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異形者達の備忘録-15

雪が降る夜

私はユリ、中学生です。蕎麦屋で、バイト中です。今日はお客さんが5人目です。授業の6時間目頃から。雪が降り始め、生徒は心の中で歓声を挙げ、窓ばかり見て、ソワソワしていた。久しぶりの積もりそうな雪に、授業どころでは無い。先生からも「積もりそうだから、クラブ活動をしている人も、今日は早めに切り上げて、帰りなさいね」

と言うことで、駅ビル7階の蕎麦屋に着いた頃には、窓から見下ろす下界は真っ白だった。交通機関にも乱れが出て、お客さんも、さっき来た5人目以降は誰も来ません。駅ビルのアナウンスでは、相次ぐ列車の運転停止が告げられ、店長が、早仕舞いを決定しました。積雪はもう10センチになるらしいと、店のテレビが言っていた。「今日は、自転車は駐輪場に置いていきなさい、」と言われ、奥さんが、昔使っていたと言うゴルフシューズをくれた。ちょっと大きかったけど、これを履いて、歩いて帰ることにした。ビルの中ではカチャカチャ煩かったが、外に出ると、これは良い! 全く滑らない、駆け足だって出来そうだよ! 行き交う人に、「ゴルフシューズか、あれ良いなあ」なんて言われて、気分良く歩く、雪は止みそうにない、駅を離れると人が全く歩いていない! 
雪道にワクワクしながら、タッタと進む、そのうち、キャンキャンと吠える子犬の声が聞こえて来た。雪にはしゃいているのかな? いやいやそんな吠え方じゃ無い、キャンキャンギャンギャンと吠え立てている、これじゃあ家人が怒るだろうに、声の方に近寄ってみると一件の空き家だ。私の記憶ではこの家は数日前に引っ越したはずだった。まさか、犬を置いて引っ越しちゃったのか? 思わず門を開けて、中庭に飛び込んだ。 居た! 庭の隅にチッコイ柴犬がいた。雪の中でこちらを見て尻尾を振っている。 可愛い!

駆け寄って、気付いた。濡れていない、手触りもフワフワして軽すぎる。見れば、子犬の前には。手作りの木の札が刺さり、子供の字で(ぺろのおはか)と書かれている。萎れた野花がクタっとしてるし、 お前ぇ、死んじゃっているの? と言ったら、ピョンと私の腕の中に飛び込んできた。

ペロが離してくれなくて、部屋まで連れて来てしまったよ、部屋に着くと、飛び降りて、お座りして見上げてくる。 可愛いなあ、なんで死んじゃったんだよ、お前はぁ、

着替えて、飲めるかどうか分からないが、取り敢えず、ミルクを温めて、さまして、お皿に入れて、目の前に置いてみる。アッ! 飲んでる飲んでる。ミルクは、ちっとも減らないけど、

さて自分にもホットカルピスを入れて。椅子に座って、パソコンの電源を入れる。ペロが膝まで飛び乗って来た。一緒にパソコンを覗くのだ。可愛い可愛い、お前ずっとここに居て良いよ、

画面が地図になる。長野県の1箇所に赤いポイントが立ち。ギューンと自動でズームすると、民家の一部屋になった。幼児がギャン泣きしている。「わーん! お家に帰るー! 帰るー ペロが一人ぼっちになっちゃうよー、ギャーン」もう、喉が張り裂けんばかりの慟哭である。疲れた顔の母親は、「もう、1人で泣いていなさい!」と言って、襖を閉めて行ってしまった。それでも、坊主は「ぺろー」と叫ぶ、その時、私の腕の中から、子犬が画面に飛び込んだ。そうして何と、坊主の腕の中に居るではないか! 暫く楽しそうに転げ回るのを眺めていたら、坊主は急に畏まって、「じゃあ、ペロ、行っちゃうんだね」と言った。子犬がキューンと鳴いた。彼が「さよなら、ペロ」と言うと、ペロは尻尾をふりながら、振り返り、振り返りして上の方へ消えていってしまった。 母親が部屋に駆け込んできて「今、犬の声がした様な」と言って、子供を見ると、彼は疲れ切って眠ってしまっていた。母親は布団を掛けながら、「フフッ笑いながら寝てるわ」と言った。

初期画面に戻ったパソコンを見て、熱いカルピスを入れ直そうと立つと、小さなお皿に冷めてしまったミルクが、寂しく取り残されていた。


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