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NYでもLAでもない「海の見えない本当のアメリカ」に寄り添うスフィアン・スティーブンス。

ルート66
ミズーリ川
ネオンサインのモーテル
砂漠のガソリンスタンド
木造のカウンターバー
ネルシャツの農夫
ボンネットから黒煙を出すダッジダート

これこそが私の思う「本当のアメリカ」である。
要するにスティーブン・ショアが撮る写真みたいな感じである。映画で言えば『イントゥ・ザ・ワイルド('07)』とか『パリ、テキサス('84)』とか『リバー・ランズ・スルー・イット('92)』とか、あの辺の感じである。
最近の、高所得者にだけ優しいニューヨークとか、テックとマリファナにまみれたシリコンバレーとか、あんなのはアメリカではないのである(個人の見解)。

という個人の見解に「そうだそうだ!」と同調してくれる懐古主義的アメリカファンにオススメなのが、スフィアン・スティーブンスというシンガーソングライターである。

スフィアン・スティーブンス(Sufjan Stevens)は「現代のアメリカ音楽界における最高峰の才能」と評されるフォークシンガーであり、オスカー像もグラミー賞トロフィーも保有しているインディーフォーク界のリビングレジェンドである。
「インディーフォーク」という言葉自体が聞き馴染みのないバズワードなのだが、ぼんやりと「メジャー勢ではないフォークミュージック」と捉えて構わない。

釈迦に説法だが、「フォーク」という言葉は直訳すれば「民謡」であり、本来は音楽的特徴を指す言葉ではない。よく「フォーク/カントリー」のようにスラッシュ併記される通り、両者の違いはザックリと「フォーク=深刻めいた歌詞とマイナーコード」「カントリー=陽気な歌詞とメジャーコード」ぐらいの僅差である。アメリカントラディショナルミュージックという大枠で俯瞰すれば、カントリー畑出身のテイラー・スウィフトが陽で、その裏打ちとして陰の側にスフィアン・スティーブンスが鎮座している印象である。

スフィアン・スティーブンスはデトロイト生まれ。若くしてギター、ベース、ドラムのほか、ピアノ、オーボエ、バンジョー、ヴィブラフォンその他あらゆる楽器の演奏に精通していた鬼才で、1999年に義父と共同で自主レーベルを立ち上げ、2003年に自らの故郷をテーマにしたアルバム『Michigan』を発表し反響を呼ぶ。2005年には「アメリカ50州全てに、それぞれの州のためのアルバムを作る」という壮大なプロジェクト(現在はプロジェクト自体が頓挫気味)を掲げ、同年に発表したアルバム『Illinois』がビルボードの新人チャートで1位を獲得する。

『行き止まりの世界に生まれて('18)』のリアリティは身につまされる(けど大傑作!)が、同映画の若者たちと同様にラストベルトで生まれ育ったスフィアンの「置き去りにされた街と人々への眼差し」は、彼の歌声とメロディによる物憂げな郷愁に満ち満ちていながらも、伝統的な楽器の使用やアレンジセンスによってアクティブな前向きさも感じさせてくれる。
これがスフィアン・スティーブンスの音楽が「本当のアメリカ」を旅するためのドライヴィングミュージックに最適たる所以で、アメリカの暗がりの部分にスポットを当てていながらも、「その部分こそがアメリカらしさあり、アメリカの良さなんだよ」みたいな「第三者的目線でのアメリカ愛」が感じられて、これまでのまるごと内省に向かいがちだったインディーフォーク/ネオフォーク勢(ボニー・プリンス・ビリーとかカレント93とか。どっちも好きだけどね。)からはあまり感じられなかったバイブスである。もちろん英語が理解できない日本人の私とネイティブリスナーには大きな印象差はあるだろうけど、どんなに深刻なテーマの歌詞が歌われていようが、彼の緻密でトラッドなアレンジは、素朴で、かつ広大なアメリカの大地に旅に出たくなる気持ちを掻き立てる。いずれロードムービーの音楽を全監修してほしい。


For the Widows in Paradise, for the Fatherless in Ypsilanti


Romulus


John Wayne Gacy, Jr.


Decatur, or, Round of Applause for Your Stepmother!


Death with Dignity


No Shade in theShadow of The Cross


That Was the Worst Christmas Ever!



本当のことを言えば、一番最初に列挙した私の考える「本当のアメリカ」の景色の数々は、逆にアメリカ人が2024年の日本でninjaやsamuraiを探すように、アメリカ本国においては今や古くさい過去のものであることも重々承知だが、スフィアン・スティーブンスの音楽は、まだ今もなおそれらの景色が、寂しげにかつ強かに、アメリカ内陸部に無数に点在しているかのように錯覚させてくれる。

いずれアメリカ中がスマートシティとテスラのEVだらけにすげ変わる前に、アメリカを車で横断してみたいなって。パティの味が薄いハンバーガーに文句言ったり、砂埃が入ったコーラ飲んだり、水しか出てこないモーテルのシャワーと格闘したりしながら。
スフィアン・スティーブンスのアルバムを片手に。


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