見出し画像

ショート ネムの木

菜の花畑の上を通るモンシロチョウ、俺達は気配を消して別々の位置に身を低くして座り、透明なセルロイドの下敷きを顔の前に当てる。来た! 小さなモンシロチョウの群れが俺達を包み、密かな音で過ぎて行く。行った後も、数分固まっていた。下敷きに鱗粉を残し、蝶達が見えなくなってから、歓声を上げた。蝶の通り道は大体決まっている。奴は自慢げに話すのだ。

ネムの木の花はピンクから白のグラデーション、その群生の中を、走って過ぎて振り向くと首を垂れた枝の細い道ができる。遊んで帰る時には道はいつも消えてしまっていた。ふと手前のネムノキの枝にいたゴージャスな毛虫が、頭をもたげて、黄色い口で何か言っている。良く聞こうとして顔を近づけると、ピュッと毛針を飛ばして来た。

驚いて飛び起きた。夢を見ていた。何十年も昔の夢を見た。

幼馴染の葬式に出たのは先月の事だ。あいつが夢を見せたのかな、子供の頃、アイツは遊びの天才だった。一緒にいれば何でも面白かった。

アイツから手紙が来たのは夏だった。その頃俺は、引退後、さらに顧問を10年ほど務め、女房も逝ってしまっていたし、一人娘も遠方に嫁いでいて、気の抜けた様な一人暮らしだったので、柄にもなくワクワクして手紙を開いた。

生きているか? 生きているなら、顔見せに来い。

これ一行だけ書いてあった。俺は暇だし、運転免許も未だ返上していない、愛車に乗って、出発した。住所の横に(丸太小屋)とあったから、中学生の頃、俺達が造った小屋だと分かり、そこを目指した。

途中旨い酒と、旨い肴も買った。薄暗くなってしまったが、遠目に明かりが見えて、それが嬉しくて、俺は、久しぶりに大きな喜びに包まれていた。

扉を勢いよく開けると、アイツ、峰雄がいた。おぉー和夫!と歓声をあげて、迎えてくれた。2人で車から、酒・肴・寿司・生ハム・チーズ・ビール。小屋は、足の踏み場も無くなってしまった。冷酒をグイッと飲むと、ミネオは

「なあ、和夫、聞いてもらいたいことがあるんだ。急ぐんだよ、」と言って座り直した。俺も箸を置いて、向き合った。

初めは、些細な違和感だったんだよ、もう林業は殆ど息子に任せていたし、俺も歳かな? ぐらいに思っていたんだ。それが先月取引先と会って、車で帰る途中にさ、道が分からなくなっちまって、山中に車を止めて、一服したんだ。

落ち着いてゆっくり辺りを見ると、知っている風景だと思い至った。ほっとして車を出そうとすると、運転席で困惑した。何をどうして良いのか分からない、暗くなるまで、何もできなかった。通りかかった人が「あれッ会長どうしたんですか?」って聞いてくれたので、具合が悪いと言って、家まで送ってもらった。翌日タクシーを使って医者へ行ったよ、アルツハイマー初期だって言われたよ、進行を遅らせる事は出来るが、回復の見込みは無いと、これからはなるべく1人で行動せずに、注意深く過ごしてほしいって、

だから、息子に全部話して、何もかも全てを譲って、此処に引きこもったってわけさ、毎朝1日分の食事を運んでもらっている。それで、分かるうちに、どうしてもお前に会いたくなってさ、電話が分からなくって、手紙を出した。  すまんな、来てくれてありがとう。あいつが泣くもので、隣に座って肩を組んでゆっくり揺さぶった。アイツが泣くのを初めて見たし、アイツ四角い口を開けて、声を出さずに号泣していたんだ。多分俺も同じ顔をしていたと思う、俺は腹を決めた!アイツを揺さぶりながら言った。

俺が、ずっとお前と一緒にいるから、大丈夫だ。此処に越してくるよ、また一緒に、毎日面白いことしようぜ、お前が暴れても、泣いても、ずっと一緒にいるよ。だから大丈夫だ。迷うことも困ることも無い! それから2人でたらふく食って、飲んで、寝たよ。翌日息子さんに会って、1週間 準備をして越して来るのでその間のことをお願いした。

自宅に戻って、バタバタと準備していた。家も売って此処を引き払おうとしていると、電話が来た。息子さんからだった。

アイツが橋から身を投げて亡くなったと言う電話だった。俺は脱力して泣いた。あのまま居れば良かった。後悔と悔しさでまた泣いた。でも息子さんの誤解だけは解いてやりたかった。アイツのために

葬式では、親戚一同に息子さん夫婦が責められていた。ボケた老人を自殺に追いやった酷い子供達だと、俺は、参列者の前に立ち上がり、大きな声で話した。アイツが自殺なんかするやつじゃ無いことを、あれは、昔の記憶に戻ってしまったアイツが、飛び込みをしたんだと、あの橋は、飛び込める様になったら男だと、昔から少年たちの遊び場なのは皆さんも知っているでしょう、服が畳んであったのも靴が揃えてあったのも、また着るためです。アイツは少年に戻って、暑いから飛び込んだんです。そう言えばと、皆んな納得して泣いた。

あれから、俺は妙なことを企てている。ガキの頃アイツと遊ぶ夢ばかり見るから、それはスマホを握ってテープで固定して寝ること、あわよくばアイツと遊んでいる夢の中で、スマホで2人の記念写真を撮りたい、そして、あわよくば夢の中で、画像をパソコンに送信するんだ。なあ、すごいだろう、ミネオ今夜もまた、あそうぼうぜ。

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?