたでしょうか。個人的には、困ったらとりあえず音読み戦法でだいたい大丈夫な気がします。もちろん読めないまま放っておいてもゲーム進行に影響はあまりありませんが、もやもやが残りますし、何より漢字の本質は音声(言葉)を表すことですので、発音できた方が頭に残って定着しやすいのも事実です。

両国の言葉のニュアンスの違い

 ここからは、漢字の意味の解釈に重きを置いていきます。ゲームを進めていく中で、言葉のチョイスに違和感を覚えることもあるかもしれません。日本と中国では、字面は同じでも意味合いがやや違うという言葉が少なからず存在します。ここでは二つ例を挙げましょう。

「世間」

 原神プレイヤーがよく恒常ガチャと呼ぶガチャの正式名称は「奔走世間(ほんそうせけん)」です。

 「奔走」はここでは駆け巡って冒険する的な意味合いですが、「世間」と聞くとどういう意味が浮かぶでしょうか。恐らく多くの人が「日々生活する自分の回りの社会やその状況。また、そこにいる人々。〔日本国語大辞典〕」と認識するかと思います。しかし、ここでの「世間」はもっとスケールの広い意味です。

「漢典」(https://www.zdic.net/hans/世间)

 ずばり「世界」という意味です。奔走と合わせて、「世界中(テイワット中)を駆け巡って冒険しよう」という意味合いになるわけで、オープンワールドに相応しいタイトルと言えますね。ここでの「世間」を「世間話」というレベルの世間と解してしまっては、その壮大さを感じることはできません。

「凡人」

 この項では、魔神任務第一章第三幕(璃月編)までのネタバレを若干含みますのでご注意下さい。モンドを離れて璃月に行くと、鍾離先生との出会いが待っています。最終的に岩神を引退して凡人になるつもりだったことが明かされるわけですが、この「凡人」という言葉がややくせものなわけです。例えば以下のような場面で出てきます。

魔神任務・第一章第三幕
魔神任務・第一章第三幕
鍾離・キャラクターストーリー4

 このようにやたらと凡人アピールをしてきます。私たちが使うところの「凡人」は、いい意味を含むことはあまりありません。「これといった長所や特徴をもたない普通の人。〔明鏡国語辞典〕」「自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人。〔新明解国語辞典〕」という意味合いで用いられることがほとんどだと思います。(後者はやや言い過ぎな気もしますが)

 魔神任務では、鍾離が自身のことを指して言ったり、キャラクターストーリーでは璃月の民を指して言ったりしているわけですが、このようなマイナスの意味と捉えていいでしょうか。流石に不自然ですよね。実のところ、ここでの「凡人」はそんな意味ではなく、神や仙人と対比される「俗世の民」を指しています。

「漢典」(https://www.zdic.net/hans/凡人)

 上の画像の中でも、「尘俗的人(=世俗の人)」という言い方が今回最も適切でしょう。神や仙人がいて、それと対比される存在として一般ピーポーがいるわけです。「凡人」とは、そんな人々全体を指していて、才能がどうのとかは関係ありません。凝光も刻晴も天おじもみな凡人なのです。

分かりにくい漢字や表現

 さて、原神はストーリーだけでなく、武器名やガチャ名、命ノ星座など、様々なところに凝った言い回しが使われていて、一見して意味が取りにくいものがあります。そういう場合、一字一字を丁寧に見ていくことで解決できたり、背景にある故事や深意を読み解くことで、意味が理解できたりすることがあります。ここではガチャの名称を例にとって説明しましょう。

「神鋳賦形」

 昔は闇ガチャとも称された武器ガチャの正式名称は「神鋳賦形しんちゅうふけい」と言います。

 この四字熟語はどういう意味でしょうか。それぞれの文字の役割を認識できれば、意味が見えてきます。一字一字見ていきましょう。

 「神」が最初にありますね。これが主語です。続く「鋳」が動詞で、「鋳造ちゅうぞうする、作り上げる」という意味です。つまり「神鋳」は、神が鋳造するという意味であると予想できます。
 続く「賦形」を考えましょう。「賦」は天賦てんぷとかに使われる字ですが、単独で「与える」という意味があります。何を与えるかというと、直後に続く目的語の「形」です。つまり形を与えるという意味と分かりました。(念のためいうと、中国語は動詞の後に目的語がきます。)

