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ショート 道

小鳥の囀りで、目が覚めた。周囲の空気が身にしみて寒い、自分が何処にいるのか分からなかった。時計は午前11時だった。携帯電話は、電池が切れている。頭がぼんやりしていて、何も考えられない、立ち上がろうとしたら、使用済み錠剤の抜けシートがバラバラと落ちた。

思い出した。ここは樹海だ。睡眠薬を大量に飲んで、ボーッとする中で、座り続けることが怖くなり、ひたすら歩いたんだった。意識が飛ぶまで歩こうと思っていた。へたり込み、ダメ押しで、残りの睡眠薬を全部飲みきり、意識が飛んだ。最後に時計を見た時は、夜の9時だった。15時間ぐらい眠っただけかぁ、バカみたいだよ、いや、バカそのものだよ、もう薬もないし、暗くなる前に出よう、

歩いても、歩いても出られない、疲れた。このまま夜になったら耐えられない! 空腹も疲れも忘れて、歩き回った。

薄暗くなって来た。どうしよう、泣いている場合じゃないのに、その時の私は、無駄と知りつつ、誰かぁー、誰か助けて、と 掠れた声を出しつつ、泣きながら走っていた。昨日まで死にたいと思っていたのに、今は、生きたい、生きてここから出たい、それしか思わなかった。躓いて転び、足元を見ると、小さなお地蔵様があった。真新しい可愛いお地蔵様だった。思わず、「お地蔵様助けて下さい」と言ってしまった。すると、お地蔵様から、黄色いビニールテープが伸びているのに気が付いた。だんだん暗くなってくる樹海の中で、そのテープは、とてもよく見えた。それに導かれて、どんどん歩いた。2時間近く歩くと辺りは真っ暗になってしまった。でも黄色はとても良く見えた。

そして、アスファルトの道路に出ることができたのだ。もうほとんど車通りなど無かったが、アスファルトの道が、とても長いであろう、これからの私の人生も、グーンと開けた様な気がした。疲れていたし、お腹もペコペコだ。

靴を一回脱いで、左右の靴をパーンと合わせ叩いて、しっかりと履き直し、歩き出した。1時間ほどで、駅に着くことができた。自動販売機でジュースを買い、駅のトイレで顔を洗い、始発を待った。もう私を捨てた彼のことなんか、どーでも良い! 始発電車は乗客も私1人、車窓に広がる風景の中に、富士山が見えた時、全身に力が湧いて来た。

後になって、樹海の中に立つ、あの可愛いお地蔵様が、樹海で逝ってしまった愛娘の供養のために、母親が建てたもので、道に迷わずに供養に訪れたいがために、黄色いテープを渡していた事を知りました。お会いすることは無いけれど、心の中で合掌しました。

おしまい

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