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強面/こわもて 第3章

驚き!洋二おじさんの強運玉

100歳を超えた祖父の見舞いに行き、彼の長い話を全部きいて、休憩で外食して戻ると、病室には、医者・看護師・両親が揃って、祖父のベッドを囲んでいた。慌てて駆け寄ると、父が「父さん隆一だよ」と声をかけた。その時祖父はうんうんと2回小さく頷いて、すぐに逝ってしまった。医者の○時○分と言う声が、静かな病室にキッパリと聞こえた。祖父は、僅かに微笑んだような顔をしていた。

葬儀後に、母が爺ちゃんの最後の言葉を、教えてくれた。「幸子さん、洋太、俺はやりきった。ありがとう」だったそうです。焼香に訪れる人は絶えること無く、参列者も多く、祖父の存在の大きさと、その人望の高さを改めて感じたのです。

漁村は、祖父亡き後、大きく変わった。俺の父親は、漁師達と漁港の産業に関わる人達をまとめて会社形式にした。漁港の殆どの人が参加した。でも運営は、中々上手く進まないようだ、父はあることで、連日悩んでいた。漁港で働く多くの人は、保険とか保証とか給料制が完備されることに喜んで参加したのだが、問題は、以前の網元制度に従って、独立して稼いでいた、自分の船を持つ、腕の良い漁師達だった。そして彼らは、港町での稼ぎ頭なのだ。しかし彼らも、参加を躊躇していたが、反対しているのではなく、有る程度の大物を仕留めた時だけは、セリに参加し、その価格の七割は欲しいと言うものだった。経理部長の提案でもあった。親父は頑としてそれを受け付けなかった。通常の水揚げは普通に、しかも充分有るし、やっていける漁獲高なのにだ。彼等にとって、大物(マグロ・カジキ等)は、ボーナスの様な物だった。つまり、一括で会社買い上げとして、セリに、漁師は立ち合わせないというのだ。俺は、無理だと思ったよ、

その頃親父は、経理部長と言い争っていた。経理部長となったその人は、織部二郎といい、祖父の代から取引のあった会計事務所から移動して来た。会計士・税理士の資格を持つ優秀な人で、祖父とも長い付き合いだった。また彼は親父と同級生でもあり、幼い頃から仲の良い、竹馬の友だと親父に紹介されたこともある。その織部さんが、一本釣り漁師の側に立った。結局、激怒した父は、何と彼をクビにしたのだ。「お前の代わりなんて、いくらでも居る」こんな決定的ことを親父は言ってしまったのだ。

俺は最初から、父の会社に入る気は無かった。だから海洋大学卒業後も木材運搬船・タンカー船等の一般貨物船で修行させてもらい、一等航海士へと順調に出世した。きっと洋二叔父さんの強運玉のお陰だと思う、金も貯まったし、もう少しで船も買えるだろう、故郷に帰って来た俺は、今30歳である。漁村は未だわだかまりを残したまま、一応自営の猟師と、水産会社が漁協で両立していた。

今日は、友人の引っ越しの手伝いに駆り出されている。この友達は、すごく年配の人、実は俺の親父の親友だ。親父の会社の元経理部長の織部二郎さんだ。彼は数年前に親父の会社をクビになったのだが、祖父の時代から長いこと漁協の経理をしていたし、親父と彼も喧嘩はしたが、親友である。そう思って、親父が困ったら、いつでも戻れる体制でいてくれたのだ。そんな分けで、数年は近場で経理会社をしていたが、そのうち親父の会社は経理部ができて、織部さんの入り込む隙は無くなってしまった。

彼が言うには、ある夕方、「終わった!終わった!飲みに行くか」って、いつもの口癖を言った時、口癖が、独り言になっていることに、急に気がついて、それで、引っ越しを決めたんだってさ、まあ、前の家と5キロも離れてないんだけれどネ、この漁港が好きなんだって言うのさ、彼の荷物は少なくて、本当に申し訳ないことに、一番スペースをとっていたのは、俺の持ち物なのだ。祖父から貰ったサメの歯の骸骨162個、両親には、「2個くらい残して、捨ててくれ」と懇願されたが、捨てるのが嫌で大喧嘩になった。その時、彼が間に入って預かってくれていた。手入れまでしてくれている。

一通り運び終わり、サメの歯で、足の踏み場も無くなってしまった。織部さんの家の戸締りをし、今夜は俺のアパートに泊まってもらって、引っ越し祝いをすることになった。せめてのお詫びに、酒と肴を揃え、先ずは、乾杯だ。サメの歯は重くて、ヘトヘトだ。腕が上がらん

桜色に酔っ払った織部さんが、「なあ、何でリュウちゃんは、父親の会社に入らないの?」と聞いて来た。俺は今まで誰にも言っていない夢を話した。

「俺がまだ小さい頃、毎日海に行って、祖父が作ってくれたガラスの底がついた船の様なデッカい水中眼鏡で、毎回海中をのぞいていた。その時思っていた。深海魚が海の底近くから俺を見たら、大空に舞う鷲の様に見えるかな? 海は深く広い、富士山を逆さにしても未だ未だ海の入り口だ。地表よりずっと凄い山脈や谷がある。大きな船を作り、この漁港を出て、世界中を旅したい、そしてお金を貯めて、潜水艦を作りたい。そう思っている。だから親父の会社には入らない」

そう言ったら、彼は愉快そうに笑い、リュウちゃんが世界を相手に商売したいなら、俺の貯金を全部使ってくれ、その夢に一枚かましてくれ、と言うので、貯金は俺が貯めているだけでも。もう中型の船なら買える。それより俺が独立するので会計をやってくれ、船にも乗ってもらうよ、と言うと彼は。全身で頷いた。経理ゲットだ! もう綾部さんに独り言は言わせないから、返事は俺がするから、と言ったら、綾部さんは急にグジクジと泣き上戸となり、眠ってしまった。

さて、あのサメの歯の骸骨はどうしよう、誰か買ってくれないかな、そうだ!ネットオークションに出してみよう、俺は早速写真を撮りに行って、その日のうちにネットにあげた。状態良好、在庫あり、実物を見に来るのもオッケーです。
そして寝た。

翌朝、コーヒーと目玉焼き、パンなどで朝食を済ませ、サメの歯をネットで出したと綾部さんに言いながら、パソコンを開くと、一つ200万まで値段がついている。しかもアクセス数は1000を超えた。これには綾部さんもコーヒーを吹いていた。驚きだ! 洋二おじさんの強運玉は 何と 凄まじい

つづく

次回は、船出 海は広いな、大きいな


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