 まとめると、神が鋳造して形を与えたものという意味です。要するに「神々の造りしもの」「神の作品」ですね。例えばドイツ語訳では「神鋳賦形」が「Göttliches Werk(=神の作品)」と訳されており、分かりやすいです。一字一字の意味や役割を見ていくことで、意味が見えてくる例でした。次は、直接的な解釈だけでは分かりづらく、背景にある深意を理解しないと意味が取りにくい例を示しましょう。

「魚龍灯昼」

 その昔、刻晴のピックアップガチャなるものがあったのをご存じでしょうか。

 中国では毎年、春節という旧正月を祝う行事があり、ちょうどそんな時期にこのガチャは開催されました。ゲーム内における海灯祭の時期でもありました。胡桃が初ピックアップされる時、普段通りのスケジュール(3週間のガチャが2回)でいくと、ちょうど春節の時期と胡桃のピックアップ期間が重なってしまうところでした。しかし春節というめでたい時期に、葬儀屋である胡桃のピックアップを被せるのは縁起が悪いと判断したのでしょうか、間に刻晴ピックアップガチャを2週間挟むことで、胡桃の実装時期を後ろへずらしたとされています。この話漢字に関係あるかと言われると、半分くらいあるのでご安心を。

 ガチャ名自体はそんなに難読ではありません。そのまま「ぎょりゅうとうちゅう」です。しかし「魚龍」とは何でしょうか。そのまま魚と龍と捉えていいでしょうか、はたまた古代の爬虫類のことでしょうか。実はどちらも適切ではありません。先に後ろから見てみましょう。

 「灯昼」というのは、実は名刺にも同じ名前を見ることができます。

 海灯祭で使われた霄灯しょうとうがあしらわれています。「灯昼」というのは、まるで昼間かと思うくらい、灯りがある様子を意味しています。夜の祭りの賑やかな雰囲気を感じ取れますね。

 では話を「魚龍」に戻しましょう。「灯昼」と同じように、これも実は祭りに関係のあるものです。結論を言うと「魚灯ぎょとう」と「龍灯りゅうとう」と解するのが自然です。

元宵節での魚灯の様子
引用元:http://japanese.china.org.cn/culture/2018-03/01/content_50630172_6.htm
元宵節での龍灯の様子
引用元:http://m.q2d.com/life/59901.html

 二つの画像はいずれも元宵節げんしょうせつの様子ですが、これは海灯祭のモデルとされています。つまり海灯祭期間に開催されたガチャ「魚龍灯昼」というのは、魚灯や龍灯が、昼かと見紛うくらいに明るく舞っている様子を表しています。こういった表現は、中国宋代の詞にも見られます。

「一夜鱼龙舞(一夜魚龍舞)」とは、夜に魚灯や龍灯が舞う様子。
(https://m.gushiwen.cn/mingju/juv_1870cdd31e57.aspx)
「花市燈如晝(花市灯如昼)」は、花市の灯りが昼のように明るい様子。
(https://fanti.dugushici.com/ancient_proses/48337)

 上記の二つの詞はいずれもタイトルに「元夕(=元宵のこと)」とあって、それぞれの部分は、そのときの賑やかさを表しています。

 以上は、字面だけ見ても意味を取りにくいが、背景にある深意を読み取ることで解決できる例でした。

 この他にも、例えば鍾離のガチャ名「大隠朝市たいいんちょうし」は中国の詞華集『文選』にも収録されている王康琚おうこうきょ反招隠詩はんしょういんし」という詩から取られていますし、武器の「磐岩結緑ばんがんけつろく」と「和璞鳶わはくえん」は古典『戦国策』に出てくる美玉の名から取られていますし、甘雨の命ノ星座の一部の名称は「西狩獲麟せいしゅかくりん」の故事から取られています。こうして様々なところに古典要素がちりばめられているのも、原神の魅力の一つです。もしそうしたものに少しでも興味がおありならば、以下の記事も楽しんでいただけるかと存じます。

おわりに

 今回の記事において、拙文により当初の目標を果たせたかどうかは定かではありませんが、難読漢字や難解な言い回しについて、多少なりとも抵抗が少なくなったり理解できたりしていただけたなら、嬉しい限りです。

 ゲーム進行という面において、これらの文化的な要素は、特に知っていなくても問題がないのもまた事実です。しかし、より原神を濃く深く楽しむためには、ある程度理解を深めていくことが肝要だと思います。ご精読ありがとうございました。

原神漢字研究所

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