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熟[怪談]

とある交差点には幽霊が出る。
近隣に住む人々の間では有名な噂話だ。
しかし、信憑性が高いのは、見たという人達みんな、その幽霊の特徴が申し合わせたように一致しているから。黒の短髪、白いTシャツに赤い短パンの若い女性。目や鼻、口もとのホクロ、耳にぶらさがったイヤリングまで。目撃者達の情報に全く差異が無い。真夜中、横断歩道を歩いていると、車道の真ん中に突然現れて、ゆっくりと消えていく…。それすらも、全く同じ。
ただ、それ以上の事は起きない。
その幽霊に襲われたとか、幽霊の仕業としか思えないような事故や病気があったとか、そんな話は無い。幽霊が現れて消える、ただ、それだけ。

では、なぜそんなつまらない噂話を筆にしたためようと思ったのか。この幽霊譚になにか違和感を感じていたからだ。
その違和感を確かめる為に、こうして記録している。

まずは、幽霊の目撃情報をあらためて整理する。
真夜中、件の交差点の横断歩道を歩くと、道の真ん中に女性の霊が現れる。その女はゆっくりと一定の距離を保ちながら、あとをつけてくる。やがて自宅の前まで来ると、煙の様に消えてしまう。

……これがこの噂話の内容だ。私が人づてに聞いたのも、他の人に聞いた話も共に同じ内容…。
いや、さっき書いていた話と違う。
先程の記述を読むと、霊は交差点で消えている。

家の中に入ってくるなんて書いてない。

違う。さっき書いた話とまた違う。
しかし、私が聞いたのは、確かに家の中で霊がジッと見つめてくる、というモノだ。
まただ。直前に書いた内容と、私が聞いた内容が明らかに違っている。まるで、噂がひとり歩きしているようで。

どうする。このまま、噂話を改めて回想するべきなのか。思い出す度に、話が進展してしまう。
怖い。でも、続きが気になる。
もう一回だけ。話を思い出そう。
もう一回だけ。これが最後。
これで、あとは全て忘れよう。
私が聞いた話は、

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以上が、主人が自宅のパソコンに残した文書です。
主人は噂のある交差点で、大型トレーラーに轢かれて亡くなりました。目撃者によると、まるで何かに引っ張られるように、一人で赤信号の横断歩道を歩いていたとのこと。
交差点の噂話は私も知っていますが、出てくる霊は女性では無く、男性だと聞いています。
ちょうど、亡くなった時の主人のような。
以来、私は交差点の話題に関して、一切聞かないようにしています。
噂話の一部には、なりたくありませんから。

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