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ショート チェリーロード

父親は優しかった。どんなに遅く帰って来た時も、必ずお土産があった。だからいつも布団の中で目を開いていた。その父が定年退職してから、母親との関係がギクシャクしていた。

子供達が皆家を出て、2人で仲良くやっていると思っていたが、定年後ずっと夫婦で一緒にいることが、お互いのストレスになってしまったらしい、突然、熟年離婚とか言い出すお袋に、びっくりした。

俺達夫婦と子供2人、姉達夫婦と子供2人が、実家に集まってしまった。

親父は、1人で子供の頃借りた金を返しに行くんだと言うのだ。その金額は1000万円だと、おまけにその人を探す旅にも出ると言うのだ。お袋は「せっかく2人で旅行でもと思っていたのに、そんなお金は出せない」とキーキー喚いている。ところが親父は、そのために小遣いをコツコツ貯めた。家の貯金には手を出さないと言うんだ。妻と姉がお袋を宥めすかした。

結局、一年の執行猶予となった。その間お袋は、長女の家に身を寄せる事になり、湯気を吹きそうなほどカッカするお袋は、長女一家に連れられて、当面の荷物を持って出て行った。途中ディズニーランドに寄る事になり、高校生の孫娘と一緒にはしゃいでいたよ、他愛もない母親だ。

親父は、次男を一年間貸せという、ヨシオは会社を辞めてから、もう、半年ぐらい家にいる。長男からは、ニートと呼ばれているが、俺も妻も、ヨシオがパソコンで何やら仕事をしているのを知っている。驚いた事に、ヨシオは、父から詳細を聞いており、尚且つ一緒に、恩人探しの旅に出るそうだ。俺達は彼に、父を託す事にした。そんなこんなで、この話は、ヨシオにバトンを渡す。

3ヶ月ぐらい前の夜のこと、爺ちゃんが、相談があるって俺の部屋に来た。その内容は、一年ぐらい助手をしろと言うもので、俺が趣味で買った小さいキャンピングカーで来て欲しい、アルバイト? と聞くと、報酬は無いそうだ。

爺ちゃんが10歳の頃、隣の家の女の子が学校で倒れ、休みがちになり、やがて手術が必要だと言う事で、大きな病院の近くに引っ越して行った。その子が入院した病院は、二つ先の駅だった。その子の名前は美桜(ミオ)と言い、彼女と爺ちゃんは小学2年生からの付き合いで、ミオちゃんは転校生だった。桜の花の様に、色白で頬がピンク色の愛らしい人で、小学生の小僧は一目惚れをした。隣の家だったので、毎日一緒に通学した。いじめっ子からも守っていた。結婚の約束までしたって言うんだぜ、彼女の病院は駅から距離があった。それでも駅から走って毎日行ってた。汗まみれで着くと、ミオちゃんの嬉しそうな笑顔に会えた。ある日、駅の近くに自転車屋を見つけた。爺ちゃんは迷わず飛び込んで、「すみません、使ってない自転車を毎日一回貸してください」と頼んだ。店主が、「貸し出しはしてないよ、でも一体どうしたんだ?」と聞いてくれたので、なんとか顛末を説明した。すると店主は、一回五十円、でも支払いは出世払い、いつでも良いよ、と言ってくれた。自転車は、店の横の生垣に置いておくから、使い終わったら、また同じ所に置いといてくれってさ、それ以来8年も使わせてもらった。いつも整備してくれてて、雨の日はシートまで掛けてくれていたよ。

「それで、彼女は助かったの?」「いいや、入院して5年で、やっと手術ができる事になって、元気に成るって言っていたのに、術後3年間、意識がもどらなくて、とうとう逝ってしまった。葬式では、彼女のご両親が、沢山謝って、お礼を言ってくれた。俺は長い事自転車を借り続けていたが、学校以外の時間はほとんど病院に居たから金がなかった。計算して分割で払おうと思って、駅前の店に行ったんだ。自転車はいつものところにあったが、昼間に行ったのにシャッターが降りていた。仕方がないので、前カゴに連絡先と、自転車が必要なくなったことを書いて置いた。翌日、自転車ごと無くなっていて、近くのおばさんに聞いたら、もう2年も前に閉めたって言うし、俺も忙しくなって、そのまま今まで放置してしまった。退職して、女房に言われて、断捨離していたら、これが出て来た。小遣いから定期預金していた理由も忘れていたのさ、頼むよヨシオ、俺がボケたり動けなくなる前に、何とかしたいんだ。見れば古いノートにビッシリ、何年何月何日●●屋 自転車借り往復100円 何冊も、文字は子供の文字から段々大人の字へ、 俺は引き受けた。

目指すは山形県〇市役所、ここで例の店の屋号から調べる。俺のキャンピングカーで行く事にした。毎日近くの温泉で風呂を済ませ、基本キャンピングカーで寝る。いろいろ積み込んで、出発した。温泉で、キャッキャとはしゃぐ爺ちゃんが新鮮で、道の駅のお婆さんが、「良いわねーお孫さんと旅行!」なんて言うから、ちょっと恥ずかしかったり、爺ちゃんが疲れない様に、ネットで取れた旅館が有ると、布団でゆっくり寝る様にしたら、ヨシオ金は大丈夫か?と、しきりに心配するから、パソコンで仕事している様子を見せると、凄いな凄いなと、面白がっている。

さて、市役所で屋号から名前、移転先を調べて、我らがキャンピングカーは青森県へ、そこで目当ての住所に着いたが、当然その頃の店主の方は亡くなっていて、一家は引っ越されていた。親戚だと言うその方に、爺ちゃんが、古い知り合いなので、仏壇に線香を上げさせて欲しいと頭を下げると、電話してくれた。そしていよいよ俺達は最終目的のご家族を訪ねた。お住まいは集合住宅の三階、当然エレベーターは無い、指定された夕方到着して、爺ちゃんほら、おぶされと、叱られる覚悟で言うと、うんと頷く、初めて爺ちゃんをおぶった。軽いなー爺ちゃん、怪訝そうな顔で出迎えた娘さんに、爺ちゃんは分かりやすく説明をした。長い事借りっぱなしのお詫びと共に、札束と証拠の台長を差し出した。娘さんも驚いて固まっている。無理もない、ご主人に至っては、「でも、こんなに大金を頂く分けには」なんて言っているので、俺が「いいえ、これは差し上げるんじゃなくて、支払いに来たんです。8年もレンタルした分です。滞納分の支払いなんですよ」と言うと。父さんの遺産みたいなもんですね、と納得した。娘さんが、実は駅ビルで自転車屋を始めたばかりで、とっても助かります。と言って涙ぐんだ。爺ちゃんが、お礼を言うなら、お父さんにでしょう、と言うと、ポロポロ泣いてしまった。小さな仏壇に手を合わせ、遅くなった支払いを詫びたのです。爺ちゃんの長い台帳は、諦めていた売掛金の証拠という事で、ご夫婦に差し上げた。

帰りの道の駅で、後2日で帰るよと、婆ちゃんに電話を入れた。今どこ?って言うから、山形県だと言うと、ちょっと爺ちゃんに変われと言う、爺ちゃんが書く物よこせと言うから、渡して見てたら、りんご・さくらんぼ・蜂蜜・・・

うわー、金足りるのか? これ

おしまい

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